打ち砕かれた幻
小売店の店頭で
G社は家庭用品のメーカーである。売上げは、この一年ほど横ばいで、このま
までは赤字転落しかねないのであった。
社長は穴熊であった。私は、社長が小売店舗を回ってみなければダメだと勧告
した。社長はケグンな顔をして、売るのは間屋の仕事だから、小売店ではなく問
屋を回るべきだという。
私は「それはとんでもない思い違いで、とにかく小売店の店頭で、どんなこと
が起っているか見てくる必要がある。他人事ではないのだ。小売店の店頭以外に、
あなたの会社の商品が売れるところはないからだ」と、説得である。
やっと腰をあげて、小売店回りを始めた社長は、 一カ月程した時に、自らの小
売店回りの時に撮ったカラー写真を私に示して、いろいろ説明してくれた。
我社が費用を負担して、間屋が作ったディスプレイ・スタンドには、他社品が
置かれていたところがある。我社のフェースに侵入している他社商品、他社商品
の後ろから、ちょっぴりのぞいている我社の商品など、次々に出てくる。
中でもひどかったのは、某デパートの置き場だった。かなり広いフェースを割
当てられてはいたが、荒れ放題であった。お客様は手にとってみたものをもとに
戻す時に、もとどおり整然とは置いてくれないので、陳列品はあちらを向いた
り、こちらを向いたりである。傷物さえ取替えられずにいた。お客様にその場で
テストしていただくための試用サンプルはよごれ放題、全くの荒れ放題といって
よかった。
社長は、「一倉さん、僕が精魂こめて作った製品が、小売店の店頭で、あれほ
どみじめな取扱いを受けているとは、今の今まで全く知らなかった。本当のとこ
ろ、情なくて涙がこぼれました」と結んだ。
しかし、やはり社長である。「こんな状態でさえ売れているのだから、売場を
整備したら、もっと売れるという自信がつきました。 一倉さんのすすめる陳列品
のフォローを始めます。やはり、我社の製品は、我社の手で売らなければダメで
すね」と。
やがて自ら始めた売場整備は、直ちに効果を発揮しだし、いままで一年以上横
ばいだった売上げが、徐々にではあるが確実に上昇しだし、 一年後には二〇%以
上も売上げが伸びたのである。
百聞は一見にしかず
N社はローカルの瓶詰食品のメーカーである。限界生産者で、当然のこととし
て業績は振るわなかった。しかも、同県内に業界大手のS食品があり、地元戦で
もS食品に水をあけられつつあった。
ただ、いくぶんの救いは、N社は県央地区であり、S食品は県東地区であると
いうことであった。
この僅かな救いを生かして、何とか県央での占有率を高める手を打つのが急務
であった。
N社の県央での占有率を聞いてみると、二〇%くらいはあり、特に地元の市内
では五〇%以上の占有率があるという。それにしては売上高が低すぎるので、ど
んな調査をしたか聞いてみると、セールスマンの報告からの推定であるという。
私は、セールスマンの報告だけでは″裏″がとれていない。情報というやつは、
ク裏クがとれていない場合の信頼度は極めて低いのである。社長自ら小売店を回っ
て確かめなければならないと申しあげた。しかし社長は、なかなか小売店回りを
やろうとはしなかった。
あとで、私の助手をしている私の息子と回ったのであるが、N社長がそこに見
たものは何であったろうか。
有名店、その他のめぼしい店には、ほとんどN社の商品は置いてなかった。そ
れ以外の店でも、N社の商品はチラホラ見かけた程度だったのである。
この程度の店舗カバー率では、占有率は二桁どころか、 一桁でも決して上の方
ではないことが推測されるのであった。
N社長の頭の中にあったのは幻にすぎなかったのである。N社長のショックは
大きかった。あまりにも情ない実情だったからである。
これも、社長が自ら外に出て、市場の様子を自分の日で確かめなかった報いで
ある。
T社は瓶缶詰のメーカーだった。ローカルの小企業でありながら、社長のめざ
すマーケットは大消費地である東京、大阪、名古屋であった。社長は穴熊だった。
私は社長の考え方の誤りであることを説いたが、「大消費地でなければたくさ
ん売れない」という考えに凝り固まっていた。まことに困った考え方である。大
消費地ほど競争が激しく、ローカルの小企業の割り込む余地など無いのである。
論より証拠、ローカルの小企業が東京や大阪に進出して成功している例など、私
は見たことがない。
私は、まず地元で地の利を活用して占有率を高めるべきであることを勧告し、
社長も一応は私の勧告に従って地元に力を入れ、きわめて短期間で思ってもみな
かったような成果を上げた。「一倉式市場戦略」の力である。
この実績を踏まえて、更に新たな市場戦略を展開しようとしたが、社長は大消
費地に執着している。そこで、社長に思い知らせるには、大消費地の実態を自分
の目で確かめさせるに越したことはないと思い、社長がもっとも実績があると確
信している名古屋地区を回ってみることを勧めたのである。
それまでは、地元優先ということで、地元を回っていたのである。
勇躍名古屋地区に赴いた社長は、そこで大きなショックを受けたのである。社
長が私に語ってくれたのは、次のようなことだった。
「セールスマンの案内でお得意先を回ったが、訪問するところは三流店と思わ
れるようなところばかりである。次に訪問するところは、立派だろうと期待して
いたが、それは全部外れてしまった。車を走らせていると、向うに立派なスーパー
が見える。そこへ寄るだろうと思っていると素通りである。次にまた大型店が見
えて来たので、今度こそと思っていると、そこへも寄らない。まさか、うちの得
意先が、あんな小さなところばかりとは、夢にも思っていなかった。本当にガッ
カリした」というのであった。
社長とは、かくも世間知らずである。会社の中にジッと座っていて、セールス
マンの報告だけ聞いていても、外部の様子は分からないのである。まさに「百聞
は一見にしかず」なのである。
手前勝手なソロバン
K社は建築用鋳物のメーカーである。穴熊社長で、たまに外に出ても、それは
建設省かゼネコンばかりであった。しかし、K社の商品はゼネコン向けではなく、
下請けの施工業者向けだったのである。
K社長は技術屋で、いろいろな新製品を自ら図面まで引いて開発していた。私
がお伺いした時の社長の悩みは、売上げ不振を打開するために、次々と開発する
新商品がいずれも売上げが芳しくないことだった。
特に、二年ほど前に、社長が絶大な自信をもって開発した配管用の新型継手の
実績が、はなはだしく振るわないことだった。
社長の説明によると、この継手は独特の構造で、接合するパイプ同士の芯ブレ
を吸収するために、施工時間が数分の一となる、という画期的なものだという。
そのために、値段は在来品の四倍だが、それをカバーして余りある。だから、売
れるはずなのに、サッパリ売れないのは、営業部門で身を入れないからだ、とい
うのである。
私は、社長の話を聞きながら、社長のク独りよがり″を感じていた。
私は社長に、「営業で身を入れないのなら社長がお客様のところへ出向いて売っ
てみたらどうですか、社長の率先垂範ですよ。万一、売れないのなら、なぜ売れ
ないかが分かるから、その時は思いきって捨てるべきですよ」と、暗に切捨てを
ほのめかしたが、そんなことが通用する社長ではない。そして私のすすめにもか
かわらず、頑として施工業者のところへ行こうとはしなかった。
この商品の売れないわけは、社長の計算した施工工数通りにはいかないからで
ある。たしかに、この施工は社長の計算した工数でできるかもしれないが、それ
以外の、現場への往復時間や資材を運搬する時間、 一息入れる時間などには変わ
りはない。それらの時間を差引いた残りの施工時間だけが四分の一になる。
施工全体では、恐らくは半分にもならないだろう。そのうえ、施工は監督者のい
ないところで行われることが多い(監督者がいても大同小異だが)。もしも仕事
がはかどって、いままでの一日半分ぐらい進んだら、「今日は思いの外はかどった、
これくらいにしておこう」ということになるに決まっている。建築現場は流れ作
業ではないのだ。だから、価格が四倍もするのでは、恐ろしく高いものについて
しまうからである。
社長は、自ら確かめようとせず、いつまでこの幻をいだき続けるのだろうか。
その時から五年にもなるが、いまもって売れない。「明日こそは売れる」「明日こ
そ」という社長の期待にもかかわらず、その明日は永久に来ないことは間違いな
いのである。
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