A社は、自社ブランドの商品を自ら販売する独立企業だ。しかしながら、独立企業としての誇りや活力はほとんど感じられない。品質面でも優れておらず、業界内での地位も低く、いわゆる限界メーカーに位置している。社内には停滞した空気が漂っている。
昭和三十九年から四十年にかけての不況で赤字に転落した際、社長自らが先頭に立ち、販売拡大に尽力し、新商品の開発や経費削減を行って会社を立て直した。しかし、黒字転換を果たすと、今度は社長自身が真っ先にのんびりしたムードに浸ってしまった。
不況時に閉鎖した守衛所を復活させる一方で、必要性のない大きな会議室、というよりは集会場のような施設を建てて放置している。その集会場は、隣接地が安かったからという理由だけで購入し、埋め立てを行った土地に建設されたものだ。会社の業績は赤字を免れているだけで、全体的に低迷していると言っていい。
その原因をすべて部下のせいだと社長が思い込んでいることにある。営業部員がもっと真剣に営業活動をしなければならない、営業が社内にいるようではいけない、と叱責するばかりだ。最近では地元での売上が落ち込み、A社の目と鼻の先にある企業に他社の商品が入り込んでしまったことも営業の怠慢だと決めつけている。技術部門には新商品の開発を命じているが、いつまでたっても成果が出てこないと不満を漏らしている。
そもそも技術者たちは頑固で融通が利かず、技術的な完璧さばかりを追い求めている。商売なのだから、利益の出るものでなければ意味がないと何度言い聞かせても、まるで理解しようとしない。製造部長に至っては部下を掌握できておらず、忙しい時に必要な残業をさせることもできない。それにもかかわらず、人手が足りないだの、機械が不足しているだのと、言い訳ばかりを並べ立てている。
総務部長も日常業務はそつなくこなすが、人材集めとなるとまるで役に立たない。資材の手配も計画性が欠けており、在庫が過剰になることで資金繰りが厳しくなる始末だ。こうした問題は山ほどあるが、社長自身はと言えば、自ら動こうとする気配は一切ない。
A社長は、部下を管理することこそが経営だと信じ込んでいる。そのため、幹部社員にはもっと経営的な自覚を持ってもらい、その自覚に基づいて自ら行動してほしいと考えている。そして、自由に行動できるよう、あれこれ口出しせず任せているつもりだ。自分ほどやりやすい社長はいないと思い込んでいるが、「親の心、子知らず」と嘆き、全く困ったものだと感じている。最終的には、部下の能力に問題があるという結論に至るのが常だ。
部下の能力が企業の業績を左右すると思い込んでいる社長は世間に少なくない。それが重要な要素であることは確かだが、他社よりも業績が悪い理由をそれに求めるのは筋違いだ。優れた人材など、そう簡単に手に入るものではない。そもそも、特別な報酬も用意せずに、自分の基準にかなうような人材を求めること自体が、あまりに都合が良すぎる話だ。
大企業には中小企業より多くの人材が集まるだろうが、中小企業はそもそも大企業と競合しているわけではない。大企業は大企業同士、中小企業は中小企業同士で競い合っているのが現実だ。競合他社よりも業績が劣る理由は、結局のところ経営者の姿勢が劣っているからに他ならない。
私は何とかしてA社長を説得しようと必死になった。その主旨はこうだ。「貴社の根本的な問題は、人材の不足でも部下の働き方の問題でもない。問題の核心は、貴社が限界生産者であるという事実にある。限界生産者とは、いずれ市場から淘汰され、消え去る運命にある存在だ。
だから、社長が最優先で考えるべきことは、限界生産者からどう脱却するかという点だ。そのためには、どのような条件を整えるべきかを徹底的に考え抜き、具体的な施策を講じなければならない。
小規模な企業である以上、商品の種類を増やすのは禁物だ。この点はソニーの例を見れば明らかだ。商品を多種類展開すると、一つひとつが限界商品から抜け出せなくなり、全体的に競争力を失ってしまう。
だからこそ、商品の品種を絞り込み、社長自らが全国を奔走して新規の得意先を開拓するべきだ。開拓した得意先は、営業部に引き継ぎ任せる形を取ればよい。これによって、経営の方向性と営業の実行力が一致し、効率的な成長が見込めるはずだ。
「社長が開拓営業を行い、営業部門がその得意先を確保して維持する」という手法は、多くの優良企業が実践し、業績向上を果たしてきた実例が示している道筋だ。これは一倉個人の主観的な意見ではなく、成功企業の共通する戦略から得られた教訓である。
社長は商品の種類を絞ることを「片寄りで危険だ」と考えているが、片寄りの本当の危険性は、商品の種類が少ないことではない。むしろ、特定の業界に依存しすぎることこそが、真のリスクなのである。
現在の貴社はすでに特定の業界にしか依存していないのだから、商品の種類を絞ったとしてもリスクが大きくなることはない。むしろ、今はこれを徹底して推し進めるべき時だ。そうすることで市場占有率を高め、業界内での確固たる地位を築くことが可能になる。
幸運なことに、貴社の商品は他業界にも幅広い需要がある。この特性を活かせば、将来的に他業界への進出が可能となり、「製造は専業、市場は多角化」という理想的な経営構造を築くことができるだろう。これは、限界生産者から脱却し、持続的な成長を目指す上での大きな強みとなるはずだ。
貴社の進むべき方向性と未来像を明確に掲げ、具体的な目標を設定することが重要だ。そして、それに基づき各部長に対する要望を方針として示し、それらを文書化して部長に丁寧に説明し、協力を求めてみてください。部長たちも、そのような明確な指針があれば、きっと前向きに協力してくれるはずです。今のように目標も方針もない状態で、ただ部長のやり方を批判しているだけでは、反感を招くばかりか、彼らのやる気を削ぐ結果にしかなりません。
いくら口を酸っぱくして説いても、まったく理解してもらえない状況だった。ここまでくると、「もう死ななきゃ直らない」と思わざるを得なかった。最終的に、これ以上関わっても無駄だと判断し、「どうぞご勝手に」と、その会社のお手伝いを辞退するに至った。
A社の社長は、経営を「部下の管理と批評」と捉え、部下が業績不振の原因だと信じ込んでいます。かつて不況時には陣頭指揮を執り会社を立て直したものの、黒字に転じてからは努力を緩め、余計な設備投資をし、現場の士気を削ぐような批判ばかりしています。そのため、会社内は沈滞ムードに包まれ、部下たちはやる気を失っています。
この状況に対し、A社長の真の問題は人材や部下の働き方ではなく、「限界生産者」の立場から抜け出せていないことにあると指摘しました。限界生産者から脱却するためには、経営者自らが会社の方向性を明確にし、製品の種類を絞り、全国で新たな顧客を開拓することが必要です。A社のような小規模企業では、社長が率先して開拓を行い、営業部門は開拓した顧客を確保するという「分担体制」が効果的です。このようにしてシェアを広げ、業界での地位を確立することが目標となります。
経営の本質は、批判ではなく、会社の未来像を示し、目標を設定し、社員に具体的な方針を示すことです。社長が目標とビジョンを明確にし、社員に共有すれば、やる気を引き出し、協力を得ることができるでしょう。しかし、A社長が自らの視点を変えない限り、根本的な解決には至りません。
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