S社は、東京都D市に拠点を構える家庭用掃除用具のリース会社だ。周囲は市街地が広がっており、商圏は長径約30キロ、短径約20キロという広範囲に及ぶ。しかし、その広大なエリアにおける普及率はわずか0.05%に過ぎない。少数のセールスマンとサービススタッフによる巡回営業が中心であり、広域での効率は非常に低い状態となっている。
社長は売上をどうにか伸ばしたいと考えているものの、人手が足りず、行き詰まりに近い焦燥感を抱えていた。「商圏拡大主義」の方針が結果として「薄く広く」という非効率な状況を生み出してしまったのだ。
戦略を見直すにあたり、会社を中心とした同心円を描き、各範囲での普及率を調査した。その結果、地元D市では半径2キロ圏内が8%、2〜5キロ圏が2.5%、5〜10キロ圏が1%という状況が明らかになった。
さらに、地元の半径2キロ圏を町単位で細分化して調べたところ、40以上ある町のうち、普及率が15%以上に達しているのは3つあり、最高は18%に達していた。また、普及率が10〜15%の町は8つ存在していた。興味深いことに、普及率が高い地域はいずれも会社の至近距離に位置していた。この結果、普及率15%の達成が現実的な可能性であることが裏付けられた。
このデータを目にした社長は、自らの「商圏拡大主義」が誤りであったことを痛感し、方針を「商圏充実主義」へと転換した。そのきっかけとなったのは、普及率15%が実現可能であるという事実の発見だった。仮に半径10キロ圏内で普及率15%を達成すれば、現在の総売上の3倍を軽々と超える計算になる。遠方に目を向ける必要はもはやない、と考えるに至ったのは当然のことだった。
決定された戦略は以下の通りだ。
まず、D市の半径2キロ圏を最重点地区とし、普及率目標を20%に設定。本年度の目標は15%とし、その達成のため「全戸訪問」を繰り返し実施する。
次に、半径5キロ圏を第一重点地区と位置付け、本年度の普及率目標を5%に設定。3年以内に15%を達成することを目指す。
さらに、半径10キロ圏は第二重点地区とするが、本年度については従来通りの方針を継続。5キロ圏の充実が完了した後に、本格的な拡販を行う予定とする。
その他の地区については、当面は現状維持にとどめ、拠点の確保のみを行う。
やや特殊な事例ではあるが、このケースは多くの社長が抱きがちな「商圏拡大主義」の典型例といえる。その意味で、極めて普遍性の高い事例だ。「商圏拡大主義」を捨て、「商圏充実主義」を採用することこそ、理にかなった販売戦略である。この戦略の本質は、明確に地区を限定し、その地域内での市場占有率目標を具体的に設定することにある。こうしたアプローチが、持続的な成長と効率的なリソース活用を可能にする。
占有率目標を達成するには、まず競合他社との勢力分布や戦略を徹底的に分析し、それを上回るリソースを投入する必要がある。そうして初めて市場で優位に立つことが可能になる。社長が社内に閉じこもり、具体的な販売戦略や市場戦略を欠いたまま、ただ「激励主義」に頼って販売活動を進めようとしても、望むような成果を得ることは不可能だ。計画的で実践的なアプローチが欠かせないのである。
市街地戦略の考察
1. 「商圏拡大主義」から「商圏充実主義」への転換
S社のケースでは、最初に抱えていた問題は「商圏拡大主義」によって、広い地域をターゲットにしてしまい、結果的にリソースを無駄にしていた点です。広大な商圏に対し、セールスマンやサービス員の数が不足しており、効率が非常に悪くなっていました。この問題を解決するために、社長は「商圏充実主義」に転換することを決定しました。
「商圏充実主義」とは、まず既存の商圏内で確実にシェアを拡大することを目指し、そのエリアに集中投資して市場占有率を高める戦略です。広いエリアに薄くリソースを分散させるのではなく、特定のエリアにリソースを集中させ、そこを徹底的に強化することで効率的な成長を図ります。
2. 市場の細分化とデータの活用
市場戦略の成功は、データに基づく地域ごとの分析にあります。S社は、地元のD市を中心に市場を細分化し、各エリアの普及率を調査しました。例えば、半径2キロ圏では普及率が高く、最も高いところで18%に達していました。これにより、S社は「普及率15%の可能性」が現実的であることに気づきました。これを実現するために、「商圏拡大主義」から、「商圏充実主義」にシフトしました。具体的には、以下のような戦略が決定されました:
- D市の半径2キロ圏: ここを最重点地区とし、訪問活動を強化し、普及率目標20%、本年度は15%を目指します。全戸訪問を繰り返し実施し、地域密着型の営業活動を展開。
- 半径5キロ圏: 第一重点地区として普及率目標5%、三年以内に15%を達成することを目指します。
- 半径10キロ圏: 第二重点地区とし、現状維持を目指し、5キロ圏を充実させた後に拡販を行う計画。
- その他の地区: 今後の拡大を目指さず、現状の拠点確保に専念。
このように、地域ごとに明確な目標を設定し、リソースを最も効果的に使えるエリアに集中することが重要です。
3. 戦略の効率化と市場占有率の向上
「商圏充実主義」を採用することで、S社は広大な商圏を薄く広げるのではなく、特定の地域で深く浸透し、競争優位を確立しようとしました。D市周辺のエリアに集中してリソースを投入することで、他社に対して圧倒的な市場占有率を実現することが可能になります。
特に、普及率が高いエリア(D市の半径2キロ圏)は既に実績があるため、ここを強化することが最も効率的であり、短期間で大きな成果を上げることが期待できます。
4. 競争優位の確立と戦力投入
市場占有率を高めるためには、競合分析と戦力投入が不可欠です。S社は、D市周辺を戦略的に強化することで、競合他社に対して優位性を確立することが狙いです。また、リソースが限られている中で、どの地域にどれだけ戦力を投入するかを慎重に計画し、最も効果的な地域で成果を上げることが求められます。
社長が「激励主義」だけでなく、実際のデータと戦略に基づいた行動を取ることが、最終的な成功につながることが示されています。販売戦略や市場戦略がなければ、営業活動が無駄に終わる可能性が高く、戦力をどう配置するかが企業の成長に大きな影響を与えます。
5. まとめ
S社の事例は、広大な商圏にリソースを分散させるのではなく、特定の地域に集中し、そこを深掘りする戦略の重要性を示しています。商圏拡大主義から商圏充実主義への転換は、より効率的で確実な成長をもたらし、市場占有率を短期間で大きく伸ばすための鍵となります。マーケットデータを基にした地域ごとの戦略設定と、リソースの集中投入が、競争優位性を築くために不可欠な要素であることを再認識するべきです。
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