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正義を装った言葉でも、志がなければただの分断となる
唐の太宗のもとに、「一人が多くの職を兼ねるのは不適切」とする『抜士論』という文章が提出された。筆者・陳師合は、あたかも公平を説くかのように見せながら、実際には杜如晦らを名指しせずに批判していた。太宗は即座にそれを見抜き、「人を貶めて君臣の信頼関係を壊そうとしているにすぎない」と断じ、陳を南方へ流罪に処した。
太宗は、房玄齢や杜如晦を起用する理由を「勲功によらず、才能と人格を見て任じている」と語る。歴史上、優れた補佐役が愚かな君主をも支え得た例を引き、指導者が誰を信じ任せるかこそが国の安定を左右することを示した。
この章が教えるのは、「言葉の正しさ」ではなく「言葉の背後にある志と誠実さ」を見極める眼である。
批判が公益のためか、それとも嫉妬や離間のためか。そこにこそ、本質がある。
出典(ふりがな付き引用)
「我(われ)以(もっ)て至公(しこう)に天下を治(おさ)む」
「任(にん)ずるに勳舊(くんきゅう)を以(もっ)てせず、才行(さいこう)有(あ)るを以てす」
「此(こ)の人(ひと)、妄(みだ)りに事(こと)を毀謗(きぼう)し、止(ただ)君臣(くんしん)を離間(りかん)せんと欲(ほっ)するのみ」
「昔(むかし)蜀(しょく)の後主(こうしゅ)は昏(くら)く、斉(せい)の文宣(ぶんせん)は狂悖(きょうはい)なれども、国(くに)治(おさ)まると称(しょう)せらる」
注釈
- 至公(しこう):最も公平であること。個人の私情を交えず、公正無私に治める姿勢。
- 勳舊(くんきゅう):過去の功績や古くからの関係。世襲的・縁故的な起用。
- 才行(さいこう):才能と品格。人物本来の資質と行い。
- 毀謗(きぼう):他人を悪く言うこと。批判ではなく誹謗に近い意味。
- 離間(りかん):人間関係を引き裂くこと。特に信頼関係を壊す行為。
- 狂悖(きょうはい):常軌を逸した、理不尽な振る舞い。
- 流罪(るざい):罪人として遠方に追放する刑罰。本件では嶺南(中国南部)へ。
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