この章では、君主が臣下にどう向き合うべきか、諫言を促すための心構えとは何かを、太宗が深く自省的に語っています。タイトルにもあるように、臣下たちが皇帝の前で萎縮している様子を見て、太宗は深い懸念を抱いているのです。
1. 太宗の「静坐内省」
章の冒頭では、太宗が次のように述懐します:
「私は、暇で座っている時は、いつも心の中で自問する。
上は天の意志に逆らっていないか、下は民に怨まれていないか、それを恐れるのだ」
この一節は、自己点検と謙虚さの表れであり、君主のあるべき姿勢を見事に示しています。天命に背かず、民心を得ているかを日々考える──このような常時の内省こそが「貞観の治」を実現させた要因でもあります。
2. 臣下の「怯え」を危惧する太宗
太宗は、最近の官僚が自分の前に出ると「怖じ気づき、しどろもどろになる」姿をしばしば目にしていると語ります。
「通常の上奏ですら、ひどく怯えているのだから、ましてや私を諫めようとすれば、きっと逆鱗に触れることを恐れるに違いない」
ここには、君主の威光が諫言を妨げてしまっているという現実があります。太宗は自分が無意識に**「言いにくい雰囲気」**を作っていることを理解しており、これはリーダーとしての高い自己認識の表れです。
3. 「逆鱗に触れても叱らない」という約束
太宗は、自分を諫める者がいたときに、たとえその言葉が気に入らなかったとしても、それを**「自分に逆らった」とは絶対に受け取らない**と明言します。
「私は自分に逆らったとは受けとめない。もし怒って叱責しようものなら、その人は深く恐れおののくだろう。そうなったら、私を諫めようとする者は、もはやいなくなってしまう」
これは単なる感情論ではありません。諫言の文化を制度として成立させるための心理的配慮であり、進言する側が安心して発言できる環境の整備でもあります。
4. リーダーシップの本質
この章は、現代の組織やリーダーにも通じる普遍的な教訓を含んでいます:
- トップの権威は自然と人を萎縮させるものであることを自覚する
- 異論・忠言を受け止める度量がなければ、正しい判断は下せない
- 進言を引き出すためには、言いやすい雰囲気と信頼の土壌を育むことが不可欠
太宗は、まさにこの姿勢を言葉と行動で示した君主です。
総評
この章は、「恐れによって沈黙が広がる」ことの危うさと、それを回避するための太宗の内省と誓いを描いた一篇です。忠臣が忠言を述べるには、君主がそれを受け入れる包容力と信頼関係が欠かせません。太宗のように、自らその障害に目を向け、解消に努める姿勢は、全ての指導者に求められる覚悟と柔軟性の鑑です。
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