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第一章「為政者の贅沢と民衆の気持ち」解説

◆ 現代語訳

貞観元年(627年)、太宗(李世民)は側近たちに語った。

「昔からの帝王は、建築など事業を起こす際には、必ず民衆の心に逆らわないことを第一とした。たとえば大禹が九つの山を削り、九つの大河を通して洪水を治めた時には、非常に多くの人民を動員したにもかかわらず、恨む声は上がらなかった。それは、人々自身がその治水事業を必要とし、心から望んでいたからだ。

一方で秦の始皇帝は、自分のために壮麗な宮殿を造営した。これは私欲によるものであり、人民にとって必要なものではなかったので、多くの非難を浴びた。

私も今、宮殿を一棟建てようと思い、材料の木材はすでに準備していた。しかし、始皇帝の過ちを思い返すにつけ、結局この建設は中止することにした。

古人はこう言っている。『無益なものを作って、有益なものを損なってはならない』。また『欲望を刺激するようなものを見せなければ、民の心は乱れない』と。たしかに、人の目に欲望をかき立てるものが入れば、その心は必ず乱れる。

美しく装飾された器物や、宝玉で飾られたぜいたく品などを自由に享受するような風潮になれば、国の滅亡はすぐそこに迫っていることだろう。

よって、王公貴族から下級官僚に至るまで、屋敷や車、衣服、婚礼や葬儀の儀式などで、自らの身分にそぐわぬ贅沢を行う者については、今後一切これを禁じるように」。

この命により、その後二十年にわたり、唐の世の風俗は簡素質朴なものとなり、錦や刺繍を施した服を着る者もいなくなった。その一方で、国の財政は豊かになり、人民は飢えや寒さに苦しむこともなくなった。


◆ 注釈と背景

  • 大禹の治水:中国神話・伝説上の帝王で、黄河の氾濫に対処するため、山を削り川を通す「導水」方式を採った。民衆の理解と協力を得た典型例。
  • 秦の始皇帝:権威誇示のために阿房宮や驪山陵を築き、多くの人力を酷使したため批判の的となる。
  • 「無益作有害」(無益を作って有益を害す):老子や儒家の思想に通じる「無為自然」「節制」の価値観。
  • 「不見可欲、使民心不亂」:『老子』第三章の一節。「人々の目に欲を刺激するものを見せなければ、民の心は穏やかに保たれる」という統治理念。
  • 政策効果(実績):制度的な取り締まりと皇帝自らの実践によって、贅沢を戒める風が広まり、社会に節倹の気風が浸透した。

目次

第一章から導かれる「心得」

◉ 公(おおやけ)と私(わたくし)の峻別

為政者は「何が自分のためで」「何が民のためか」を明確にし、公的支出・政策において私欲を交えてはならない。いかなる華美な建設も、それが公共の利益につながらなければ即刻廃止されるべきである。

◉ 節倹は国を治める第一歩

皇帝自ら倹約を実践することで民衆に範を示し、無駄な贅沢を制限すれば、風俗は清く、国庫は潤う。これは単なる道徳ではなく、国家経営の根幹にあたる。

◉ 欲望の刺激が国を乱す

人の心は見たものに動かされる。統治者は国民に過度な欲望を抱かせるような制度・風潮・見せ物を慎むべきである。これは民の安寧と秩序を守るためでもある。

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