はじめに前著『中期経営計画の立て方・使い方』(かんき出版)は、自身の実務経験とコンサルティング経験を活かして、いわば卒業論文のようなつもりで1999年に旧三和総研在職中に出しました。
精密機械メーカーというモデル企業を設定して、その会社の中期経営計画ならこのように作るべきだろうという想定で、合計22枚のワークシートをすべて一貫性のある事例として記入例を付けて紹介し、併せて巻末にブランクのシート集をCDROMの形で添付しました。
幸い実務家の方々から「わかりやすい」とご好評をいただき、2008年の改訂版を含め、今日でも、いまだに読み継がれ、活用していただいています。
共著者の稲垣淳一郎さんともども、大変嬉しく思っています。
それから長い年月を経ましたが、その間、私は中期経営計画策定支援のコンサルティングをブラッシュアップしながら継続し、その一方で、策定後の進捗管理の支援や、企業内での新任取締役や新任部長研修、公開セミナーでの中期経営計画策定講座等でビジョンと戦略の組み立て方を講義・指導するなどの経験をしてきました。
その中で、旧著では盛り込みきれなかった新しい考え方や、要素・ノウハウといったものが出てきました。
さらに『マンガでやさしくわかる事業計画書』(日本能率協会マネジメントセンター)で新規事業のビジネスプランを策定するプロセスを、マンガのストーリーで表現するという新たな手法との出会いにより、中期経営計画の策定プロセスについても、具体的に紹介できるのではと思い至りました。
私自身、お客様に合わせていろいろな策定方法、策定体制を経験し、それぞれの取り組み方の問題点や課題、それらに対する対応策・解決策というものを工夫してきました。
このノウハウを、2つの会社の進め方の例として表現できないものかと思っていたところ、今回、日本能率協会マネジメントセンターさんからお声がけいただき、2つの会社のお話として展開できることになりました。
中期経営計画の作り方は、経営者(トップ)の考え方や会社の業種・業態、組織体制、置かれた環境、経営状態、企業規模、スタッフの状況等により異なります。
本書では、それを「大和貿易」と「山本電機」という2つの会社に代表させて表現してみることにしました。
ベースとなるフレームワーク(枠組み)は、前著『中期経営計画の立て方・使い方』でご紹介している4つのパートで構成するということは同じですが、作り方により取り組む順番が違ったり、考え方やアプローチが異なったりします。
その部分を、読者の方々にマンガのストーリーでつかんでいただきたいと思っています。
もう一つ、この本にぜひとも盛り込みたかったことは、中期経営計画は「作って、発表しておしまい」ではダメで、その後の遂行・実行につながり、かつ実行フェーズで進捗管理(フォロー)ができるものでなければならないのですが、そのような中計にするにはどのようにしたらよいかということです。
多くの会社がたくさんの労力と時間をかけて中期経営計画を策定していますが、実行できるものになっていなければ役に立ちませんし、実行しなければ、成果が上がりません。
これまで、中計を作った後の会社も多く拝見し、どのような作り方をしたら実行しやすいか、またフォローがしやすいか、さらにどのようなフォローの仕方をしたら成果が上がりやすいかということを実際に指導しながら考え、やり方を工夫してきました。
そうした経験や知見もみなさんにぜひお伝えしたいと思っています。
経営企画という部署が存在し、中期経営計画を策定して運用するというのは、日本独特のものではありますが、上手に活用すれば、会社の発展に大変役立つ仕組みだと思います。
90年代のバブル崩壊以降、リストラを乗り越え、2000年代以降のグローバル化と企業再編の波を乗り切り、2010年代以降の災害と少子高齢化を克服しようと努めている日本企業には、自社を、自分たちを変身させていく力が内在していると思います。
今後も環境変化は続きますが、そうした中で変化し続けられる会社、変化を新しい力に変えていける会社となるために、自己改革力・変革力の習得と進化を、新たな中期経営計画の中に盛り込み、実行し実現していっていただきたいと思います。
2019年4月吉日井口嘉則
01中期経営計画の基礎
▼(1)経営計画をつくる意義/会社を変えていく気構え
マンガのストーリーの高知の言葉にあるように、世の中の情勢は常に変化しています。ですから、その中で会社や人も変わっていく必要があります。
では、どの程度変わる必要があるのかというと、対象となる会社や人によって異なってきます。
変わらなければならない変化の程度を、大きい方から「変革〉改革〉改善」というように3つに分けて考えてみましょう(図表0-1)。
まず、「改善」は今あるものを少しずつ良くするとか、少し安くするなどのように、小さな変化を作り出して行くことをいいます。
「カイゼン(Kaizen)」という言葉が英語にもなって海外で広く使われているように、「改善」は日本の企業、特にメーカーのお家芸です。
トヨタ自動車は、この改善を全社員が日々積み重ねて世界トップクラスの自動車メーカーになりました。このように、「改善」はみんなが取り組めることなのです。
次に「改革」ですが、これは「変革」との違いで対比するとわかりやすいと思います。「ゴーンによる日産の改革」と言われるように、カルロス・ゴーンが行ったことは「改革」に相当します。
日産自動車では、日本人経営者の下では、毎年のように赤字となり、会社経営が立ちゆかなくなりました。
そこで、外資に出資とともに経営者派遣を依頼し、「NRP(日産リバイバルプラン)」という中期経営計画を作って改革を断行しました。
その後、主力の自動車ビジネスで再び利益が出るようになり、さらに競争力が発揮できるようになったのは周知の事実です。
一方、「変革」の事例としてわかりやすいのは、富士フイルムです。富士フイルムでは、デジタルカメラ化の流れによって主力の写真用フイルムがなくなってしまう危機に直面しました。事実、世界最大のフイルムメーカーであったコダックは倒産してしまいました。
当時富士フイルムの社長であった古森重隆さんは、富士ゼロックスを子会社化したり、イメージ処理装置の方にシフトしたり、医薬品メーカーを買収するなどしてグループを大きく変え、会社を存続させるだけでなく、再び成長軌道に乗せたのです。
これが「変革」です。
このように、本書では本業が変わってしまうような変化を「変革」とし、本業がそのままの「改革」と、本業すら変わってしまう「変革」とで使い分けることにします。
なお、「改善」と「改革」間にも大きな溝があることを知っておく必要があります。
変化への対応として「改善」で済むのであれば、通常の活動の範囲内での対応が可能ですが、「改革」となると、これまでとは違う考え方や方法をとる必要があるのです。
日産自動車がカルロス・ゴーンの手腕・手法に頼らざるを得なかったのが典型的な例です。
通常、企業では「予算」といって1年間の計画を立てます。
しかし、予算はこれまでの延長線上で「このままいくとこれぐらいの売上になりそうだ」とか、「これぐらい利益が出そうだ」という予測・推測を中心とした作り方をしますので、「改善」程度の内容しか織り込むことができなくなるのです。
それに対して、「変革」や「改革」が必要な場合、単年度では取り組みが難しいため、3年から5年の中期経営計画を立案して取り組むことになります。
世の中には中期経営計画不要論もありますが、もし皆さんの会社で改革や変革を求められるようであれば、そのプランを中期経営計画として立案し、実行する必要があります。
「改革」や「変革」
では、どのような分野で「改革」や「変革」が必要なのでしょうか。これには、図表0-2に示すように、6つの分野があります。
- 1つ目は「事業分野」です。
- 2つ目は「組織分野」です。
- 3つ目は「人事分野」です。
- 4つ目は「財務分野」です。
- 5つ目は「業務分野」です。
- 最後の6つ目は「IT分野」です。
1つ目は「事業分野」です。
会社が儲からなくなってしまったり、成長が止まってしまった場合には、本業のビジネスモデルを変えるとか、新規事業やM&A等で新たな成長を目指す必要があります。
2つ目は「組織分野」です。
機能別組織を事業部制や持ち株会社制等へ組織構造を大きく変えたり、権限移譲や会議体を見直したり、組織の運営方法や意思決定方法を大きく変える方法があります。
3つ目は「人事分野」です。
戦後長らく続いてきた職能資格制度を見直し、能力や実績に応じて処遇するようにするとか、人材の採用や育成方法を見直す等のテーマがあります。
海外で活躍できる人材を増やすとか、女性が活躍しやすい職場や働き方に改めたり、外国人雇用を増やしたりというものも、この分野です。
4つ目は「財務分野」です。
借入金依存度を下げるとか、遊休不動産を処分するとか、在庫や資産の持ち方などバランスシートの構造を大きく変えるなどがあります。
5つ目は「業務分野」です。
最新のIT技術などを使って、先進国の中でも効率が悪いと言われるホワイトカラーの生産性を押し上げる等があります。
最後の6つ目は「IT分野」です。
近年では、AIやIoT等の先進のIT技術が実用化してきていますので、それらを使って自動で作業や業務処理が行われるようにしたり、自宅やリモートで仕事ができるようにしたりする分野が考えられます。
以上、6つの分野を紹介しましたが、いずれの分野の改革や変革が必要かは、企業・組織によって違いますので、自社で必要な分野を取り上げ、どのように変えていったらいいかを検討するとよいでしょう。
・組織変革の8ステップ
ここで、改革や変革を行う場合にはどのようなステップを経る必要があるかをご紹介しておきましょう。
改善は「現状あるものを少しずつ良くする」ということなので、現状から出発することができますが、改革や変革が求められる場合、「このままではいけない!」という現状否定から入る必要があります。
ここでは図表0-3に示す、アメリカのハーバード大学ビジネススクールの名誉教授であるジョン・P・コッターの『企業変革力』で述べられている8つのステップが参考になります。
- 最初のステップは「危機意識を生み出す」です。
- 2番目のステップは「変革を進めるための連帯」です。
- 3番目は「ビジョンと戦略を作る」です。
- 4番目は「ビジョンと戦略を周知徹底する」です。
- 5番目は「従業員の自発を促す」です。
- 6番目は「短期的成果の重要性」です。
- 7番目は、「成果を活かしてさらに変革を進める」です。
- 最後は「新しい方法と企業文化」の形成です。
最初のステップは「危機意識を生み出す」です。
人間誰しも今のままで変わらない方が楽ですから、考え方も仕事もなるべく変えたくないと思っています。
ですから、最初に「このままではいけない」「変わらなければいけない」とみんなが思えるようにしなければいけません。
このステップがうまくいかないと、次のステップに進めません。
2番目のステップは「変革を進めるための連帯」です。
「このままではいけない」と感じているだけでは何も変わりません。
「ではどうしたらいいのか」ということを問題意識の高い人たちで相談する必要があります。
それが変革や改革を進めるための「連帯」なのです。
日産自動車の場合には、「クロスファンクショナルチーム(CFT)」を結成して検討を行っています。
3番目は「ビジョンと戦略を作る」です。
これが中期経営計画に相当します。
日産の場合は、前述した日産リバイバルプランをCFTを中心にして作りました。
4番目は「ビジョンと戦略を周知徹底する」です。
中期経営計画の発表と伝達がこれに相当します。
ここまでで前半が終了です。
中期経営計画を立案するまでであれば、以上の4ステップでいいのですが、実行して成果を挙げるとなると、それ以降の4ステップも必要となります。
5番目は「従業員の自発を促す」です。
改革・変革には、公表した中期経営計画に基づいて、受け身ではなく、自分から改革・変革行動を提案したり、実行したりする必要があります。
「実はこう思っていました」といった提案を、社内から提起してもらうのです。
6番目は「短期的成果の重要性」です。
長らく成果が出ないでいると、それが必要なことだとは思っていても、「本当にこれでいいのか?」という疑念が湧いてきます。
こうした小さな疑念が発端となって、改革・変革が停滞したり頓挫したりしてしまうのは、避けなければなりません。
そのためにも、早い段階で目に見える成果を出せるようにすることが重要なのです。
7番目は、「成果を活かしてさらに変革を進める」です。
短期的な成果が出せると、「このまま進めても大丈夫なのだ」という安心と自信が芽生え、活動に勢いがついてきます。
最後は「新しい方法と企業文化」の形成です。
変革・改革活動を続けていると、現状を変えていくことに抵抗感が少なくなり、古い価値観と方法が新しい価値観とその方法に置き換えられてきます。それを続けていくことで、新しい方法と企業文化が生まれてくるのです。
まさしく日産の改革はこのように進み、日本の大企業の改革事例としては特筆すべき事例となったのです。その後、多くの日本企業経営者がこの手法をまねていきました。
コッターの説は主に欧米の企業・組織を分析対象にしていましたが、日本でこのようなことが実現できたことにより、洋の東西を問わずそれが適用できることが実証されました。
皆さんの会社で改革や変革の必要が生じた場合も、この8ステップを経ることとなります。改革・変革は、成功すればその果実も大きいものですが、一方で失敗するリスクもあります。
過去、多くの企業や経営者が失敗し、表舞台から消えていったこともまた事実です。
とはいえ、大きく変わらなければならないのに変えられないままでいる企業は、やがて世の中から取り残され、退場させられる運命を待つしかありません。
どちらの道を選ぶかは、経営者次第です。このように改革・変革はリスクも高いため、成功するためのメソッド、思考法とノウハウ・スキルが必要となります。
それらは大きく分類すると、今述べた「変革・改革思考」のほかに、図表0-4に示すように望ましいビジョン設定や的確な戦略立案を行える「ビジョン・戦略思考」や新規事業に必要な「創造思考」、組織を構成員の考え方を含め大きく変えていく上で必要な「マネジメント・リーダーシップ思考」などがあります。
図表0-4の「オペレーション思考」と「改善思考」は、通常業務を行っていても身につけられますが、それ以外の思考法は意識して学び、体験を通じて習得していかないと身につかないものばかりです。
それは、戦を行ううえでは兵法の知識が必要なのと同じことです。必要に応じてこの本の中でも紹介していきますので、ぜひ学んでみてください。
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