◆成長している企業は「人の動き」が激しいナンバー2や社員がキャパオーバーにならないためのしくみは重要です。前項で述べたのは「仕事の量を減らす」方法ですが、キャパオーバーにならないためには、もう一つ別のアプローチがあります。それは「人の質を上げる」ことです。一言で言えば、教育です。社員の能力が上がれば、こなせる仕事量も増えます。教育は「今日教えたら、明日から急にできるようになる」ものではありません。それなりに時間がかかり、段階的にしか人は成長しません。だから、仕事の量を適切にコントロールしながら、継続的に教育することが大切です。教育で大事なことは「いろいろ経験させる」ことです。経営者にならなければ、経営について学ぶことができないように、ナンバー2も社員も具体的な経験を積まなければ何一つ成長しません。だから、武蔵野はドンドン異動させます。優秀な人ほど、ドンドン異動させて、いろんな経験を積ませ、成長するしくみにしています。ナンバー2の矢島は、入社後一〇年で九回異動させたし、その他の社員も一〇年で七回異動はめずらしくありません。経営サポートコンサルティング事業部部長菊地富雄は、新しい部署で歓迎会を開いてもらって、三日後に異動のケースもあります。歓迎会を開いたメンバーたちは「異動詐欺だ!」と口々に文句を言っていましたが、武蔵野ではよくある笑い話です。二〇一五年に、本部長をすべてシャッフルして、担当事業の総入れ替えをしました。ここまで大胆なシャッフルは初めてです。「人に仕事をつけず、仕事に人をつける」は経営の大原則で、優秀な人材でも、いつも同じことをさせていたら成長しません。ナンバー2に限らず、社員にどんどん新しい経験をさせて、彼ら、彼女らが成長すれば、当然、企業が成長します。大企業や官庁は、人が全然異動せず、新しい風が入らない組織もあります。素質は抜群でも、同じことばっかりさせて人が成長しない。勉強させないと多くの会社の社員は、現状の部署やポジションにぶら下がっているだけで、まったく新しい経験をしない。そんな状況では、人も企業も成長するわけがありません。世の中を騒がせている大企業も成長しているときは、とにかく忙しく、優秀な人材はあっちこっちに引っ張り回され、組織の風通しは自然とよくなり、人材もどんどん成長していた。しかし、組織で「人の動き」がなくなると、人は成長しなくなり、企業も停滞、衰退し
ていくのです。◆中小企業の経営は『狭く、深く』が基本一つ注意しなければならないのは「ドンドン異動をさせる」のと、同じ人に「あれも、これもさせる」とは根本的に違う点です。ここを誤解しないでください。とかく社長は、ナンバー2や優秀な社員には「いろいろ経験して欲しい」と思うばかりに「あれも、これも」といろんな仕事を、同時に任せます。人間はキャパシティの限界があります。加えて、優秀な人材の能力分散は、中小企業の経営としてやってはいけないことの一つです。中小企業の経営のコツは『狭く、深く』です。『広く、浅く』ではまったく勝負になりません。それは人の配置でも同じで、一〇〇の能力を持った社員に、一〇個の仕事をさせると振り分けて発揮する力は一〇になります。そんな配分にすると、仕事がどんどん「広く、浅く」なっていきます。そんなことをやらせるなら、三〇の能力の人に、一つのことを『狭く、深く』やらせたほうがいい結果が出ます。局面の勝負なら「一〇対三〇」で絶対に勝てる。武蔵野は、いろんな経験はさせますが、同時にはやらせません。だから社員は、『狭く、深く』のセオリー通り、それぞれの局面の勝負で勝てる人材として成長していきます。労働分配率は異常です。二〇〇四年、お世話になっていた経理士の先生に労働分配率六七パーセントは異常と指導されました。先生の仕事としては当然です。しかし、あの時、教育を辞め、人を減らして労働分配率を五〇パーセント前半にしていたら、今日の武蔵野はありません。人が育つ時は、一時的に利益を落としても未来に投資するのが、人を育てるコツです。
コメント