P社長には二人の息子がいる。しかし、どちらにも会社を譲るつもりはないという。その理由は単純だ。二人ともそれぞれ優れた資質は持っているものの、経営者としての適性には欠けているからだ。永続的に存続すべき会社としての社会的責任を考えると、自ら築き上げてきた会社を危機にさらすような後継者を選ぶわけにはいかない、という信念が背景にあるのだろう。
だから、後継者が社内出身であろうと社外出身であろうと、それ自体は重要ではない。大事なのは、会社を立派に存続させることのできる経営者であることだという。その思いは常に頭の片隅にあり、一瞬たりとも忘れたことはないという。しかし、まだ理想の候補者を見つけられずにいる。自分で探し続ける一方で、周囲にも協力を依頼している。「一刻も早くこの願いを実現したい」と、P社長は私に語った。
大企業であれば、後継者選びが簡単だとは言えないものの、その難しさはむしろ選択肢が多い中での決断の難しさだろう。適任者そのものが存在しないという状況に陥ることは、あまりないはずだ。
しかし、中小企業の場合、事情は異なる。適任者そのものが見つからないケースが多い。さらに、多くがオーナー社長であるため、自分で築き上げた会社を息子に継がせたいと考えるのは、ごく自然な人間の感情だろう。
人情として理解はできるが、息子の資質を考慮せず、ただ息子であるという理由だけで適性をまったく無視する社長は少なくない。そのような社長に対しては、普段は何でも遠慮なく口にする自分でも、この問題に関してはなかなか触れることができないでいる。
しかも、自分から見てどう考えても不適任としか思えないケースが少なからず存在する。実際、本シリーズ『社長の条件』の中で「我が子が可愛いのは分かるが」というタイトルで紹介した例のいくつかは、その典型と言える。これらは単なる親バカというよりも、むしろ「肉親エゴ」とでも呼ぶべき現象だろう。
N社長のように、息子が全く不適任だと分かっていながら、それでも後継者として決めているケースもある。このような状況に直面した時、さすがの自分もN社長の胸の内を尋ねざるを得なかった。
N社長は、息子では会社を経営できないのは間違いない、と明言する。それでもなお後継者にしようとしているのだ。「息子を次代社長にしたら会社が潰れることになるが、それでもいいのか」と問い詰めると、「それでは困る」と答える。しかし、「では他に適任者を探してはどうか」と提案すると、黙り込んでしまう。N社長が苦悩しているのは理解できるが、これは本来悩むべき問題ではなく、きっぱりと結論を出すべき事柄だ。それができないのは、「肉親エゴ」というものの強さゆえなのだろう。他人が口出しできない領域だという現実を改めて思い知らされる。
企業の社会的責任を考えれば、後継者選びの基準は「適任かどうか」以外にあり得ない。肉親であるか否かなど、本来は関係ない。しかし、社長もまた一人の人間である以上、できることなら自分の息子に継がせたいと願うのは自然な感情だ。どうしても我が子を後継者にしたいのなら、それ自体は否定されるべきではない。ただし、その場合、息子を徹底的に鍛え上げる覚悟が不可欠だ。そうでなければ、企業の未来を託すにはあまりにも無責任だと言える。
まず重要なのは、学校を卒業した息子をすぐに自分の会社に入れないことだ。これでは、最初から「次代社長候補」として特別扱いされ、甘やかされてしまう可能性が高い。何よりもまず、他の環境で経験を積み、いわゆる「他人のメシ」を食わせることが必要だ。他人の下で働くことで、自分の力を試し、謙虚さや責任感を養う機会を与えるべきだろう。
経験を積む場としては、中小企業が適している。大企業での経験は中小企業においてはむしろ害となることが多い。短期間の経験では意味が薄く、少なくとも5年、できれば10年は必要だろう。その後に会社へ戻すとしても、決して遅すぎることはない。むしろ、社長自身の年齢が許す限り、外での経験は長い方が望ましい。さらに、その経験の場は1社に限らず、3社以上が理想だ。それぞれ異なる環境で仕事をすることで、多様な考え方や視点を学ぶことができるからだ。
息子を手元に引き取った後は、徹底的に「帝王学」を叩き込む必要がある。その核心は「決断力」にある。経営者としての決断力を鍛えることが、後継者育成の最重要課題だ。
また、肉親エゴに関連して、もう一つ注意すべき点は「同族経営」の問題である。同族であるがゆえに、不適格者や無能力者が重要なポジションを占める状況は、企業を私有物と見なしているに等しい。このような姿勢は、企業の成長や存続にとって大きなリスクとなりかねない。経営者としては、同族であっても適格性を最優先に考えるべきだろう。
このような企業は、結局のところ失敗に向かうのはほぼ間違いない。企業経営はそんなに甘いものではないという現実を直視するべきだ。感情や親族の絆だけで経営の方向性を決めることは、会社の存続と発展に重大な危機を招く。経営とは冷静な判断と厳しい決断の連続であり、そこに甘えや妥協が入り込む余地はないのだ。
後継者選びにおいて、社長が重要視すべきは、その人物が経営者として適任かどうか、ただそれだけである。特に中小企業の場合、後継者の選択はさらに難しく、自分の息子に継がせたいと願うのは自然な感情だが、適性を欠く人間に会社を託すことは、事業の存続にとって危険な選択だ。
適任者が自分の息子であれば理想的だが、もし不適任であれば、社内外問わず別の適任者を選ぶべきだ。適任者として成長させるためには、後継者をすぐに自分の会社に入れず、まずは他社、特に中小企業で経験を積ませることが有効である。他の会社での経験を経た上で自社に迎え入れ、帝王学を叩き込むことで、真の経営者に必要な「決断力」を養わせることができる。
また、同族経営においては、血縁で重要な地位を埋めてしまいがちだが、これが企業の健全な成長を阻む要因になり得ることも認識しなければならない。企業は個人の所有物ではなく、社会的責任を持つ存在である。社長はこの責任を真摯に受け止め、適切な後継者選びに全力を尽くすべきだ。
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