調和のとれない三つの人格
奇妙に聞こえますが、私は、事業を立ち上げようとする人は三重人格者だと考えられます。
「起業家」「マネジャー(管理者)」「職人」の三つの人格をもっていて、どの人格も主役になりたくてうずうずしています。
そのために一人の人間の内側で、人格同士が主導権争いを始めてしまいます。
あなたの内側で勢力争いが起こる様子を、「太っちょ」と「痩せっぽち」の二人を例に見てみよう。
誰にもダイエットを決意した経験があるだろう。土曜の昼下がり、あなたはテレビの前に寝そべって、サンドイツチを食べながらスポーツ番組を見ている。
選手が見せる抜群のテクニックやスタミナに感嘆の声を上げている。しかし、手に汗握る試合を見ながら、あなたは二時間以上も寝そべったままの状態である。
そんなときに突然、誰かがあなたの中で目覚める。
「何をしているんだ?・自分のおなかを見てみろ。おまえ太ってるぞ―・みっともないぞ―何とかしたらどうだ!」皆さんにもこんな経験はないだろうか?自分の中で「誰か」が日覚め、今までの自分とは全く別の「あるべき自分」と「するべきこと」を主張しはじめる。
ここでは、「誰か」を「痩せつぽち」と呼ぼう。
痩せっぽちとはいったい誰だろうか?・痩せっぽちには、自制・訓練・組織という言葉がよくあてはまる。
自分にも他人にも厳しく、細かいことに妙にこだわる、独裁者のような性格の持ち主だ。
じっとしていることができないので、常に動き回ろうとする。彼にとって、生きることはすなわち行動することである。当然ながら、痩せつぽちは大っちょが大嫌いだ。
こんな痩せっぽちが、突然あなたの人格の主導権を握ったのである。これがきっかけとなり、すべてが変わりはじめる。
肥満の原因となるような食べ物は、すっかり冷蔵庫から捨てられ、新しいランニングシューズ、バーベル、トレーニングウェアが買いそろえられた。
そしてトレーニングの計画表もつくられた。朝五時に起き、三マイル走り、六時には冷たいシャワーを浴びる。
朝食にはトーストとブラツクコーヒーとグレープフルーツをとり、自転車で職場に向かう。夜の七時には家に帰り、さらにニマイル走り、十時には床につく。これまでの生活とは、なんという違いだろうか―しかし、あなたはこれを見事にやってのけるのだ。
月曜の夜にはニポンド減った。眠っているときでさえ、ボストンマラソンで優勝する夢を見ている。もちろん、この調子でいけば、決して夢ではない。
火曜の夜に体重計に乗ってみれば、さらに一ポンド減っている。すばらしい―水曜日にはもっと頑張ってみる。もう体重計に乗るのが待ちきれない―さらに減量していることを期待して、体重計に乗ってみる。
しかし、何も変わっていない。一オンスも変わっていないのだ。がっかりしたあなたの心の中には、うつすらと怒りの気持ちがわいてくる。
「あれだけ運動したのに?あんなに汗をかいたのにどうして?割に合わないなあ……」とは言いながらも、「また頑張ればいいさ」と思い、こんな気持ちは無視することにした。
そして、本曜にはもっと頑張ろうと心に決めて眠りにつく。
しかし、このときすでに何かが変わってしまったのである。本曜の朝、あなたはこの変化に気づく。雨が降つていて、部屋が寒い。何か違う感じがする。何だろう?・しばらくの間は、それが何なのかがわからない。
時間がたつにつれ、やっとわかりはじめる。
「誰かが自分の中にいる。太っちょだ―・ヤツが戻ってきたんだ―」彼は走ることを望んでいない。だからベツドから出ようともしない。外は寒い。
「走れだつて?冗談だろう?」太っちょは、トレーニングの計画なんて何一つこなそうとしない。興味があるのは食べることだけである。マラソンは頭の中から消え、ダイエットの習慣もなくなった。
そしてトレーニングウェアとバーベル、ランエングシューズもどこかにいつてしまった。あなたの中に、太っちょが戻ってきたのだ―これは誰もが、何度も経験していることだ。
私たちはいつのまにか、一人の人間には一つの人格しかないと思い込んでいないだろうか?痩せっぽちがダイエットを決意したとき、あなたは「自分」がその決断を下したと思っている。
そして大っちょが日覚めてすべてを台なしにしたとき、それも「自分」が決断を下したと思っている。
しかしそれは間違いである。決断を下したのは自分ではなく、「自分たち」なのだ。痩せつぽちと太っちょの性格は正反対なので、二人をうまく両立させることはできない。
それどころか、主導権争いを始めるために、行動に一貫性がなくなってしまいます。
同じようにして、スモールビジネスの経営者の内側では、「起業家」「マネジャー」「職人」という三つの人格の争いが起きています。
スモールビジネスをよく理解するためにも、それぞれの人格の違いを見てみよう。
起業家――変化を好む理想主義者
起業家とは、ささいなことにも大きなチャンスを見つける才能をもった人である。ときには理想主義者と呼ばれながらも、将来のビジョンをもち、周囲の人たちを巻き込みながら、変化を引き起こそうとする人物こそが起業家である。
また、起業家とは未来の世界に住む人でもある。決して過去や現在にとらわれることはない。
※未来志向型
起業家は「次に何が起きるだろうか?」「どうすれば実現できるだろうか?」といった問題を考えるときに幸福を感じる。
※ワクワクする
起業家は革新者であり、偉大な戦略家である。そして新しい市場を創り出すための方法を発明する。起業家を代表する人物としては、全米に小売店を展開したシアーズ。
ロバック、自動車王と呼ばれたヘンリーフォード、IBMのトム・ワトソン、マクドナルドのレイ・クロツクをあげることができる。
起業家の人格とは、私たちの中の創造的な部分である。
起業家の人格=創造的な部分
未知の分野への取り組み、時代を先取りした行動、わずかな可能性への挑戦、こんな無理難題に対して、起業家の人格は最高の能力を発揮する。
しかし、起業家にも弱点はある。
新しいものに取り組むことは得意でも、きっちりと「管理」することが苦手なのだ。
※起業家は管理ができない。
起業家はいわば空想の世界に住む人なので、現実世界の出来事や対人関係は、誰かのサポートが必要になる。
※起業家はサポートが必要?
さらに、起業家と普通の人では価値観が全く違うので、周りの人と一緒に仕事をすることも苦手である。周りの人を置き去りにしたまま、いつのまにか自分の世界に入り込んでしまう。
しかし、一緒に仕事をしている以上は、はるか後方に取り残された人たちを自分のレベルまで引き上げなければならない。
こんな苦労を重ねるうちに、世の中にはチャンスがあふれているのに、周りの人は足を引っ張ってばかりだ、という起業家の世界観が出来上がってしまう。
起業家にとっての課題は、いかにして足を引っ張る人たちから逃れ、チャンスをものにできるかである。起業家にとって、周りの人たちは夢を邪魔しようとする障害物なのである。
マネジャー管理が得意な現実主義者
マネジャーとは管理が得意な実務家である。マネジャーがいなければ、計画さえ立てられずに、事業はたちまち大混乱に陥ってしまう。マネジャーは人格の中のこんな一部分である。
ホームセンターでプラスチックの収納ボックスを買い込み、ガレージに散らばっているいろいろなサイズのボルト、ナット、ネジを引き出しの中に整然と保管する。
散らばつた道具は、几帳面に元の場所に戻す。芝刈り用の道具はこの棚、大工道具はこの棚、という具合にである。このようにしていったん配置が決まれば、必ず元通りの場所に納めるようにする。
起業家が未来に住む人であれば、マネジャーは過去に住む人である。起業家が変化を好むのに対して、マネジャーは変化を嫌う。
※起業家=未来に住む人、変化を好む マネージャーは過去に住む人、変化を嫌う
目の前の出来事に対しても、起業家はチャンスを探そうとする一方で、マネジャーは問題点を探そうとする。
マネジャーは家を建てればその家に住み続けようとするが、起業家は家を建てるとすぐに次の家を建てる計画を始める。
マネジャーがいなければ事業も社会も成り立たないが、起業家がいなければ革新も起こらない。当然のことながら、起業家の理想主義とマネジャーの現実主義との間には緊張が生まれる。
※起業家の理想主義とマネージャーの現実主義のバランスが必要。
しかし、大きな成功を生むためには、この二つの人格を協力させることが必要なのである。
※両方とも必要だからバランスを取らなければならない。
職人――手に職をもった個人主義者
職人とは、自分で手を動かすことが大好きな人間である。「きちんとやりたければ、人に任せず自分でやりなさい」これが職人の信条である。
職人にとって、仕事の目的は重要ではない。手を動かして、モノをつくり、その結果として目的が達成されれば満足なのだ。
起業家が未来を生き、マネジャーが過去を生きているとすれば、職人は現在を生きる人である。
※※起業家=未来に住む人、変化を好む マネージャーは過去に住む人、変化を嫌う 職人=現在を生きる人
モノに触れて、つくりあげることが大好きで、決められた手順にしたがって仕事をしているときに、幸せを感じるのである。
職人にとっては、・考えるという作業は生産的ではない(もちろん、日の前の仕事について考えることは大切だが)。
そのため職人は、難解な理論や抽象的な概念に対して懐疑的である。
考えることは役に立たないどころか、仕事の邪魔にすぎず、「どうすればいいか」さえわかればそれで十分なのである。
職人は、手に職をもった個人主義者と呼ぶことができる。
そして、スモールビジネスの経営者の中に職人タイプの人物が多いということも、この先で私が書くことへの重要な伏線になる。
職人の仕事はとても大切なのだが、他の人格は職人の邪魔をしてばかりだ。起業家はいつも新しいだけで役に立たないアイデアを吹き込み、仕事の手をとめようとする。
※職人は他の人格から邪魔をされてばかり。
本当なら、起業家が新しい仕事を考えて、職人がそれを実現させるという役割分担が成り立つはずなのだが、実際にはうまく機能していない。
※役割分担を
また、職人にとっては、マネジャーもやっかいな存在である。なぜならマネジャーは職人を管理し、仕事での個性を否定しようとするからである。
※マネージャーは職人を管理して、仕事での個性を否定しようとしてくる。
職人にとっての仕事とは、名人芸を発揮する場である。
しかし、マネジャーにとっての仕事とは、小さな結果を積み重ねたものであり、どれほどの名人芸が発揮されていようとも、それは部品にすぎない。
このようなマネジャーの態度に、プライドの高い職人は我慢ができないのである。マネジャーから見れば、職人は管理すべき対象である。
職人から見れば、マネジャーはできれば関わりをもちたくない人物である。
たいていの場合、二人の意見は一致しないのだが、起業家がトラブルの原因であるということだけは、二人に共通の認識となっている。
私たちの誰もが、起業家とマネジャーと職人という三つの人格をあわせもっている。
そして三つのバランスがとれたときに、驚くような能力を発揮するのである。起業家は新しい世界を切り開こうとし、マネジャーは事業の基礎を固めてくれる。そして、職人は専門分野で力を発揮してくれる。
それぞれの人格が最高の働きをすることで、全体として最高の結果を出せるのである。
しかし残念なことに、私の経験から言えば、起業した人の中で三つの人格をバランスよく備えている人はほとんどいない。
それどころか、典型的なスモールビジネスの経営者は、一〇%が起業家タイプで、二〇%がマネジャータイプで、七〇%が職人タイプである。
起業家は高い目標を掲げる。それを知ったマネジャーは、起業家の暴走を引きとめようとする。このように二つの人格が争っている間に、いつのまにか職人が主導権を握っているのである。
しかし、これは起業家の目標を実現するためではない。
職人の目的は、他の二つの人格から仕事の主導権を奪うことなのだ。職人にとつて、自分が主導権を握っていることは理想である。
しかし事業全体から見れば、それは最悪の結果を招く。なぜなら間違った人物が主導権を握っているからである。
職人は決して主導権をもつべきではないのだ―サラは私の話を聞いて、少し戸惑っているようだった。
「わからないわ」彼女は言った。「どうすればよかったのかしら?私が起業した理由はただ、パイを焼くのが大好きだったからなのよ。それが理由で起業してはいけないの?」私の顔を見る彼女の表情から判断すれば、私に対して疑いの気持ちをもっているようだ。
どうやら、サラの機嫌を損ねてしまつたらしい。「そうだね、一緒に考えてみよう」私は答えた。
「もし、一人の人間の中に三つの人格があって、それぞれが違うことを考えているとすれば、どれだけの混乱が起きるか想像できるかな?・もっといえば、僕たちが普段接している人たち、例えば顧客、従業員、子供、両親、友達、配偶者、恋人の中にも三つの人格があるんだ。
それぞれの人と接する中で、今どの人格が主導権をもっているのかを見極めなきやいけない。もちろん自分に対しても、そういう見方をすることが必要になるんだ。しかも一日じゅうね。そうすれば、これまでとは違うことが見えはじめると思うよ。きっと三つの人格がきみの中で陣取り合戦をしているのに気づくはずさ」
※誰でも3つの人格を備えていて、今どの人格で話しているかをしっかり把握して対応していかなければならない。
「きみがお店を経営するときのことを考えてみようか。一つの人格がバラ色の将来を夢見ているのに、もう一つの人格は、日の前のことを管理したがっている。さらに別の人格は、パイを焼いて掃除を始める」
「要するに、きみの中の起業家は、将来の大きな計画をつくろうとするのに、マネジャーは、現状を維持したがっている。職人は、他の二人を怒らせるようなことばかりをやってしまう。こんなふうに、仕事をするときの人格にバランスがとれていないことが、大きな問題なんだ。このままではきみの生活のバランスも崩れてしまう」
「注意深く自分自身を観察してごらん。きみの人格のうちの一つが特に強くて、いつも他の二つをコントロールしているんじゃないかな?実際に、長い間観察してみれば、特定の人格が、人生に大きな影響を与えてきたことがわかると思うよ。私の経験から言えば、三つの人格のバランスが悪いと、それを反映してきみの事業全体が、バランスの悪いものになってしまうんだ」
「起業家が事業を立ち上げても、マネジャーや職人がいなければ、あつというまに破綻してしまう。かといって、マネジャー中心の事業だと、管理の仕事が増えるばかりで、何のために管理しているのかがわからなくなってしまうんだ。こんな事業はすぐに消え去ることになるだろうね。かといって職人主導の事業だと、次の朝起きてもっと働こう、次の朝も、またその次の朝も、と倒れるまで続けてしまう。ずっと後になってから、働きすぎたことに気づいても、もう手遅れなんだよ」
ここまで私の話を聞いたサラの表情は自信なさそうに見えた。
「でも、私はそんなに強い起業家の人格をもっていないと思うの。これまで私がやりたかったのは、ちょうどあなたが言った職人のように、パイを焼くことだけなのよ。起業家の人格が私の中からいなくなったとき、私はそれに気づかなかったんだわ。私の中に起業家がいないとすれば、どうしたらいいの?」ようやくサラは私の話に興味をもちはじめてくれたようだつた。
サラは自分の内側にある人格に気づいたからだろう。
「サラ、結論を出す前に、起業家の人格についてもう少し詳しく見てみよう」「きみはこの事業のオーナーだ。起業家とオーナーは切り離して考えなきゃならない。起業家は事業全体の大きな絵を描く仕事をするんだ。言い換えてみれば、それは正しい問いかけをすることなんだよ」
「世の中にはいろんな事業があるのに、どうしてきみはパイを焼く仕事を選んだのかな?別にドラッグストアでもよかつたかもしれない。
きみはパイづくりの名人だから、パイの専門店をつくるというのはとても自然な考えかもしれないけど、しばらくはその能力を忘れてほしいんだ。
そして、『なぜあの事業ではなく、この事業なのか?』って、自分に向かって問いかけてほしいんだ」「自分に向かってこう言ってごらん。
『さあ、人生をやり直すときがやってきた。できるだけの想像力を働かせて、全く新しい人生を考えてみよう―私の周りには、チャンスが満ちあふれている。
これを生かすのにいちばんいい方法は、誰もやつていないような事業を立ち上げることだ―・私の夢を実現するような事業。人に任せても成功する事業。世界中でたつた一つしかないようなユニークな事業。一度買い物に来た人なら何度でも足を運んでくれるような事業。さあ、どんな事業を始めればいいのだろうか?』」
「『どんな事業を始めればいいのだろうか?』これが本当に起業家的な質問なんだよ。こういう問いかけをすることが、起業家の仕事でいちばん大切なことなんだ」
「起業家の仕事は、疑間をもつこと、想像すること、夢を見ること。そして、ありとあらゆる可能性を追求すること。もちろん過去ではなく未来を見なきゃならない。これがきみの中の起業家がやるべき仕事なんだ。
そのためには、『なぜ?』『なぜ?』『なぜ?』という問いかけを、いつも続けなきゃならない。問いかけを続けることは、未来のための仕事なんだ。これがきみの心の中にいる起業家の本当にするべき仕事なんだよ」サラの日元に一瞬だけかすかな笑みが浮かんだ。
「じゃあ、どうすればよかったのかしら?もし私がちゃんと自分の中の起業家を生かしていたら、これまでに私がやってきた事業はどう変わっていたのかしら?」「やっとわかってくれたようだね―・いい質問だ。
その質問に答えるためには、スモールビジネスがどういうふうに成長していくのか、そしてきみの事業がどの段階にあるのかを見てみようか」
まとめ
- 経営者には、3つの人格「起業家」「マネジャー」「職人」が存在し、主導権を握ろうと争っている。
- 経営者だけでなく、人は、「起業家」「マネジャー」「職人」を備えていて、同様に主導権を握ろうと争っている。
- 事業は、「起業家」「マネジャー(管理者)」「職人」がそれぞれのバランスをとりながら、それぞれの仕事が実行されることによって運営される
- 職人は起業するべきではない
- なぜあの事業ではなく、この事業なのか?を考えなければならない。
ワーク
- 3つの人格「起業家」「マネジャー」「職人」が存在していることをする。
- それぞれの人格が行わなければいけない役割を書き出す。
- 職人人格ではなく、起業家として「なぜあの事業ではなく、この事業なのか?」を考える。
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