はじめに前著『中期経営計画の立て方・使い方』(かんき出版)は、自身の実務経験とコンサルティング経験を活かして、いわば卒業論文のようなつもりで1999年に旧三和総研在職中に出しました。
精密機械メーカーというモデル企業を設定して、その会社の中期経営計画ならこのように作るべきだろうという想定で、合計22枚のワークシートをすべて一貫性のある事例として記入例を付けて紹介し、併せて巻末にブランクのシート集をCDROMの形で添付しました。
幸い実務家の方々から「わかりやすい」とご好評をいただき、2008年の改訂版を含め、今日でも、いまだに読み継がれ、活用していただいています。
共著者の稲垣淳一郎さんともども、大変嬉しく思っています。
それから長い年月を経ましたが、その間、私は中期経営計画策定支援のコンサルティングをブラッシュアップしながら継続し、その一方で、策定後の進捗管理の支援や、企業内での新任取締役や新任部長研修、公開セミナーでの中期経営計画策定講座等でビジョンと戦略の組み立て方を講義・指導するなどの経験をしてきました。
その中で、旧著では盛り込みきれなかった新しい考え方や、要素・ノウハウといったものが出てきました。
さらに『マンガでやさしくわかる事業計画書』(日本能率協会マネジメントセンター)で新規事業のビジネスプランを策定するプロセスを、マンガのストーリーで表現するという新たな手法との出会いにより、中期経営計画の策定プロセスについても、具体的に紹介できるのではと思い至りました。
私自身、お客様に合わせていろいろな策定方法、策定体制を経験し、それぞれの取り組み方の問題点や課題、それらに対する対応策・解決策というものを工夫してきました。
このノウハウを、2つの会社の進め方の例として表現できないものかと思っていたところ、今回、日本能率協会マネジメントセンターさんからお声がけいただき、2つの会社のお話として展開できることになりました。
中期経営計画の作り方は、経営者(トップ)の考え方や会社の業種・業態、組織体制、置かれた環境、経営状態、企業規模、スタッフの状況等により異なります。
本書では、それを「大和貿易」と「山本電機」という2つの会社に代表させて表現してみることにしました。
ベースとなるフレームワーク(枠組み)は、前著『中期経営計画の立て方・使い方』でご紹介している4つのパートで構成するということは同じですが、作り方により取り組む順番が違ったり、考え方やアプローチが異なったりします。
その部分を、読者の方々にマンガのストーリーでつかんでいただきたいと思っています。
もう一つ、この本にぜひとも盛り込みたかったことは、中期経営計画は「作って、発表しておしまい」ではダメで、その後の遂行・実行につながり、かつ実行フェーズで進捗管理(フォロー)ができるものでなければならないのですが、そのような中計にするにはどのようにしたらよいかということです。
多くの会社がたくさんの労力と時間をかけて中期経営計画を策定していますが、実行できるものになっていなければ役に立ちませんし、実行しなければ、成果が上がりません。
これまで、中計を作った後の会社も多く拝見し、どのような作り方をしたら実行しやすいか、またフォローがしやすいか、さらにどのようなフォローの仕方をしたら成果が上がりやすいかということを実際に指導しながら考え、やり方を工夫してきました。
そうした経験や知見もみなさんにぜひお伝えしたいと思っています。
経営企画という部署が存在し、中期経営計画を策定して運用するというのは、日本独特のものではありますが、上手に活用すれば、会社の発展に大変役立つ仕組みだと思います。
90年代のバブル崩壊以降、リストラを乗り越え、2000年代以降のグローバル化と企業再編の波を乗り切り、2010年代以降の災害と少子高齢化を克服しようと努めている日本企業には、自社を、自分たちを変身させていく力が内在していると思います。
今後も環境変化は続きますが、そうした中で変化し続けられる会社、変化を新しい力に変えていける会社となるために、自己改革力・変革力の習得と進化を、新たな中期経営計画の中に盛り込み、実行し実現していっていただきたいと思います。
2019年4月吉日井口嘉則
01中期経営計画の基礎
▼(1)経営計画をつくる意義/会社を変えていく気構え
マンガのストーリーの高知の言葉にあるように、世の中の情勢は常に変化しています。ですから、その中で会社や人も変わっていく必要があります。
では、どの程度変わる必要があるのかというと、対象となる会社や人によって異なってきます。
変わらなければならない変化の程度を、大きい方から「変革〉改革〉改善」というように3つに分けて考えてみましょう(図表0-1)。
まず、「改善」は今あるものを少しずつ良くするとか、少し安くするなどのように、小さな変化を作り出して行くことをいいます。
「カイゼン(Kaizen)」という言葉が英語にもなって海外で広く使われているように、「改善」は日本の企業、特にメーカーのお家芸です。
トヨタ自動車は、この改善を全社員が日々積み重ねて世界トップクラスの自動車メーカーになりました。このように、「改善」はみんなが取り組めることなのです。
次に「改革」ですが、これは「変革」との違いで対比するとわかりやすいと思います。「ゴーンによる日産の改革」と言われるように、カルロス・ゴーンが行ったことは「改革」に相当します。
日産自動車では、日本人経営者の下では、毎年のように赤字となり、会社経営が立ちゆかなくなりました。
そこで、外資に出資とともに経営者派遣を依頼し、「NRP(日産リバイバルプラン)」という中期経営計画を作って改革を断行しました。
その後、主力の自動車ビジネスで再び利益が出るようになり、さらに競争力が発揮できるようになったのは周知の事実です。
一方、「変革」の事例としてわかりやすいのは、富士フイルムです。富士フイルムでは、デジタルカメラ化の流れによって主力の写真用フイルムがなくなってしまう危機に直面しました。事実、世界最大のフイルムメーカーであったコダックは倒産してしまいました。
当時富士フイルムの社長であった古森重隆さんは、富士ゼロックスを子会社化したり、イメージ処理装置の方にシフトしたり、医薬品メーカーを買収するなどしてグループを大きく変え、会社を存続させるだけでなく、再び成長軌道に乗せたのです。
これが「変革」です。
このように、本書では本業が変わってしまうような変化を「変革」とし、本業がそのままの「改革」と、本業すら変わってしまう「変革」とで使い分けることにします。
なお、「改善」と「改革」間にも大きな溝があることを知っておく必要があります。
変化への対応として「改善」で済むのであれば、通常の活動の範囲内での対応が可能ですが、「改革」となると、これまでとは違う考え方や方法をとる必要があるのです。
日産自動車がカルロス・ゴーンの手腕・手法に頼らざるを得なかったのが典型的な例です。
通常、企業では「予算」といって1年間の計画を立てます。
しかし、予算はこれまでの延長線上で「このままいくとこれぐらいの売上になりそうだ」とか、「これぐらい利益が出そうだ」という予測・推測を中心とした作り方をしますので、「改善」程度の内容しか織り込むことができなくなるのです。
それに対して、「変革」や「改革」が必要な場合、単年度では取り組みが難しいため、3年から5年の中期経営計画を立案して取り組むことになります。
世の中には中期経営計画不要論もありますが、もし皆さんの会社で改革や変革を求められるようであれば、そのプランを中期経営計画として立案し、実行する必要があります。
では、どのような分野で「改革」や「変革」が必要なのでしょうか。これには、図表0-2に示すように、6つの分野があります。
1つ目は「事業分野」です。
会社が儲からなくなってしまったり、成長が止まってしまった場合には、本業のビジネスモデルを変えるとか、新規事業やM&A等で新たな成長を目指す必要があります。
2つ目は「組織分野」です。
機能別組織を事業部制や持ち株会社制等へ組織構造を大きく変えたり、権限移譲や会議体を見直したり、組織の運営方法や意思決定方法を大きく変える方法があります。
3つ目は「人事分野」です。
戦後長らく続いてきた職能資格制度を見直し、能力や実績に応じて処遇するようにするとか、人材の採用や育成方法を見直す等のテーマがあります。
海外で活躍できる人材を増やすとか、女性が活躍しやすい職場や働き方に改めたり、外国人雇用を増やしたりというものも、この分野です。
4つ目は「財務分野」です。
借入金依存度を下げるとか、遊休不動産を処分するとか、在庫や資産の持ち方などバランスシートの構造を大きく変えるなどがあります。
5つ目は「業務分野」です。
最新のIT技術などを使って、先進国の中でも効率が悪いと言われるホワイトカラーの生産性を押し上げる等があります。
最後の6つ目は「IT分野」です。
近年では、AIやIoT等の先進のIT技術が実用化してきていますので、それらを使って自動で作業や業務処理が行われるようにしたり、自宅やリモートで仕事ができるようにしたりする分野が考えられます。
以上、6つの分野を紹介しましたが、いずれの分野の改革や変革が必要かは、企業・組織によって違いますので、自社で必要な分野を取り上げ、どのように変えていったらいいかを検討するとよいでしょう。
・組織変革の8ステップここで、改革や変革を行う場合にはどのようなステップを経る必要があるかをご紹介しておきましょう。
改善は「現状あるものを少しずつ良くする」ということなので、現状から出発することができますが、改革や変革が求められる場合、「このままではいけない!」という現状否定から入る必要があります。
ここでは図表0-3に示す、アメリカのハーバード大学ビジネススクールの名誉教授であるジョン・P・コッターの『企業変革力』で述べられている8つのステップが参考になります。
最初のステップは「危機意識を生み出す」です。
人間誰しも今のままで変わらない方が楽ですから、考え方も仕事もなるべく変えたくないと思っています。
ですから、最初に「このままではいけない」「変わらなければいけない」とみんなが思えるようにしなければいけません。
このステップがうまくいかないと、次のステップに進めません。
2番目のステップは「変革を進めるための連帯」です。
「このままではいけない」と感じているだけでは何も変わりません。
「ではどうしたらいいのか」ということを問題意識の高い人たちで相談する必要があります。
それが変革や改革を進めるための「連帯」なのです。
日産自動車の場合には、「クロスファンクショナルチーム(CFT)」を結成して検討を行っています。
3番目は「ビジョンと戦略を作る」です。
これが中期経営計画に相当します。
日産の場合は、前述した日産リバイバルプランをCFTを中心にして作りました。
4番目は「ビジョンと戦略を周知徹底する」です。
中期経営計画の発表と伝達がこれに相当します。
ここまでで前半が終了です。
中期経営計画を立案するまでであれば、以上の4ステップでいいのですが、実行して成果を挙げるとなると、それ以降の4ステップも必要となります。
5番目は「従業員の自発を促す」です。
改革・変革には、公表した中期経営計画に基づいて、受け身ではなく、自分から改革・変革行動を提案したり、実行したりする必要があります。
「実はこう思っていました」といった提案を、社内から提起してもらうのです。
6番目は「短期的成果の重要性」です。
長らく成果が出ないでいると、それが必要なことだとは思っていても、「本当にこれでいいのか?」という疑念が湧いてきます。
こうした小さな疑念が発端となって、改革・変革が停滞したり頓挫したりしてしまうのは、避けなければなりません。
そのためにも、早い段階で目に見える成果を出せるようにすることが重要なのです。
7番目は、「成果を活かしてさらに変革を進める」です。
短期的な成果が出せると、「このまま進めても大丈夫なのだ」という安心と自信が芽生え、活動に勢いがついてきます。
最後は「新しい方法と企業文化」の形成です。
変革・改革活動を続けていると、現状を変えていくことに抵抗感が少なくなり、古い価値観と方法が新しい価値観とその方法に置き換えられてきます。
それを続けていくことで、新しい方法と企業文化が生まれてくるのです。
まさしく日産の改革はこのように進み、日本の大企業の改革事例としては特筆すべき事例となったのです。
その後、多くの日本企業経営者がこの手法をまねていきました。
コッターの説は主に欧米の企業・組織を分析対象にしていましたが、日本でこのようなことが実現できたことにより、洋の東西を問わずそれが適用できることが実証されました。
皆さんの会社で改革や変革の必要が生じた場合も、この8ステップを経ることとなります。
改革・変革は、成功すればその果実も大きいものですが、一方で失敗するリスクもあります。
過去、多くの企業や経営者が失敗し、表舞台から消えていったこともまた事実です。
とはいえ、大きく変わらなければならないのに変えられないままでいる企業は、やがて世の中から取り残され、退場させられる運命を待つしかありません。
どちらの道を選ぶかは、経営者次第です。
このように改革・変革はリスクも高いため、成功するためのメソッド、思考法とノウハウ・スキルが必要となります。
それらは大きく分類すると、今述べた「変革・改革思考」のほかに、図表0-4に示すように望ましいビジョン設定や的確な戦略立案を行える「ビジョン・戦略思考」や新規事業に必要な「創造思考」、組織を構成員の考え方を含め大きく変えていく上で必要な「マネジメント・リーダーシップ思考」などがあります。
図表0-4の「オペレーション思考」と「改善思考」は、通常業務を行っていても身につけられますが、それ以外の思考法は意識して学び、体験を通じて習得していかないと身につかないものばかりです。
それは、戦を行ううえでは兵法の知識が必要なのと同じことです。
必要に応じてこの本の中でも紹介していきますので、ぜひ学んでみてください。
▼(2)コーポレート・ガバナンス・コードによる要件
株式公開企業は、2015年6月から東京証券取引所が定めた「コーポレート・ガバナンス・コード」に準拠するよう求められています。
このコーポレート・ガバナンス・コードは、5つの基本原則からなっています。
①株主の権利・平等性の確保②株主以外のステークホルダーとの適切な協働③適切な情報開示と透明性の確保④取締役会等の責務⑤株主との対話このうち、④と⑤で中期経営計画や経営目標に関わる原則が述べられています。
【補充原則4-1②中期経営計画】取締役会・経営陣幹部は、中期経営計画も株主に対するコミットメントの一つであるとの認識に立ち、その実現に向けて最善の努力を行うべきである。
仮に、中期経営計画が目標未達に終わった場合には、その原因や自社が行った対応の内容を十分に分析し、株主に説明を行うとともに、その分析を次期以降の計画に反映させるべきである。
【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。
これらのことから、中期経営計画を株主に対するコミットメント(必達目標)として捉え、作りっぱなしにせず、事後の振り返りが必要であること、経営目標としては、利益目標だけでなく資本効率も開示する必要があることがわかります。
資本効率を表す指標としては、ROAやROEが考えられます。
▼(3)中期経営計画の3大要素
中期経営計画には、細かく分けるといろいろな要素がありますが、大ざっぱには3つの要素に分けられます(図表0-5)。
1つ目は「経営ビジョンと経営目標」です。
将来どのような会社・組織を目指すのかということを、定量・定性両面で打ち出していきます。
なお、定量的な側面は売上高や利益目標に代表される経営目標を指し、定性的な側面は「〇〇業界世界一」等の経営ビジョンを指します。
かつては売上高などの定量目標しか提示しない会社がありましたが、定量目標だけではどのような会社になりたいのかが伝わりません。
このため、定性的な目標である経営ビジョンも必要となるのです。
2つ目は戦略課題とその解決策という意味での「活動計画」です。
経営目標や経営ビジョンを達成するために、作戦としての戦略が必要です。
「新たな成長を期すために新規事業に参入する」であったり、「そのためにM&Aを行う」といったものはそうした戦略の例です。
その作戦を戦術として具体化したのが活動計画となります。
3つ目が「計数計画」です。
経営目標に到達するために「各年度別にどれだけ売上高を伸ばしていくのか」とか「どれくらい粗利益率を改善していくのか」「どれくらい販売管理費を抑えて利益を出していくのか」「どの程度純資産を増やして安全性を高めていくのか」といった数値面での計画をいいます。
中期経営計画というと経営目標と計数計画しか示さない企業が今でもありますが、それでは「どのような会社になりたいのか」という経営ビジョンや、「どうやって達成するか」という戦略や活動計画がないことになり、重要な要素を欠く中期経営計画となってしまいます。
きちんと3大要素が備わったものを作りましょう。
▼(4)中期経営計画に求められる10大目次
今述べた中期経営計画の3大要素をドキュメントとして整備し、発表しようとすると、図表0-6に示すような10大目次となります。
スタッフに余裕がある大企業では、これらの目次を揃えて対外発表するところも見受けられます。
一通り見ていきましょう。
1番目は「前中期経営計画の振り返り」です。
コーポレート・ガバナンス・コードでも求められているように、新しい中期経営計画を立案する前に、それ以前の計画がどうであったのか、所期の成果が得られたのか、やるべきことがやれたのか、できなかったことは何か、なぜそうだったのか、今後何が課題となるのか等を整理して振り返っておく必要があります。
うまく取り組めなかったことはその会社の「弱み」でもある可能性もありますので、そういう点が見つかったら、その弱みを克服できるような課題設定と取り組みを行うよう次期中期経営計画に反映させるべきです。
2番目は「経営ビジョン関連テーマ」で、先に述べた3大要素のうちの定性目標部分となります。
3番目は「業績向上関連テーマ」、つまり経営目標と定量目標を打ち出すことです。
4番目は「事業戦略関連テーマ」です。
経営ビジョンや経営目標を達成するために事業別にどのような戦略を講じるのか、具体策は何なのかを論じます。
5番目は「顧客価値・ブランド向上関連テーマ」です。
B2B・B2Cに関係なく、どのように顧客にとっての価値を高め、社名や商品名といったブランド認知度やイメージを高めていくのかを明確化します。
6番目は「財務構造改革関連テーマ」です。
有利子負債の圧縮や投資資金の確保方法等財務的な課題・取り組みを論じます。
7番目は「投資関連テーマ」です。
事業戦略と関連づけて、どのような事業や分野にどのような投資を行うのかを明確化します。
8番目は「組織戦略関連テーマ」です。
組織構造や組織運営方法をどのように変えていくのかということを論じます。
9番目は「機能別戦略関連テーマ」です。
営業や開発・生産・管理などの機能別組織ごとの戦略を打ち出します。
最後は「CSR関連テーマ」です。
環境問題、コンプライアンス対応、セキュリティ強化などのテーマがありますが、企業によっては、CSRレポートなどで代替するケースが見受けられます。
これら10大目次はすべて揃っていなければならないということではなく、業種や企業規模、あるいは時宜に応じて加えたり割愛したりすることができます。
基本的には3大要素が最低限揃っている必要があります。
▼(5)中期経営計画策定を成功させるための要素
中期経営計画を策定すること自体にある程度の時間と労力が必要となります。
このため、この策定作業を成功させるためには、図表0-7に示すようにいくつかの要素を揃える必要があります。
1つ目は「トップのコミットメント」です。
会社や組織を大きく変えていこうとする場合、経営者や組織のトップが本腰を入れて取り組む必要があります。
「経営企画にお任せ」というような策定方法ではなく、トップ自らがビジョン・目標設定や戦略立案に主体的に関わらなければなりません。
2つ目は「参加メンバーの顔ぶれとやる気」です。
時に策定プロジェクトに仕事が暇な人があてがわれることがありますが、まったくもって論外です。
仮に彼らが選ばれた場合、プロジェクトミーティングで彼らが問題として取り上げるのは職場や上司の不満ばかりです。
当然プロジェクトの雰囲気は悪くなり、将来を語るどころではなくなってしまいます。
仕事はできる人に集まる傾向があります。
ですから、できる人ほど策定プロジェクトに関わり、この会社をどうしたらいいのか、またどのようなことに取り組んだらいいのかについて積極的に発言してもらうべきです。
一方で、せっかく実力のある人たちに集まってもらっても、「検討するだけ」とか「提言しても取り入れられない可能性がある」といったことがあると、負担感ばかりが増し、やる気が出なくなってしまいます。
このため、実力のあるメンバーによる真剣な議論の結果が取り入れられるようにする必要があります。
また、社内にうるさ型の古手の役員がいるケースがありますが、そういう人を疎んじていると、最後の方でちゃぶ台返しを食らう可能性があります。
途中段階で意見を聞くなどをしておいた方がよいでしょう。
3つ目は「立案フレームワークと進め方」です。
中期経営計画は通常3カ月から半年ぐらいで作り上げます。
短いようですが途中いろいろな工程がありますので、しっかりした行程表なしに検討を進めると、途中で道に迷って検討がはかどらなくなり、プロジェクトメンバーも業務多忙を理由に参加しなくなります。
ですから最初からしっかりしたフレームワーク(枠組み)に基づいて検討を進められるよう、本書で紹介するフレームワークを参考に、自社に合った手順を決めて進めてもらえればと思います。
4つ目は「各パートで求められる要素スキル」を揃えておく必要があるということです。
本書で紹介する「ビジョン・戦略立案フレームワーク」では、図0-8に示すように①ビジネス環境分析、②ビジョン設定、③戦略策定、④活動・計数計画具体化の4つのパートがありますが、それぞれのパートで求められる知識や要素スキルは異なってきます。
その場になってからでは間に合いませんので、あらかじめこれらの知識や要素スキルを学んで身につけておく必要があります。
5つ目は「全体のコーディネーション」です。
前出の4つのパートは、会社によって順番が異なる場合があります。
自社に適した順番で順序よく進めていくには、ステップバイステップでやり方を決めていくのではなく、あらかじめ最初から最後までの行程を決めて取り組む必要があります。
そうでないと、途中で難しい局面になった時にプロジェクト内で意見が分かれたり、最悪の場合、頓挫することにもつながりかねません。
これら5つの要素がすべて揃うことで、中期経営計画の策定というプロセスを成功させることができます。
マンガのストーリーでは、2つの異なるタイプの会社がそれぞれ違った進め方をしていきます。
それぞれの進め方で難しい点や留意点などを紹介していきますので、自社で進める際の参考にしてください。
▼(6)各パートで求められる知識・スキル
ここで、各パートで求められる・スキルを簡単に見ておきましょう(図表0-9)。
①ビジネス環境分析パートでは、データ収集や分析スキル等の分析的な知識やスキルが必要です。
スタッフの方々は比較的このパートは得意でしょうが、ただやみくもに情報収集しても、何が重要な情報で何に基づいてどのような判断や課題設定を行うのかということがわかっていないと、情報やさまざまな意見の海に投げ出されて溺れてしまいかねません。
例えば、プロジェクトメンバーに職場や仕事の問題点を出してもらいます。
そうすると、本人の不平不満をはじめいろいろな事柄が上がってきます。
事務局としては、それらを整理して、重要性や緊急性に基づいて課題設定を行う必要があります。
マンガのストーリーでは、山本電機の人たちがそのような局面に出くわします。
②ビジョン設定パートでは、図表0-9に見られるように価値観や想いの抽出や、目標感の違いの調整等、主にファシリテーションスキルが重要になります。
例えば経営目標を設定するということについて、5人に聞けば5つの違った意見が出てきます。
最終的には社長に決めてもらうという方法もありますが、社長にも根拠となる判断材料が必要です。
このように皆さんから考えや意見を引き出しながらまとめていく手法を「ファシリテーション」といいます。
この手法を身につけていないと、このパートをうまくまとめることは難しいです。
③戦略策定パートは、戦略やビジネスモデルに関する知識やロジカルシンキングといったスキルがカギとなります。
戦略類型については、戦略策定パートで解説していますので、参考にしてください。
④活動・計数計画具体化パートでは、戦略を戦術に落とし込んだり、計画化するなど、ブレークダウンスキルが重要となります。
どんな戦略も最終的には業務として実行される必要がありますから、「戦略課題課題解決策施策計画」のようにブレークダウンしていきます。
▼(7)現状分析先行型かビジョン先行型か
将来像や目標を設定する方法に、「現状分析先行型アプローチ」と「ビジョン先行型アプローチ」の2つの方法があります(図表0-10)。
現状分析先行型アプローチは「フォーキャスティング型アプローチ」ともいいますが、最初に現状を分析し、その問題点や課題を抽出し、解決策を検討した上で、解決策を実行したらどこまでたどり着けるかという将来像や目標を設定します。
この発想方法は誰でもできる発想方法なので、理解はしやすいのですが、目標が低くなったり、夢のない将来像となりやすいという難点があります。
一方、ビジョン先行型アプローチは「バックキャスティング型アプローチ」ともいいますが、最初に望ましい将来像や目標を検討・設定するところに大きな違いがあります。
最初に目標設定した上で現状に戻り、そのギャップを分析し、どうしたらそのギャップを埋められるかを検討します。
この発想方法の特徴は、ありたい姿先行で高い目標設定や大きな夢が描けるということが挙げられますが、単なる願望や実現方法の見つからない目標の場合は、夢物語に終わってしまう可能性があります。
世の中の9割以上の人はフォーキャスティング型の発想に頼り、バックキャスティング型の発想をしません。
むしろ高い目標を設定することを躊躇します。
目標を達成できずに残念な思いをしたり、上司から叱られりすることを嫌うからです。
また、高い目標設定を行うと、その分仕事は大変になります。
大抵の人は大変な思いをしたくないので、低い目標設定に甘んじようとします。
こうした人のメンタリティーを挙げれば「失敗したくない」「楽をしたい」「叱られたくない」「断られたくない」「責任を取りたくない」といったものとなります。
一方、バックキャスティング型で成功してきた企業や経営者を見ると、トップ自身がバックキャスティング型で発想し、大多数であるフォーキャスティング型の人たちや組織を引っ張ってきていることが少なくありません。
とはいえ、先に見たように、世の中が変化する中で自社に改革や変革が求められる場合は、このバックキャスティング型で発想する必要があります。
改善で済む場合には、みんなができるフォーキャスティング型発想を使って計画を立案し、進めていくことで問題ないのですが、改革や変革を断行しなければいけない場合には、難しい問題に直面することになります。
▼(8)策定フローを確認する
バックキャスティング型で中期経営計画を立案する場合は、図表0-11のとおり、②ビジョン設定パートから始まり、①ビジネス環境分析③戦略立案④活動・計数計画具体化の順に進めていきます。
一方、フォーキャスティング型で立案する場合は、①ビジネス環境分析から始めることになります。
マンガのストーリーで、大和貿易はバックキャスティング型で進め、山本電機はフォーキャスティング型で進めることになりました。
フォーキャスティング型で進める場合にも、①②③④の分析先行型1と、①③②④の分析先行型2の2つのパターンがあります(図表0-11参照)。
このように見てくると、経営者のタイプと求められる変化の度合いによってどちらの手順で進めるかが決まってきますが、難しいのは経営者の発想がフォーキャスティングタイプなのに、求められる変化が改革・変革の場合です。
経営者のタイプに合わせるのか、求められる変化に応じて経営者に発想方法を変えてもらうかを選択する必要があります。
バックキャスティング型発想を行える人は世間一般では1割以下ですが、優秀な営業マンなど、バックキャスティング型発想で仕事ができる人に聞いてみると、後天的に身につけた人が大半だということがわかります。
ですから、今はフォーキャスティング型の発想しかできない人でも、バックキャスティング型発想を身につけて取り組むということは可能なのです。
自社の状況、経営者の受容度に合わせて策定フローを選んでいきましょう。
▼(9)策定方法と体制
中期経営計画を策定する方法には、大きく分けて4種類があります。
①プロジェクト方式これは、経営企画担当役員等がプロジェクトリーダーとなり、社内各部門から部課長クラスがメンバーとして参加し、キックオフから何ヶ月かかけてプロジェクト原案を策定し、経営会議または社長に提案する方式です。
社長は「プロジェクトオーナー」という位置づけです。
私が指導する場合には、多くがこの形式です。
マンガのストーリーでは、大和貿易がこの方式です。
②現行組織中心方式これは、役員以上の経営陣で現状分析~ビジョン設定~基本戦略策定までの前半部分の検討を行い、それ以降の後半を各部門の部課長クラスが個別戦略から活動計画までを具体化する方法です。
前半・後半での役割分担となっていますので、社内で進める場合にはこのような方式もあり得るでしょう。
③経営企画中心方式これは、経営企画が事務局となり、ポイントごとに経営者・トップの意向や考え方を確認しながら事業部や各部門に内容記入や具体化を求め、取りまとめていく方式です。
社長の意向に沿った経営計画はできますが、各部署間の議論が不足する傾向にあり、納得性や実現性に難点が残ります。
マンガのストーリーでは、山本電機はこの方式とプロジェクト方式のミックス方式で行っています。
④合宿研修方式これは、ベンチャーや比較的小規模の企業の経営陣や部門長が週末などに定期的に集まり、合宿検討を繰り返しまとめていく方式です。
相互信頼関係があって、参加者が気兼ねなく積極的に発言できるような雰囲気がある会社なら効果的でしょう。
・ファシリテーションの必要性日本人は序列やメンツを重視するため、議論を避ける傾向があり、会議を開いても黙りこくって討議が盛り上がらないことがあります。
以前、中期経営計画のファシリテーションを依頼された会社では、社長が役員を集めて議論させようとしたのですが、みんな黙ってしまってうまく行かなかったので、ファシリテーションをしてほしいと相談されたのです。
そこで、ワークショップの実施にあたってきちんとフレームワークを与え、少人数でグループ討議ができるようにすると、別人のように活発な議論が行われたのです。
脇で聞いていた社長も喜んでいらっしゃいました。
中期経営計画は、予算などと違い、これまでと違う考え方やアプローチをとる必要性をみんなで議論し共有する必要があるため、きちんと全員が自分の考えを持ち、発言し、議論を戦わせ、合意できる合理的な結論を導き出す必要があります。
このため、参加者の議論を促すようなファシリテーションができるファシリテーターが必要となります。
社内で議論をさせたいと思ったら、まずファシリテーションスキルを身につける必要があります。
▼(10)策定スケジュール
策定スケジュールは、通常3カ月から6カ月ぐらいの間で組みます。
ただし、その手順はビジョン先行型か現状分析先行型かで異なってきます。
図表0-12に示したのはプロジェクト型で、なおかつビジョン先行型で取り組んだ、大和貿易に近いタイプです。
専任で取り組める人は限られているので、兼任の人も、業務に支障をきたさない範囲で、検討会当日のプログラムに合わせた予備検討や宿題に取り組めるよう、時間的余裕を持たせたスケジュールを組みます。
なお、検討会では少人数グループに分け、グループ討議を行ってもらいます。
▼(11)ワークシートの活用
議論の際にテーマだけを与え、フリーフォーマットで議論してもらうと、論点や検討内容がバラけてしまいます。
ホワイドボードに書いてもらう方式で行っても、後でまとめるのが大変です。
このため、私は高知と同様に、ワークシートを活用しています。
それぞれのパートごとにワークシートのフォーマットがあり、事前課題や当日の討議でも、ワークシートベースで記入や議論をしてもらいます。
そうすることで一定の枠組みの中で議論が行われることとなり、ワークシートに追加したり、修正したり、削除したりすることでブラッシュアップが行えます。
このように、ワークシートを活用することで、生産性が高まるとともに議論も深めることができるのです。
また、経営企画としてまとめる際にも、ワークシートベースで行えば、まとめの手間を省けますし、同じフォーマットでまとめてあれば参加者にとっても見やすい資料となります。
本書でもいくつか紹介していきますので、参考にしてください(巻末「中期経営計画策定用ワークシート集」参照)。
▼(12)実行して成果が上がる中期経営計画の作り方
私は、事業会社にいた頃から中期経営計画の策定に携わってきました。
そして経営コンサルタントになってからも、さまざまな会社で中期経営計画策定のお手伝いをしてきました。
その後が気になって策定のお手伝いをした会社に伺ってみることがありますが、中には社内でPDCAがよく行われ業績が上がった会社もあれば、中には中期経営計画書が机の引き出しにしまわれたまま活用されてない会社もありました。
総じて見てみると、中期経営計画をきちんと実行した会社はその後業績が上がり、一方で実行できなかった会社は業績が低迷しているという傾向が強かったように感じました。
このことから、「どうしたら実行できる中期経営計画が作れるか」という問題意識を持つようになりました。
そしてたどり着いたのが、図表0-13のような6つのステップです。
①まず、かつての中期経営計画といえば経営目標と計数計画のみの会社が多かったので、「どのようにしてそれを達成するか」ということを表現する活動計画の必要性を訴えました。
②次に、活動計画を作っても、各部門でバラバラの内容では整合性がとれません。
そこで、その元となる戦略をはっきりさせる必要があります。
このため戦略に基づいた策定を唱えました。
③ところが、戦略や活動計画を作っても、それに対する実現・実行意欲がないと実行に移さないので、目的(Why)や目指す姿(Vision)を明確化すべきだと感じました。
④このため事業目的としての理念を明確化し、経営ビジョンを具体化するようにしました。
⑤その結果、事後訪問した会社の方から、「活動計画どおり進めたいのですが、具体的に何をやったらいいかがわからない」という指摘がありました。
そこで、実行計画までブレークダウンすることを提案し、指導しました。
⑥とはいえ、それでもまだ何かと言い訳を言ってサボる人がいるので、最後は危機意識を持たせたり、現場目標を明確化したり、PDCAでフォローしたりしました。
そうすることで、ようやく実施でき、成果の上がる計画とすることができたのです。
こうしたことから、中期経営計画は、策定して発表するだけではなく、実行できるものにすること、そのためには実行できるような計画にまで具体化すること、さらには、サボらせないように、実行状況を進捗管理することが重要だということがわかりました。
このように、「作っておしまい」の中期経営計画ではなく、実行して成果が上がる中期経営計画作りを心がけていただきたいと思います。
またそのために、どう考えどのようなことに取り組んでいったらいいかをマンガのストーリーと本文解説でご紹介していきますので、参考にしていただきたいと思います。
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