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空しい努力

T産業の社長やN社の社長のような叱咤型のリーダーは、際立った個性と並外れたエネルギーを持ち合わせている。さらに、頭脳明晰で、知識を深めるための努力も怠らない。

異常な熱意と執念を燃やして経営に取り組む姿勢には感服せざるを得ない。ただ、それゆえに部下が自分の期待通りに動かないと、我慢がきかずに叱責を始めてしまうのだ。

その叱責の多くは、部下の個々の行動に向けられる。しかし、行動というものは個々人の能力や性格、キャリアによって大きく異なるのが当然だ。同じ事柄に対しても反応やアプローチは千差万別であり、それを自分の考え通りにいかないからといっていちいち咎めていては、きりがない。

それだけにとどまらない。このような叱責には、害ばかりで利益はほとんどない。いや、ただひとつだけ利点があるとすれば、それは自分の優越感を満たすことでストレスを解消する点だろう。

しかし、社長のストレス解消のために叱責の矛先を向けられる部下にとっては、たまったものではない。こんな状況が百年続いたとしても、部下の能力が向上することはほとんど期待できないだろう。

さらに、部下の積極性が増すことも期待できない。それどころか、社長の目を盗んで、自分のストレス解消を会社の時間や費用を使って図るような行動に走る可能性すらある。

E社の社長も徹底したワンマン体制を敷いており、社長の承認印がなければ、社員は鉛筆一本すら購入することができない。

社長に提出する書類には、「何時何分から何時何分までかかり、所要時間何分」と記入する欄が設けられている。(もっとも、そんな記載を正直に行う社員などいないことを知らないのだから、なんとも滑稽だ。)

棚卸に関しても異常なまでに厳しく、最近では「わが社の合理化もついに理想の域に近づいた。棚卸の精度が九九・五%に達した」と得意げに語っている。その自慢ぶりには呆れるばかりで、真剣に相手をする気には到底なれない。

箸の上げ下ろしまで口を出される社員たちは、出張先で得意先を招待する際、旅館の最高級の部屋に泊まり、芸者を呼んで遊ぶ。そして、その費用を接待費としてざっくり計上し、帳簿の中に紛れ込ませてしまうのだ。

T社のI社長は経費に異常なほど厳しい。「第二の利潤」なる考え方に基づいてのことだ。しかし、この「第二の利潤」なるものの成果など、ほとんどの会社において大したものではない。現代において、経費を節約することで利益を大幅に増やせるような会社など存在するはずがない。そんな会社は、とっくに市場から淘汰されているからだ。

経費の費目を一つ一つ見てみると、その額はごくわずかでしかない。費目の数はやたらと多いものの、それらを節約するのは極めて難しい。もしそれを社長の命令で無理やり徹底しようとすれば、社員たちは瞬く間に抜け道を見つけてしまう。

この章で取り上げたガミガミ型の社長たちは、風船の理論を全く理解していない。彼らの行動は空回りする努力であり、非常に無駄なことだと言える。

さらに悪いことが起きる場合もある。たとえば、ある会社の社長は文字通りすべてに首を突っ込んでいた。日々発行される伝票はもちろん、出勤簿や外出許可証に至るまで、会社内のあらゆる書類に目を通していたのだ。

社長の目を逃れるものは蟻一匹たりともいないほど徹底していた。その結果、常に猛烈に忙しい状態だ。会社だけで処理する時間が足りず、毎晩のように書類を自宅に持ち帰り、深夜の12時や1時まで作業を続けていた。

その社長は、ある夜、自宅に帰る途中、自ら運転する車を電柱に衝突させ、命を落としてしまった。連日連夜の激務に疲れ果てていた彼は、帰路の途中、交通量の多い大通りでは緊張感を保ちながら何とか無事に走行していた。しかし、自宅が近づき、車通りの少ない横道に入ったところで安心感が生まれたのか、居眠り運転をしてしまったと推測される。

社長の死を悼むと同時に、そこまで真剣に経営に取り組んでいたのなら、なぜ「真の経営者」としてのあるべき姿をもっと考えることができなかったのかと思うと、何ともやりきれない気持ちになる。

社長の死後、例に漏れず、ワンマン体制だったその会社には後継者となれる人材がいなかった。表面的には大きな利益を上げていたが、その実態は6か月分の売上に相当する莫大な在庫を抱えた、空虚な利益だった。しかも、資金繰りは非常に厳しい状況に追い込まれていた。

伝票の一枚一枚まで目を通すという枝葉末節にばかり執着しながら、過剰在庫という本質的な問題には目を向けなかったその社長は、故人を批判することになってしまうが、経営者としては明らかに失格だったと言わざるを得ない。

この「空しい努力」についてのエピソードは、社長が過剰に細部に関与することで、会社の本質的な問題を見失う危険を浮き彫りにしています。例えば、経費を一つ一つ抑えようとする姿勢や、部下の行動を逐一管理しようとするのは、社長の強い責任感やスタミナによるものかもしれませんが、逆に組織の健全な成長を阻む要因となっています。

このような管理が行き過ぎると、社長のストレス解消に終始する「ガミガミ型」の経営スタイルとなり、社員の士気が低下し、彼らの本来の能力が発揮されないまま終わってしまうのです。さらに、社員たちは指示の逃げ道を見つけ、経費や業務の費目を巧妙にすり替えることで、根本的な問題は解決されず、むしろ形だけの改善となってしまいます。

最も深刻なのは、社長が自らの手で事細かに会社を管理しようとしすぎると、リーダーシップが属人的になり、後継者や自立した幹部が育たなくなる点です。経営者は組織全体の方向性や将来のビジョンに集中し、日々の細かな管理は部下に任せるべきです。

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