お客様指向型組織
F社は、建材の総合間屋である。 業績は順調で、安定的な成長を続けていた。しかし、F社長はこれに満足していなかった。
お客様との間に何となしのシックリいかない点があり、それがどうも我社の組織にあるのではないか、という疑間をもっていたからである。
果してそうなのか、 というのが私への相談である。
F社のお得意は、官公庁、ゼネコン(総合建設会社)、工事業者、建材店 である。
営業体制は四課に分かれており、一課は生コンとサッシ、第二課は一般建材、 第二課は衛生陶器、第四課は住設機器であった。
この営業体制は、F社の商品管理の都合に焦点を合わせたものであり、お客様の方からみると不便である。
それぞれのお客様は、サッシが欲しい場合は一課、 一般建材が欲しい場合は二課というように、営業窓口が四つあるために、商談や交渉がわずらわしいからである。
これがお客様との間がシックリいかない原因である。お客様第一主義ではなく、我社第一主義になっていたのである。
私の提案というのは、お客様との窓回は一本化し、第一課は官公庁、第二課はゼネコンというように改めることであった。
こうなると、お客様との間はスッキリするが、今度は内部が厄介である。会社の全商品について、四つの課が扱わなくてはならないからである。
「あちらを立てればこちらが立たず」の状況が生れるからである。
これをどう調整すべきか、ということになる。 答えは簡単に出てしまった。売上高も利益も確実に上昇し、窓口一本化の正し いことが証明されたからである。
さあ、ここである。我社の都合を第一にしてお客様に不便をおかけして低業績を我慢するか、お客様の要求を第一に考えて内部は混乱しても優れた業績をあげるか。
これを決めるのは社長である。社長の決定によって繁栄する会社とボロ会社とに分かれるのである。
「お客様の要求に合わせて混乱する」ことを拒否して低業績に泣いている会社の実例こそ、本書の「サービス不在時代」にあげた多くの会社であり、お客様の要求に答えて内部を混乱させているのが、本書にあげた「お客様の要求を満たす」 にあげた多くの会社である。
そして、我社の都合に合わせて低業績に泣く会社と、お客様の要求に合わせて 混乱し、高業績をあげている会社の数は、前者が圧倒的に多いのである。
人間は、本来「自己中心」である。そのために、多くの社長は自らの会社を自己中心に考えて経営していることに気がついていない。
ごく少数の社長がこれに気がついてお客様第一に経営する。そして高業績を手に入れているのである。そこには、過当競争など全く存在しない。
無人の野をゆくような状態しかないのである。 高業績経営を実現する根本原理はただ一つしかない。それは、「我社の事情は 一切無視し、お客様の要求を満たす」ことである。
お客様の要求を満たすため、社長は先頭に立って社内に混乱をまき起せ。これこそ高収益を実現する道である。
著者 一倉 定(いちくらさだむ)氏について 事業経営の成否は、社長次第で決まるという信念から、社長だけを 対象に情熱的に指導した異色の経営コンサルタント。 空理空論を嫌い、徹底して現場実践主義とお客様第一主義を標榜。 社長を小学生のように叱りつけ、時には、手にしたチョークを投げつ ける反面、社長と悩みを共にし、親身になって対応策を練る。まさに 「社長の教祖」的存在であった。経営指導歴二五年、あらゆる業種・業 態に精通、文字通りわが国における経営コンサルタントの第一人者と して、大中小五〇〇〇余社を指導。没後も、経営の本質を説く一倉社 長学を求める人が後を絶たない。 著書に「一倉定の社長学シリーズ」全十巻と別巻二冊、「一倉定の経 営心得」をはじめ、「一倉定の社長学講話シリーズCD ・DVD」「一 倉定の社長学百講CD」「一倉定の中小企業の社長学CD」他多数。 一九一八年四月生まれ、 一九九九年二月逝去。
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