2025年– date –
-
太平のときこそ、危機を忘れるな
治まっている今こそ、最も慎重でなければならない。太宗は「国内が安寧で、外敵もなく、五穀は豊か」と語りながらも、それは自ら一人の力ではなく、家臣たちの補佐の賜物であると述べた。そのうえで、「治まっていても乱れを忘れず、無事でも終始を保つこ... -
天災を過ちとせず、政を磨く契機とせよ
貞観十一年、大雨による大洪水が洛陽を襲った。太宗はこれを「自身の不徳による天罰」と受け止め、自らを責め、贅を慎み、家臣たちに政道の是非を諫言させた。 しかし、これに対して中書侍郎・岑文本は進言する――「今の被害は天候の自然現象によるものであ... -
傲りを捨てて省みる心こそ、災異を鎮める力となる
空に現れた彗星を見て、太宗は天の警告と受け取り、自らの驕りを深く反省した。「功績に酔い、身を慎まず、天を畏れぬ心があったのではないか」と自らを省みたことが、実は最も尊く、まさに為政者としての徳の表れである。 側近の虞世南は、歴代の王が彗星... -
妖しき兆しも、徳によって鎮められる
災異や怪異が起こるとき、君主がなすべきは恐れ慌てることではなく、まず己の政を省みることである。太宗の時代、地震や洪水、大蛇の出現といった災異が相次いだ。これに対して側近の虞世南は、歴史の先例に基づいて進言した――「天の異変は、為政者への警... -
民が満ち足りてこそ、最大の祥瑞(しょうずい)
真の吉兆とは、芝草や鳳凰などの奇異な現象ではない。それよりも、天下が治まり、民が豊かに暮らす――この現実こそが、最も尊ぶべき「祥瑞」であると太宗は語った。形式や迷信に惑わされることなく、公正で実利ある政治を重んじるべきだという強い姿勢が、... -
民の営みと天の理に寄り添う誠実さが、真の諫言となる
どれほど高位にある者でも、自然の摂理と民の暮らしを忘れてはならない。太宗が櫟陽での狩猟を計画したとき、まだ収穫が終わっておらず、天の時にもそぐわないことを理由に、県の次官・劉仁軌は進んで諫言した。身分の上下を越えて、民と時の理に基づいて... -
欲よりも志を――狩猟に己を任せぬ君の徳
貞観十四年、太宗は沙苑に出かけ、自ら猛獣を射る狩猟を行った。朝早く出発し、夜遅くに戻るという無理を押しての行幸だった。 これに対し、特進・魏徴が歴代の故事を引用して諫める。 『書経』は、周の文王が狩猟を慎んだことを褒めている。 『春秋左氏伝... -
諫言は、剛よりも柔に宿る――君を動かすのは言葉の品格
貞観十一年、太宗は狩猟のため懐州を訪れた。その際、一通の上封書が届き、こう記されていた。 「どうして山東の民を苑や宮殿の造営に従事させるのか。今の民の苦しさは隋と変わらぬ。たびたびの狩猟は、わがままな君主の証。今また懐州で狩りをしているが... -
機知と諫言の妙――瓦の傘で諫める忠臣の心
ある日、太宗が狩猟に出かけた際、途中で雨が降ってきた。太宗が「雨具はどうすれば漏れないだろうか」と尋ねると、諫議大夫・谷那律はこう答えた。 「瓦で作れば、決して漏れません」 この一言には、「陛下には野外ではなく瓦屋根のある宮殿(=政務)に... -
帝王の身は天下の柱――狩りに慎みを
貞観年間、太宗は狩猟を好んだが、秘書監・虞世南がそれを諫める上奏文を提出した。 虞世南は、まず古来より秋冬における狩猟が伝統として行われてきたこと、そして太宗が民を害する猛獣を倒し、その皮革を軍事資源として活用していることを評価しつつも、...