◆ 現代語訳(全文)
貞観元年(627年)、太宗は房玄齢らに語った。
「政治の根本とは、人材の資質を見極めて適職を与え、官僚の数を無駄に増やさないことにある。『書経』には『任官はただ賢才に限れ』とあり、また『官職の定員を満たす必要はない。適任の人物を得ていればそれでよい』ともある。
能力ある者を少数でも得られれば十分であり、能力なき者を多数そろえても、何の役にも立たない。昔の人は、才能なき者に職を与えるのは、地面に餅を描いて飢えを凌ごうとするようなものだとも言っている。『詩経』には『計画を立てる者が多すぎれば、何事も成らぬ』と詠まれている。
また、孔子も言う。『斉の管仲は、官職の兼任をさせなかったから、倹約とは言えない』と。そしてまた言う。『千枚の羊皮よりも、一枚の狐の腋皮の方が価値がある』と。こうした例は古典をひもとけば無数にある。
つまり、官職を兼ねさせて数を絞り、適材を見定めて配置するのが政治の要諦である。そうすれば、自然と無為にして治まるだろう。卿(房玄齢)はこの道理をよくわきまえて、文武の官員数を定めるがよい」。
これにより、房玄齢らは文武官合わせて総数640名という制度案を定めた。太宗はそれに同意し、さらに房玄齢にこう命じた。
「今後もし、音楽家や技術職などの中に抜きん出た者がいても、それには金品を褒賞として与えるにとどめよ。決して官位を与えて、高位の官僚たちと肩を並べさせたり、同じ食卓に就かせたりしてはならぬ。そうすれば、まともな官僚たちが恥をかくことになるからな」。
🧭 解説と構造分析
要素 | 内容 |
---|---|
背景 | 唐建国初期の制度整備期。人材不足と職制の再編成が課題だった。 |
主張の骨子 | ・才能に応じた登用こそが要。 ・無能な人材の大量採用は害。 ・適材適所と定員制限の徹底。 |
用いられる古典 | ・『書経』:任官は賢才に限る。 ・『詩経』:会議の人数過多は失策の元。 ・孔子言行録:人材の希少性の例え。 |
施策 | ・定員を640人に限定。 ・技能職と文官は明確に階層区別する。 |
💡 主題的意義と太宗の思想
この章で読み取れる太宗の官僚制度に対する基本姿勢は以下の通りです:
- 能力主義と節制主義の融合
- 人数ではなく質を重視。
- 官職は「名誉」であり、功績や礼節の基準によって授与されるべき。
- 階級秩序の明確化
- 技能職の技能は褒め称えるが、「官僚の身分秩序」とは明確に分ける。
- これは官僚制における文化的・儀礼的ヒエラルキーの維持でもある。
- 制度としての「無為而治」
- 「必要な官職に必要な人数を配置すれば、無理な施策をしなくても政治は自然に回る」という制度への信頼がうかがえる。
📝 現代的応用コメント
組織人事の観点からの読み替え:
唐代の概念 | 現代的解釈例 |
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「才を量って職に授ける」 | コンピテンシー・ベースの人材配置 |
「官不必備」 | 職位を埋めることより、適任者登用を優先 |
「狐の腋 vs 羊の皮」 | ハイパフォーマー1人の価値は、ローパフォーマー10人に勝る |
「技能職に高位を与えず」 | 技能・専門性と経営・統治の役割を分けるべきという判断 |
✅ 結論
この章は、人材登用における本質的な価値基準――能力・品格・適性の重要性と、制度的バランスを極めて的確に論じた一節です。
続く章でも同様に整理を進めてまいりますので、ご希望があれば章ごと・項目ごとのまとめや比較表なども作成可能です。どのような形でまとめていきたいか、お知らせください。
題材章句:
『貞観政要』巻一「貞観元年」官制整備と人材登用についての太宗の発言
1. 原文
貞觀元年、太宗謂玄齡等曰、「致治之本、惟在於審。量才授職、務省官員。故『書』稱『任官惟賢才』。又云『官不必備、惟其人』。若得其善者、雖少亦足矣。其不善者、縱多亦奚爲。古人亦以官不得其才、比於畫地作餠、不可食也。『詩』曰『謀夫孔多、是用不就』。又孔子曰『官事不攝、焉得儉』。且『千羊之皮、不如一狐之腋』。此皆載在經典、不能違也。當須更倂省官員、使得各當其任。則無爲而治矣。卿宜詳思此理、量定庶官員位」。
玄齡等由是更置文武總六百四十員。太宗從之、因謂玄齡曰、「自此儻有樂工雜類、假使能逾儕輩者、只可特賜錢帛以賞其能、必不可超授官位、與夫賢君子比肩而立、同坐而食、為諸衣冠以爲恥累」。
2. 書き下し文
貞観元年、太宗、玄齢等に謂(い)いて曰く、
「治を致すの本(もと)、惟(ただ)審に在り。才を量(はか)りて職を授け、務めて官員を省くべし。『書』に称して曰く『官を任ずるは惟だ賢才に在り』と。また曰く『官は必ずしも備うるを要せず、惟だ其の人に在り』と。もし善(よ)き者を得ば、少なくともまた足るなり。その不善なる者は、縦(たと)い多くとも、何をか為さん。古人また、官にして才を得ざるは、画地して餠を作るがごとし、と。食うべからざるなり。『詩』に曰く『謀(はか)る夫孔(まこと)に多ければ、これを用うるに就かず』と。孔子また曰く『官事(かんじ)を攝(と)らずんば、焉(いずく)んぞ儉(けん)を得ん』と。かつ『千羊の皮は、一狐の腋に如かず』。これ皆、経典に載せられ、違(たが)うべからず。まさに須(すべから)く、さらに官員を併(あわ)せて省(はぶ)き、各々その任に当たらしむべし。しかれば無為にして治まらん。卿、宜しく詳(つまび)らかにこの理を思い、庶官の員位を量定すべし」。
玄齢等、これによりて、文武総じて六百四十員を更(あらた)めて置く。太宗これに従いて、因りて玄齢に謂いて曰く、
「これより自ら、たとい楽工・雑類ありて、もし儕輩(さいはい)を逾(こ)ゆる能ありとも、ただこれを特(こと)にして、金帛を賜いてその能を賞すべし。必ずしも超えて官位を授くべからず。賢き君子と比肩して立ち、同じく坐して食すは、諸(もろもろ)の衣冠、これを恥累(ちるい)と為(な)す」。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「国家をよく治める根本は、慎重な判断にある。」
- 「人の才能に応じて職務を与え、官員の数を削減することが必要である。」
- 「『書経』には『官に任ずるは賢才に限る』とある。また『官は必ずしも全部揃えずともよく、人材が最優先である』ともある。」
- 「有能な人がいれば、人数が少なくても十分である。逆に無能な人がいくらいても意味がない。」
- 「昔の人は、適材を得ないまま官を置くのは、地面に絵を描いて餅を作るようなもので、食べられないのと同じだと言った。」
- 「詩経にも『策を練る者が多すぎて、何も実行されない』とあり、孔子も『仕事をまとめられなければ、どうして倹約ができようか』と述べている。」
- 「また『千の羊の皮も、一枚の狐の腋には劣る』とも言う。これらはすべて経典にある言葉であり、無視できない。」
- 「よって、官の数をさらに減らし、それぞれの役にふさわしい人物を配置すべきである。それが実質的な『無為の治』となる。」
- 「諸卿はこの理をよく考え、各部署の人員数を慎重に決めなさい。」
- 「この命により、玄齢たちは文武合わせて640名に制度を再編した。」
- 「太宗はそれを認め、玄齢に言った、『今後、楽師などで他より秀でた者がいても、金銭や絹で報奨するだけにし、絶対に官職には就けてはならない。賢人と肩を並べて座り食事するなど、礼節ある者たちにとっては恥である』」
4. 用語解説
- 致治(ちち):天下をよく治めること。善政の実現。
- 量才授職(りょうさいじゅしょく):才能を見極めて適職に就ける。
- 官不必備(かんかならずしもそなうるをようせず):ポストは全て埋める必要はない。
- 畫地作餠(がちさくべい):地面に餅を描いても食べられない=無意味な制度。
- 千羊之皮、不如一狐之腋:質の劣るものを多数集めても、上質な一つにはかなわないという例え。
- 衣冠(いかん):士大夫・文官など礼儀を重んじる身分層。
- 恥累(ちるい):恥であり、累(わずら)いとなること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
太宗は「国家をよく治めるには、慎重に人材を選ぶことが最も重要だ」と述べ、才能に応じて職を与え、無用な官を削るべきだと説いた。官職が多ければよいわけではなく、有能な人材がいれば少数でも十分であり、無能な人材を多く集めても意味がないと強調した。これを受けて房玄齢らは文武官を640名に整理した。
さらに太宗は、芸能や雑業に優れていても、それを理由に官職を与えるべきではないと述べ、「賢人と肩を並べることは礼を重んじる者にとって恥である」と戒めた。
6. 解釈と現代的意義
この章句の核心は、**「実力主義による人材登用と、職務・職位の品格維持」**にあります。
太宗は、組織において重要なのは“数”ではなく“質”であると喝破し、実務能力と徳を備えた人物にのみ責任ある役職を与えるべきだと述べています。また、エンタメ・技芸に優れていても、それが官職の資格にはならないという職位の“重み”と“聖域性”を強調している点も見逃せません。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
A. ポストのための採用ではなく、人のための配置を
- 「官を満たす」ことが目的になってはいけない。まず人材ありき、の思想は、現代の組織設計にも通じる。
B. 表面的な成果より人格・品格を重視
- 芸や成果だけで重役に抜擢されると、組織の信頼は崩れる。「礼を重んじる者にとっては恥となる」=社内の倫理を壊す存在となり得る。
C. 適正人数と効率性
- 多ければよい、でなく、少数精鋭こそが本来の効率を生むという指針は、リストラクチャリングや人員再編時の基本理念に応用可能。
8. ビジネス用の心得タイトル
「数より質、官は人にあり──役職は栄誉にして責務なり」
この章句は、「人材登用と官職制度の本質」「職務の尊厳と秩序」を見直すうえで非常に示唆的です。
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