社長の知らないことばかり
B製菓は、パンと洋菓子のメーカーで、フランチャイズのチェーン店舗をもっていた。B社長は、売上げが思うように伸びないのが頭痛の種だった。
社長は私に、「どうしたら売上げが伸びるか」という質問である。そんな質問に答えられるはずがない。生まれて初めてB製菓に来たのであって、様子など何も知らないのだ。
私は、「何も様子を知らない一倉に聞いたって、答えが出るはずがないではないか。どうしても売上げを上げたいのなら、お客様に聞きなさい。親切に教えてくれますよ。ところで社長はお客様のところへ行ってますか」と聞き返したところ、行ったことがないという。
毎日会社の中にいて、ほとんど外に出ないのである。
こういう社長を「穴熊社長」という。穴の外のことは何もご存知ないのだ。外のことはセールスマンの報告だけを聞いて判断というよりは想像しているにすぎないのである。
私のお伺いした会社の社長のほとんどは穴熊である。そして、穴熊社長の考えていることは、必ずトンチンカンである。
社長はそれに全く気づいていないのである。トンチンカンな考えから出るトンチンカンな方針や指令で、会社がよくなるはずがない。
私はトンチンカン社長の言うことはいっさい相手にしないことにしている。アホらしくて相手などできないからだ。
私の強引なすすめでお客様のところを回ったB社長は、今まで思ってもみなかったことがお客様との間に起っていることを、イヤというほど思い知らされたのである。
どの店でも言われたことは「配送時刻をあと一時間、できなければ二十分でもいいから早くしてくれ」ということだった。特に、駅前の店では「出勤の途中買っていく人が多く、その人に売るものがないから、何とか間に合わせてくれないか」という切なる望みである。
「セールスマンに何十回言っても聞いてもらえないから、社長に言うのだ」と、憤憑をぶつけてきたのである。社長は全くの初耳だった。
会社創業以来、何十人のセールスマンが、延べ何百回もこのことをお客様から言われているのに、誰一人として社長に報告しなかったのである。
セールスマンがお客様の要求を社長に報告しないのは、セールスマンの頭の中にあるフィルターに引っかかってしまうからである。
そのフィルターというのは「うちの会社は夜勤は何時までで、朝は早番が何時に出勤で、これこれの仕事をして、製品が出来上がるのが何時、それを積み込んで会社出発は何時になってしまう。そうすれば、どうしてもいまの時刻でなければ配送できない」というものである。
つぎは、配送箱がきたない、ということであった。これも初耳である。小売店では、店先に空箱を積んでおく。これがきたないのでは不衛生だという印象をお客様に与えるからである。
これも、何十回となくセールスマンに言っているが、いっこうにきれいにならない、というのである。
セールスマンは、「お客様はそういっているが、空箱を回収してくるのは夕方になってしまう。会社はもう終業している。洗いたくとも人がいない」というようなフィルターにかけるか、全くの間き流しである。自分のこと以外は自分の仕事ではない、と思っているからである。
いずれにしろ、社長の耳に入らないのは同じである。
二番目には、配送中に菓子どうしでくっついて、同種類ならまだしも、異なった種類の場合は違う色がついて商品価値を落とす。
「ヘラで手直しをしているが、何とかならないか」というのであり、また、配送中に変形してしまうものがあるので、これを返そうとすると 「味に変わりはない」といって、引き取ってくれないというのである。
むろん、これも初耳である。その次は、「追加注文を受付けてくれない」というのである。土曜日、日曜日などはよく売れるのだが、そういうときに追加注文をしても受付けてくれないので困る、というのである。
売上げが思うように上がらないというのに、追加注文を断わっていたのである。これでは売上げが上がらないのが当り前だ。小売店の店頭以外に売れる場所はないのである。社長はショックを受けた。
これはなぜだろうか。製造部長が元凶である。お客様の追加注文を、製造部長のところへもちこむと、「お前たちは注文を受けるだけでいいが、こちらは作らなければならないのだ。惨粉細工やアメ細工じゃあるまいし、ちょっとひねって
ハイお待ちどおさま、というわけにはいかないのだ。こちらだって忙しい、 一升マスに一升五合は入らないのだ」といって受付けてくれないからである。
社長は、はじめて自分がいかに何も知らなかったかを痛感した。しかし、そこは社長である。ただちに次々と手を打ったのである。
まず第一は、配送時刻を一時間早めることである。夜勤を充実し、早番出勤時間を早めてこれを実現した。駅前の店舗については、夕刻にもう一度翌朝分の配送を実施する、ということになった。
第二の汚れた箱の洗濤は夜勤のパートを入れて解決した。
第二の菓子のくっつき合いは、仕切紙を入れてオーケーである。
第四の、追加注文は、洋菓子は冷蔵庫にさえ入れておけば、かなり保管がきくことを利用して、月曜日から少しずつ作りだめして、土、日の需要に応ずるようにしたのである。
正直なもので、売上げはたちまち上昇しだしたのである。
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