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第七項 理想企業を目指して、人生と対決するようにして生きる

いよいよ最後になりましたが、私から一つお願いしたいことは、経営者となる人には全員、理想や未来への希望を強く持って経営をしてほしいということです。

理想を抱かなくては何も始まりません。

『プロフェッショナルマネジャー』の著者ハロルド・ジェニーンさんも言うように、経営は「終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをする」ことです。

小さくまとまらないで、大きな理想を掲げ、理想企業を目指して経営に携わつてほしいと思います。

当然、その過程では、思うようにいかないことに多々ぶつかると思います。しかし、そこで簡単にあきらめないで下さい。

自分と正面から向き合って、自分の人生と対決をするように生きていつてほしいと思います。

本当に成功をしている人というのは、ビジネス、スポーツなどの分野に限らず、自分のやっていることイコール命というような向き合い方をして、戦った人です。

自分との戦いの日々に勝った人だけが、理想に近づけるのです。

一人ひとりが、理想企業を目指して追求し、人生と対決するように生きていく。そうした経営を実行していけば、きっと社会は良い方向に変わっていくはずです。

目次

解説

二〇一一年二月三日。柳井会長兼社長(以下柳井さん)と社長室でお会いした。いわく、「経営者として自分

が大切にして実践してきたことを整理し、社員教育をしたい。経営者二百人作りを加速化したい」とのこと。

当時の売上高はヒートテツクなどの貢献により成長していたものの、公約の一兆円に満たない人一四八億円

(二〇一〇年八月期決算)。 一方、世界にはまたとないグローバルチャンスがきている。これを誰よりも早くもの

にすれば、飛躍的な成長を実現できる姿が経営者柳井さんには見えたのであろう。そのためには経営ができる

人材を増やすこと。その時の構想が形になったのが、この『経営者になるためのノート』である。執行役員の教育から始まり、現在では店長までがこのノートを使った教育を受けている。取組みの成否は、あなたがこのノートを手にした時のファーストリテイリング社の業績が全てであろう。

かくして実際に今も社内で使用しているノートである。しかも配布にあたっては一人一人にシリアルナンバーをふって社外秘にしているものである。それを今なぜ柳井さんは出版し、社会に提供することにしたのか。一つは、グローバル企業としての情報公開である。自分たちが何を考えて経営し、どんなことを社員に教育している会社なのか。経営の透明性を一層高め、ファーストリテイリングのことをもっと知ってほしいという思いである。

しかし、それ以上にあるのが、日本をもっと元気にしたい、世界をもっと良い世界にしたいという、柳井さんの強烈な思いである。日本や世界には、自分よりもポテンシャルのある人がたくさんいる。正しい考え方を早いうちに知れば、もつと成果を伸ばせる人、大きなことができる人がたくさんいる。そのためには、経営者になりたい人、或いは経営者を育てたいと考えている人に、このノートを使ってもらつて、自分を踏み台の一つにして、社内に限らずもっと多くの人が成長して、社会を幸せにしていって欲しいという思いである。

柳井さんは、自分の経験から、経営者に向いているかどうかはもって生まれた才能ではないと考えている人だ。

大学時代はゼミにも入らず、麻雀等をしてブラブラしていた。できたら仕事をしたくないと思いながら就職して、十ヵ月足らずで退職してしまった。地元に戻り家業を継いで思うままにやっていたら一人を除いて全員が辞めてしまつた。自称「だめな人材」であった。こんな自分ですら、覚悟をすれば経営者という自分づくりができた。だから、真っ正面から向き合えば、誰にでも経営者になれるチャンスはあるという信念をもっている。

社員に向かって柳井さんはよく、「自信のあるふりをしなさい」と教える。実際、ご自身、子どもの頃は相当内向的で、人前で話をするのが苦手だったらしい。しかし、覚悟を決めてからは、話をする時、自信のあるふりをするようにした。ふりをしてやっているうちにできるようになるものだということを、自らの体験から学んだという。人からよく、「柳井さんは本当のところどういう人ですか」と聞かれる。メディアでは厳しい表情の写真ばかりが好んで使用されるし、発言が目立つので気になるのも無理はない。私から見た柳井さんは、純粋の塊のような人で、かつ実は誰よりも情に厚く、つながりを大切にする人だと思う。普段は厳しいが、芯はこういう人だということは、柳井さんの近くにいるとわかる。会社の幹部の人たちや他の外部パートナーの人たちに聞くと、同じような答えが返ってくると思ヽ2 だから、「無茶苦茶な所もあって大変だけれど、なんとかして柳井さんの志をかなえてあげたい、 一緒にかなえたい」と人に思わせてしまヽつ力があるのだと考える。本田宗一郎さんもそういう人だったと、宗一郎さんの右腕だった人から伺ったことがある。大成功した経営者同士、どこか通じるところがあるのだろう。

私自身は一九九二年〜九三年頃の出会いであり、つながりだ。九一年九月小郡商事からフアーストリテイリングに会社名を変えて、個人商店から脱却し、株式公開を目指した頃だ。初対面の時は今でも覚えている。開口一番、真顔で「僕はギャップ(GAP)を超える会社を作ろうと思っている」であった。「そのためには人が大切だと考える。ギャップを超えられる会社になるための人の仕組みを一緒に作ってほしい」というのが具体的な依頼である。売上高一四三億円(九二年八月期)の会社が、当時圧倒的な世界ナンバーワンのアパレル

企業を超えるというのだ。それも、山口県宇都市の、シャッターが下りたままの店も並ぶ商店街近辺の古い小さなビルのワンフロアでだ。絨毯は古く、破れたところもある。バブル崩壊でメインバンクから新規出店の融資を断られ、苦労をされていた頃だ。そういう会社に、こんなことを言われたら、皆さんだったら、どう受け止めるだろうか。

正直、私が思ったことは「めちゃくちゃ面白い」であった。こんなド真剣に、めちゃくちゃとも言える夢を語る人がいるんだ、というのが私の第一印象であった。私も、自分では普通にしているつもりでも、周りからは変わり者と思われていたようだから、ちょうどよかつたのかもしれない。とはいえ、経営コンサルタントという名刺はもっているものの、大学を出てわずかばかりの、しかも見た目も線が細い私に、よくもまあこんな大切な事を任せたな、と今になって思う。

ノートにも、経営者にとって「期待する」ことの大切さを書かれているが、人間とは真剣に期待されると、普段使っていない力まで使って何とかしよつとする生き物なんだなといつことを、身をもって実感した。仕事において柳井さんの思い切った人への任せ方は、他の経営者の中でも群を抜いていると思う。成功の神髄に

「期待」を相手に届ける力があると言える。

幸い、仕組みは完成し、九四年七月には、第一日標だった広島証券取引所に上場できた。それ以来の長いお

付き合いをさせて頂いている。途中、フリースブームが去り、売上が四千億円超から三千億円台になった頃、柳井さんが世間の心配をよそに、 一兆円、グローバルの目標を公言して驚かせた。私は再び面白い、と思ったものの、このままではダメだと感じていた。世界で本格的に戦うには、失礼ながらフアーストリテイリングにはデザイン(クリエイティブ)のDNAがないと思った。

なんとかならないかと考えていた時に、佐藤可士和さんとの出会いがあった。この人だと直感した。しかし、当時は今ほど可士和さんも有名ではなく、柳井さんもクリエーターに対する不信感が強く、正直あまり興味を示されなかった。悩んでいた頃、運がいいことにNHKが「プロフエシヨナル仕事の流儀」という番組をスタートさせ、第四回が可士和さんだった。是非見て下さいとしつこくお伝えした。

結果、関心を持たれ、後日一緒に可士和さんのオフィスに伺った。すぐに意気投合し、 一時間もたたないうちに、柳井さんからニューヨークの仕事を可士和さんに任せたいという話になった。そこから先、実際の準備から二〇〇六年十一月に、ユニクロ初のグローバル旗艦店「ソーホーニューヨーク」がオープンするまでわずか半年だった。ここからユニクロの本格的なグローバル進出が始まった。

柳井さんはこの時のことをよく「奇跡」と言われる。あのタイミングで、あの出会いがあつて、半年であれだけの店をオープンできたことは奇跡だと。あれが、あのタイミングでなかったらと。出会いは全部つながっていくのだと。言われる私は嬉しいのだが、それを言い出したら柳井さんは奇跡のオンパレードだ。企業広告でユニクロのブランドイメージを一新させた世界屈指のクリエーターのジョン・ジェイ氏、ハーバード大学の竹内弘高教授、テニスの錦織圭選手らとの出会いと今へのつながり。また本ノートのサブ教材として経営対談にご協力頂いたセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文氏、日本電産の永守重信氏、ソフトバンクの孫正義氏、スターバックスのハワード・シュルツ氏といった方々との出会いと今へのつながり。数え上げたらきりがないくらいだ。

なぜ、このようなつながりが多重に生まれ、柳井さんの志を後押しすることになるのか。

それは、柳井さんが極めて純粋だからに他ならないと考える。世界をいい方向に変えていきたい。ひたすらまつすぐなその気持ちが、同じような志の人の心をとらえる。また、そういう人に限つて、普通のことでは飽き足らず何か面白いことをやりたいと思っている人が多い。そのタイプの人を、内部・外部に呼び寄せる。そしてまた新しい道が作られる。ファーストリテイリングの成功の歴史には、このような側面があると私は考えている。

さて、ノートでは経営者に必要な力を四つの力で整理している。経営者教育を一緒に進めるうちに、私には、

この四つには、原点となる、経営者柳井さんの原体験がそれぞれにあるように感じている。 一つは、地元の商店街がつぶれていく体験である。商店街で経営をしていた同級生が想像もつかない人生を歩んでいるといヽュ争実。柳井さんは度々、つぶれないようにすることの大切さと難しさを社員に話をする。そのためには、安定を

目指すのではなく、成長を目指すしかない。変革の力が経営者には必要だ、という思いの原点がここにある。

儲ける力の原点は、ユニクロ一号店だ。当時はお金も十分になく、 一等立地で商売はできなかった。もちろん、屋号も誰も知らない。そんな中で商売を成功させるための工夫を重ねる。そしてそこでつかむものがあった。

例えばチラシ一枚に関しても今なお柳井さんが厳しい原点はここにある。

テームを作る力は、先述の「一人を残して全員が辞めた」体験が原点となる。

理想を追求する力は、一七頁の図に示されるように、この力こそが四つの力全ての中核にあると柳井さんは考えている。ファーストリテイリングの経営理念二条に「良いアイデアを実行し、世の中を動かし、社会を変革し、社会に貢献する経営」とあるように、株式公開を目指し、会社とは何かを考えた時からすでに社会の公器としての企業性を柳井さんは志していた。私がお会いした頃からそこは全く変わっていないので間違いない。

しかし、これが本当に経営者にとって肝になるという思いに深く至ったのは、海外進出してロンドン等で最初失敗したことが原点になっているのではないかと思う。何者かを問われ、使命感がはっきりしない、或いは支持を得られないような使命感の企業は、世界に出て行った時に相手にされないということを強く学んだ。結果として、この時のことが使命感に関して、企業として、経営者として一皮むけた原体験になっていると考える。

こうした柳井さんの原体験を想像して頂き、その思いに立ちながらこのノートを読むと、よりいっそう柳井さんの伝えたいことが伝わってくるのではないかと考える。

よく話題になる柳井さんの厳しさにも触れないわけにはいかない。確かに生半可なことでは承認は得られない。しかし、いたずらにそうしているわけではない。しばしば独裁的な判断だと報道されるが、それは必ずしも正確ではない。私には柳井さんが「最も厳しいお客様代表」として意見を言っているように見える。「そんなことでお客様はビックリしない。そんなことでお客様は喜んでくれない」。頭の中にあるのは、シンプルにこの基準だ。柳井さん個人の好き嫌いやわがままではない。しかし、お客様をビックリさせる、それが一番難しいから社員は皆悩む。だが、そこを突破する解決策でなければ、結局はお客様に支持されず、お金だけ使って利益はなくなる。社員もせっかくの努力が報われない。だから、正しい努力の方向に向かえるように、お客様代表として納得いくまで意見を言ヽ2 これが柳井さんのフィードバックであり、厳しさの本質だと思う。そして、だからこそフアーストリテイリングは瞬間的な成功にとどまらず、成長を継続することができてきたのだと考える。

また、そのフィードバックは、社員に対してだけではなく、自分に対しても向かう。柳井さんは自己否定ができる経営者だ。それまでどんなに信じて突き進んできたことでも、お客様代表の目線から客観的に見たら、今はもヽ2遅っているということに気づくと、あっさりと自己否定できるし、そういうことに対して聴く耳をもっている。そして、それを自分の過ちだと社員の前で堂々と言うことができる。そこからは会社をあげた大改革が始まる。これもまたファーストリテイリングの成長の歴史の一端である。

『経営者になるためのノート』はノウハウ本ではない。状況が全部違う中、ノウハウを書いても仕方がないという柳井さんの考えが表れている。自分の実務の中にどうつなげていくか、それをノートと対話しながら考えて、見つけてほしい。

出版用にやむを得ずカバーをつけ、著者である柳井さんの名前が入っているが、できればカバーは外していただき、3日のの箇所に自分の名前を書いてほしい。これは柳井さんからの願いだ。

そして真っ黒に汚れるくらい、このノートに書き込んで欲しい。柳井さん自身、様々な本から、そうやつて自分の実践することをみつけ、具体化してきた。実際、フアーストリテイリングでは、ノートの汚れ具合を見れば、その人の成果が見えると言われるくらいである。

ノート自体は一時間もあれば読めるが、それで分かったつもりになる人と、辞書のようにことあるごとに取

り出して自分の実務と結びつけながら、このノートで自問自答する人とでは、成果がまるで異なる。ノートの途中に章ごとにセルフワークがあるが、ファーストリテイリングでは、役職が上になるほど、簡単に自己評価で○をつけられなくなる傾向がある。例えば「あたり前のことを徹底して積み重ねる」といヽ2単純なこの一つの項目が、いかに難しく、そしていかに経営にとって大切かということに身をもって気づくからである。是非、皆さんもこのセルフワークに継続的に取組んで頂けたらと思う。

また、このノートは役職としての経営者だけのものではない。私はよく代表取締役課長とか代表取締役平社員というのだが、自分が経営者になったつもりで仕事をしたら、仕事は楽しくなるし、成果も明確に変わる。

実際、ここに書いてあることは、別にどの立場の人であっても自分の仕事におきかえたら大切な事ばかりで、かつ実行できることばかりだ。是非、幅広い人にこのノートを自分の成長のために使って頂けたらと思う。

最後に、ベンチャーからグローバル大企業へ成長する、まるで教科書に出てくるような企業のライフサイクルのプロセスを、柳井さんという経営者を通して見させて頂けたのは、経営コンサルタントとしては得難い体験をさせて頂いていると感謝している。また、こうした貴重なノートの解説を私に委ねて頂いたことにも、プレツシャーと同時に感謝している。本解説が、経営者柳井さんという人の理解を促進し、ノートを読む上で読者の役に少しでも立つのであれば、幸甚である。

株式会社道代表取締律砿長河合太介

経営コンサルタント。人と組織のマネジメント研究所榊道代表取締役社長。著書『不機嫌な職場』(講談社現代新書)等。早稲田

大学大学院商学研究科非常勤講師、慶應丸の内シティキャンパス客員フアカルティ。

 

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