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第1章後継者から経営者になるために

目次はじめに『データで見る次世代経営塾』第1章後継者から経営者になるために▼経営者となる準備はできているか▼ベンチャー型事業承継の提案▼経営者の仕事とは何か▼経営を考える上で押さえるべき2つのポイント第2章戦略的中期経営計画を作成する①自社の存続・成長を支えるものは何か?▼なぜ、売上・利益を上げなければならないのか▼経営理念の本来の意義▼事業承継と経営理念コラム10のコアバリューを浸透させ、ゴーイングコンサーンを目指す/三嶋商事株式会社第3章戦略的中期経営計画を作成する②自社分析と事業ドメインの再定義▼優れた戦略の条件▼過去の成功要因、失敗要因を把握する~過去の売上・営業利益の推移~▼経営環境の変化を予測し、今後獲得すべき成功要因を明らかにする▼自社の現状を把握するために~SWOT分析~コラムSWOT分析フォーマット▼自社の現状を把握するために~3C分析~コラム3C分析事例▼自社の本当の商品は何か▼事業ドメインの再定義コラム産業廃棄物処理業から「自然と共生する、つぎの暮らしをつくる」事業へ/石坂産業株式会社コラム工具問屋からネット通販にシフト。廃業を迫られる中で経営者としての覚悟を示す/株式会社大都コラム構造不況業種にあって大幅な業績拡大を実現/株式会社TTNコーポレーション

第4章戦略的中期経営計画を作成する③中小企業のための差別化戦略

▼経営ビジョンを策定する▼3年後の自社のイメージを描く▼戦略目標を設定する~誰に、何を、どのように~▼小が大に勝つ~中小企業の経営戦略~▼差別化6つの視点コラム「マーケティング・ミックス(4P)」とはコラム「自社の強み」とは?コラムランチェスター戦略とはコラム営業エリアを絞り込むことで成長する/スズキ機工株式会社

第5章戦略的中期経営計画を作成する④計画を実行できる組織づくり

▼組織図は戦略を解き明かす説明書コラム組織図作成の具体例:家電店A社▼組織づくりは「右腕」づくりからコラム幹部陣の能力向上のために▼好ましい組織風土を醸成するコラム従業員アンケートをとってみるコラム社員と真摯に向き合うことで、生産性の高い組織づくりを進める/株式会社松本機械製作所コラム「若手がいつかない会社」から脱却し、やる気を引き出す組織をつくる/牧野電設株式会社

第6章戦略的中期経営計画を作成する⑤経営者の会計思考

▼経営における論語と算盤の考え方▼経営悪化のパターンと経営の3つの輪▼自社の現金収支の構造を把握する▼自社の儲けの構造=損益構造を把握する▼バランスシートの輪=自社の安全性を把握する▼手元資金の重要性コラム流動比率、当座比率とはコラム財務知識はいかに身につけるか

▼事業計画の考え方~根拠のある計画数値とするために~▼戦略的中期経営計画の運用

第7章総括

▼社員の退職から経営者が学ぶこと▼社員の心に灯をともす▼次の事業承継に向けて~ゴーイングコンサーンをめざして~おわりに次世代経営塾卒業生事例●株式会社フクダ不動産●北崎自動車工業株式会社●豊橋木工株式会社●株式会社勝手付録/戦略的中期経営計画策定シート・記入例

はじめに私は家族経営の商店の息子として生まれ育ちました。実家は法人格となって30年以上経つ小売業で、現在も商売を続けています。この店に、2007年、大きな転換期が訪れました。あれは7月1日の日曜日でしたが、突然、父が早朝に脳梗塞で倒れたのです。それまで病気らしい病気をしたことがなかった父が意識不明の状態で病院に運ばれ、それから約2週間、昏睡状態が続きました。父は小さな商店の社長として、朝早く起きての仕入や経理、営業等ほぼ1人で担っていました。その社長が突然倒れたわけです。私は当時、中小企業経営を学ぶため、経営コンサルティング会社に勤めていました。母から一報を受けすぐに病院に駆けつけましたが、父に対する心配はもちろんのこと、お店の経営を放置するわけにもいきませんでした。病院で医師から容態の説明を受け、付き添っている今この瞬間もお店は営業しており、得意先には配達に行かねばなりません。何よりも──父親の容態がどのような状況になろうとも──「会社のお金の流れを絶つわけにはいかない」ということで頭がいっぱいでした。まさにその翌日には6月末の支払いが迫っており、しかも当時、お金の流れを把握していたのは父だけでした。というのも実はその頃、会社の事業資金は枯渇寸前の状態にあり、「お金のことで周囲に心配をかけたくない」という配慮だったのでしょうが、父はそのことをずっと誰にも知らせずにいたのです。それもとうとう限界にきた。しかも明日には支払いをしなければなりません。さあ、どうするか?この経験こそが私の「経営」の原体験です。私はそれまで多くの経営者の方々に対し、偉そうに経営のアドバイスをしてきたことを大いに恥じました。以前、クライアントから「個人的な経済リスクを背負ったことのないサラリーマンコンサルには、本当の意味で中小企業経営などわからないだろ?」と言われたことがありますが、この言葉の意味を、この時、漸く理解することができました。やはり、他人に言うこととそれを自分で実行することは、全く異なります。その後しばらく、平日は会社、週末は実家の経営に携わる、という二重生活を送り、3年後にはなんとか創業来最高益を出すに至りました。現在も実家のお店は姉夫婦が商売を続けています。一方で、私自身にも転機が訪れます。2011年、当時勤めていた上場会社の子会社であった現在の会社をMEBO(経営陣と社員による買収)形式で独立したのです。独立直後期は債務超過の上、5500万円の営業赤字であり借入もできず資金が枯渇寸前の状態でしたが、自己資金を投入し背水の陣で事業再生に挑み、紆余曲折を経ながらも翌期には黒字に転換することができました。そして、同時並行で収益構造の改善を抜本的に図るために、既存事業の再構築と新事業の立ち上げ、及び組織の再生を行いました。現在は毎年最高益を更新するまでとなり、将来的には株式の上場も計画しています。私が講師を務める後継者向けの経営塾では、何の実体験もない経営コンサルの机上の理屈でなく、2度の事業再生を自ら経営者の立場として「実践」してきたことを踏まえ、生々しく泥臭い、ヒリヒリするような「経営のリアル」をお話しするように心がけています。経営は決して生易しいものではありません。常に問題が発生し続けます。その中で私の拙い経験からも特にお伝えしていることは、経営は早いタイミングで学んだほうが良いということです。早ければ早いほうがいいです。前述した私の経営の原体験は30過ぎの時でした。あの時もし、私自身が経営について全くの無知であったら、と考えると空恐ろしく思います。基本的な財務知識はもちろんのこと、それまでに学んだ経営の原理原則がとても役に立ちました。経営を学ぶとは、「理論を身につける」ことと「経験を通じて得る」ことの2通りがあります。「経験」は当然ながら最も有益ですが、1人の人間が経験できることなどたかが知れています。これを補い、常に思考を鍛え、新たな発見をするためには「理論」を学ばねばなりません。また、自ら経験できなくとも、他の経営者の体験から学べることは多くあります。「経験」と「理論」。私は、この両軸で経営を学ぶことが重要であると考えます。「理論」を学び、それを実行することで成功も失敗も「経験」し、自らの肚に落とす。この繰り返しこそが経営を学ぶことなのだと思います。「事業承継」と言うと相続税対策と見られがちですが、相続税対策は事業承継対策の一部に過ぎません。事業承継とは現経営者から後継者へ事業のバトンタッチを行うことですが、企業がこれまで培ってきた様々な財産(人・物・金・知的資産)を上手に引き継ぐことが、承継後の経営を安定させる上で極めて重要です。そのためには、「後継者の経営力」を高めることが欠かせません。本書は、その経営力向上のために、私が講師を務める「次世代経営塾(戦略的中期経営計画の作成を目的とした計5回の後継者・若手経営者向けプログラム)」の内容を書き記しました。経営力とは、「自らの人生(会社)を未来に向けて自ら切り開いていくための力」であり、「意思決定力×実行力」とも言えます。意思決定するには自信を持って判断を下していけるだけの、知識や見識がなければなりません。実行するには、自ら経営に携わることに対し、言い訳できない環境に身を置き、甘えや緩みを徹底排除して、易きに流されない状態をつくらなければなりません。そして、経営には正解などありません。自らの意思決定を「正解」とするには、自ら正しかったと証明するに足る「結果」を出す他ありません。その過程では孤独を募らせ、追い込まれることもあります。それでもすべてを飲み込んで前に進まなければならない。経営者とはとても孤独で責任の重い役割なのです。この本が今後、そのような重責を担っていく後継者の皆様に寄り添い、少しでも今のお悩みや、目の前を塞ぐ壁を打ち破るための、ヒントとしていただけるものになれば幸いです。また、これからスタートラインに立つ長い経営者人生の中で、この本と出会ったことを皆さんが心のどこかに少しでも残していただけるなら、著者としてこれほどの喜びはありません。インクグロウ株式会社代表取締役社長鈴木智博

◇経営者となる準備はできているかCaseStudy数年前から父親の経営する会社に入り、取締役を務めるAさんは、ある悩みを抱えています。社長である父親が既に65歳を超えているため、周囲から「あと数年で世代交代だね」と声をかけられることも多く、自身もそのつもりで地元に戻ってきました。しかしながら現実は日々の仕事が忙しく、いざ社長になると言われても、今とどう変わるのか、何をすればよいのか、正直ぴんと来ません。家業は地域密着型のサービス業で、事業そのものが成熟~衰退期に入っており、Aさんが把握したところでは、決して儲かっているとは言えない状況です。先行きの見通しも明るくない上、父親とのコミュニケーションも必ずしも円滑とは言えず、何も教えてもらえません。数少ない社員もどちらかといえば父親に近い年代で、気軽に悩みを打ち明けることもできません。この本を手に取られた方には、このAさんと同じく、家業を継いだばかりか、あるいは、いずれ事業承継することを前提に家業に入り、経営を学び始めた方が多いのではと思います。仮にあなたが、地元の友人としてAさんから相談を受け、「自分は社長となるために、どんな準備をしておくべきだろうか?」と問われたとしたら、どのようなアドバイスをするでしょうか。私は全国各地で次世代経営塾という後継者向けの勉強会を開いていますが、そこでは、実に様々な意見・回答が飛び出します。例えば、「まずは勉強だ。少なくとも財務諸表は読めるようになって、会社の状況をしっかり把握すべきだ」とか、「今の間に地元の人脈を養っておくべきでは」とか。あるいは、「父親や社員とのコミュニケーションをもっと図らないと」というものもあれば、「事業が衰退期に入っているなら、新規事業を検討して会社を立て直すのが先では」というご意見もあります。そして、先輩経営者がディスカッションのテーブルにいれば必ず「このAさんは何でこの会社を継ごうと思ったんだろう?自分がどうしたいのかもはっきりさせられず、勝手にモヤモヤしているとしか見えない」という意見が出てきます。もちろん、この問いに正解はありません。というより、その会社によって、おかれた状況によって、どの答えも正解となり得るでしょう。ただ、私が講師として必ず後継者の皆さんに申し上げているのは、何よりも経営者になるという「覚悟」を決め、自分はこの会社をどんな会社にしたいのか、この会社で何を実現するのか、そのために必要なことは何か、事業承継前からとことん考えることが重要だ、という点です。当たり前じゃないか、と思われるでしょうか。ゼロから事業を立ち上げる起業家とは異なり、後継者はどこか、「自分がこの事業を選んだわけじゃない」、「自分がつくった会社じゃない」という気持ちを少なからず持っていることがあります。そういった気持ちは、いつの間にか追い込まれた時の「逃げ」につながり、覚悟の妨げとなります。それでは経営など、到底やっていけるものではありません。しっかりと覚悟を決め、自身が事業を受け継ぐことのメリット・デメリットを自覚した上で事業承継すること、その上で「この会社で自分は何をなすのか」を考えること、それが経営者としての第一歩なのです(図1)。

後継者が受け継ぐべき資産は様々です。例えば、「うちは社員4人の小さい会社ですから」などと口にされる方がいるとします。謙遜でおっしゃっているのでしょうが、もしあなたが全くのゼロから会社を起こそうとしていたら、もしくは個人事業主であったとしたら、新たに1人採用するにも、途方もなく高いハードルを超えねばならなかったでしょう。雇用とはその人の人生を背負うことです。それだけの仕事を確保し、給料を払い続けるという決意、勇気が要る。また、広告を出したからといってすぐに求める人財が採用できるわけでもありません。日々忙しく仕事をする傍ら、縁あって採用した人を定着させ、教育し、技術やノウハウを蓄積していく。こう考えれば、「社員4人だから小さい」など、なかなか言えることではありません。他にも、ベンチャー企業であれば事業に対する信用がないために資金調達が思うように進まなかったり、取引先を開拓しようにも仕事を受けてもらえないということがあります。こんなことは、長年続いた各方面で信頼関係のある企業を承継する場合には、まずありえないことでしょう。後継者が事業を引き継ぐのはそういった諸々のハードルを越えたあとの、会社という完成形であり、さらには金融機関との信頼関係も、地元で長年営業してきた信用も、初めから付与されています。当たり前のことと思っているから気づかないだけで、実は貴重な宝がいくつも眠っている、ということを再認識しなければなりません。その上で自分のなすべきこと、したいことを自由に発想していただきたいのです。◇ベンチャー型事業承継の提案「自分のしたいことを考えろと言われても、会社を引き継いだのは単純にそうするものと思っていたからで……成熟市場だから先々の見通しもそう明るくはないし」という方は多いものです。この会社があったおかげで自分も大きくしてもらえた、これは私も含め、すべての後継者の根幹にある想いでしょう。だからこそ自分もこの会社を引き継ぎ、次の世代へ残していくのだと──しかし、それと「今までと同じ事業を今までと同じやり方でやる」ということは、決してイコールではありません。むしろ、●昔から持っていた、家業とは一見関係なさそうな夢を自分の会社で実現する●大企業での勤務経験を活かし、そこで得た知見を自社の経営に反映させる●かねてから自社について問題だと感じていた点を改善する●事業の中で顧客の声や社員の提案、あるいはたまたま出会った新技術、新商品などから新しい事業のヒントを得るというように、様々なきっかけからそれまでにない新しい領域へ挑戦し、成功したという例も少なくないのです。長く成功し続けている企業では、衰退期ごとに中興の祖というべき経営者が現れて、必ず、その時代に応じた変革を成し遂げています。これらの企業は既存の経営資源を再評価し、その価値を市場のニーズと結びつけることで、ベンチャー企業のように積極的に新規事業や新市場へ打って出ながらも、比較的高い安定性を実現しているのです。トランプ・花札のメーカーから、世界的大企業にまで急成長した任天堂はその代表と言ってよいでしょう。若くして家業を引き継いだ山内溥氏は、当時全国で起こっていた労働争議に苦しめられつつも、ディズニーキャラクターを印刷したトランプを開発、家庭という市場を開拓します。後にインベーダーゲームのブームが起こると一時は他社に追随しながらもいち早くアーケードから撤退し、やはり家庭向けゲーム機の開発に着手しました。今や「ニンテンドー」の名は一企業の社名にとどまらず、「自宅で楽しむビデオゲーム」の代名詞ともなっています。会社という枠組みと、その「指揮権」があれば、理論上はどんなことでも行うことができます。経営者が変われば、会社も変わっていくのです。これまでの人生経験や新たにアンテナを広げて得られた情報なども踏まえて、「この会社で自分はこれを成し遂げるのだ」という確固とした信念、あるいは、創業者と変わらぬ熱量を持って取り組んでいける夢を、ぜひ「自分の会社」に見出していただきたいと思います。なお、このように特に変革と挑戦を伴う事業承継を、「ベンチャー型事業承継※⑴」とここ最近は表現されています。この「ベンチャー型事業承継」という言葉は、中小企業庁の「事業承継五カ年計画」(平成29年)に盛り込まれたことから徐々に広がりつつありますが、それによれば、●今後5年間で30万社以上の中小企業において経営者が70歳を迎えると予測されるが、にもかかわらず、その6割が後継者未定である●一方、売上増を実現できているのは70代の経営者で14%、30代では51%となっており、明らかに若手経営者のほうがパフォーマンスは高い●70代の経営者でも承継準備を行っているのは半数に留まっているとされ、経営者の高齢化、及び経営者不足による廃業数の増加が、特に問題視されています。日本経済の特徴は、国内企業の9割以上を占める中小企業がそれぞれにその時々の社会の要請に応えてイノベーションを起こしているという点にあるのですが、このままではその強みが失われかねないと考えられているわけです。これに対し、行政が解決手段として打ち出したのが、若い経営者、特に地元企業を引き継ぐ後継者が新規事業や新市場開拓など、新しい領域に積極的にチャレンジしていける「環境」を整えるというものです。この方針に従い事業転換に対する事業承継補助金の支給や税制優遇、あるいは啓発イベントや勉強会など、後継者を対象とした様々なベンチャー型事業承継の奨励事業が行われていますので、必要ならばこうした制度の有効活用を検討するのもよいでしょう。※⑴…「若手後継者が、家業が持つ、有形無形の経営資源を最大限に活用し、リスクや障壁に果敢に立ち向かいながら、新規事業、業態転換、新市場開拓など、新たな領域に挑戦し続けることで永続的経営をめざし、社会に新たな価値を生み出すこと。」一般社団法人ベンチャー型事業承継代表理事山野千枝氏が提唱。◇経営者の仕事とは何か本書の冒頭ではケーススタディとして、「数年後に事業承継を控えた後継者が準備として何をなすべきか」について考えていただきました。これに対し実際の次世代経営塾で、「今のうちに腹心の部下を育てておくべきだ」と発表する受講生がいらっしゃいました。読者の中にも、同様にお考えの方がいらっしゃっただろうと思います。腹心の部下、社長の右腕、表現はいろいろありますが、そういった存在がいるということは、経営者にとって非常に重要なことです。具体的にはまた後述しますが、腹心の部下とは、ある分野においては経営者同様の能力を持ち、経営者の理念を自分のものとし、「社長ならばこう考えるだろう」、「こう行動するだろう」と、自分ではなく経営者の視点、立場からものごとに対処できる、いわば経営者の分身とも呼べる存在です。幹部陣の中にこういう人がいれば大いに頼もしく、眼の前の仕事をどんどん任せることができますので、そのぶん経営者は「経営者にしかできない仕事」に専念することができます。では、経営者にしかできない仕事とは何でしょうか。それは、突き詰めれば●戦略の立案●人心の掌握の2つです。個人事業主なら、1人で何でもできなければなりません。商品の製造や仕入、営業はもちろん、役所をはじめとする対外的な折衝も、財務も、すべて自分が行わなければ代わりがいません。中小企業においても、ある程度の規模までは、経営者1人の肩にすべてがかかっている状態が普通です。ただ、それは代わってくれる人がいないからであり、もし優秀な人財がいるのであれば、営業でも製造でもどんどん代わってもらって問題ありません。これに対し、戦略の立案と人心の掌握、この2点だけは余人を以て代えがたい。戦略の立案とは、経営者の夢を描き、会社の進むべき道を皆に示すことです。そして人心の掌握とは、打ち出した方針を組織に浸透させ、その実現に向け社員のモチベーションを高めていくことです。いずれも、もし経営者が自分以外の誰かに任せたら、その時点で「この会社は自分の会社だ」とは言えなくなる性質を持っ

ています。経営者にとって会社とは、自分の人生をかけた夢、理想を実現するためのものといっても過言ではありません。だからこそ情熱を持って事業に邁進することができるのですし、でなければ、何千万、何億という個人保証を背負ってまでして、務まるものではありません。もちろん、他の仕事が重要ではない、という意味ではありません。現実には目の前の納期や売上に追われ、日々懸命に業務に取り組んでいらっしゃって、そんなことを考える時間的余裕のない方がほとんどだろうと思います。今日の仕事をきちんとこなすことが最優先、これは当然のことです。ただ、今日の仕事だけで時間が尽きてしまい、会社の未来を考えたり、社員と本音でつきあう時間が一切ない、そんな状態が長続きするはずがないというのもまた、事実です。週に1度、否、1ヶ月に1度でも構いません。2~3時間は集中して会社のあるべき姿を考えたり、幹部とディスカッションしたり、あるいはまた、考えを深めるための学習や情報収集を行う、そんな未来のための時間を設けることを習慣づけていただきたいと思います。一般に企業の寿命は25~30年と言われる一方、日本には創業100年、200年といった長寿企業が数多く存在し、その大半が中小の、いわゆる同族企業=ファミリービジネスです。ファミリービジネスにおいては関係者が企業を「家」同様、子々孫々に伝えるものと捉えることから、自ずと長期的視野に立った経営判断を下しやすく、それが大きな強みとなります(図2)。実際に安定して高い業績を上げている企業は同族企業が多いとのことで、近年は世界的にもファミリービジネスの研究が進んでいます。

こうした強みを最大限に活かすためにも、経営者本来の仕事にかける時間を確保し、将来にわたって自社が社会において価値ある存在であるために確固たる戦略を打ち立てることが、後継者の務めと言えるでしょう。◇経営を考える上で押さえるべき2つのポイント「戦略の立案と人心の掌握が経営者の仕事である」としても、まだぴんと来ないな、という方は多いのではないでしょうか。まして、その戦略に基づいて経営計画を立てろと言われても、「計画通りに行くなら簡単なんだよ」と思ったり、あるいはまた、大企業が発表しているような精緻な数値計画を思い浮かべ、「とてもあんなものはつくれない」とうんざりする方も、いらっしゃるかもしれません。シンプルに考えましょう。自社の経営を考える上で押さえるべきポイントは、●目先の収益を確保するための「延命戦略」(=既存戦略)●将来の収益を保証してくれる「成長戦略」(=革新戦略)の2点です。中小企業の場合、社長交代が計画的に行われるのは稀で、高齢の経営者は内心子どもに事業を継いでほしいと思っていても、「そのためにはもう少し財務内容をよくしてからでないと」とか、「こんな衰退産業は自分の代で終わりにしてもいいのでは……」と躊躇しがちです。その間に計画的に後継者育成をしてこなかったり、あるいは突然健康を害し、何の準備もないまま急遽、なし崩しの事業承継を行う羽目になったりします。「良い状態で会社を引き継ぎたい」という親心も、後継者の立場からすると、今まで明かしてもらえなかった会社の問題がいきなり表面化して、大慌てさせられることが少なくないのです。蓋を開けたらとんでもない不良資産が存在し、一気に債務超過に陥った!という場合、放っておけば会社が潰れてしまうかもしれません。それならそれで、まずは目先の収益を確保し、生き残るための方策を早急に打ち立て、力を注ぐ必要があるわけです。と同時に、前項でご説明した通り、中長期的視野に立った成長戦略も同様に不可欠であり、経営が安定すればすぐにでも実行できるよう、予め備えておかねばなりません。両者のバランスは会社の財務状況などに応じ、適度にとっていく必要があるでしょう。戦略的中期経営計画策定のメリット●正しく現状把握をしないと経営計画はつくれない●自社の進むべき方向性が明確になる●社長の「想い」、「考え」を形にすることで幹部、及び社員の意識の統一が図られる●計画策定に幹部を参加させ、「会社の将来を考える作業」を行わせることが幹部の成長につながる●目標が明確になることで社員のやる気が出る●協力者(仕入先、銀行など)の理解が得られやすくなる●補助金申請の一助となるでは、立てた戦略を経営計画に落とし込む意義は何かというと、概ね右に挙げたようなことになります。経営者の考えるこの会社の未来。社会においてどのような存在となりたいか、どのような価値を提供する会社でありたいか。どれだけ素晴らしい理念を持って、どれだけ夢のある未来を描いたとしても、それはまだ、経営者の頭の中のことです。はっきりと「こんな会社にしたい」と、意思を言葉に表して初めて、皆が「その実現のために何が必要か」を考えるようになります。重要なことは、会社の存在する目的を実現するために、まず目標、即ち会社のあるべき姿、なりたい姿を描き、現状とのギャップを明確にすることです。このギャップをいかに埋めていくか?という視点を持つからこそ、自社の抱える問題点が整理され、クリアすべき経営課題が明らかになるのです。ただ漠然と、「今よりいい会社にしたい」、「会社を大きくしたい」と思うだけでは何も変わりませんが、具体的に何年後までにこのような事業に進出してこれだけの売上を上げるとか、そのためにこのような人財を何人獲得し、あるいは既存社員からこういう人財を育てるというふうに目標を立て、納期を設定すれば、自ずとそのための方策も立ってきます。例えば、移動手段として「歩く」ことしか知らない人がいたとして、その人に「なるべく早く、東京まで移動してください」と言ったとしたらどうなるでしょうか。長距離に困惑しつつも、「歩く」ことしか知らない人は、取り敢えず、今までしてきたのと同じように、歩き出すことしかできないでしょう。一方、「今日中に東京まで移動してください」と明確な納期を与えた場合はどうなるでしょうか。歩いていては間に合わないことは明白ですから、取り敢えず歩こうという人はいなくなるでしょう。中には実現不可能な指示を与えられたと投げ出す人もいるかもしれませんが、大方は、「歩く他に方法はないだろうか」と考え、リサーチを始めるでしょう。程なく、「電車に乗る」、「飛行機に乗る」といった新しい手段にたどりつき、目標を達成する人が出てくるはずです。要は明確な目標とそこにたどり着くまでの納期を設定するからこそイノベーションが起こるのであり、それこそが目標を設定する意義なのです。今の活動をただそのまま積み上げていっても、成長にはつながりません。決して「目標を設ける」、それ自体が目的とならないよう配慮し、立てた戦略は必ず、誰の目にもわかりやすい計画にしていきましょう。経営者の意思が明確に示されて初めて、幹部も社員も未来を描くことができるのです。これは後継者でも同じであり、戦略的中期経営計画は自らの意志や企てを周囲に知ってもらい、社員を巻き込み、味方にするための、ツールともなるのです。

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