T精織の経営計画を立てる際、まず社長の意向を反映させながら年間の利益計画を策定した。内容はかなり意欲的なものだった。
通常の手順であれば、次に資金運用計画を立て、それを利益計画と組み合わせて資金繰り表へ展開する。しかし、設備投資もなく、特に大きな変化も見込まれない状況だったため、資金運用計画を省略して直接資金繰り表を作成することにした。ただし、初回だけは社長に理解を深めてもらう目的で、あえて社長自身に作業してもらうのが自分の方針だ。
夜になり、社長に資料を持参してもらい、私が滞在している旅館に来てもらった。資金繰り表の作り方を説明しながら、実際の作業を社長自身に進めてもらう形をとった。今回も例によって、六カ月分の計画を立てることとなった。作業は約三時間かかり、ようやく完成した資金繰り表を前にして、社長はしばらく「ウーン」とうなりながら考え込んでいた。そして、やがて──。
社長は完成した資金繰り表を見つめながら、「こんな状況では話にならない。利益計画を見直す必要がある」と決断した。そして、「売上をさらに増やす。その分は自分が責任を持って売りさばく。それから、原糸在庫を徹底的に圧縮する」と、二つの具体的な方針を打ち出した。
資金繰り表の内容は、現状では借金を返済するだけで精一杯で、借り換えが必要な状態を示していた。本来、借入金計画は資金運用計画の中で策定すべきものだが、資金繰り表から逆算して導き出すことも特に問題はない。
このままでは金利負担が全く減らない状況が続く。たとえ経常利益が計上されても、借金を減らすことができない場合があるのが資金繰りの現実だ。利益が出ているだけでは資金繰りの改善には直結せず、キャッシュフローを伴わない数字上の利益では財務状況の根本的な改善は望めない。これこそが資金繰りの難しさを物語っている。
数年前の繊維業界の不振の影響はまだ色濃く残り、その後遺症として重い金利負担がのしかかっていた。これを軽減することが、経営上の大きな課題となっていた。そのためには、売上をさらに拡大し、借入に対する金利率を引き下げる必要があると判断した。また、原糸在庫を徹底的に切り詰めることも、資金効率を向上させる重要な手段として位置づけられた。こうした対策は、経営の立て直しに向けた具体的な一歩でもあった。
翌朝、社長は出社するとすぐに役員を招集し、資金状況について説明を行った。その上で、売上増大と在庫圧縮という新たな方針を明確に打ち出した。その姿はまさに、社長、経理部長、そして営業責任者という三役を一人でこなすかのようだった。一晩で社長を経理部長兼任の立場に追い込んだのは、他ならぬ資金繰り表の冷徹な数字だった。この表が、社長に現実を直視させ、即座の行動を促す強力な動機となったのである。
売上増大を実現するため、これまで放置されていた八台の遊休機械をすべて稼働させる決断が下された。これらの機械は、従来、人手不足や機械配置の不具合を理由に活用されていなかった。しかし、詳細に検討を重ねた結果、人員編成を見直すことで増員せずに対応可能であることが判明した。効率化を図る工夫が、この新たな稼働計画を現実のものとした。
次に取り組んだのは、原糸在庫の圧縮だった。まず、前月末の棚卸表を取り寄せ、デッドストックを完全になくすための具体的な作戦を立てた。一品一品について詳細な検討を行い、その結果、売却、流用、加工糸としての製品化などの具体策が次々に決定された。この取り組みによって、在庫を半減させる明確な見通しが立ったのである。
これまで数十年にわたり、棚卸表は形式的に作られるだけで、真剣に検討されることはなかった。しかし今回、会社創立以来初めて棚卸表が実際の経営改善に役立つものとなり、その重要性が真に認識された瞬間でもあった。
T精織の事例は、資金繰表を通じた経営意思決定の重要性を示している。この会社では、最初に年間の利益計画が立てられたものの、資金繰表を作成する過程で、計画だけでは資金の流れが改善されないことが明らかになった。資金繰表が示す具体的な数字を見た社長は、金利負担を減らすために売上増加と原糸在庫の圧縮を決意し、会社全体で資金効率の向上に向けた行動が取られることになった。
具体的な対応策として、まずは社内で遊休状態だった8台の機械をすべて稼働させ、売上増大を図った。従来の人員配置や機械配置の課題を見直し、工夫によって増員せずに対応可能な体制を整えた。さらに、原糸在庫の圧縮にも取り組み、デッドストックの売却や加工糸への転用を検討し、在庫の半減を目指す方針を確立した。この在庫削減の決定により、資金効率が飛躍的に改善される見通しが立った。
この一連の流れは、資金繰表が単なる経理上の書類ではなく、企業の経営方針を左右する強力なツールであることを示している。資金繰表が経営者にとってのリアルな状況を明確にし、結果的に会社の財務体質を改善するための具体的な施策が導き出された。このように、経営者自らが資金繰表を理解し、それを基に意思決定を行うことで、会社全体を健全な方向に導くことが可能になる。
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