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第一章 宮中の女性たちを解放せよ

■現代語訳

貞観の初め頃のこと、太宗は側近たちにこう語った。

「宮中の女性たちは深い宮殿に閉じ込められており、その心情を思うと本当に哀れである。
隋の末期には、宮女を集めることに歯止めがなく、皇帝が足を運ばない離宮や別館にまで、多数の女性を集めていた。
これは、人民の財力を使い果たすだけの行為であり、私はこのようなことは行いたくない。
だいたい、宮中に多くの女性を抱えていたところで、掃除などの雑務以外にどう活用するというのか。
今、彼女たちを宮中から解放し、自ら配偶者を探して自由に結婚できるようにしてやりたい。
それによって宮廷の費用は抑えられ、人民にも安心がもたらされ、何よりも彼女たち自身の本来の希望を叶えてやることになるだろう。」

こうして、後宮および掖庭(えきてい)宮にいた三千人あまりの女性たちが、宮中から解放されることとなった。


■注釈・語句解説

  • 後宮(こうきゅう):皇帝の妻妾や女官たちが住む区域。政治とは切り離された私的な空間。
  • 掖庭(えきてい):女官や下級の宮女たちが勤めた部署。一般的に、後宮よりも身分の低い女性がいた。
  • 離宮・別館:皇帝が稀にしか訪れない、またはほぼ使われない宮殿施設。
  • 「灑掃(さいそう)之餘」:掃除などの軽い作業以外に、実質的な使い道がないという意味。
  • 伉儷(こうれい):結婚相手、夫婦。
  • 其性(そのせい)を得る:本来の性分・願望を叶えること。

■解説

この章は、女性の人権や宮廷制度の改革に関わる太宗の「仁愛と政治哲学」を象徴する章です。
隋末の奢侈と退廃を反面教師とし、「人民の財を無駄にせず、宮女の人生を軽んじない」という仁政の理念が現れています。

とくに注目すべきは、太宗がこの改革を「節費(コスト削減)」「民への休養(民力の温存)」「人倫の尊重」という三つの視点から合理的に捉えている点です。

当時の後宮制度は、権力の象徴でもあり、儀礼や体制上も不可欠な存在とされていましたが、太宗はそれを「非実用的で民を苦しめる制度」として見直しました。この措置により、政治的節度と道徳的慈悲の両立を実現したといえるでしょう。


■要点まとめ

項目内容
背景隋末の後宮制度の乱脈と贅沢の反省
太宗の意図宮女の自由と尊厳の回復、財政の節約、人民への配慮
実施された改革宮女三千人以上を宮中から解放し、自由な結婚を許可
政治思想的意義節度ある統治・仁政・人倫尊重の実践

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