▼(1)企業理念を確認する
企業理念は、その会社の存在意義や大切にしている価値感を表明したもののことをいいます。
他に「経営理念」や「社是」「社訓」、あるいは「ミッション・ステートメント」等の名前で呼ばれることもあります(図表2-1)。
創業者が制定したものや、その後、何かの機会に経営者によって制定されたものが多いです。
四角い額に飾られたまま忘れられているようなケースも見受けられますが、近年その重要性が増しています。
海外展開などをする際に、現地の人たちに「我が社はこのような考え方のもとで事業を行っています」と説明する際に必要になるのです。
また、「ウェイ(英語のWayが語源で、理念に始まりその会社の仕組みや仕事の仕方までを含む)の浸透」ということで、自社の事業・業務の考え方、やり方を現地の人たちに浸透させる際に、ベースとなる価値観・考え方が示されているという意味で理念が重要となっています。
国内の事例では、稲盛和夫さんがJALを立て直す際に京セラフィロソフィーを参考にJALフィロソフィーを作らせ、元からいたJALの人たちの考え方を改めさせた例があります。
戦後の日本は、戦前の全体主義の反省から、自由と民主主義・個人主義の傾向を強めたため、個人の価値観・考え方にまでは立ち入らない風潮となりました。
しかし、ジェームズ・コリンズなどの研究成果『ビジョナリーカンパニー』において、長く繁栄を続ける企業に共通する特徴として、基本理念を共有していることが分かったのでした。
その結果、理念の共有と浸透の重要性が認識されたのです。
理念に使われる言葉の特徴として「価値を提供」とか「信用を旨とし」といった抽象的な表現が用いられる傾向があります。
このため、これらのキーワードに説明を加えたり、理念が書かれたカードを配布したり、定期的に唱和したり、人事の目標管理の項目に加えたりすることが行われています。
しかし、実際に浸透しているかというと、せいぜい「知っている」レベルにとどまっていることが多く、「理念に基づいて行動している」までは到達していません。
それは、これらの施策が間違っているということではなく、「知っている」以上に浸透度を高めようとすると、別の施策が必要となってくるからなのです。
では、その「別の施策」とは何でしょうか。
それは「ストーリーテリング」です。
これは「物語を語る」という意味ですが、この場合は、「理念に基づいてとられた会社の施策や個人の行動をその話を再現するように語って聞かせる」ということです(図表2-2)。
実際に、JALでは定期的に従業員が集められ、自身の理念に基づいた行動や行いの体験を話し合うことで、理念の共有・浸透を図っています。
これは、誰にも立て直しができないと言われたJALが再生できた理由の一つとなっています。
▼(2)経営ビジョンを設定する
「経営ビジョン」とは、「企業理念に基づいて実現したい将来の姿」です。
「ありたい姿」「あるべき姿」ともいわれますが、この「ありたい」と「あるべき」の違いは何でしょうか。
「ありたい」の方が願望や意欲を表し、「あるべき」の方が、当然または必然という意味を持ちますが、「ありたい」の方が若干ニュアンスが弱く響き、「あるべき」の方が強く聞こえます。
私自身は、経営者の意欲を表すという意味で「ありたい」の方を使っています。
経営ビジョンの要素としては、①市場・社会でのポジション、②事業運営の将来像、③組織と人のあり方・関係の3つとなります(図表2-3)。
まず、①市場・社会でのポジションでは、「〇〇業界のリーダー」のように、世の中または業界の中で何と呼ばれたいかということを比較的短いキーワード・フレーズで表現します。
次に、②事業運営の将来像では、①で表現した会社になっているとしたら、社内・事業はどのように運営されていたらよいかということを、いくつかのキーワードやフレーズで表現します(例:「先進的な技術開発」「社外との積極的なコラボレーション」等)。
③組織と人のあり方・関係では、②のような会社になっているとしたら、従業員は、どのようなやりがいや働きがいを持って、生き生きと仕事をしているかを、こちらもいくつかのキーワードやフレーズで表現します。
プロローグで述べたように、世の中にはフォーキャスティング発想をする人が多いため、中計の3年後というと、1年目、2年目、3年目と順序立てて考えることで、「3年くらいじゃあまり変わらないですよね」と、現状と大差ないような将来を想像してしまう人がいますが、変える気になれば、3年あれば結構変えることができるのです。
ですから、あらかじめ「10年後」のような長期ビジョンを検討する方法があります。
「10年後なんて予想がつかないですよ」と言われますが、「予想がつかないから、どうなりたいかを想像するのだ」と返せばよいのです。
普段予測しかしていない人に「どうなりたいか」を想像させるのは少々手こずりますが、誰しも想像力は備わっているので、検討できないわけではありません。
逆に、10年後のありたい姿が想像できると、実現意欲が湧き、3年後の目標をより高く設定することができるようになります。
経営ビジョンは図表2-4の例のように短い文章で表現しますが、文章をみんなで推敲するのは難しいので、プロジェクトメンバーなどで議論する際にはキーワードとその意味するところを中心に議論し、最後の文章化は、文章が得意な人に作文してもらうとよいでしょう。
経営ビジョンを策定する上でのチェックポイントは、以下の5つとなります。
①志は表れているか②キーワードは適切か③過不足はないか④当社らしさが表れているか⑤社員の理解と共感が得られるか①の志は、経営者、あるいは会社として高い志が感じられるものである必要があります。
また、④の「当社らしさ」については、自社の経営ビジョンですから、どこの会社にも当てはまるような言葉・表現ではなく、「我が社ならでは」の部分があるといいと思います。
⑤の社員の理解と共感は、会社は大多数を占める社員の人たちのやる気・意欲で支えられていますから、彼らが理解でき、かつ共感して、実現への意欲が湧いてくるような表現が必要です。
▼(3)優れたビジョンの条件
前出(プロローグ「組織変革の8ステップ」)のコッターによれば、変革を成し遂げた組織には優れたビジョンがあり、その共通の条件は図表2-5のように6点あるとのことです。
私は、この中でも特に最初の2つを重視しています。
1つ目の「将来のイメージが明確であること」については、私はこれを「イメージ可能性」と呼んでいます。
そして2つ目の「関係者とWinWinの関係になれること」については、私はこれを「共感性」と呼んでいます。
つまり、聞く人・受け取る人にイメージを想起させ、なおかつ「それはいいですね」と言ってもらえるような表現ということです。
この点で、多くの日本企業が提示する経営ビジョンに目線を移すと、「顧客からの信頼が高い企業」のような、抽象的で、どちらかといえば「かっこよさげ」に聞こえる表現にとどまっていて、優れたビジョンの最初の2つの条件に当てはまらないものが多いように感じます。
これには、多分に「経営ビジョン」という言葉が導入された背景に原因があるように思います。
もともと欧米の企業では、MVⅤ(Mission,Vision,Value)という3点セットで企業理念やビジョンを表現する習慣がありました。
一方、日本の企業では戦前から「社是」「社訓」というものがあり、「社是」はどちらかというとMission(使命)に相当し、「社訓」はValue(価値観)で表される行動規範に相当する内容でした。
そこで欠落している「ビジョン」を付け足すことになって、そのまま英語表現を取り入れてみたのですが、ビジョンがどのようなものであるべきかの議論はあまりなされず、外資系企業が使っている言葉をまねた表現が使われるようになったからではないかと思われます。
言葉の背景はさておき、再生を目指す会社やM&Aで訴求力のある新たな企業像を打ち出す必要がある企業、海外に出て異なる言語・文化の人たちを束ねていく必要がある会社にとっては、それが重要であることには変わりありません。
優れたビジョンとしての要件が備わるように工夫を凝らす必要があります。
▼(4)ビジョンをイメージ化して伝える
望ましい将来像のイメージが伝わるようにするには、イメージが喚起できるような表現を使う必要があります。
例えば、マイクロソフトのビル・ゲイツは、「コンピュータをすべての机と、すべての家庭に」をスローガンに掲げました。
そして21世紀の現在、彼の掲げたスローガンは見事に実現しています。
イメージが伝わる言葉にするには、ビジョンを打ち出す提案者自らが、自分でイメージをして、その見えた様子を「人に伝わるように」表現する必要があります。
その見えた様子を伝えるために、私は「ビジョン・ストーリー」という手法を使っています。
望ましい姿を想像して、その様子をストーリーで表現するのです(図表2-6)。
マンガのストーリーにもあるように、実際にいろいろな企業でビジョン・ストーリー作りに取り組んでもらっていますが、作った人たちはモチベーションが上がりますし、そのストーリーを聞いた人たちからは、「わかりやすい」「共感できる」等の感想が聞けました。
ビジョンがビジュアル化できることのメリットは、社員の実現意欲が湧いてくるということです。
本田技研でASIMOのプロジェクトが発足した時の指示は、「鉄腕アトムを作れ!」だったそうです。
手塚治虫が描いた日本初のアニメである「鉄腕アトム」は、その当時のプロジェクトメンバーにとって、格好のビジョンイメージとなったことでしょう。
このように、ビジョンはイメージが伝わるように表現する必要があるのです。
▼(5)事業領域を定義する──広がりと具体性の両立
ビジョン設定パートの3つ目の要素は事業領域の設定です。
事業領域は英語で「ドメイン」といい、どのような分野で事業を行っていくかを表現します。
ドメインの検討には2つのアプローチがあります。
一つはアンゾフのマトリックスを使って顧客や市場、製品・サービス群を広げる検討であり、もう一つはドメインを要素分解して、新たなドメインコンセプトを作る方法です。
いずれにしても、企業はゴーイングコンサーンとして利益を増やし続けなければなりませんから、売上を拡大するためには何らかの意味で事業領域を拡大する必要がありますので、その検討に役立てます。
まずアンゾフのマトリックスからですが、イゴール・アンゾフが考え出したマトリックスで、図表2-7にあるように縦軸に顧客・市場、横軸に製品・サービスを置き、両者とも既存&既存の市場深耕からスタートし、縦に市場開拓、横に製品・サービス開発、斜めに多角化の方策を具体的に検討していくものです。
中期計画のみならず、新製品新規事業の検討にも活用できます。
アンゾフのマトリックスを検討する際に、既存の市場深耕、市場開拓、製品・サービス開発、多角化のそれぞれのセグメントについて、売上高や利益目標を設定します。
これにより、事業別にどの程度伸長させる必要があるか、またどのような新規事業が必要かを具体化することができます。
次にドメインの要素分解ですが、ドメインの要素には①対象顧客・市場、②独自能力、③提供価値の3つがありますから、それらをいったん別々に検討し、その上で3つの要素を盛り込んだ少し広がりのある表現の言葉・フレーズを作ります。
図表2-8の事例は、キッコーマンをイメージして作ったものです。
日本独自の調味料や発酵手法を用いたものを世界に広げるという意味が込められています。
このように表現することで、現在の製品群よりもより広い範囲で製品・サービス開発を行うことができます。
実際の事例としては、ネット通販のアスクルがあります。
「アスクル」という名称は、「明日届く」という意味で、ドメインの3要素の中では提供価値を表しています。
これを社名にしているため、顧客はオフィスに限定しないで展開できますし、製品・サービスも文房具に限定する必要はありません。
このように、自社の独自能力や顧客への提供価値を軸にして事業領域を広げられるようなドメインコンセプト設定ができるといいと思います。
▼(6)経営目標を設定する──ストレッチ目標か堅実目標か
経営目標の設定方法には、①ビジョンリード型、②目標達成型、③積み上げ型、④成り行き型の4種類があります(図表2-9)。
おすすめなのは、経営ビジョンと経営目標を整合性をとって打ち出す①ビジョンリード型ですが、実際にはビジョンを持ち出さないで経営目標だけを打ち出す②目標達成型や、事業部の見込み値を足し算する③積み上げ型の企業が多いように見受けられます。
④成り行き型は論外としても、③積み上げ型では経営者の志が感じられませんし、②目標達成型では目標の意味・意義が伝わりにくく、訴求力のない経営目標となってしまいます。
ここで、目標の立て方について少しお話をします。
成り行き目標がなぜいけないかというと、「成り行き」とは「このまま行けば」ということなので、新たな努力をしないことになってしまいます。
一方、競合他社は虎視眈々と市場や顧客を狙っていますから、「成り行き」でやっているとジリ貧となってしまいます。
世の中は競争社会ですから、高い目標を持って日々努力する者が報われます。
ですから、会社も個人も、今のままではできそうにない高い目標を設定して努力を続ける必要があるのです。
ではどのレベルの目標がいいのでしょうか。
ここでは、3段階で考えてみるといいと思います。
図表2-10に示すように、上から①最高の目標、②標準の目標、③絶対に達成できる目標の3段階があります。
目標は混乱や誤解を避けるため最終的には1つに絞る必要がありますが、それには検討する順番が重要です。
一見すると最高の目標から入るのがよいように見えますが、一概にはそうとは言えません。
個人の場合であれば気が大きい人は最高の目標から入っても差し支えないのですが、組織や集団の場合、目標を提示した際にメンバーに与える心理的な影響を考慮に入れる必要があります。
いきなりあまりに高い目標を提示されると、普通の人はおじけづきます。
そして、失敗を恐れて実力すら発揮できなくなります。
ですから、大勢の人を対象にするのであれば、まず③絶対にできる目標から入って心を落ち着かせ、その上で①最高の目標を提示してやる気を出させ、最終的には時の運もありますから、リスクも考慮に入れて②標準目標に落ち着かせます。
このように、心理的影響というものを考慮に入れて目標を設定するとよいでしょう。
私が目標設定を指導する場合は、経営ビジョンで述べたように、まず10年後の経営目標から検討します。
そしてそれを中期計画の3年後に引き戻します。
こうすることで、フォーキャスティング型発想の人にもバックキャスティング型発想をする機会を与えられます。
経営目標は、会社全体の目標とその内訳としての事業別の目標を併せて検討します。
その際に、アンゾフのマトリックスで検討したセグメント別の売上高目標を参考にして設定します。
なお、経営者の通知表は財務諸表ですから、売上や利益だけでなく、バランスシートやキャッシュフロー計算書のことも考えておく必要があります。
具体的には、ビジネス環境分析パートの自社経営資源分析で紹介した図表1-7にあるように、3年後の主要な経営指標を、損益計算書系のものと貸借対照表系のものと、キャッシュフロー計算書系のものにそれぞれ分けつつ、かつ整合性をとりながら目標設定するとよいでしょう。
最近では、コーポレートガバナンスコードによって資本効率目標が求められるようになっています。
具体的には、ROAやROE等の指標の目標値で示します。
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