企業評価において、過去の数字をどのように扱うべきかという議論は長年続いている。多くの企業では、過去5年間の財務データに基づいて優劣を判断する伝統的な手法が用いられてきた。
しかし、過去の数字に固執することで未来への対応を誤る危険性が潜んでいる。
この記事では、具体的な事例をもとに、過去の数字の本当の意味と、それを未来志向で活用する重要性を考察する。
過去の数字にこだわる企業評価の課題
過去の数字の評価
多くの企業で、過去5年分の損益計算書、バランスシート、財務分析といった資料が一律に揃えられている。どうやら「少なくとも過去5年は見ておかなければ」という考え方が根付いているようだ。
どれほど精密に過去の数字を分析したところで、そこから未来に向けて打つべき具体的な手が見えてくるわけではない。
過去の数字はあくまで過去である。過去のデータだけに頼って企業の優劣を判断しようとすれば、大きな誤解や見当違いな評価に陥るリスクの方が高い。
投資育成会社という仕組みがある。その数字が優れていれば合格という仕組みなのだから、呆れるほかない。こんな高校生でもできそうな事務的な作業で企業の優劣が判断できるのなら、誰も苦労などしないだろう。具体例を挙げてみよう。
高度成長期にはその事業構造でも問題なかった。しかし、石油ショックのパニックが直撃し、売上は急落。昭和50年代初頭には過去の蓄積を食いつぶし、資金も底をつき、手の打ちようがわからないという絶望的な状況に追い込まれてしまった。
金融危機や自然災害、事件などでパニックになり業績が低下するのは避けられないとしても、完全に行き詰まってしまったのでは優良企業とは言えない。過去の優れた業績など、いざという時に行き詰まった企業にとっては何の助けにもならないのだ。
真の優良企業とは、外部環境の変化に対して耐久力を持ち、業績の低下を最小限に抑えつつ、状況を挽回するための有効な経営戦略を打ち出せる企業であるべきだ。
事業構造の欠陥
実質的にボロ会社である理由は、社長の基本的な経営姿勢と事業構造自体に根本的な欠陥がある場合が多い。
その最大の問題は、生産第一主義に偏り、能率とコストだけを追求する職人経営にある。物を安く作ること以外の視野を持たず、下請け業者ゆえに親企業からの注文がなければ何もできないという状態では、もはや会社というより単なる工場に過ぎないと言える。
自社製品である販売も商社任せで、自ら売る努力をする気配は一切ない。さらに、自社商品の欠陥を把握しようとする姿勢も全く見られない。
このように、生産第一主義で販売を軽視し、顧客を無視する姿勢では、経営の自主性など持てるはずがない。ましてや、外部環境の変化に対応することなど完全に不可能である。
つまり、優良企業とは程遠く、実態は「欠陥だらけの危険な会社」だったと言える。
また単品経営に依存し、さらに限界生産者の立場にあった。

社長は技術畑出身で、ほとんど工場にこもりきりとなり、技術、コスト、内部管理にだけ没頭していた。
高度成長期にはその経営スタイルでも問題なく、高収益を上げていた。しかし、石油ショックによる不況が直撃し、限界生産者であったがゆえに打撃は甚大で、瞬く間に赤字に転落した。さらに、業績回復のための具体的な方策は何一つ持たず、ただ途方に暮れるばかりだった。
単品経営に依存し、限界企業として変化への対応力が最低限に留まる欠陥企業──いつ崩壊してもおかしくない累卵のような会社が、過去の業績だけを基準に企業の優劣を判定する伝統的な診断思想のもとで、優良企業と評価されていたのである。
私が言いたいのは、企業の優劣を過去の数字だけで判断するのは本質的に誤りだということだ。この観点からすると、従来の伝統的な企業診断の思想――方法論ではなく、その根本的な考え方――は完全に捨て去らなければならないのである。
過去の数字が優れているという事実は、過去の時点で優れていたことを示しているに過ぎない。それが現在や将来においても優れた企業であるという証明にはならない。

未来を見据えた経営の条件
現在優れているかどうかは、企業が未来に向けてどのような決断を下しているかによって決まる。未来に対して正しい決断を下している企業こそが、真に優れた企業と言えるのだ。
その「正しい決断」とは、市場の変化の方向を正確に見極め、顧客の要求を深く理解することで初めて可能となるものである。
過去の数字の活用方法
では、過去の数字が全く意味を持たないのかというと、決してそうではない。
未来に対して正しい決定を下すためには、まず現在の立ち位置を正確に理解する必要があり、その出発点を認識するための指標として過去の数字は重要な役割を果たす。
その出発点を財務面から明確に示すのが過去の数字だ。
何が強みで、何が弱点なのか、どこに欠陥があるのか、収益性や資金繰りに問題はないのかといった点を確認することは、極めて重要である。
過去の数字は、こうした現状分析のための土台として欠かせないものである。
だからこそ、過去の数字をどれだけ詳しく分析し、その理由を掘り下げても無駄である。いくら原因を突き止めても、過去の数字そのものを一円たりとも変えることはできないのだ。
過去の数字から得るべき情報は、現在の立ち位置を正確に確認することと、自社の強みと弱みを明確に把握することに尽きる。それこそが、過去の数字を活用する本質的な目的である。
それ以外に過去の数字から求めるものはなく、それで十分なのである。この情報こそ、未来に向けた正しい決断を下すために欠かせない基盤となるのだ。
まとめ
過去の数字は、企業の現状を把握し、強みと弱みを認識するための出発点として重要である。しかし、それだけに頼って優劣を判断することは、変化に対応する力を持たない欠陥を見過ごす結果につながる。
真に優れた企業とは、過去の教訓を未来に活かし、市場の変化に柔軟に対応する決定を下せる企業である。過去にとらわれる評価方法を見直し、未来志向の視点を取り入れることが、企業の持続的な成長に欠かせない鍵となる。
過去の数字の役割と限界
企業の評価において、過去の数字に頼るだけでは、未来の成功は保証できない。たとえば、過去の5年分の損益計算書や財務分析があっても、それだけから未来に向けた有効な経営戦略を導き出すのは難しい。過去の数字で優良企業と判断されたG社やS社も、外部の変化に対応できず行き詰まってしまった。このことから、過去の実績だけを基準に企業の優劣を判断することには大きな限界がある。
過去の数字が示すのは「現状把握」
過去の数字には、企業の現在位置や財務上の強みと弱みが反映されている。これを基に、「今どこに立っているのか」を確認し、現状における強みと弱みを知ることが重要である。財務面での健全性やリスクの有無を確認するための「出発点」として役立てるべきであり、それが過去の数字の本来の意義である。
過去の数字では未来の判断はできない
過去の実績は、あくまで「過去にうまくいった」という証に過ぎない。未来において優れた企業であり続けるには、顧客のニーズや市場の変化を先取りし、それに基づいて経営判断を行うことが不可欠だ。未来に対する正しい決定を行ってこそ、企業は持続的な成長を遂げられる。
過去の数字から得るべき情報
過去の数字をいくら精密に分析しても、未来の課題や対策は見えてこない。重要なのは、現状での企業の立ち位置を確認し、強みと弱みを把握することにある。この情報こそが、未来に向けた正しい経営判断を下すために不可欠である。
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