コンピューターを導入したために
Y社は婦人用衣服のメーカーでカタログ販売を行っている。売上げは二年前からジリ貧で業績は思わしくなかった。
社長は穴熊だった。 私の強引なすすめで、カタログを置いてある婦人会を回ったところ、どこへ行っても「最近は注文しても納品が遅いので会員はY社を敬遠し、M社に注文する人が多くなった」という声を聞いたのである。
社長の話を聞きながら、私が思い出したのは、売上げ年計グラフである。
そこで、売上げ年計グラフを広げて社長に質問した。「二年前から、いままで順調に伸びていた売上げが下降に転じた。この時点で何か変わったことはありませんか」 と。
このような「釘折れ」がグラフに出た時は、必ず「何か」があったことを私は経験から知っているからである。 社長の返答は、特別なことは何もやっていないという。
「そんなはずはない」 と根掘り葉掘り聞いた末に、その少し前にコンピューターを導入したことが分かった。
「これが元凶だ」と、これは私のカンピューターである。
そこで、いろいろ聞きただしていったところ、これに間違いないという確信を得た。それは、次のような事情だった。
注文は、ほとんどが電話で入る。コンピューター導入前は、受けた人がメモを とり、業務係員はこのメモから直ちに出荷指図書をつくり、これを倉庫に回した。
倉庫係は、この指図書により、荷造り発送を行っていた。
発送は、在庫がある限り即日か翌日には発送されていたのである。 コンピューターを入れてからは様子が違った。コンピューターを入れると、会 社の中でコンピューターが一番偉くなり、二番目がプログラマー、二番目が社員という序列が新たに生れ、お客様など無視されてしまうのである。
何事もまずコ ンピューターに報告しなければならず、これを怠ると忠誠心が疑われるのである。
お客様から電話で注文が入ると、まずコンピューターに「受注報告書」を提出しなければならない。
そして、「発送指図書」を下げ渡されてからでなくては出 荷が行えないのである。 ところで、「受注報告書」は、その日に処理されない。
コンピューターは前日のいろいろなデータを処理しているからだ。だから、「受注報告書」は翌日処理 をされ、「出荷指図書」を受けて発送するのは、受注の翌々日になってしまうの である。 女性は、衣服を買う時、子供の卒業式だとか、同窓会だとかに着ていくという 日時が決まっている。
そして今日注文しなければ間に合わないというギリギリまで迷う。それを二日遅れの発送なので、これに間に合わないのである。
そのために注文が減ってしまったのである。 私は、右の事情を社長に説明し、「何がどうなっていようと、お客様の要求を 満たすことが最優先だ。注文を受けたら、必ずその日に発送しなければならない。 そのためにはコンピューターを使ちてはならない。
もとのやり方に戻すのだc戻 しただけではいけない。即日発送のため郵便局の受付時刻、鉄道駅の受付時刻間 際の受注については、全員が発送係だ。組織も職制も役職もないのだ。もしも社 長が在社していて、社員だけでは手が不足の場合には、社長も臨時発送員になる のだ。お客様の要求は、会社の中の総てのものに優先する。これが事業というも のだ」と大いにハッパをかけた。 お客様の要求で、納期の次に多かったのは、「デザインが地味すぎる」という ものだった。 社長に、何歳ぐらいの客層を対象にしているかを聞いてみると、二〇歳から 二五歳くらいだという。私は「冗談言ってはいけない。こんな地味なものを着る のは六〇歳以上だ」と、いささかオーバーだったけれど、効果を期待するには、 これくらいでちょうどよいのだ。「ゼネレーション感覚がズレている」と重ねて社長へのハッパである。 三回ほどの訪間で、Y社の方向づけをしただけで、私のコンサルティングは一 応のピリオドを打った。相談したいことがあれば連絡して欲しいと言いそえた。 半年程過ぎた時、私の「社長学セミナー」にY社長が出席した。最前列の席で、 私が入場するとニコニコしながら挨拶をされるのである。「調子がいいな」と思 いながら事情を聞いてみると「生産が間に合わなくて……」というご返事であっ た。 ここで一言つけ加えたいのは、コンピューターの使い方である。使い方を間違 えると、こうした事態を招くのである。 ある会社では、コンピューターを入れたとたんに、売掛金の回収が二日遅れる ようになってしまった。食品問屋で、日商三千万円で十日ごとの集金である。 一 カ月で三千万円が六日遅れ、 一年では七二日の遅れである。三千万円の七二日分 の金利がいくらになるだろうか。年利七・三%として、日歩二銭になる。年間で 四三万円である。コンピューターでやると、手作業よりも二日遅れになるケースが多い。 一刻を 争うものは、コンピューター処理はしないほうが無難である。 その他、コンピューターに関する愚話を私は山のように知っているが、本題か ら外れるので、これくらいで止めておく。 配送サービスの重要性を、多くの会社では恐ろしい程知らない。社長がお客様 のほうを向いていないからだ。そして、トンチンカンなク配送効率クなどを方針 として打ち出す。 ある会社のある営業所に、新たに任命された営業所長は、経理畑だったために、 その営業所の数字を調べたところ、配送費にムダがあり、在庫の回転率が悪いと いう二点が特に日立ったので、「配送効率の向上」と「在庫回転率の向上」の二 つの方針を打ち出して、これを重点的に推進した。 一年後にその営業所の売上げ は一五%ダウンだった。原因理由は、品切れと遅配である。会社全体では二〇% 以上の売上げ増なのにである。事業の何たるかを知らずに、数字だけの虜になっ てしまうと、こういうことになるのである。事業とは、お客様の要求を満たすための活動なのだ。お客様の要求を満たすた めには目先の配送効率だとか、回転率だとか、コストだとか生産性だとかいうも のは、いっさい無視しなければならないのだ。それが、結局においてお客様の支 持が得られ、売上げが伸び、長い日で見た場合に、能率、効率、回転率、コスト など、すべての面で向上するものなのである。 お客様無視は、それがどんなにもっともらしい理由があろうと、必ず会社の業 績を低下させるものであることを、夢にも忘れてはならないのである。
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