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第六章 逆鱗に触れるを厭わず

この章では、太宗が忠臣の「諫言(かんげん)」こそ国家安泰の礎であると評価し、それを恐れず実行した臣下たちに心からの感謝と報奨を与えた姿が描かれています。主題は、「逆鱗に触れることを厭わない勇気」と、それを受け止める君主の度量です。


「逆鱗」──君主の怒りの象徴

太宗はこう述べています:

「龍は飼い慣らせても、喉の下に一枚の“逆鱗”があり、
そこに触れる者は必ず殺されると聞く。
そなたたちはそれを恐れずに上奏してきた」

これは中国古典にある「逆鱗に触れる」という成語の由来であり、ここでは君主の怒りを買うような諫言を象徴しています。

太宗は、この“逆鱗”の喩えを引用しながらも、臣下たちが恐れずに進言してきたことを称えています。つまり、「君主の怒りを覚悟で、国家と君主のために諫めることができるか」が、真の忠臣の資格であるというメッセージです。


忠臣の難しさと、君主の責任

太宗はまた、古代の忠臣、関龍逢(かんりゅうほう)・比干(ひかん)を引き合いに出し、こう語ります:

「賢君に仕えれば、諫言も報われるが、
桀王や紂王のような暴君に仕えれば、忠言は命を落とす」

この対比から、太宗は次の2つの点を強調しています:

  • 君主の側に“聴く度量”がなければ、忠臣は命を落とす
  • 諫言の価値は、君主がいかにそれを受け入れるかによって決まる

つまり、忠臣が存在しても、それを活かす君主でなければ国家は滅ぶという、厳粛な自省を表しています。


太宗の君主像:聞く耳を持ち、忘れぬ心

太宗は最後に、忠臣への心からの賛辞を述べます:

「常にこのようであれば、社稷(国家)が傾くことを恐れる必要はない。
卿らの忠心を、私は片時たりとも忘れない」

これは一時の感謝ではなく、政治の中枢における「忠臣の存在」の重要性を骨身にしみて理解していた太宗の本音です。

そして、この日の忠臣たちに対して宴を開き、絹を褒美として授けるという形で、儀礼と実利の両面で報いています。これは、忠臣を「言葉」ではなく「制度と実績」で評価し、称えるという、君主としての模範的な振る舞いです。


現代への示唆

この章から私たちが学ぶべきことは以下の点です:

  • 権威者は、自らの「逆鱗」が何であるかを知り、それを押さえる努力をするべき
  • 部下や部員は、必要なら“逆鱗”に触れる勇気を持たなければならない
  • 批判を受け止めることこそが、組織を成長させ、リーダーの品格を高める

これは、単に古代中国の逸話にとどまらず、現代のリーダーシップ論やガバナンス、組織心理にも直結する普遍的な教訓です。


総評

この章は、太宗の統治の根幹にある「忠言を受け入れる開かれた心」と、「その忠言を恐れず進言する臣下の勇気」を称えるものです。**君主が聞く耳を持ち、臣下が恐れず言う――この両輪がそろって初めて、政治は健全に保たれる。**それを体現した太宗とその臣下たちの姿勢は、あらゆる時代の指導者にとっての理想像といえるでしょう。

目次

「忠臣の勇気──龍の逆鱗を恐れず直諫せよ」


1. 原文(整理)

貞観六年、太宗、御史大夫韋挺・中書侍郞杜正倫・祕書少監虞世南・著作郞姚思廉らが上封事して意に叶ったことに対し、召して謂いて曰く、
「古より忠臣が忠を立てるのは、もし明君に仕えるのであれば諫言を尽くすことができる。だが、龍逢・比干のように、たとえ忠義を尽くしても滅ぼされる者もいる。
君としてふるまうことは容易ではなく、臣たる者はさらに難しい。
伝え聞くところでは、龍は従順に馴らすことができるが、喉の下に“逆鱗”があり、触れると必ず怒るという。
卿らはその逆鱗に触れることを恐れず、こうしてたびたび封事を上奏してくれる。
常にこのようであれば、どうして国家(宗社)の傾きや滅びを恐れることがあろうか。
この諫言の精神を思うと、私は片時も忘れられぬ。
それゆえ、宴を設けて喜び、褒賞として絹を授ける」。


2. 書き下し文

太宗は、封事によって政務への諫言を上奏した韋挺・杜正倫・虞世南・姚思廉らを召し、こう言った。

「古来、忠臣は明君に仕えてこそ、その忠を尽くしやすい。
だが、かつての龍逢や比干のように、忠義を尽くしても滅ぼされた者もいる。
君主としてあることも難しいが、臣下として正義を貫くのはさらに難しい。
龍は馴らせると聞くが、その喉の下には“逆鱗”があり、触れれば怒り狂うという。

卿らはその逆鱗を恐れず、しばしば封事を上奏してくれる。
この姿勢が続くならば、国家が傾くことなど何を憂えることがあろうか。
君らのその心を思うと、私は片時も忘れられぬ。
そこで今日は宴を設けて楽しみ、特に褒賞を与えるものである」。


3. 用語解説

用語解説
封事(ほうじ)臣下が君主に提出する密封された意見書、諫言や政策提案。
龍逢・比干いずれも古代中国における忠臣の象徴。暴君に忠告したために殺された。
逆鱗(げきりん)龍の喉下にあるという、触れると怒る「禁忌」。転じて、権力者の逆鱗に触れることは危険である意。
宗社(そうしゃ)国家・王朝の根本を象徴する祖先祭祀・国家の安寧の意。

4. 現代語訳(まとめ)

「忠義を尽くすことは、明君に仕えるときこそ可能だが、時に命を落とすほど難しい。
君主であることも容易でなく、まして臣下が正しいことを貫くのは一層困難である。
龍にも逆鱗があるように、君主にも触れてはならぬ感情がある。
それでも君たちはそれを恐れず、真心をもって諫言してくれる。
私は常にその心を忘れず、これを讃えるために今日の宴を開き、褒美を与える」。


5. 解釈と現代的意義

この発言には、以下のような現代的な意義があります。

  • 権力者が忠言を求め、恐れず聞く姿勢が重要である
     権威者が自分の「逆鱗」=感情の限界を知り、それに触れる意見でも受け止める度量を持つことが必要。
  • 諫言する側の勇気もまた賞賛されるべき
     耳の痛いことを言える人材こそ、本当に組織を救う力を持っている。
  • 主君と臣下(上司と部下)は、協調して国(会社)を守る存在であるべき
     両者が互いに公の心で動き、国家や組織の未来を第一にする姿勢が求められている。

6. ビジネス応用:現代における実践法

項目適用の例
逆鱗に触れるリスクを恐れず提言する文化部下や若手が「社長にNOと言える」カルチャーを構築する。
トップの自己認識リーダーは、自分が「触れてはならない話題」をつくっていないか自省する。
意見を上げやすくする制度設計匿名意見箱や、提案に対する感謝とフィードバックの習慣をつける。

7. ビジネス用心得タイトル

「逆鱗を恐れぬ直言が、組織を守る」


この章は、リーダーの器の大きさと、部下の勇気と誠意が組織の安定をもたらす、という重要な真理を示しています。

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