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資金運用分析

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比較バランスシートと資金運用分析の本質

多くの経営診断書に欠かせないもののひとつが「比較バランスシート」だ。これは、連続する決算期のバランスシートを並べ、その差額を算出したものである。

これを目にした社長が、一体どんな情報や示唆を得られるのか。答えは明快で、「何もない」。当然のことだ。作成者自身がその資料から何を読み取れるのか理解していない以上、提示された側がそれを理解できるはずもない。これこそ、まさに滑稽な話だ。

読者はすでに気づいているだろうが、比較バランスシートとは「資金運用分析」のための「期中増減」を計算したものにすぎない。言うなれば「仕掛品」であり、「完成品」ではない。つまり、使い物にならない状態のものを渡されているに等しい。これを完成品とするためには、比較バランスシートを基に「資金運用分析表」を作成する必要があるのだ。

資金運用分析表も、一期間だけの分析では十分ではない。連続する二つの期を比較して初めて、その変化や傾向を把握することが重要になる。一期間のデータだけでは、変化の方向性や持続的な傾向を掴むことができず、実際のところ、あまり有益な情報は得られない。

この点を具体例を用いて考察してみよう。例として取り上げるのは、鐘紡(現在のクラシエホールディングス)だ。ただし、この分析は同社が「鐘淵紡績」として知られていた時代のものである。ここで強調したいのは、今回の分析が同社の「営業報告書」のみを基にしている点だ。営業報告書だけでも、これほどの情報を引き出せるという事実を示したい。

「第42表」は、連続する三期分の比較バランスシートを示したものであり、これにより各期の期中増減を連続して計算することが可能となっている。金額は百万円単位にまとめてある。分析や検討を行う上では、細かすぎる数字は必要ないどころか、むしろ邪魔になるためだ。

連続三期の期中増減を資金運用分析表として整理したものが「第43表」と「第44表」である。これにより、単なる数値の増減ではなく、資金の流れや運用の実態をより明確に把握できるようになっている。

運転資金の増減と棚卸資産の課題

資金運用を分析する際に、まず確認しておくべき重要な指標が「対前期売上高伸び率」だ。具体的には、第48回が106%、第49回が110%となっている。また、もう一つ重要な背景情報として、第49回は繊維業界に不況の兆しが現れ始めた時期であることを抑えておく必要がある。これらの情報を基に二つの期の数値を比較すると、最も目立つのは運転資金の増加額における変化だ。

「第45表」は、売上高の増加額および増加率と、それに対する運転資金の増加率を比較した表である。この表から特に注目すべき点は、第49回において、売掛金と受取手形の増加率が売上高の増加率を大きく上回っていることだ。この現象は、売上高の増加が運転資金の効率的な管理に追いついていない可能性を示唆している。

この現象は、不況によって売掛金の回収状況が悪化し、さらに手形の「サイト」(支払い期限)が延びたことを反映している。その結果として発生する不足資金の補填源となっているのが支払手形である点に注目すべきだ。特に、第49回では支払手形の増加率が最も高くなっていることが、それを如実に物語っている。

支払手形の増加率が最高になった背景には、もう一つ重要な要因がある。それは棚卸資産の増加だ。この棚卸資産の増加に伴い、追加で必要となる資金が発生し、その負担も支払手形で賄われていることが影響している。棚卸資産と運転資金の関連性が、ここで明確に表れている。

支払手形の振り出しには「サイト」の制約があり、その限界を超えた部分が短期借入金の増加として現れている。ただし、不足資金をこのような順序で補っているわけではなく、あくまで運転資金の総額に対する資金源泉の総額という全体的な関係を示しているにすぎない。とはいえ、第49回における棚卸資産の増加は、景気下降期に多くの企業で見られる典型的な現象であり、特に珍しいものではない。

しかし、棚卸資産の増加を単に「普通の現象」として済ませるのではなく、さらに深掘りしてみる価値がある。その鍵となるのが、買掛金の増加率の低さだ。この事実は何を示唆しているのだろうか。

通常、棚卸資産が増加する際には、それを支えるために買掛金もある程度増加するのが一般的だ。しかし、ここで買掛金の増加率が低いということは、仕入先への支払い条件が厳しくなった可能性や、企業が仕入を抑制しきれなかった状況を反映している可能性が考えられる。さらに、現金払いの割合が高まった結果、運転資金にさらなる負担をかけている可能性も否定できない。いずれにせよ、資金運用の構造的な問題や景気後退に対する対応の難しさが浮き彫りになっている。

通常、買掛金の伸び率は売上高の伸び率と一致するのが一般的だ。さらに、棚卸資産が増加している場合、その分も加わり、買掛金の伸び率は売上高の伸び率を上回るのが自然な流れだ。それにもかかわらず、このケースでは買掛金の伸びが著しく低い。これは一体何を意味するのだろうか。

考えられる要因のひとつは、仕入先からの信用供与が縮小している可能性だ。例えば、景気の悪化によって仕入先がリスクを回避し、厳格な支払い条件を求めるようになったケースだ。また、会社側が新規の仕入を抑えざるを得ない状況に陥っている可能性もある。さらに、他の資金源に頼る必要性が高まり、買掛金に依存しづらい状況が生まれているのかもしれない。このような背景が、買掛金の伸び率の異常な低さを説明する糸口となるだろう。

私の見解では、この現象は次のように説明できる。当初、在庫の増加が進行していたにもかかわらず、誰もそれを重視せず、適切なコントロールも行われなかった。しかし、決算が近づいて状況の深刻さに気づき、急遽大幅な「買止め」を実施したのだ。この対応によって、決算時点での買掛金が大きく減少し、その結果、買掛金の伸び率が異常なほど低くなったと考えられる。これが問題の核心であり、在庫管理と仕入調整の遅れが招いた典型的な結果といえるだろう。

それにもかかわらず、棚卸資産の回転率は前期と比較して低下している。この点は、資産効率の観点から見ても重要な問題だ。この分析は、私が鐘紡から依頼を受け、役員向けのセミナーを実施した際に、研究資料として事前に行ったものである。その目的は、具体的なデータを通じて、資金運用や在庫管理の改善の必要性を明確に伝えることだった。

この分析資料を用いて説明を行い、決算前の大幅な買止めが行われた点を指摘したところ、先方から「その通りである」との返答を得た。さらに、「営業報告書からそんなことまで分かるのですか」という驚きの声が上がった。これは、営業報告書という一見平凡な資料からも、適切な分析を通じて深い洞察が得られることを示す良い例である。

不況下では、受取手形や売掛金が増加するのは避けがたい部分がある。それは、取引先の資金繰りの悪化や、回収期間の延長が影響しているからだ。しかし、棚卸資産に関しては話が別だ。これは完全に自社の管理能力と意思決定次第でコントロール可能な項目である。棚卸資産の増加を放置することは、資金効率を悪化させ、企業全体の財務状況をさらに圧迫する要因となる。適切な管理が不況期には特に求められる。

仮に棚卸資産回転率を前期と同じ3回転に維持できていたとすると、棚卸資産の残高は約10億円も削減できた計算になる。この削減額はそのまま資金需要の減少につながり、短期借入金をそれだけ減らせる可能性がある。結果として、資金繰りの負担が軽減され、財務体質の改善にも寄与する。このように、棚卸資産の管理は、企業の資金効率を大きく左右する重要な要素といえる。

年利8%で計算すると、10億円の短期借入金削減により、年間の金利負担は8,000万円減少することになる。この金額は、そのまま経常利益の増加につながる。つまり、前期並みの在庫管理を行うだけで、これほどの利益改善が可能だったということだ。在庫管理の精度を高めることが、単なる効率化ではなく、直接的に収益向上に結びつく好例といえる。

これこそが資金運用の本質である。資金運用は、単に資金担当重役だけの責任ではない。資金担当重役が直接関与できるのは、資金の「源泉」の管理に過ぎず、「使途」に関してはその権限外だ。使途が増えれば、それを補うための資金源泉も増やす必要が生じる。しかし、どれだけの資金を使うかは、日常の営業活動の中で自然に決まっていくものであり、資金担当重役の範疇を超えている。

この日常の営業活動を適切に指導し、使途をコントロールする役割を担うのが、ここに集まっている役員の皆さんだ。資金運用の鍵は、日常の活動に目を向け、効率的な運営を実現するための指導を徹底することにある。

資金とはまさにそのようなものである。繰り返し強調したいのは、資金運用とは会社のすべての社員、一人ひとりの一挙手一投足によって形作られるということだ。日々の業務や意思決定の積み重ねが、最終的にバランスシートの数字を変化させる。このプロセスこそが、資金運用の本質であり、会社全体の活動がどのように資金効率に影響を与えるかを物語っている。

資金運用分析の実践と経営改善への応用

ここまでの説明は、運転資金に焦点を当てたものだ。しかし、資金運用分析において見逃してはならないもう一つの重要な要素がある。それが固定資金である。

固定資金は、設備投資や長期的な事業資産の取得に関連する資金であり、企業の長期的な成長や競争力に直結する部分だ。この固定資金の使い方や、その調達方法を分析することで、企業の持続的な経営基盤がどれほど安定しているか、あるいは改善の余地があるかを見極めることができる。運転資金と同様に、固定資金の運用にも細やかな分析と計画が必要である。

固定資金で最も重要なのは設備投資である。鐘紡の例では、第48回が約20億円、第49回が約57億円だ。その内訳は固定資産の増減からおおよそ推測できるが、詳細を知るには別の資料を調べる必要がある。有価証券報告書、経済誌、業界紙、社内報告、あるいは内部の消息筋が情報源となる。

もし設備投資が建物に関するものであれば、それが本社ビルなのか工場なのかを知ることで、社長が何を意図しているのかを推測できる。相手の手の内を読む手がかりとなるのだ。ただし、このレベルの洞察を得るには修練が必要である。その修練の一環として、自社の資金運用分析を行うことは、非常に有効な手段となる。

K社長がこの分析に取り組んだ際の感想はこうだった。一倉さんは「過去を考えるな」と言うが、過去を分析することで、それが将来への「戒め」となるのであれば、それはむしろ前向きな行為だと言えるのではないか、というものだった。この視点は、過去の検証が未来の行動につながる重要性を示している。

過去5年間の資金運用分析を行ってみて痛感したのは、いかに無謀な設備投資をしてきたかということだ。もし当時、資金運用計画という考え方を知っていたなら、あのような本館の建設は避けられただろうし、我社の現在の姿も全く違うものになっていたはずだ。過去の分析は、このような気づきを得るきっかけとなる。

K社がいまだに長期借入金の重圧から抜け出せないのは、5年前の「思い切った」(?)設備投資と身分不相応な本館の新築が原因だ。その結果、長期借入金の返済のために新たな長期借入金を繰り返し起こすという悪循環に陥っている。これは資金運用計画の欠如が招いた典型的な失敗例といえる。

わずかな収益増加も、設備投資による生産力拡大に伴って必要となる運転資金の増大に吸収され、不足してしまう。さらに、毎年行われる少額の設備投資も重なり、長期借入金は減るどころか、むしろ少しずつ増加している状況だった。この悪循環が、財務基盤をますます圧迫していたのだ。

K社長は、単なる目先の「合理化」を追い求めた自身の軽率さを深く反省したという。資金運用分析を通じて自らの失敗を突きつけられたことで、資金運用の本質に「開眼」するきっかけを得たのだ。この経験が、今後の経営判断における大きな転機となった。

それからしばらくして、K社長は新事業に着手しようとした際、先発メーカーについて興信所を通じて収集した調査結果を分析した。その結果、「我社の将来の敵は、いま大増産を計画している」という相手の戦略を見事に読み取ったのである。この洞察力は、過去の失敗と資金運用分析を通じて培われた経験が大いに生かされた結果と言える。

資金運用分析は、相手の手の内を読むだけでなく、優れた企業の資金運用方法を学ぶ絶好の機会でもある。他社の成功事例を分析することで、自社の資金管理や運用の改善に活用できる。このように、資金運用分析は競争優位性を高めるための重要な経営ツールとなる。

資金運用分析は、企業の資金の動きや運用の妥当性を判断し、将来の経営方針を立てるための重要な手法です。この分析により、短期の資金繰りだけでなく、長期の事業成長に対するリスクや資金調達計画の見直しが可能になります。資金運用分析の本質的な部分を見ていきましょう。

資金運用分析の概要

  1. 比較バランスシートから資金運用分析へ
    比較バランスシートは、連続する決算期の財務状況を比較して差額を示したものですが、そのままでは資金の使途や流れが明確にはわかりません。資金運用分析では、比較バランスシートの期中増減を元にして、具体的な資金運用の内訳を「資金運用分析表」に変換し、使途と源泉を明確に把握します。
  2. 運転資金の分析
    資金運用分析表では、売上高に対する運転資金の増減率を確認します。例えば、不況が影響し、売掛金や受取手形が増加することで運転資金が増えれば、資金回収の遅延が懸念されます。また、棚卸資産の増加は、不況期に多く見られる現象ですが、売上に影響しない在庫が増えることで資金負担が重くなります。
  3. 資金調達の優先順位
    資金不足時の対応として、企業は支払手形、短期借入金の順で資金を賄います。特に支払手形が増えることは、資金不足の深刻さを示す指標であり、運転資金の増加を支える短期借入金の使用は最後の手段となります。
  4. 在庫管理の重要性
    在庫(棚卸資産)の管理も資金運用に直接関わります。景気悪化時でも在庫回転率を維持することが資金効率を向上させ、金利負担の削減につながります。例えば、在庫管理を徹底し、前期と同じ在庫回転率に抑えることで短期借入金の利息を減らし、経常利益に寄与することができます。

固定資金の分析

  1. 設備投資の適正化
    固定資金で重要なのは設備投資です。例えば、過剰投資や過大投資は、借入金の増加と返済負担を招きます。資金運用分析により、設備投資の内容(例えば工場か本社ビルか)を確認し、不要な投資や回収不能な資金の流出を防ぐことができます。
  2. 長期資金の見直し
    長期借入金は運転資金と異なり、返済が必須であり、返済原資の不足時には追加の借入が発生します。設備投資による生産力の向上が期待されるものの、その運転資金や維持費がかさむ場合は収益圧迫要因となるため、長期資金の返済計画も見直しが必要です。

資金運用分析のメリット

  • 過去の資金運用の反省と未来への指針
    資金運用分析を通して過去の投資判断を見直すことで、同じ失敗を繰り返さないように計画や運用を調整することができます。
  • 他社事例の活用と競合分析
    優れた他社の資金運用方法を学び、自社の戦略に取り入れることが可能です。また、競合他社の資金運用状況を把握することで、市場動向や業界内での立ち位置を判断することができます。

資金運用分析は、単なる数値の比較にとどまらず、企業活動の「資金の使い方」を反映するもので、効率的な経営判断を支える指標となります。

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