T社は建売住宅を専門とし、年間約80棟の実績を持つ企業だ。社長の誠実な人柄が顧客対応にも表れており、専任のクレーム処理担当者を配置するなど、万全のサービス体制を整えている。クレームが発生すると迅速に対応し、現場へ急行する姿勢が顧客に「すぐ来てくれた」という安心感を与え、結果的に信頼を高める要因となっている。
その結果、業績は堅調に推移し、順調な発展を遂げてきた。石油ショックやその後の不況にも大きな影響を受けることなく、安定した成長を維持している。T社の事例は、顧客を大切にする姿勢が企業の発展においてどれほど重要であるかを示す好例と言える。
T社長は、自らの事業に確信を深め、さらなる成長を目指して、5年で売上を倍増させるという長期目標を掲げる決意を固めた。しかし、その目標を実現するために必要な運転資金が具体的にどれほどになるのか、明確な見通しが立たない。頭の中では8億円程度を想定しているものの、それが実際に正確な数字であるかどうかは確信が持てていない状況だ。
明確な根拠がなければ銀行に融資を申し込むことは難しい。そこで、実際にどれだけの資金が必要なのかを正確に把握したいと考えている。具体的な数字を掴むことが、次の一歩を踏み出すための鍵になるという認識だ。
もっともな悩みであるが、それを解決に導いたのが、長期事業構想をもとにした長期資金運用計画の策定だった。この構想の概要は以下の通りだ。
1. 長期事業方針
T社の事業は個人向け建売住宅を専業とし、顧客のニーズに応える高品質な商品を提供することを目指す。
- 価格は一般大衆が購入しやすい適正価格を基準とし、一部中級住宅や新築も組み合わせる。
- 営業範囲は当市に限定する。
- アフターサービスや修理を徹底的に行い、顧客満足度を高める。
- 増改築工事の受注を積極的に推進する。
2. 長期売上目標の設定
5年間の売上高を年度ごとに細分化し、具体的な目標を設定する。
3. 長期利益計画
売上目標に基づき、利益目標を年度別に計画。収益の確保を重視する。
4. 長期土地取得計画
事業展開に必要な土地の坪数や取得価格の目標を年度ごとに明確化する。
5. 増資計画
1年おきに増資を実施し、現在の資本の4倍にまで引き上げる計画を立てる。
以上が長期事業構想のアウトラインである。この計画によって、目標を達成するために必要な資金が具体的に把握され、実現可能性が高まった。
この構想をもとに長期資金運用計画を立案したところ、必要な借入金総額が明らかになった。その結果、社長が漠然と考えていた8億円よりも約1億円少ない金額で済むことが判明した。この具体的な数字により、資金調達の見通しが一層現実的なものとなった。
しかし、問題は短期借入金にある。長期資金運用計画では必要な土地の購入に限定した計算を行っていたが、現実はそう単純ではない。必要な土地だけをタイミングよく購入できるとは限らず、状況に応じて追加の資金が必要になる場合もある。この不確定要素が、短期的な資金需要に影響を及ぼすことが懸念される。
どうしても必要以上に土地を購入しなければならない場面が出てくる。もちろん、それらの土地は将来の事業展開に必要となるものなので、余分に購入すること自体には問題はない。しかし、問題となるのはその資金の確保だ。短期的な借入金で対応する場合、慎重に運用しなければ運転資金に影響を及ぼし、資金繰りが逼迫するリスクがある。資金計画が甘いと、事業の安定性を損なう可能性も否定できない。
これを防ぐためには、短期借入金の回転率を現状と同程度に抑えることが不可欠だ。現状の回転率を維持できれば、資金繰りに大きな支障は生じない見込みが立つ。そこで短期借入金の回転率を計算した結果、現状の回転率である3.6回にした場合との差額を長期借入金に振り替えるべきだという結論に至った。
この調整により、長期借入金と短期借入金の内訳は以下のようになる。具体的な資金構成が明らかになり、計画の実現性が一段と高まることが期待される。
しかし、右の表では長期借入金に振り替えた分の返済金が計算に含まれていない。この返済金についても新たな長期借入金で賄う必要がある。そこで、その返済金を計算したところ、さらなる長期借入金の必要額が明らかになった。これを反映させることで、最終的な資金計画が完成することになる。
右の返済金を加えて再計算を行い修正した結果、T社長が想定していた8億円にかなり近い金額となった。この金額を基に、長期資金運用計画を修正する必要がある。これにより、一通りの資金計画に関する検討が完了したといえる。
土地取得に年度計画以上の資金が必要になる場合には、該当年度の長期借入金を前倒しして対応する方針とする。そして、短期借入金については、回転率3.6回を厳守し、資金繰りの安定性を確保することを徹底する。これにより、計画の実現可能性と資金運用の効率性が両立できる見通しが立った。
こうして、T社の長期運転資金計画が完成した。このような事前の綿密な検討があったからこそ、資金繰りに関する金融機関からの支援を事前に承認してもらうことが可能となった。これにより、会社の資金繰りは安定を保ち、計画通りの事業運営が見込める体制が整ったと言える。
T社のような成長志向の企業が、長期的な運転資金を計画するためには、長期事業構想や資金運用計画が重要です。この計画により、必要資金の見積もりが明確になり、銀行への資金申請や資金繰りの確保がしやすくなります。
長期運転資金計画の作成手順
- 長期事業構想の策定:
- 事業方針: T社は建売住宅に特化し、顧客サービスに力を入れる。
- 売上目標: 年度別に売上の倍増を目標とする。
- 利益計画: 売上目標に基づき、年度ごとに利益計画を立てる。
- 土地取得計画: 必要な土地面積と予算を年度別に計画。
- 増資計画: 1年ごとに増資し、現在の資本金の4倍を目指す。
- 長期資金運用計画の作成:
- 長期借入金と増資により、必要資金の総額を明確にします。この段階では、不動産の購入資金として必要な金額のみを計算し、売上増加に伴う運転資金については後で計算します。
- 計画をもとにした借入金の総額は、社長が予想していた8億円にほぼ近い7億円余りと算出されました。
- 短期借入金の回転率の確認と調整:
- 短期借入金の回転率を現在の3.6回と設定し、土地の追加購入など予期しない支出に備えます。回転率を一定に保つことで、資金繰りの安定を図ります。
- 短期借入金と長期借入金の内訳調整:短期借入金の不足分を長期借入金に振り替えます。
- 長期借入金の返済計画と再修正:
- 長期借入金の返済分を長期資金運用計画に組み込みます。この返済金も長期借入金で賄う必要があり、借入金一覧表に加え再調整します。
- この再調整により、最終的な長期借入金の総額が8億円近くとなり、T社長が予測した資金額に近い計画が完成しました。
- 実行と調整の計画:
- 取得資金がその年度の資金を超える場合は、翌年分の長期借入金を前倒しし、短期借入金は3.6回転を守る方針とします。
- 必要に応じて、年度内での資金不足が見込まれる場合、銀行と事前に協議し、資金繰りの援助を確保します。
成果とメリット
- 資金不足リスクの回避:計画により、不測の事態にも備えられる。
- 銀行との信頼関係強化:詳細な計画書に基づき、銀行からの支援が受けやすくなる。
- 事業のスムーズな成長:資金計画を通じて、5年間で売上を倍増させるビジョンの実現可能性が高まる。
このような長期運転資金計画の策定により、T社は顧客への対応を維持しながら、安定した資金繰りと成長を確保できるようになります。
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