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第5章戦略的中期経営計画を作成する④計画を実行できる組織づくり

◇組織図は戦略を解き明かす説明書さて、ここまで、自社の経営理念、経営ビジョンを明確にし、その実現のため、具体的に3年後達成すべき目標を定め、特に中小企業が「勝てる」戦略を立案する視点をご説明してきました。ここからはいよいよ、立てた戦略を実行していく手段としての組織づくりを考えていきます。戦略的中期経営計画には必ず想定される組織図を添付します。こう申し上げると、「組織図なんて、うちはまだ社長も含め5人しかいませんが」という方もいらっしゃるでしょうが、実のところそれは問題ではありません。組織図とは自社の戦略目標を達成するためにどのような責任分掌を採り、どのような機能を発揮していくかということを表したものであり、策定した戦略を実現するため、具体的に誰が何を行っていくのかを解き明かす説明書なのです。その結果、人数が少ないために「営業部」、「経理部」という表記でなく、「営業担当:○○さん」、「経理担当:○○さん」という組織図になることも当然あるでしょう。通常の経営計画の策定ステップの中でも、この組織図策定のくだりは比較的軽視されがちです。が、実際には社員数が多いから必要、少ないから不要ということではなく、少なくとも自分と共に働く人が1人でも存在するのなら、組織図によって役割分担を明示することが絶対的に必要なのです。さもなければいつまで経っても経営者1人で何でもやらなければならず、いつまで経っても下に人が育たず、何事も成し得ないまま、「結局は自分がいないと」と愚痴をこぼすことになります。どのような目標のために、誰がどの分野のキーマンとなって責任を持つのか、そうした役割分担が明確に設定されない組織は組織として機能せず、ただの烏合の衆に終わります。野球に例えれば、それぞれのポジションごとの役割が明確になっているからこそチームがチームとして機能するのであり、もし個々の守備範囲が決まっていなければ、打球が飛んできても「誰かが捕るだろう」と考え、初動が遅れてしまう、というミスが頻出するでしょう。人間の心理として人数が増えれば増えるほど、責任感や当事者意識が薄れがちになるため、「指示されたらやろう」、「言われてないことはきっと誰かがやるんだろう」と考えるようになるものだからです。逆に、それぞれの責任範囲を各人が明確に理解している組織では、その責任が適度なプレッシャーとなり、自然と主体的に業務に取り組むよう仕向けられていきます。個々が自立して業務に取り組むことが組織の活性化につながるのですし、きちんと設計された組織だからこそ、個々の能力を活かすことができるのです。ではどのような組織を築くべきか。企業の組織構造は様々です。日本で最も一般的な「ピラミッド型組織」はトップの指示命令を迅速に現場まで伝達し、実行させる上で理想的な形態として普及しました。が、社会全体が成熟期を迎え、ニーズの多様化が起こってくると、現場の問題意識や市場動向、顧客ニーズの変化といった情報を経営陣まで吸い上げるのに適したフラットな「文鎮型組織」や、新市場、新規事業にチャレンジするのに有効な「タスクフォース型組織」、事業再生期では「クロスファンクション型組織」などが注目されるようになりました。戦略と同じく、組織構造にもそれぞれに一長一短があり、どの短とどの長を選ぶかは経営者の考え1つです。ただし、経営学の権威、アルフレッド・チャンドラーは、「経営戦略に従って組織構造も変革される」と述べています。変わりゆく経営環境の中で確実に成長戦略を実現するためには、経営幹部の能力向上や、新たな知識・スキルを保有した人財の育成及び採用、さらには、組織が持つべき機能や役割の変化……といった組織面での変革が不可欠です。組織は戦略を遂行していく過程で、より適した形に変化していく必要があり、そこに属する人財に求められる能力や人財育成方針も戦略次第で変わります。この「組織は戦略に従う」ことを念頭に、3年後の目標を見据え、組織構造を考えていきましょう。具体的には後述する事例をご参照いただきたいのですが、まずは現在の組織図をまとめ、それぞれの部門・部署の機能を明らかにします。そこでさらに、「目標を達成するために、3年後、自社はどのような組織になっているか?」と想像するのです。3年後の経営目標を達成するためにはどのような業務が発生し、それを果たしていくのに自社にはどのような機能が求められるか、どのような能力を持つ人財をいつまでに何人獲得し、育成しておくべきか……と考えていきます。3年という数字は、自社の戦略目標達成の時期や、ご自分の事業承継の時期に合わせ、自由に設定していただいて構いません。自社が戦略を実行する力を持つために、どのような組織が必要か、以下の4つのポイントを踏まえ、考えてみましょう。より良い組織構造をつくるための4つのポイント●戦略目標に応じて組織構造を常に改善し続ける●環境の変化に適応できる柔軟な組織構造をつくる●小さな本社・フラットで簡素な組織構造をつくる●情報が迅速に流通する組織構造をつくるColumn組織図作成の具体例:家電店A社これまで度々例に挙げてきた家電店A社を例に組織図作成のステップを見ていきましょう。A社では、中期経営計画を考え始めた時点では図11のような組織図でした。トップから下位への指揮命令系統の一貫性を重視した組織形態で、管理者の指示が直接部下に行き届くようになっており、権限の責任がわかりやすいため、中小企業の強みである「スピード」を活かすことができるものです。

ただしこの形態は、ある程度規模が大きくなると「管理者に権限が集中しやすく負担が大きくなる」、「階層が幾重にもなる」等の問題が生じ、統制範囲が不明確になったり、情報伝達が遅れ、強みであったスピーディーな意思決定が阻害される可能性も有しています。A社の3年後の定性目標、及び3つの競争原則達成のためには変革が必要と考えられました。A社の3年後の定性目標お客様から「価格」でなく「価値」で選ばれる会社となり地域の勝ち組へ!3つの競争原則●狭域エリアのシルバー層が利用する電器屋として地域NO.1となる●効率優先の大手が真似できない、「手間のかかる」サービスに特化し、価格では勝負しない●思い切った顧客の絞り込みと顧客の分類を行い、ロイヤルユーザーを徹底して育成し、価格だけでしか判断しない顧客は相手にしないこれを実現していくために、まず1年目は、現在の営業部と修理部を統合した「顧客サポート部」を新たに設け、さらに、店舗経営と訪問サポートの機能を切り分けて、主要顧客に特化したサポートチームを編成することにしました(図12)。さらに2年目は顧客(シルバー層)に対する市場調査やマーケティングを行う機能を強化し、顧客満足度を高める店舗イベント・商品開発・仕入を担う「サービス開発部」を創設。3年後には囲い込んだ顧客に対して、高付加価値商品を提案するために「新事業開発室」を設け、大手が真似できないサポートに特化した組織構造を完成させました(図13)。

戦略目標がきちんと定まっていない企業において3年後の組織構造をイメージすることは困難ですが、A社のように明確な目標が設定されている場合は、このように「いかにして目標を実現するか」、「どのような段階を踏めばいいか」と考える中で、自ずとふさわしい組織像が浮かんで来ます。後は誰に各部門・業務のキーマンになってもらうか、なのです。◇組織づくりは「右腕」づくりから前項のように3年後の組織図を作成し、現在と比較すれば、自ずと今後はどのような能力を持つ人財が必要か、いかにして必要な人財を育成し、あるいは採用するか、という課題が見えてきます。その中でも後継者にとって急務となるのは、自分の右腕となる経営幹部の育成ではないでしょうか。中小企業では一般的に、創業者や先代の社長が若い頃から苦楽を共にしてきた同志とも言うべき、社歴の長い、比較的高齢の社員が経営幹部のポジションに置かれています。彼らは豊富な経験を持ち、会社のことや担当業務を知り尽くしている頼もしい存在ですが、社歴が長いだけに「過去の成功体験に縛られやすい」傾向も有しています。既にご説明した通り、会社の成長期や、市場の拡大期における成功要因は、成熟期に入った会社・市場においては最早、成功要因ではないことがあります。この点について十分な知識・見識を持つ幹部ばかりならよいのですが、そうでなければ、その幹部は「今までこれでやってきたんだ」ということにこだわるあまり、会社の新しい方針、新しい戦略をなかなか受け入れられないかもしれません。一方、成長戦略の実行段階では、経営者の「やるべきこと」が飛躍的に増大します。新規顧客の開拓にせよ、新商品の開発にせよ、大変な困難が予測され、経営者自身が陣頭指揮を執らずに実現することはありません。必然的に、従来業務は少しずつでも他に権限委譲していくことになりますが、そのためには、対象となる幹部社員が、経営者と同じ判断基準を以てことにあたる必要があります。このように考えると、現在の経営幹部を尊重し、根気強く今後の経営方針を理解してもらえるよう努める一方で、一刻も早く若手社員、中堅社員の中から数年後経営幹部となって活躍してくれるような人財を見出し、育成することに着手すべきだと言えるでしょう。そのため後継者はできる限り早いうちに「採用」や「社員教育」を担うべきであり、これに社長就任前から着手しているのと、社長になってから取り組むのでは、その後の経営スピードが全く異なります。ここでいう幹部とは単に会社の上層部にいる人財ということではなく、自身が経営者となった際、共に戦ってくれる同志・仲間であり、それを自らの手で育てるということに意味があるのです。私の経験則で言うと、組織は概ね、その主な推進力となる上位2割の人財と、やる気のない、仕事や組織に対しネガティブな考えを持っている下位2割、そしてその双方から影響を受け、「空気」で動く6割の中間層に分けられます。「2:6:2の原則」と呼んでいますが、組織づくりの要諦とは、このうち上位2割をいかに早期につくり上げるかということになり、経営幹部こそがまさに、それに当たります。経営者と価値観を共有し、目指す方向性(理念、ビジョン、使命)を理解して行動する経営幹部がいなければ、組織は動かないのです。では望ましい経営幹部像とはどういうものでしょうか。端的に言えば、それは「社長の分身」と言える存在です。決して経営者の言いなりという意味ではなく、経営者と同じ判断基準を有しているので、彼が主体的に考え、行動する結果が、経営者が考え、行動した場合と結局は同じになるというのが理想でしょう。経営者の分身としての経営幹部の姿には、次の3つの段階が存在します。●メッセンジャーボーイ的経営幹部経営者の指示をそのまま部下に伝える●広報マン的経営幹部経営者の出す指示の中から、経営者が言わんとしていることを咀嚼して、部下が仕事をしやすいように説明・指示することができる●業務責任を果たせる経営幹部経営者が不在の時でも経営者になり代わって物事を考え、処理することができる例えば、新たに決まった経営方針を部下に伝える際、「こう決まったから」と伝えるだけの管理職は少なくありません。「ま、俺はどうかと思うんだけどね」とわざわざネガティブな言い方をする管理職もいます。しかし中には、経営会議に積極的に参加し、新方針をきちんと理解、納得して、自分の言葉で適切に部下に伝え、動機づけができる管理職もいます。前者のケースでは何か問題が発生した場合、業務がストップしてしまう恐れがありますが、後者ならば経営者がことにあたるのと同じように、適切に対処してくれるという安心感があります。このように経営幹部の能力の高さとは、彼がどの程度経営者の代行ができるかで決まります。従って経営者は、これはという人財を見出したら、早く「業務責任を果たせる経営幹部」の段階に到達してもらえるよう、常日頃から育成に努めなければなりません。また、部下の立場から見れば、経営幹部とは「仕事・生活の両面における指導者」であり、特に若い社員からすれば直属の上司である経営幹部こそが会社の象徴となってしまうほどに影響力のある存在です。単に担当業務に優れているだけでなく、適切な指導力を持ち、「我が社は社会においてどういう存在であるか」、「何を使命として、何を商品として社会に貢献するのか」を直接部下たちに伝えるべき存在です。当然ながらそれにふさわしい人格の持ち主である必要があり、もしそれとは逆に、「俺の若い頃は」と硬直した姿勢で過去と同じやり方を部下に押しつけたり、「どうせ頑張ったってこんな会社」と部下の士気を下げる発言をする人物であれば、新入社員が初めて接するロールモデル=経営幹部としてはふさわしくないと判断することができます。Column幹部陣の能力向上のために前項で「望ましい経営幹部像」についてご説明しましたが、ではそのような人財を育成するにはどのような方法があるでしょうか。もちろん「人」に関わることなので、その人によって、置かれた状況によって適切な方法は変わるでしょうが、社長の分身となってもらうためには、最低でも●担当業務に関する知識●経営知識、及び、自ら問題を見出し、自ら答えを導き出す思考力●自社に関する正しい現状認識(市場動向や財務状況等)●自社の経営理念、経営ビジョン、使命、及びそれらを貫く経営者自身の考え方や哲学に対する深い理解●それらを背景に、主体的に経営に関わっていく姿勢や成長意欲●人の上に立つ者としての品格や部下への愛情……が必要であろうと思われます。このうち、「自社の経営理念、経営ビジョン、使命、及びそれらを貫く経営者自身の考え方や哲学に対する深い理解」については、経営者の側から、経営幹部、及びその候補となる方々と積極的にコミュニケーションを図っていくことが最も有効です。自分はなぜこのような理念を持つに至ったのか、その思考過程やベースとなる経営者の人生経験も含め繰り返し説明し、心から納得してくれる状態となるよう努めましょう。その状態に到達するには経営者もまた、個々の経営幹部が置かれている状況や考え、価値観を理解する必要があります。今、「なかなか社内でそんな話はしづらいな」ということなら、まずコミュニケーションの土台づくりから始める必要があるかもしれません。

なお、相手に正しい現状認識を持たせ、自社の経営理念への理解を深めさせ、さらに主体的に経営に関わっていく姿勢を養う一石三鳥の手段としては、「戦略的中期経営計画の策定に参加させる」という方法があります。弊社では年に2回、1泊2日の合宿形式で会社の経営戦略をとことん議論し、各自が自部門の経営計画にまとめるということを行っていますが、30代の若手マネジャーから参加の機会を与えています。当初は経営戦略論やマーケティング等の基礎的な知識に差もあり、議論というよりも事細かくレビューするような内容でしたが、毎年継続して開催するうちにどんどんレベルアップされてきました。今では経営者である私が口を挟むことはほとんどありません。経営計画というアウトプットの機会を与えることで、幹部自ら経営知識を蓄えようとするメリットもあり、ぜひ実践していただきたい方法です。また、その計画も経営者から一方的に与えられたものではなく、自分たちが考えて作成したものとなるため、当然ながら、目標達成への責任感も圧倒的に強いものとなります。このように経営幹部の育成には様々な手段が考えられます。次世代経営塾で受講生の方に対し、「経営幹部の育成に必要なことは何ですか?」と聞いたところ、以下のような意見が出されました。●自分が手本になる●情報共有の徹底●社長が業務遂行するのに同席させる●経営方針の根元を学ぶ●ビジョンの共有●社長とのコミュニケーション(社長の考えを理解)●責任を負わせる(権限移譲)●経営の実態(会社の業績等)について情報共有●任せて任さず(計画・実行・報告・考察)●他社で修業させる●経営計画を一緒に作成する●経営会議、全体ミーティングに参加させる●経営戦略やマネジメントの勉強をさせる●外部の幹部研修、経営者が参加する研修等を活用するetc.いずれの手段を採るにしても、その機会を通じ、経営陣の1人として自立を促すことがポイントです。自立とは、「自分で自分に問いかけて答えを出し、実行することで成果を出す」ことを言います。経営には算数のような唯一解はなく、従って何が自社にとっての正解であるか、常に自身で考え、自らの行動で証明するという姿勢が求められます。そのためには、今、後継者の皆さん自身が経営を学ぼうとなさっているように、経営幹部にも早いタイミングで学びの機会を与える必要があるでしょう。既に述べた通り、経営を学ぶには、「理論を身につける」ことと「経験を通じ体得する」ことの2通りがあります。経験は最も有益ですが、1人の経験には限界があります。これを補うにはやはり理論も不可欠なのです。ただ、これは私にも経験があるのですが、理論を学べば学ぶほどそれを役立てる場面が増えるのと同時に、矛盾しているようですが、なかなか理論通りにいかないと思い知らされることも増えていきます。経営の現場には例外が溢れており、理論にも当然限界があります。この点に留意し、「理論」と「経験」を両輪に自らの思考の軸=「自分で自分に問いかけて答えを出し、実行することで成果を出す力」を身につけさせることが、経営幹部育成において最も重要であると言えるでしょう。◇好ましい組織風土を醸成するCaseStudy「なんて会社に来てしまったんだろう……」清掃会社A社に役員として赴任して、あまりの覇気の無さに呆然となったあなた。離職率の高さは事前に聞いていましたが遅刻や当日欠勤も多く、あなたから「おはようございます」、「こんにちは」と挨拶の声をかけても「はあ」と無表情に応えるだけのスタッフたち。肝心の清掃も通り一遍で、決して品質が高いとは言えません。クレームも少なくなく、会社の業績自体、低迷しています。他の役員に話を聞いても、「掃除スタッフの方は50代が中心で、今まで様々な職を転々としてきた人たちなので、今更我々が何か言ってもね」、「うちは3Kだしね」と半ば諦め気味です。実はあなたは、組織変革・業績アップの旗振り役としてこのA社に派遣されてきたのでした。これからこの会社をどのように変えていきたいと思いますか。そのためには何をどのように進めていくべきでしょうか。前項では「2:6:2の原則」についてご説明しました。組織において、「確固たる信念や理想を以て自律的に業務に邁進する社員」は上位2割程度で、大部分の社員は周囲の社員の言動に影響されて士気を高めたり低下させたりしています。確実な戦略実行のためにはこの中間層の社員を、できるだけ上位2割に近づけていく必要があるのですが、それにはそうなるような「空気」をつくっていかねばなりません。その組織固有の「空気=雰囲気」を、「組織風土」と言います。組織風土は組織の構成員に共有される価値観であり、思考及び行動の規範となるものであり、組織構成員の日常活動を通じ、あるいは学習によって、継承されていくものです。では、自社が目指すべき組織風土とは、どういうものなのでしょうか。実は、成長する企業にはほぼ共通して、ある好ましい組織風土が醸成されています。これを構成する要素としては、●「同一の危機感」●「共通の価値観」●「自信と信頼」●「感謝の気持ち」●「高い欲求水準」の5つが挙げられ、受講生の皆さんにはこの視点から自社の組織風土や、経営陣1人ひとりの行動様式を定期的に振り返っていただくよう提案しています。これらの要素は互いに関連しており、例えば企業においては慢心することなく、常に市場の変化や顧客の動きに気を配り、ビジネスチャンスを逃すことのないよう努めなければなりません。このような不断の努力を継続するには、皆がある程度健全な危機感を抱いている状態が望ましいのですが、この危機感にしても漫然と醸成されるものではなく、あくまで「正しい現状認識」や「自社や自分自身に対し抱いている何らかの理想像」とのギャップを埋めたい、という感情から生まれてくるものです。即ち、「共通の価値観」や「高い欲求水準」と「同一の危機感」は連動しているのです。また、同じ理想、同じ価値観の仲間と共に仕事をする中で、自分たちの目指す方向は間違っていないという「自信」や仲間への「信頼」が生まれます。「自信」があるからこそ今の環境への「感謝」も生まれますし、もっと成長したい、もっと会社や社会に貢献し、顧客に喜ばれてより良い人生を送りたいというふうに、自己への「欲求水準」も一層高められていきます。このようにご説明しますと「そううまくいくものでしょうか」とよく言われますが、もちろん、経営者の努力なくして勝手に好ましい風土が築かれることなどありません。例えば、経営者自身が自社の可能性に魅力を感じ、誇りと情熱を以て事業に邁進しているからこそ、社員も仕事にやりがいや面白みを感じるのです。中小企業において、経営者や経営幹部の行動が組織風土に与える影響は非常に大きいものです。誰よりもまず経営者自身が日々の行動を振り返り、改革することからスタートし、その後はマネジメントの中で、社員が経営者から受けた好ましい影響を一過性のものに終わらせず、組織全体に浸透させていくための「仕組み」・「仕掛け」となる施策を意図的に打っていきます。

皆さんは「新幹線劇場」という言葉を耳にされたことはあるでしょうか。「新幹線劇場」とは、新幹線が東京駅に到着してから出発するまでの停車時間、わずか7分の間にゴミの収集・処理から座席・ブラインドの調整、テーブルや窓枠の清拭、座席カバーの交換、忘れ物の確認・管理、トイレ清掃、破損箇所等の報告……等々の一連の業務をすべて成し遂げ、定刻通り車両を送り出すその迅速かつ徹底した清掃の見事さを表す言葉です。これを提供する株式会社JR東日本テクノハートTESSEIの優れたオペレーションや、それを支えるスタッフの士気の高さはハーバード大学ビジネススクールが教材として研究し、ディズニーはじめ多くの企業が見学に訪れるレベルです。しかし、実は同社も、かつてはケーススタディで取り上げたような、3K企業特有の「モチベーションの低下」や、「クレームの増加」という課題を抱えていました。そこからいかにして現在の状態にまで改革できたのか?との問いに、元TESSEIおもてなし創造部長、現在はおもてなし創造カンパニー代表を務める矢部輝夫氏は「変わったのは『マネジメント』のほうなんです」とオンラインマガジン「〝未来を変える〟プロジェクト」のインタビューで答えています。要は組織風土の醸成も経営者次第、マネジメント次第であり、この認識に立って自社の組織風土変革に取り組んでいただければと思います。Column従業員アンケートをとってみるある程度の規模になった会社の場合、自社の組織風土について現状を把握するために、社員に対し「仕事と組織に関するアンケート」をとるという方法があります。各経営コンサルティング会社がそれぞれに組織風土診断を実施していますが、ここでは最低限これだけは、という設問を、解説(矢印以降)と共にご紹介しています。今の自分の仕事に、大きな価値を感じていますか。→「共通の価値観」…仕事そのものに対する考え方にずれはないか確認します。「もっと素晴らしい仕事をして、より価値ある成果を生み出したい」という思いを強く持っていますか。→「高い欲求水準」…自社は、社員が成長欲求を持てる環境となっているでしょうか。「このままでは自分の役割を十分果たせないのではないか」と真剣に考えることはありますか。→「同一の危機感」…正しい現状認識や問題形成力を有しているか、健全な危機感(明確な目標と達成意欲がなければ発生しない)が養われているかを確認します。「今の自分の仕事は、自分だからこそできているんだ」という自信を持っていますか。→「自信形成」…自己肯定感を持てているか、無力感があるとすればなぜか?会社の理念や方針と自分の考えが一致していると思いますか。→「共通の価値観」…自分のベクトルと会社のベクトルが合致しているのが好ましい状態です。会社は自分を適切に評価してくれていると感じますか。→「信頼」…社員にとって、えこひいきのない公正公明な組織であるかどうか、各種処遇に納得感があるかを確認します。上司は尊敬に値し、今後も立派な人物になると思いますか。→「社内の人間関係」…中小企業の場合、社員にとって最も影響力を発揮するのが直属の上司です。が、会社の規模が大きい場合は同僚、部下に対しても互いに協力しあい高めあえる存在かを尋ねる項目を設けましょう。「自分が今こうしてやっていけているのは同僚のおかげだ」と感謝していますか。→「感謝の気持ち」…私が私が、とならず、周囲に感謝の気持ちや配慮の心を持てるのは働きがいを感じられているからこそです。これらの項目について、5点(とてもそう思う)、4点(そう思う)、3点(どちらとも言えない)、2点(そう思わない)、1点(全く思わない)の5点満点として、従業員に匿名で点数をつけてもらい、各項目の平均値を出していくこととします。これらの平均値について他の項目よりも極端に高かったり低かったりする項目についてその要因を考え、今後、伸ばす要素と改善する要素として対策を検討します。ぜひ、1度アンケートを実施して自社の現状を確認してみましょう!Column社員と真摯に向き合うことで、生産性の高い組織づくりを進める株式会社松本機械製作所後継者が新たな取り組みを始めようとする際、先代が築いたそれまでの組織風土や仕事のやり方、社員たちの意識とのギャップを感じることが多々あります。後継者にとっては悩みどころです。しかし、こうした状況に直面することは、後継者による組織づくりのチャンスと捉えるべきでしょう。経営課題に自ら率先して取り組むことでしか、社員との共感や、信頼関係は構築されません。後継者が真のリーダーとなるための不可欠なプロセスでもあるのです。1939(昭和14)年創業の松本機械製作所は、製薬用の遠心分離機専門のメーカー。国内シェア70%を誇り、「技術の松本」と言われる技術力で高い評価を得ています。2014年、その4代目社長に就任した松本知華氏は2人姉妹の長女として、幼い頃から家業の継承を意識。大学は法学部へ進学、卒業後はベンチャー企業の営業職を6年間務め、28歳の時に同社に入社しました。入社早々、松本氏が気づいた組織の課題とは、生産性の低い仕事の仕方でした。当時、同社では見積書はすべて紙ベース。分厚いファイルから探し出すのも時間がかかっていました。見積書を作成するのは一部のベテラン社員の仕事とされていたため、彼らの経験やノウハウが共有されていないという問題もありました。同様の問題は製造現場にもありました。ベテラン社員は「見て覚えろ」という姿勢で、若い社員に積極的に仕事を教えようとしません。そのため、製造現場で一人前になるには10年もかかっていました。工程管理も共有されておらず、現場の社員たちが部品の到着時間すら把握できていないという非効率もありました。こうした状況を改善するために、松本氏は様々な手を打っていきます。顧客管理用データベースの作成とシステム化、製造マニュアルの作成、タブレット導入による製造工程の見える化などを進めました。一連の改革は、のちにその便利さに気づいてもらい、社員たちの理解が得られました。結果として社内の生産性も向上しました。しかし、最初のうちは、従来のやり方を変えることに抵抗を感じる社員も多く、度々、ぶつかったそうです。女性ということで甘く見られたこともありました。何度も頓挫しかかった改革をやり遂げたのは、なんとしても会社を変えていきたいという強い想いがあったからです。なぜ、いま組織を改革する必要があるのか。システム化を進めることでどのような成果が上がるのか。なぜ、自分はこの会社を変えていきたいのか……。松本氏は、そうした自分の想いを、飾らず、率直に伝えることに徹しました。それを何度も繰り返すうちに、社長の覚悟が伝わっていったのでしょう。松本氏に協力してくれる社員たちが徐々に増えていったのです。組織づくりは、社長が社員たちと真摯に向き合うことから始まる、と言えるのではないでしょうか。【後継者自身による組織改革のポイント】◇改革への強い想いと覚悟を持ち、従業員の反発にも根気強く対応◇まず成果を上げることで信頼と理解を勝ち取るCompanyProfile株式会社松本機械製作所所在地……大阪府堺市堺区三宝町6‐326資本金……3000万円

売上高……10億円従業員数…63名http://www.mark3.co.jp/Column「若手がいつかない会社」から脱却し、やる気を引き出す組織をつくる牧野電設株式会社超高層タワーや、500戸を超える大規模マンションなどの電気設備工事を一手に引き受ける牧野電設株式会社。現社長の牧野長氏は、父が興した同社に2002年に入社し、2011年、その父の急逝に伴い事業を承継しました。社長就任以降はコンスタントな新卒社員採用を実施。教育体制を整え、「若手社員がいつかない会社」からの脱却を図り、やる気を引き出す組織づくりを進めてきました。今では社員の平均年齢は20代後半と若返り、女性比率も44%と同業界にしては高い水準となっています。以前の同社は人の出入りが激しく、せっかく採用しても育たないうちに辞めていくということを繰り返していました。原因の1つは教育体制がなかったことです。背景には「仕事は自分で覚えるのが当然で教わるものではない。教育に力を注ぐのは非効率。優しく接したり、丁寧に教えたりしても社員に舐められるだけ」といった、一世代前の考え方が社内にあったそうです。ここに牧野氏は違和感と危機感を覚えます。牧野氏も丁寧に仕事を教えられた経験がなく、入社1年目から自分の担当物件をもち、現場で工事にあたる社外の作業員の間で右往左往。ミスをしては怒られる毎日を苦痛に感じることもあったそうです。社員がすぐに辞めてしまうもう1つの原因は、会社への帰属意識が醸成できていなかったことでした。同社の社員の多くはそれぞれの現場で働きます。直行が大半という業務の性質上、全員が一堂に会する機会もありませんでした。こうした状況を変えるために牧野氏は、「人財に対する考え方を一新する。新卒を採用し、その人財を会社として育て定着させる」ことを決意します。予備知識のない人にも理解されやすいマニュアルや研修資料を自作し、入社時の研修では牧野氏や先輩社員が講師役として登壇。ビジネスマナーはもちろんのこと、現場での仕事内容、電気の基礎知識なども教え込むようにしました。さらに社内に、配線作業などの電気工事を練習できる研修施設を備え、工事現場に出るまでにトレーニングを行えるようにしました。こうした教育体制は教わる側だけでなく、先輩社員の意識を変え、成長を促したそうです。また、社内SNSを導入し情報共有を図るようにしました。社員たちは互いの書き込みを読むことで、自分の担当外でどういった物件があって進捗はどんな状況か、他の人はどんな仕事をしているのかを知ることができるようになり、物理的に会えなくても仲間意識や会社への帰属意識を持てるようになったと言います。「こうすれば社員のやる気が増すとか、会社への帰属意識が高まるというような秘策はありません。1つひとつの施策が積み重なることによって、少しずつ変わっていくものなのでしょう」と牧野氏は言います。組織づくりはルールや制度をつくればそれで終わり、ということはありません。それを継続して活用し、徹底させていくことこそが、組織づくりにおける経営者の役割なのです。【帰属意識を高める、魅力ある組織づくりのポイント】◇社員の成長を促し、自信を持たせる「わかりやすい」教育体制の構築◇社内SNSを通じ情報共有を促進CompanyProfile牧野電設株式会社所在地……東京都練馬区南大泉5‐38‐10資本金……4000万円従業員数…46名(2019年4月現在)https://www.makinod.co.jp/

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