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部下と話合いをしすぎて

C社の工場長は、社長の弟であり、常務取締役の立場にもある。性格は穏やかで、人間関係を重視する姿勢が特徴だ。社内の人間関係に常に目を配り、その改善に向けて尽力している。

作業環境に問題がないか、上司としての対応に不足がないか、常に気を配り、振り返りを続けている。特に賃金については、技能や作業条件、貢献度などの観点から適切かどうかを検討し、社員の意向も踏まえながら部下と話し合いを重ね、一緒に改善策を模索している。

この会社の給与水準は非常に高く、従業員募集の広告を掲示しても、他社の関係者によってすぐにはがされてしまい、三日と持たないのが常だ。はがす側の言い分としては、高賃金を掲げた募集広告が周囲にとって迷惑だからという理由らしい。

ところが、この会社で最も多い従業員の不満は、皮肉にも賃金に集中している。他社より高い給与水準を誇りながらも、不満が後を絶たない。その原因は、工場長と部下による賃金検討の過程にあると言える。

賃金というものは、何万人が何十年かけて研究しようとも、妥当で完全に公平な基準を見つけることなど不可能だ。人間が作り上げる以上、全員が納得するような賃金制度が存在するはずもない。

どこかに不公平があるのではないかと言われれば、不公平の例など誰でもいくらでも挙げられるものだ。常にこうした議論が繰り返されるために、社員の間に賃金への不満が生まれるのである。

「眠っている子を起こす」とはまさにこのことだ。他社よりはるかに高い賃金を支払っている以上、「不満はないか」などとわざわざ問いかける必要は全くない。

もちろん、賃金に対する不満は金額だけでなく、「不公平感」に起因することも事実だ。しかし、「絶対的に公平な賃金」など存在しない以上、「賃金が不公平だという不満も理解できるが、誰がどのようにやっても完全に公平な制度など作れない。だからこそ、納得して受け入れてほしい」と説明し、理解を求める姿勢こそが重要と言える。

賃金に対する若い社員たちの不満は主にこうした内容が多い。「自分たちは長年勤めている年配の社員と同じような仕事をこなし、同じように努力している。それにもかかわらず、賃金に大きな差があるのは納得できない」といった主張がその中心だ。

これはいわゆる「同一労働同一賃金」の考え方に基づくものだ。この理念自体は確かに理にかなっており、納得できるものだ。そして、欧米の先進国では、この考え方に基づいた職務給が一般的に採用されている。

多くの専門家が、わが国の年功序列型賃金の不合理さを指摘し、職務給や職能給の方が合理的であると主張してきた。さらに、この考え方は一部、わが国の労働基準法にも反映されており、その点については改めて述べるまでもないだろう。

かつては労働組合もこの考え方を強く主張していた時代があった。しかし、最近ではあまり触れられなくなっている。それは、この制度を本格的に導入した場合、最も困るのが労働者自身であることを理解しているからだ。

その実態は、欧米の職務給制度を見れば明らかだ。わが国の賃金論者たちは、年功序列型賃金の欠点ばかりを強調し、職務給の利点だけを取り上げて議論している。これではあまりにも一方的で、公平な議論とは言えない。

重要なのは、年功序列型賃金の長所と短所、そして職務給のメリットとデメリットを冷静に比較し、それぞれの性格や特徴を正確に理解することだ。さらに、その制度が企業に与える影響の違いや、労働者の生活にどのような影響を及ぼすのかまで考慮する必要がある。このような全体的な視点を持つことで、初めて賃金制度の本質に迫ることができる。

賃金とは、単に企業への貢献度や職務内容、拘束時間に応じて支払えば済むような単純なものではない。その背後には企業の存続や成長という運命がかかり、労働者の生活や将来がかかっている。この現実を深く理解し、慎重に考慮することが求められる。

企業への影響については、アベグレンの著書『日本経営の探求』(邦訳:東洋経済)や、ハーマン・カーンの著書『超大国日本の挑戦』(邦訳:ダイヤモンド社)に詳しく論じられている。これらの書籍では、年功序列や終身雇用制に対する新たな視点が提示されているので、ぜひ参考にしてほしい。特に両著者が、年功序列と終身雇用の多くの利点を挙げている点に注目すべきである。

ここでは労働者の生活に対する影響について触れてみたい。職務給は、職務内容に基づいて賃金が支払われるため、勤続年数に関係なく昇給幅はごくわずかに限られる。しかし、生活費はそう簡単には抑えられない。結婚や子供の誕生、そして子供の成長に伴い、生活費はますます増大していく。生活費が減少するのは、子供が独立した後になってからのことである。

生活費は年齢とともに増加する一方で、職務給による賃金はわずかしか上昇しない。その結果、必然的に生活費の不足が生じる。この不足を補わなければ、日々の生活は成り立たない。その解決策としてまず挙げられるのは、より高い職階に昇進することだ。しかし、昇進の機会は限られており、実際には会社内のごく一部の人だけに与えられる選択肢にすぎない。

いくら能力があっても、昇進には空席が必要であり、それがなければ実現しない。その結果、能力があるにもかかわらず昇進できない人々は、新たな活躍の場を求めることになる。自分の能力をより高く評価してくれる雇用主を探して転職したり、自ら独立して新たな道を切り開いていくことが多い。

しかし、現実には大多数の人々が昇進、転職、独立といった選択肢を選ぶことはできない。では、この人々はどのようにして生活費の不足を補っているのだろうか。

それがいわゆる「まで族」(Until)であり、共働きのことを指している。「まで族」と呼ばれる理由は明白だ。娘が大きくなったから結婚するまで働こう、結婚したら子どもができるまで働こう、子どもができたら子どもが大きくなるまで働こう。そして子どもが成長すると、今度は働けなくなるまで働こう、という具合に続いていく。結局のところ、一生が共働きで終わってしまうのだ。共働き以外に生活の糧を得る方法がないという現実は、何とも寂しく、切ないものがある。

それに比べて、年功序列型賃金では、能力や努力によってある程度の差は生じるものの、基本的には年功に従って賃金が着実に上昇していく仕組みがある。

この仕組みによって、増加する生活費の大部分を賄うことが可能になる。もちろん、完全に不足が解消されるわけではないが、その不足分は、一級酒を飲みたいところを二級酒で我慢する、といった程度の節約で対応できる範囲に収まる。こうした工夫をすれば、生活を成り立たせることができる。年功序列型賃金は、このようにして労働者の生活を支える上で有利な点を持っている。

ここまで年功序列型賃金の利点について述べてきたが、決して年功序列型が最も優れていると言いたいわけではない。すでに述べたように、職務給や年功序列型それぞれの利点と欠点を正しく理解した上で、どのような賃金制度が最適なのかを慎重に検討してほしい。

私自身の賃金制度に対する考えを述べると、わが国においては年功序列型を基本とし、そこに企業への長期的な貢献度を上乗せしていくのが適切だと考えている。その理由は、企業の社会的責任の中で最も基本的なものは、何よりもまず、そこで働く人々の生活を安定的に保障することだと信じているからだ。同時に、企業は社会に対してもサービスを提供する責務を負っており、この両面を両立させる賃金制度が必要だと考える。

このような信念と社長としての責任に基づき、自社の賃金制度をどのように設計するかが問われる。つまり、賃金に対する社長自身の哲学と姿勢を明確に示すべきだと言いたいのだ。そのうえで、この哲学と姿勢を具体的な形で賃金制度に反映させることが必要である。それが企業としての方向性を示し、働く人々にとっても納得と信頼を得られる基盤となる。

他社がどのような賃金制度を採用しているかを聞いて、自社と違うからといって慌てたり、明確な方針もなく賃金の専門家が勧める制度をそのまま取り入れたりするのでは、社長としての見識が問われるのも当然だろう。賃金制度は単なる模倣や妥協で決めるものではなく、自社の理念や状況に基づいた独自の判断が求められる。

この事例から見えるのは、賃金についての話し合いや検討を従業員と繰り返すことが、かえって不満の温床になる可能性があるということです。C社の工場長は、従業員との間で「公平な賃金」を追求しようとして、賃金の細かな検討や調整を試みていますが、実際にはそれが不満を増幅させています。

賃金の「完全な公平性」は実現が難しく、個人の価値観や生活状況によって感じ方が異なるため、どこかで不公平と感じる人が出てしまうのは避けられません。絶えず「不満がないか」と聞くことが、従業員の関心を不満に向けてしまい、「他にもっと公平な仕組みがあるのではないか」という感覚を抱かせる結果になっています。これにより、C社では賃金に対する不満が増幅し、本来であれば満足のいく水準の賃金であっても、不満が生じてしまっているのです。

賃金制度は、企業の方針や責任を反映したものであるべきです。特に年功序列型の賃金は、日本の労働文化や家庭生活に根ざした制度で、長期的な生活安定を提供するものとして意義があります。一方、職務給のように「同一労働同一賃金」を追求する制度では、個々の職務に応じて支払われるため、一定の年齢に達しても生活費に見合う賃金が得られない場合があります。このような賃金制度の違いに伴う影響を理解し、自社の方針としてどのような賃金体系を採用するかが重要です。

最終的には、賃金に対する社長の哲学と姿勢を明確にし、それに基づいて賃金制度を設計し、従業員に対してその方針をしっかりと示すことが、長期的な満足と安定を生む鍵となるでしょう。

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