環境整備によって得られる、驚くほどの利点について触れたが、話はそれだけでは終わらない。さらに別の重要な出来事が待ち受けている。
それは「社員の心に革命が起こる」ということだ。まず最初に社長が気づくのは、社員の態度が礼儀正しくなる点だ。社長が何も指示しなくても、お客様の姿を見かけると自然に「いらっしゃいませ」や「こんにちは」と挨拶をするようになる。
これにはお客様自身が驚くことになる。挨拶を受けたことに気づかず、「誰か他の人にしているのではないか」と思って思わず後ろを振り返ることもあれば、「これまでどこへ行っても挨拶をされた経験がなかった。今日、御社が初めてだ。こんな清々しい気持ちになったのは初めてだ」といった賛辞の言葉をいただくこともある。
ある厨房用品メーカーでは、農協の婦人部の方々が大勢で訪れることがよくあるという。その際、社員からの挨拶を受け、「こんなに気持ちの良い対応を受けたのは初めてだ」と感動し、必ず契約に至ると語った社長がいる。
「仕事中にお客様に挨拶する必要はない」と考える社長もいるようだ。その理由はどうやら、挨拶が気を散らすとか、真剣さが欠けるといった意味らしい。そうした社長には、私はこう伝えることにしている。「お客様に挨拶する余裕もないほど緊張し続けて仕事をしていたら、一時間と持ちません。会社の仕事はマラソンと同じなんです。」
挨拶の効果はお客様に対してだけではない。社員同士の関係も良好になり、「団結力が強まった」とか、「これまで全くなかった協力が自然と生まれるようになった」といった感想を語る社長も多い。
ある会社で環境整備の現場を見学した際、ある管理職の方がこう言った。「一倉さん、環境整備というのは、単に職場をキレイにすることではないのですね。それは、自分の心を同時にキレイにすることなのですね。」
その実話を紹介しよう。その会社で、ある日突然、ある社員のご両親が大量のおみやげを持って訪れた。お礼を申し上げに来たとのことだったが、社長には何のことか全く見当がつかなかった。事情を尋ねると、次のような話だった。
先日、息子が休暇で実家に帰った際、15万円を差し出してこう言ったそうだ。「これは僕がこづかいを節約して貯めたお金だから、これでお父さんとお母さん、二人で温泉にでも行って、ゆっくり楽しんできてください」と。
あの、どうにもならなかった息子が、こんなに立派な孝行息子に変わるなんて、と本当に嬉しかったそうだ。それで、夫婦で温泉に行って骨休めをした後、「こんな息子に育ててくださった社長にお礼を申し上げたい」と思い立ち、こうして突然訪ねてきた、というわけだ。
社長自身は特別な教育を施したわけではない。ただ、徹底した環境整備を行っただけだったのだ。だからこそ、環境整備の実践こそが息子さんを変えたのだ、としか考えようがない、という話である。
この話を聞いて、私はハッと気づかされた。昔の人々は、丁稚小僧であろうと、職人の見習いであろうと、芸事や武術の修行であろうと、まず最初に水汲みや薪割り、掃除といった雑務を必ずさせていた。それには単なる作業以上の、人間修行としての深い意味が込められていたのだ。
さらに、後世にまで名を残した刀工たちは、名刀を鍛える際、作業場の内外をチリ一つ残さず清掃し、身体を清めて正装し、神棚に祈りを捧げてから仕事に取り掛かったという。こうした作法を守ることでしか、刀に魂を宿すことができないと、彼らは身をもって理解していたのだ。
先人たちは、このように貴重な教訓を私たちに遺してくれた。しかし現代人は、ともすればその教訓を忘れ、怠惰に流されがちではないだろうか。この怠惰の眠りから目を覚まさせるもの、それこそが環境整備なのである。
環境整備は、TQC(総合的品質管理)の活動項目の一つにも含まれている。しかし、その実態を見てみると、徹底されていない場合が多い。そのため、本書で述べたような画期的な効果を生み出すには至っていない。「社員の心に革命を起こす」というレベルには、まだ達していないのが現状だ。
私が関わった多くの会社では、中途半端な取り組みでは成果が出なかった。その証拠に、すでにTQCを実施している会社でも、「一倉流」を導入すると、得られる効果がまるで違うのだ。
社長たちの感想は口をそろえてこうだ。「一倉さん、TQCでやっていたような中途半端な環境整備ではダメですね。一倉流の環境整備は、TQC活動全体を合わせたものよりも、はるかに大きな効果がありますね。」これが多くの社長たちの一致した意見である。
TQCという優れた運動も、中途半端な取り組みでは成果を出すことはできない。一倉式環境整備を実践することで、多くの社長たちは「徹底すること」の重要性を実感し、学ぶのである。
その結果、会社の「社風」そのものが大きく変わり、業績の向上を経て、優良企業への道を歩み始めるのだ。これは決して誇張ではない。私自身、これまでお手伝いしてきた多くの会社で、この事実を何度も目の当たりにしてきた。
「環境整備こそ、すべての活動の原点である」というのが、私の揺るぎない信念だと言っていい。実際のところ、「環境整備を欠いて正しい事業経営は成り立たない」と断言できるのである。
環境整備がもたらすメリットは、単なる職場の清潔や整頓を超えて、社員の心の変革にまで及ぶものです。環境整備が徹底されると、社員の礼儀や態度に変化が現れ、自然とお客様や同僚への挨拶が習慣化されます。この変化は、単なる業務姿勢の改善ではなく、深く人間関係を豊かにするものです。
例えば、ある会社の社員が環境整備を通じて心を磨かれ、親に対して感謝の気持ちを行動で表すようになったエピソードは、まさに環境整備が人間の内面に及ぼす力を示しています。このエピソードからも、昔から日本で行われてきた「掃除」や「整理整頓」には、ただ物理的に場を整えるだけでなく、心を養い、人間性を育む意味があったことがわかります。
また、刀鍛冶の職人が作業の前に場を整え、自らも清めて祈りを込めた上で鍛錬に臨むことが、名刀を生む一環であったように、環境整備は仕事に心を込め、全体の質を高めるための土台です。こうした整った場は、自然と「やる気」や「真摯さ」といった内面的な姿勢を引き出し、仕事の効率や品質の向上にもつながります。
「環境整備はすべての活動の原点である」という信念に基づく一倉流の環境整備は、ただの形式や表面的な活動ではありません。それは、組織の一員としての自覚を持ち、責任を果たす心を養う手段であり、社風そのものを変えていく力を秘めています。多くの企業がこれにより業績を向上させ、強い組織を作り上げる道を歩んでいるのもまた事実です。
環境整備を経営の根幹に据え、徹底して取り組むことこそが、優れた企業への成長を導く鍵であるといえるでしょう。
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