2025年– date –
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忙しさの中には冷静を、孤独の中には情熱を
――両極にあっても、自分を見失わないための一点の火と氷 人生が目まぐるしく、心がかき乱されるような“熱閙(ねっとう)”の中にあっても――冷静な目を一点、しっかりと持っておくことが大切だ。それだけで、無用な苦悩や無駄な心配に巻き込まれることを避け... -
人の心も世の中も、いつも移り変わるもの
――とらわれを捨てて、軽やかに生きる知恵 人の心や世間の風潮(世態)は、つねに“倐忽(しゅくこつ)”――目まぐるしく変化し続ける。だからこそ、何かを「これこそ真実だ」とあまりにも強く思い込むことは、むしろ苦しみの原因になる。 北宋の儒者・**邵堯... -
今の自分を、もう一つの自分の目で見る
――老いた目、弱った心から、若さや栄華を省みる もし私たちが、老年の自分の視点で、若い頃の自分を見つめることができれば――そのとき自然と、意味のない競争や闘争に明け暮れた「奔地角逐(ほんちかくちく)」の心は、つまらないものに思えて消えていくだ... -
「我」にとらわれると、欲と苦しみに満たされる
――真の自分とは何かを問い直すことから始まる 多くの人は、「我(わたし)」という存在を、あまりにも“確かなもの”として思い込みすぎている。そのため、あれが欲しい、これは嫌だ――と、好き嫌いや欲望に支配され、煩悩がどんどん増えていく。 古人(陶淵... -
人も花鳥も、自然のままが一番美しい
花は、鉢に植えて育てれば、一見整って見えるかもしれない。しかし、やがては**“生気”を失い、生命本来の力強さが消えていく。** 鳥もまた、籠の中で飼えば、徐々に“天趣”――自然な風情や活力――が失われてしまう。 これに対して―― 山あいに咲く花や、森の中... -
静かな日々の中に、心を満たす“ルーティン”がある幸せ
夜明けの静かな窓辺――そこでは、『易経』を読みながら、松の間に宿る朝露をすくって朱墨(しゅぼく)を研ぐ。まるで自然と一体になって心を調える儀式のような時。 昼どきには机に向かい、仲間と仏典について語り合う。その合間に、宝磬(ほうけい)と呼ば... -
富も地位も大きくなれば、失うリスクもまた大きくなる
多くの財産を蓄える者は、いざという時に“大きく失う”。そのため、お金持ちは、貧しい者のように「失うものが少ない気楽さ」には及ばないことがよくわかる。 また、高い地位に登りつめた者ほど、転落するときは一気に落ちる。そのため、地位の高い者は、名... -
欲深い心は静けさを壊し、欲のない心は騒がしさを越える
心のなかが“欲”でいっぱいの人は、静かに澄んだ深い淵に、波が沸き立つような状態にある。たとえ人里離れた山林に身を置いたとしても、その静寂を味わうことができない。 一方で―― 心のなかが“虚(から)”であり、欲望にとらわれていない人は、たとえ酷暑... -
老いと小ささを受け入れ、自然の中で精一杯に生きる
年を重ねれば、髪は抜け落ち、歯もまばらになる。この肉体は、まるで幻のように、やがてしぼみ、消えていく。 これは、人間の力では抗えない「自然の摂理」。だからこそ、無理に抗うのではなく、自然の流れに任せて生きる。 そして――鳥がさえずり、花が咲... -
人の好悪を越えて、天性のままを見るまなざし
人情の見方であれば、鶯(うぐいす)の鳴き声には美しさを感じて喜び、蛙(かえる)の鳴き声には騒々しさを感じて嫌がる。 また、華やかな花を見れば、それを育てたいと望み、雑草を見れば、それを抜いてしまいたくなる。 しかしそれらは、人の好みによっ...