市場情報の収集と競合分析
市場戦略構想書を確認してほしい。最上部の地域については、自社の全市場および計画期間中に新たに進出を目指す市場に関して、社長が考えている市場細分化のアイデアをそのまま記入すればよい。
全国規模、または全国規模ではないが複数の県にまたがる地域で販売戦略を展開している場合、重要な地域は県単位で分け、それ以外の地域は地方ブロックごと、あるいは「その他」としてまとめれば問題ない。一方で、作戦地域が1~2県程度に収まる場合は、経済圏や郡市単位でさらに細かく分けるとよい。
いずれの場合でも、地域が県単位や都市別に一致しない場合は、「○○を除く」「××を含む」といった表記を使えばよい。また、次に記載する世帯数や人口については、自社にとって都合の良い方を選べば問題ない。
特殊な市場の場合、例えば農協なら農協数、病医院ならその数、メッキ工場ならその数、といった形で考えるのが基本だ。要は、対象市場においてどのように顧客を分類するのが適切かという視点が重要になる。総需要については、金額ベースでも数量ベースでも、自社にとって適した形式を選べばよい。
競合他社については、その地域での売上高と占有率を大きさの順に記載する。売上高が不明な場合は、占有率の推定値を記入するだけでも十分だ。その上で、どの競合会社を自社が攻略対象とするかを決定し、その社名の前に〇や◎などの印を付けて明示しておくとよい。
〇印は攻撃目標とする会社、◎印はマークすべき会社という位置づけになる。この要領で、次に流通業者を挙げる。同様に、競合会社と同じ方法で流通業者の社名の前に印をつけて分類すると効果的だ。
メーカーの場合、競合会社は同業のメーカー、流通業者は問屋や小売店を指す。一方、商事会社や問屋の場合は、競合会社は同業の他社、流通業者は小売店という位置づけになる。それぞれの業態に応じて、適切な分類を行うことが重要だ。
ここまでが収集した市場情報を整理し、集約した内容になる。このように市場の状況を一覧形式でまとめることで、全社的な視点から検討を行い、戦略や構想を練るための基盤を作る。
戦略格付けと地域別アプローチ
次の欄に記載する「戦略格付」以下が、戦略の具体的な構想にあたる。市場では既に販売活動が行われているため、この市場における戦略は「戦略的再編成」として位置づけられる。まず、この戦略的再編成における「戦略格付」の考え方について説明しよう。
ある時、O社を訪問した際に、社長が府県別の売上高表を見ながら、「岩手県の売上が一番少ない。もっと伸ばせ!」と営業部長に発破をかけていた。しかし、他の府県の売上が十分かと言えば、決してそうではない。結局のところ、「岩手県が最も売上が少ない県だ」という事実を指摘したに過ぎないのだ。
多くの社長はこのような表面的な考え方をするため、売上はいつまで経っても伸びない。売上が少ない地域とは、その市場において自社が敗北している現状を示している。そして、敗北には必ずそれなりの理由が存在するのだ。これを見過ごしていては、根本的な改善は望めない。
最大の理由は、遠隔地で営業活動が十分に行き届いていないことだ。この点を無視して「もっと売上を伸ばせ」と言うのは間違いだ。その地域で売上を伸ばすには、新たに大規模な営業活動を展開する必要がある。そして、その地域が完全に未開拓というわけではなく、必ず強い地元業者が市場をしっかり押さえている。これに対抗するには、単なる努力だけではなく、戦略的なアプローチが求められる。
この点を全く考慮せずに「売上を伸ばせ」と言われても、こちらは非力な地域限界業者に過ぎず、大きなことは成し遂げられない。相手は強大な競合であり、こちらがどれほど戦力を投入したとしても、得られる成果はごくわずかであることは容易に想像がつく。戦略を無視した無謀な指示では、効果的な結果は望めない。
弱者が売上を伸ばすには、競合より多くの兵力、つまりセールスマンを投入する必要がある。しかし、そのセールスマンをどこから調達するのかが問題だ。もし、すでにかなりの実績を上げている地域から引き抜いて新規地域に投入すれば、引き抜かれた地域の売上は崩壊してしまう。一方で、新規地域に戦力を増強したとしても、地域限界企業である以上、短期間で大きな成果を上げることは難しい。一年や二年程度では効果は限定的だろう。その結果、会社全体の売上が急減し、赤字に転落するのは目に見えている。
売上が最低の地域に「売上を上げろ」と指示するのは、実質的に最悪の事態を招く「最悪戦略を取れ」と命じているのと同じだ。口では「競争が激しくて…」などと言い訳をしながら、競争に勝つために具体的に何をすべきかという根本的な考察が全くない。そんな状況で、ただ口先だけで「売上を上げろ」と繰り返しても、実現は不可能だ。それどころか、会社全体を危機にさらすだけの無責任な指示にすぎない。
戦いとは、強い者が勝つという極めて当たり前の現実をまず理解することが重要だ。この基本を認識すれば、「敵に勝つには、その戦場で敵より強くなければならない」という結論が自然に導き出される。そして、この前提に立てば、「この戦場で敵に勝つためにはどれだけの兵力が必要なのか」という具体的な検討を行うようになる。戦略とは、このように現実に基づいた分析から始まるべきである。
もし自社の力で敵に勝る戦力を投入できないのであれば、戦場を変更するか、戦線を縮小して、その範囲内で敵より優勢な状態を作り出すことが戦略となる。無理に広範囲で戦おうとせず、自社が優位に立てる領域を選び、そこに集中することで初めて勝利が現実のものとなる。戦略とは、リソースを効果的に活用し、現実的な勝ち筋を作るための選択の連続である。
この基本を無視し、「大市場ならば多く売れる」と思い込んで東京や大阪に営業所を構え、たった三~五人の人員を配置したところで、競合に勝つことはできない。同様に、無計画に戦線を拡大し戦場を広げても、各戦場で敵より強い体制を整えなければ、結局は次々と敗北を喫するだけだ。戦略とは規模や市場の大きさに頼るものではなく、戦う場所で勝つための優位性をどれだけ構築できるかにかかっている。
以上を十分に認識し、市場戦略に取り組む必要がある。戦略地域の決定とその優先順位、そしてその地域での具体的な作戦は、以下のように整理すべきである。
- ナンバーワンの地域をさらに強化
自社が既にナンバーワンである地域では、有利な戦いを進め、圧倒的な優勢を確保する。占有率40%以上を目指し、その地位を不動のものにする。 - 善戦中の地域での攻勢
現時点である程度善戦しているが、まだ十分でない地域には新たな戦力を投入する。まず兵力で優位性を確保し、その優位性を最大限に活用して競合を打ち負かし、ナンバーワンの地位を奪取する。 - 勢力の弱い地域での機会追求
自社の勢力がまだ弱い地域では、弱者の戦略を徹底する。敵の弱点を見つけ、それを突いて部分的な戦果を挙げ、そこから徐々に勢力を拡大していく。 - 限界的な地域での守勢
自社の戦力が限界的である地域では、広範囲な戦略を取らず、拠点戦略に集中する。その拠点を確実に守り抜き、防御的な姿勢を貫く。 - 力の及ばない地域への不介入
自社の力が及ばない地域には無理に兵力を投入しない。別の地域から兵力を引き抜いてまで新たに投入することは愚策である。それは戦力を消耗するだけでなく、兵力を引き抜かれた地域で予期せぬ大きな損害を被るリスクを生む。
この方針を明確に認識し、適切に実行することが市場戦における成功の鍵となる。
このような考え方に基づき、戦略地域ごとの格付けを行う。戦略格付けは、現在の地域別占有率を基準にし、次のような分類で戦略を決定する。
戦略格付の一例
- 最重点地域
- 占有率40%以上
- 圧倒的な優位性を確保し、さらに強化を図る。
- 重点地域
- 占有率25%以上
- ナンバーワンを目指して優先的に戦力を投入する。
- 安定地域
- 占有率10%以上
- 現状維持を基本とし、安定を図る。
- 成行き地域
- 占有率が下がってもやむを得ない地域
- 大きな戦力投入は行わず、自然な流れに任せる。
- 拠点地域
- 重要な拠点のみを守り、広範囲な地域戦略は展開しない。
- 拠点の維持を最優先とする。
- 撤収地域
- 地域からの総引き上げを実施する。
- 放棄地域
- 完全に手を引き、競争から撤退する。
この格付けに基づいて各地域の戦略を明確化し、リソースを最適に配分することで、効率的かつ効果的な市場戦略を実現する。
この戦略格付けを符号化することで、より分かりやすく管理できる。例えば、次のような形式で地域を分類する方法が考えられる。
符号化の例
- AA:
- 重点地域であり、占有率40%以上を維持または達成したい地域。
- 特に、戦略的に注力し、3年以内に占有率40%以上を目指す場合には「S」を付けて SAA とする。
- A:
- 現在占有率25%以上で、優先的に戦力を投入したい地域。
- 占有率が20%程度だが、早急に25%以上を目指す場合には「S」を付けて SA とする。
- B:
- 占有率10%以上で、現状維持を目標とする安定地域。
- C:
- 成行き地域や拠点地域に該当。リソースを大きく投入しない。
- D:
- 撤収または放棄地域。完全撤退を前提とする。
この符号化を使えば、各地域の戦略的優先順位が一目で分かる上、管理や計画の効率化にも役立つ。特に「S」を付与することで、短期的に優先するべき地域を明確に示すことができる。
戦略格付に基づき、次に来るのがそれを推進するための投入人員の計画である。たとえ一人をフルタイムで投入できない場合でも、0.5人や0.2人といった形で部分的なリソース配分を考えることも必要になる。
投入人員の基準
- 最重点地域・重点地域
- 競合他社の投入人員を基準とし、最低でもその 2倍の人員 を確保する。これにより、競争優位を確実にする。
- 安定地域
- 現状維持を基本とし、競合他社の人員と同等、もしくは少し劣る程度の投入でも構わない。
- 成行き地域・拠点地域
- 必要最低限の人員配置とし、全体的なリソース消耗を抑える。
- 撤収・放棄地域
- 人員の投入は行わず、既存のリソースを他地域に再配分する。
投入人員を競合の2倍にすることは、単に数の優位性を得るだけでなく、圧倒的な戦力を背景に効果的な営業活動を展開するための必須条件である。適切な人員計画を実行することで、戦略格付に沿った市場攻略が可能となる。
最低でも競合他社の1.5倍の人員を投入することが絶対条件だ。もしこれを確保できない場合は、戦略地域の範囲を縮小してでも倍率を確保しなければならない。どうしても競合を上回る人員を投入できない場合、その地域は「重点地域」とは呼べず、戦略格付そのものを見直さざるを得なくなる。
必要人員投入の重要性
- 戦略格付が「重点」であるにもかかわらず、必要な人員を投入しないのであれば、その格付自体が意味を持たなくなる。
- 格付けと投入リソースは一致していなければならず、それが市場攻略の効果を最大化する鍵となる。
したがって、投入可能なリソースが制限されている場合には、地域の優先順位を慎重に見直し、競合よりも優位性を確保できる規模で集中投資を行うべきである。この基本を無視した「格付けだけの重点」は、結果として戦略の無駄遣いを招き、競争に敗北するリスクを高める。
次の占有率目標は、最低でも3年間のスパンで設定する必要がある。短期の1年目標だけでは、長期的な視点を欠き、社長の考えにも大きな違いが生じることを認識すべきだ。
戦略の詳細は、拙著「経営戦略・利益戦略」「販売戦略・市場戦略」篇をご参照いただきたい。ただし、構想書には詳細を記載する必要はなく、「何をやるか」を簡潔にまとめれば十分だ。販売促進についても、訪問回数を記入する程度でよい。
蛇口作戦については、社長や営業所長は年間の日数、担当者は1カ月あたりの訪問件数を記入すればよい。以上、概要を説明したが、初めの段階では決定事項としてではなく、「腹案」という形で記載するのが適切だ。
備考欄には、上記以外で必要と思われる事項、いわば備忘事項を記入すればよい。この欄は何度も見直し、プロジェクト計画との相互チェックを行いながら、自由に修正を加えていくことを前提とする。柔軟に対応できるよう活用することが重要だ。
計画書というものは、最初から決定事項として固めるのではなく、腹案を気軽に書き込み、叩き台として使うほうが優れたものが完成する。家を建てる際に、頭の中だけで間取りを考えても検討が進まないのと同じだ。まず間取図を描き、それを眺めながらあちこち修正していくほうが効果的なのと同様に、計画書も柔軟に見直しを重ねるべきである。
次に、全く新しい商品の市場戦略についての考え方を述べる。この場合、市場戦略構想書よりも白地図に計画内容を書き込む形式のほうが具体性があり、直感的に理解しやすい。
新市場進出の課題と成功への道
例えば、広島市のL社が浴用機器を製造・発売したケースでは、商品も市場もL社にとっては初めての取り組みであり、完全な新規参入だった。当然、このような状況では、市場戦略として徹底した集中主義を採用する必要があった。新規参入では、広く浅く展開するのではなく、まず特定の地域やセグメントにリソースを集中させることで、確実に成果を出す戦略が重要である。
戦略展開に先立ち、市場調査を実施した。第一次調査では、全国規模で市場を分析し、品種別の売上高推移、主要メーカーの売上高、各メーカーの流通機構と流通マージンを調査した。これにより、業界全体の概要を把握した。
その後、第二次調査として、県内の流通業者(問屋)やメーカーの営業所の配置、スタッフの陣容など、より地域に特化した情報を収集した。この段階的な調査によって、戦略を具体化するための基盤を構築した。
これらの調査結果を基に、いよいよ戦略を樹立した。戦略は段階的に分けられ、以下のように構築された。
戦略方針
- 第一次作戦
- 地域: 広島市とその周辺地域に限定。
- 戦略: 集中的な蛇口作戦を展開。
- 目標: 当初は占有率目標を設定せず、まず市場の基盤を確立することに注力。
- 第二次作戦
- 開始条件: 第一次作戦地域で占有率25%を達成した時点。
- 地域: 広島県全域へ販売活動を拡大。
- 留意点: 第一次作戦地域の戦力を削ってはならない。戦力の移動は占有率40%を確保した後に検討する。
- 第三次作戦
- 開始条件: 第二次作戦地域で占有率25%を達成した後。
- 地域: 広島県外に進出。山口県または岡山県をターゲットとする。
- 留意点: 第二次作戦地域の戦力を削ることは厳禁。
この戦略は、段階的に市場を拡大しつつ、各ステージでリソースを集中させることにより、着実な市場支配を目指したものである。
この戦略方針に基づき、広島市とその周辺地域の販工店(販売と施工の両方を行う店舗)についてローラー調査を実施した。調査対象は約180店に上った。
まず業者名簿を入手し、市街地図を用いて各店舗の所在地を確認。その後、自動車を使った予備調査を行い、店舗の規模や立地条件、営業の可能性などの基本情報を収集した。この予備調査により、効率的に詳細調査を進めるための基盤を整えた。
予備調査の一環として、「店舗の外観を写真に撮る」という手法を用いた。この写真と目視での印象をもとに検討を行い、約半数の店舗をふるい落とした。
その後、残った約90店について、戦略推進責任者である常務が直接訪問し挨拶を行い、さらに数店舗をふるい落とした。最終的に選ばれた店舗に対しては、週1回の定期巡回訪問を開始し、戦略的なアプローチを実行に移した。
第一カ月目に数台の売上があり、翌月には十数台を達成した。その後も月ごとに売上に波はあったものの、半年後には累計で100台を突破するという成果を上げた。これは私にとって予想以上の結果だった。というのも、当初の予測では、3カ月目で2~3台の売上があり、6カ月後に累計20台を超えれば成功と考えていたからである。
しかし、この結果は社長や担当常務にとっては予想外の「大誤算」に感じられたようだ。担当常務は、「先生、先発業者の壁がこんなに厚いものだとは思いませんでした」と漏らした。
私は「これは凡庸な成績ではない。望外の好成績だ」と説明を重ねたが、どうしても納得してもらえなかった。彼らにとっては、既存の競合業者の強固な市場支配が思った以上に高い壁となり、期待とのギャップを埋められなかったのだろう。
社長は、「一倉さん、広島だけではあまり売れそうにないから、大阪に営業所を出したいのだが…」と言い出した。しかし私は、「社長、地元の地の利がありながらこの程度の成果にとどまっているのです。それなのに、地の利もコネもネームバリューもない上に、広島より競争が激しい大阪で売れるわけがありません」と説明し、計画を思いとどまらせるのに苦労した。
地元でさえ課題が山積する現状で、より難易度の高い地域への進出は無謀であり、逆効果になると強調せざるを得なかった。
市場戦略の支援を依頼された際、私は最初に「三年間はどんなことがあっても辛抱してください。それを覚悟されているのならお手伝いしましょう」と申し上げ、その覚悟を了承いただいた上でスタートした。しかし、まだ半年しか経たない段階でこのような状態になってしまった。覚悟を持つと言っていたものの、実際には結果を急ぐ焦りが見え、戦略の本質を理解してもらう難しさを痛感している。
そのうち、社長は「岡山市に知り合いの業者がいるので、そこと話をつけて商品を扱ってもらうことにした」や「福岡市に営業所を出しました」と、私に何の事前相談もなく報告してくるようになった。こうして作戦地域の無計画な拡大が次々と進められた。
私が慎重に構築した戦略の方針を無視し、地元での基盤を固める前にリソースを分散させるような行動は、全体の成果を危険にさらすものであり、非常に憂慮すべき事態だった。
これでは市場戦略も何もあったものではない。作戦地域を拡大することだけが売上増加の道だと思い込み、私の話などまるで馬の耳に念仏状態である。実際には、広島市とその周辺地域に集中し、3年でも5年でも辛抱強く基盤を固めるべき厳しい現実がある。
作戦地域を無計画に広げることでリソースが分散し、既存地域での競争力が失われるリスクを理解してもらえない。この状況では、戦略の本来の目的を果たすのは難しいと言わざるを得ない。
これでは市場戦略もへったくれもない。成功など夢と消えるのは明らかである。市場の現実を理解せず、ただやみくもに地域を拡大しても結果は出ない。いくら説明しても、分かってもらえる気配はない。むしろ、そもそも聞く耳を持たないのだ。
私との「三年間は辛抱する」という事前の約束も完全に反故にされてしまった。この状況では、もはや私が手を引く以外に選択肢はなかったのである。
この会社は下請加工業を主とするが、収益性が低いため、収益性の高い自社商品を持ちたいという強い願望を抱いている。L社の新商品も、そうした背景から開発されたものだ。
しかし、下請加工業者の多くは、事業活動において最も難しく、最も苦しいのは販売であるという現実を理解していない。「品物は作りさえすれば自然に売れていく」という誤った認識を持ち、販売の厳しさを軽視しているのが実情だ。この考え方のままでは、いくら商品を開発しても成功には結びつかない。
だからこそ、私は加工業者から「自社製品を売りたい」との依頼を受けた際には、必ずこう問いかけることにしている。
「三年間は冷飯を食うどころか、水だけで辛抱する覚悟がありますか?」
この厳しい問いかけは、販売という事業活動の現実を理解し、短期的な成果を求めずに戦略を粘り強く実行する覚悟があるかを確認するためのものだ。この覚悟がなければ、どれだけ戦略を立てても成功には至らないからだ。
そして返答は決まって「我慢します」というものだ。しかし、私は重ねてこう伝える。
「これまでに本当に我慢できた会社はほとんどないのです。」
すると、相手は必ずと言っていいほどこう言い返す。
「うちに限ってそんなことはありません。どんなに辛くても我慢します。」
だが、実際には、その覚悟を貫ける会社は非常に稀であり、この言葉を聞くたびに、不安と疑念を拭い去ることができないのだ。
実際に我慢し続けられた会社はわずかに2社しかない。O社は1年、T社は6カ月、G社とA社は3カ月、N社は2カ月でギブアップしてしまった。さらにS社に至っては、事前調査の段階で「競争が激しすぎて無理だ」と断念してしまった。
これに比べ、流通業者や既に自社製品を持っている会社は辛抱強い。多くの会社が少なくとも2年は我慢し、その結果、成功を収めるケースが多い。例えばI社は7~8年も辛抱を続け、今ではその事業が会社全体の収益の半分を賄うほどに成長している。辛抱と粘り強さが成功の鍵であることを、これほど明確に示す例はないだろう。
これらの会社で私が提案した市場戦略は、加工業者にも流通業者にも全く同じ「一点集中作戦」だ。しかし、下請加工業者の場合は、販売の厳しさを経験したことがなく、親会社に頼りきりで育ってきた結果、「巣立ちができていない状態」、いわば「雛鳥のような状態」になっていると言わざるを得ない。
これはいささか失礼な表現かもしれないが、販売の厳しさを理解しないまま市場に挑むことが、戦略を実行する上での最大の障壁となっていることは否定できない。自立した視点で販売活動に向き合わなければ、どんな戦略も成果にはつながらない。
新市場進出がいかに困難かという点は、その市場における自社の実績が文字通り「ゼロ」であることに起因する。これは、それだけでも大きなハードルだ。それにもかかわらず、その市場には既に先発業者がしっかりと根を下ろし、強固な地盤を築いている。
この現実を多くの社長は直視しようとしない。新市場を単に「チャンス」として楽観的に捉える一方で、競合の存在や市場の厳しさを軽視する。この盲点こそが、戦略失敗の根本的な原因となるのだ。市場進出の難しさは、事前の現実認識と戦略的準備なしには決して克服できないものである。
多くの社長が新市場に対して取る行動を見ると、まるで「我が社が進出する市場には先発業者はいない」と思い込んでいるかのように見える。その典型的な例が、新市場に対して設定される超過大な売上目標である。
これらの目標は、現実的な市場状況や競争の激しさを考慮していないことが明白で、単なる楽観論に基づいたものと言わざるを得ない。こうした目標設定は、内部の士気を高めるどころか、達成不可能な期待を抱かせることで現場に負担を強いるだけであり、戦略の妨げになることが多い。
冗談じゃない。新市場には既存業者が長年の努力で築き上げた強固な地盤がある。それに対して、進出する側は完全な「新参者」であり、占有率は文字通り「ゼロ」だ。その状態で、大敵に戦いを挑むのだ。相手はちょっとやそっとのことではビクともしない。
半年や一年で売上が上がることを期待するほうが間違っている。むしろ、その期間で僅かでも売上があれば、それは驚くべき成功と言える。市場に根を下ろすには長い時間と地道な努力が必要であり、その事実を理解しないままでは、戦略は空回りするだけだ。
これが社長には分からない。売上が上がらない原因をセールスマンの努力不足だと決めつけて叱責する。それだけで終わらず、セールスマンの能力自体に疑いを持ち始める。こうした扱いを受けるセールスマンこそ、まさに「受難者」だ。
セールスマンは社長に対する不信感を抱き、やがて信頼関係は崩れる。そして、優秀なセールスマンほど自信を失い、最終的には会社を去ってしまう。このような事態を招く原因は、全て社長の責任に他ならない。市場進出の困難を理解せず、適切な戦略とリーダーシップを欠いていることが、結果として会社全体の損失を生んでいるのだ。
たとえ売上が少なくても、ジリジリと上がっている限り、それは十分に有望な兆候だ。「新参者」「限界業者」という自らの立場をしっかりと自覚し、競合に勝る資源と努力を絶え間なく投入し続けることが成功の鍵となる。
市場で成果を上げるには、短期的な結果に一喜一憂せず、地道に基盤を築くことが重要だ。小さな成果を積み重ね、それを着実に伸ばしていくことで、やがて大きな成果に結びつく。粘り強さこそが、新市場での成功に欠かせない要素なのである。
新市場進出は、難しく、苦しく、そして会社の未来を左右する重要な戦いだ。この戦いを社員任せにすることは絶対に避けるべきである。社長自身がリーダーシップを発揮し、戦略の中心に立つ必要がある。
社長は自ら開拓訪問を行い、現場の生の情報を収集・検討しなければならない。そして、競合の動向を把握し、弱点を徹底的に研究した上で、その弱点を突く具体的な作戦を練り、実行に移す。この主体的な姿勢が、社員の士気を高め、戦略を成功に導く鍵となる。
強い敵に勝つための唯一の道は、敵の弱点を見極め、その弱点を的確に突くことだ。その上で、限られた資源をその一点に集中投入し、優位性を確保する。この基本を肝に銘じ、短期的な成果に惑わされず、根気強く戦略を推進することが求められる。
成功は、一瞬の勝負ではなく、緻密な計画と継続的な努力の積み重ねによって初めて得られるものだ。競争が激しい市場でこそ、この基本を徹底することが重要である。
新市場開拓ほど苦しく厳しいものはない。これが現実の姿だ。この厳しい現実を理解せず、安易な考えで初めから過大な期待を抱けば、その市場で成功を収めることは絶対に不可能だ。
新市場開拓には、冷静な現状認識と、地道に基盤を築く覚悟が必要だ。短期的な結果を求めず、粘り強く努力を重ねることでのみ、成果を手にすることができる。この基本を無視しては、どんな戦略も意味を成さない。
新市場で成功するための秘訣は、一に我慢、二に辛抱、三に根気と言っても過言ではない。目先の成果が上がるかどうかに一喜一憂することなく、とにかくお客様の元を地道に訪問し続けることが何よりも重要だ。
この継続的な努力こそが信頼を築き、徐々に市場での地位を確立していく。本当の意味での成功は、こうした忍耐と粘り強さの積み重ねによってのみ得られるものだ。短期的な利益に囚われるのではなく、長期的な視点で根気よく取り組むことが不可欠である。
A社には、その典型的な例があった。A社は住設機器のメーカーでありながら、不思議なことに売上の大部分が遠隔地に依存しており、地元市場はほとんど「ゼロ」に近い状態だった。
私はこの状況を見て、「地元市場がこれではいけない」と強く感じ、社長に地元作戦を展開するよう勧めた。実質的には地元市場は未開拓の新地域と同じ状況であり、ここに集中して基盤を築くことが必要だと考えたのである。結果として、A社は地元市場を重視し、地元でのプレゼンスを高める戦略に着手した。
作戦は、A社を中心に半径約10キロメートル以内のエリアに限定した、完全な一点集中方式で展開された。専任のセールスマン1名を配置し、選定した販工店に対して「週1回の定期訪問」を徹底的に実施した。
この方法により、少人数でも効率的に地元市場への接触頻度を高め、販工店との信頼関係を深めることを目指した。また、訪問スケジュールを固定することで、販工店側にも「A社のセールスマンが定期的に来る」という意識を植え付け、安定的なコミュニケーションを図る仕組みを整えた。
3カ月が過ぎても、毎月の売上高は10万円以下。6カ月経っても、売上はわずかしか伸びない状況が続いた。社長は「こんな状態なら、もうやめたほうがいい」と言い出した。無理もない話だ。むしろ、ここまで我慢しただけでも社長はよく辛抱したと言える。
しかし、ここで投げ出してしまっては、これまでの努力が全て無駄になってしまう。私は社長に向かって強くこう言った。
「成果が出るのは3年目。まだたったの6カ月です。ここで諦めてはいけません!」
この言葉で社長を奮い立たせ、引き続き戦略を粘り強く実行していくことを決断させた。
1年が経過しても、売上は徐々に上がっているものの、月間30万円が最高という状況だった。社長にとって、この成果は期待には程遠く、内心では「これ以上続けてもムダではないか」と思っていたことだろう。
それでも私は「あと1年の辛抱です」と説得を続け、もう少し我慢して取り組むよう訴えた。社長は私の言葉を信じ、納得できないながらも辛抱して戦略を続けてくれた。その粘り強さが後に成果を生む土台となったのだ。
1年半が過ぎた頃、突如として売上が急上昇し始めた。毎月500万円ペースに達し、これまでの低迷が嘘のような勢いを見せた。この頃になると、セールスマンは販工店と親密な関係を築き、業者側から積極的にさまざまな情報を提供してもらえるようになっていた。
地道な訪問と信頼関係の構築が功を奏し、ようやく市場での基盤が固まった瞬間だった。粘り強く努力を続けた結果が実を結び始め、社長もセールスマンもその効果を肌で感じることができたのだ。
今までの苦労がついに立派に報われた。3年目も順調に売上が続き、もはや安定した成果が見込める状況になった。「石の上にも三年」とはまさにこのことだ。
特に立派だったのは担当のセールスマンである。1年半もの間、ほとんど売上がない状況で心折れることなく、根気強く訪問を続けた。その忍耐力と精神力は並大抵のものではなく、こうしたセールスマンは滅多にいない。A社にとって、まさに「宝」と呼ぶべき存在である。
このセールスマンは、この実績によって営業会議でも自信を持って積極的に発言するようになった。やはり、実績は何よりも強力な後ろ盾となる。
社長もその成長を誇らしく思っており、こう語っていた。
「このセールスマンに叱られてしまいましたよ。『社長、どうして僕にやらせたように他の人にもやらせないんですか』と。社長も完全に言い負かされましたね」と、どこか嬉しそうな表情だった。
セールスマンの努力と成果が、社内の士気を高め、戦略全体に良い影響を与えたことがうかがえる。
産業機械、とりわけプラント類や一基数千万円以上もするような大型機械の場合、戦略地域の決定には特別な考慮が必要だ。これらの場合、ユーザー数が非常に限られているため、全国を一つの市場地域と捉えるのが現実的だ。
具体的には、各ユーザー企業を個別の拠点と見なす形で戦略を組み立てる。市場戦略構想書の「地域欄」を「会社名」に置き換えることで、拠点ごとの戦略を具体化しやすくなる。これにより、ユーザー一社一社に対して個別のアプローチを行い、効率的かつ効果的な販売戦略を展開することが可能となる。
中小型の機械類の場合、戦略地域の決定は「地域」と「拠点」を組み合わせて考えるのが適切だ。「地域か拠点か」という二者択一的な考え方に縛られる必要はない。
具体的には、広域的な市場では「地域」を基準に戦略を展開しつつ、その中で重要なユーザーや代理店などの「拠点」に重点を置くアプローチが有効である。このように柔軟に地域と拠点を組み合わせることで、リソースを最適に配分し、効率的な戦略を実現できる。市場の特性や商材の特性に応じて、バランスよく戦略を構築することが成功の鍵となる。
柔軟な発想と戦略実行の要点
「二者択一」の考え方にとらわれると、行き詰まりやすい。その結果、「どちらがよいのでしょう」という質問が私のところに来ることになる。
こういう硬直した考え方を「石頭」という。頭を柔らかくし、自由自在に発想することが大切だ。何も特定の方式にとらわれる必要はない。要は「やりやすい方法」を見つけて実行することが重要なのである。
石頭では、競争に敗れるリスクが大きい。状況が少し複雑になったり、急な変化や例外が発生したりすると、頭が混乱して対応策を見出せなくなるからだ。柔軟な思考こそが、競争に勝つための武器となる。
方式ややり方にこだわる必要はない。それらは単なる手段に過ぎない。状況に応じて自由に考え、その時々で最も適切と思われる手段や方法を選べばよい。それを柔軟に実行できることが、真の戦略の要である。
市場戦略の第一歩である「戦略地域を決定し、占有率目標を設定する」には、次の手順と考え方が重要です。
戦略地域と市場細分化の決定
- 市場全体の構想を記入
- 社長が持つ市場の細分化構想を明確にし、自社が重点的に進出したい地域や、新たにターゲットとする市場を定義します。
- 重要な地域は県単位または地域ブロックで細分化します。小規模な地域では、経済圏や都市別に区分し、「除く〇〇」「含む××」などの記載で対象エリアを明確にしましょう。
- 市場の特性に合わせたデータ
- 特殊市場(例えば、農協や医療機関など)では、対象市場に合わせた顧客の分類が必要です。人口・世帯数、あるいは業種別の施設数を参考に、市場のボリュームを見積もります。
- 総需要は金額または数量で設定し、競合会社の売上高や推定占有率も記入。攻撃目標とする競合企業には〇印などで優先度を記します。
占有率目標と戦略格付け
- 占有率目標の設定
- 地域ごとの占有率目標を少なくとも3年間分設定します。目先の1年の目標だけでなく、中期的な計画を立てることで、社長の視点や計画に持続性が生まれます。
- 戦略格付けの明確化
- 各地域の占有率目標に基づき、戦略地域を格付けします。以下は格付け例です。
- 重点地域(40%以上): 圧倒的な優位性を確保し、徹底的に占有率を高める。
- 安定地域(25%以上): 優位性を強化し、競合に対する優勢を保つ。
- 現状維持地域(10%以上): 大きな変化なく現状を維持。
- 成行き地域: ある程度の影響力を持つが、占有率の減少も許容。
- 拠点地域: 重要拠点のみ維持し、地域全体の拡大戦略は取らない。
- 撤退・放棄地域: 労力を費やす価値が低いため、撤収を視野に。
- 投入人員の調整
- 最重点・重点地域には、競合他社の1.5〜2倍の人員を配置します。投入が難しい場合は地域を縮小してでも、必ず競合よりも強い戦力を確保します。
実施計画と作戦
- 地域ごとの戦略方針
- 商品の重点化や顧客選定の方向性、訪問件数やキャンペーン活動を具体的に記入します。訪問数を含めた販売促進活動の計画を立て、目標の実行度合いを評価できるようにします。
- 作戦の柔軟な検討と修正
- 初期の段階では、確定的な計画書ではなく「腹案」として記入し、社内で定期的に見直すことで、柔軟かつ適切な戦略が作成できます。
市場戦略は、的確な敵の選定、集中と分散のバランス、持続的な耐久力が求められます。
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