2025年– date –
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器のような人になるな ― 広く柔軟に生きよ
一つのことだけに特化し、それ以外には関心も適応力もない――そんな人物は、道具のように使われるだけで終わってしまう。 真の人物とは、状況に応じて思考を変え、複数の視点で物事をとらえ、新しい課題にも柔軟に対応できる者である。固定された役割にとど... -
過去を学び、未来を照らす者が師となる
人に何かを教える立場になるには、ただ知識を持っているだけでは不十分である。 過去の出来事や古人の教えをよく学び、そこから新しい気づきや知恵を引き出せる者こそ、未来を切り開く力を持つ。 そして、そのような知と経験の循環を実践できる者こそが、... -
人を見抜くには、行動・動機・結果に目を向けよ
人の真価を見極めるには、ただ表面的に接するだけでは足りない。 まずは、その人が実際に「何をしているか」をよく視ること。次に、「なぜそれを行ったのか」という動機や背景を観察すること。 最後に、その行為の「結果をどう受け止めているか」を察する... -
静かなる才は、目立たぬところに宿る
人の能力や理解力は、表面の受け答えだけでは測れない。何も言い返さず、ただうなずいている様子は一見すると鈍く見えるかもしれない。 しかし、その沈黙の裏に深い理解と内省があり、教えを受けてすぐに実践し、自らの中に深めている人もいる。 表に出る... -
顔に心を宿せ ― 孝は、しぐさと表情に現れる
孝行とは、ただ行動で尽くすだけでは成り立たない。 たとえば、重い荷物を若者が持ち、食事や酒を年長者にすすめるのは、表面的な振る舞いとしては当然のこと。 しかし、それを「孝」と呼ぶには十分ではない。大切なのは、そうした行動にこもった「気持ち... -
養うだけでは足りない ― 敬意があってこその孝
親に衣食を与え、世話をするだけでは、本当の意味での孝とは言えない。 それだけでよしとするなら、犬や馬に餌を与えるのと何が違うのか。 親に対して心から敬う気持ちを持ち、接する姿勢にその敬意が表れていてこそ、それは人としての「孝行」である。 形... -
健康であること――それが親への最大の孝
親にとって何よりも気がかりなのは、子の健康である。立派なことを成すよりも、贈り物をするよりも、まずは元気で生きていてくれること――それが何よりの安心であり、親孝行となる。心を尽くしても、身体を粗末にしては本末転倒である。親に憂いを与えぬこ... -
親を敬う心は、礼を尽くすことで形になる
親孝行とは、ただ気持ちだけで果たされるものではない。親が生きている間は、礼に則って仕え、敬意と節度をもって接する。 親が亡くなった後も、葬送や祭祀のすべてにおいて、礼を守ることが大切である。 権力や立場によって礼のかたちを軽んじることなく... -
人は節目を重ねて、自在へと近づく
人の成熟には段階がある。 若くして志を立て、三十にして土台を築き、四十で迷いが消える。そして五十にして、自分の道が「天命」であったと気づくようになる。六十になれば人の言葉に柔らかく耳を傾け、七十に至っては、自分の望みに従って行動しても、節... -
刑ではなく、徳で導く ― 恥を知ってこそ、秩序が生まれる
「人は罰より徳で動く──恥を知る文化が組織を正す」 人々を統治する際に、法律や刑罰のみを用いるならば、民はただ罰を逃れることだけを考え、自らを恥じる心を失っていく。 しかし、徳をもって導き、礼をもって正す社会であれば、人々の内には自然と廉恥...