T社は大阪に拠点を構える家具問屋であり、卸売業だけでなく、小売店も運営している。その中でも、奈良県K市にある店舗は開業以来低迷が続いており、社長にとって悩みの種となっている存在だ。
問屋の得意先とはテリトリーが異なるため、その点での競合は発生していなかった。しかし、数年間続く赤字を放置するわけにはいかない。社長の熱心な依頼に根負けし、店舗の状況を確認することにした。建物は四階建てで、総売場面積はおよそ1,500平米ほどだった。
売場を一通り見て回った結果、思わず呆れ返った。置かれている商品は実に雑多で、スモーキングスタンドからマガジンラック、シガレットケース、額縁といった小物類から、ベッドやナイトスタンド、ソファ、カーテンといった大型家具まで、あらゆるジャンルが詰め込まれていた。だが、その品揃えは全てが中途半端で、各カテゴリーごとのアイテム数は驚くほど少ない。これでは売れるはずもなく、低迷している理由が一目で分かった。
「問屋の方で『何もかも主義』は良くないと学んだはずだ。それをなぜ小売店では実践しないのか」と尋ねてみた。返ってきたのは、「小売店では通用すると思った」という社長の答えだった。さらに掘り下げていくと、実はあるコンサルタントの指導を受けていたことを白状した。その指導に従った結果がこの有様だったらしい。
「バカを言うな、そんな証拠があるなら売れているはずだ。客は見比べて買うんだよ。見比べるものがなければ買わないだろう」──開口一番、説教が始まった。こちらの提案は「地域で一番の品揃えを目指す」というものだった。これは、見比べて選びたいという客のニーズに応えるための最善策だと考えたからだ。
そのためには、まず競合店のリサーチが欠かせない。競合店の品揃えを把握せずして「品揃え戦略」を立てることなど不可能だからだ。
この店舗より広い売り場面積を持つ店が市内に何軒あるのか尋ねたところ、三軒あるとのことだった。次に、この三店舗の品揃えを調査することにした。婚礼セットなら何セット揃えているのか、鏡台は何アイテムあるのかといった具合に、品目ごとに詳細を把握していく。
品揃え戦略における「兵力」とは、品種ごとのアイテム数を指す。これをT社の店舗にも応用する。ただし、T社は売り場面積が地域で4位に留まる状況にあるため、そのままでは不十分だ。限られたスペースを最大限に活かすための工夫が必要となる。
大型店(ローカル基準ではT社の店舗も大型店に分類される)の家具小売業界では、最も売れるのは婚礼セットであり、次に鏡台という順位が定まっている。そこで、まず婚礼セットのアイテム数を決める必要がある。この数は、競合3店舗の中で最も多いアイテム数を基準とし、それを上回るように設定する。アイテム数を増やせば、顧客が選択肢の多さに魅力を感じ、他店よりも優位に立てる可能性が高まる。
そこに「集中効果の法則」が働く。「見比べるもの」が増えることで、顧客の注目を集める力が強まるからだ。この効果は、単純なアイテム数の増加以上の影響をもたらし、陳列アイテム数の二乗に比例して効果が高まると言われている。つまり、品揃えを充実させることで顧客の購買意欲を大きく引き出すことができるのだ。
他社よりもアイテム数を2割多くすると、集中効果の法則に基づいて「1の二乗対1.2の二乗」、つまり1対1.44の関係になる。さらに、アイテム数を5割増やせば「1の二乗対1.5の二乗」で2.25倍の効果となる。これは「数量法則」によるものだ。
もちろん、売上はこれだけで決まるわけではなく、知名度、立地条件、商品のグレードや価格といった質的な要素も影響を及ぼす。しかし、数量に関してはランチェスターの法則が支配している以上、基本的には「いかに質的な条件を整えるか」に集中すれば良いということになる。
そして、その質的な条件が数量にどのような影響を与えるかを、量的な指標で捉えることが可能だ。つまり、質的条件を量的な尺度で評価できるということだ。この考えに基づけば、品種数がナンバー4以下、場合によってはナンバー5やナンバー6になるとしても、それで問題ない。重要なのは質的条件で差別化を図ることだ。
次に考えるべき質的条件として、プライスゾーンを設定する。これは競合他社よりも1~2割高い水準にする。適度に高い価格設定は、商品の価値を高め、購買層の信頼や満足感を引き出す鍵となる。
キャンペーンの中心はチラシ広告とし、年間で4回実施する。具体的には、春・秋のブライダルシーズン前、夏のボーナスシーズン、そして年末のボーナスシーズンがターゲットだ。ただし、折り込み広告のような手軽な方法には頼らない。あなたをはじめ、社員全員で全市全戸の郵便受けに直接配布する「蛇口配布」を行う。また、ブライダルシーズンには駅前などの人通りが多い場所でも配布を実施する。
これくらいの努力を重ねて初めて、後発という不利や売り場面積でナンバー4という立場の弱点を克服できる。地道な行動が競争力を支える鍵だ。
私の勧告は大筋で理解してもらえたものの、品種数が少なくなることに対する不安の声があった。それも無理はない。長らく多品種主義を採用してきた店舗にとっては、大きな転換となるからだ。
そこで妥協案として、「一階だけは社長の自由に品揃えを決める」という条件を設けることにした。この柔軟な対応の結果、業績は正直に反映され、売上は着実に伸び始めた。やがて赤字を脱し、黒字へと転換するまでに至った。変化への挑戦と柔軟な対応が、成功をもたらしたと言えるだろう。
この例から明らかなように、小売店の市場戦略において最も重要なポイントは、地域で一番のアイテム数を誇る品種を必ず持つことだ。この原則を忘れてはならない。それが、競争に勝ち抜き、顧客の支持を得るための最も効果的な方法である。
T社の店舗戦略の重要なポイントを以下にまとめました。
1. 多品種少アイテムから少品種多アイテムへの転換
- 競合より多くのアイテムを揃えることで地域一番の品揃えを目指す:家具の多品種少アイテムから、婚礼セットや鏡台といった売上金額が大きな品種に絞り込み、それぞれのアイテム数を競合店よりも増やす戦略です。見比べることができる豊富な選択肢があると、集客力が高まります。
- 数量効果の法則:アイテム数が他店よりも多いことで「集中効果」が生まれ、売上の向上が見込めます。たとえば競合店より2割アイテム数を増やすと、売上が1.4倍、5割増やすと2.25倍になるという理論に基づいています。
2. 競合店調査と品揃え戦略
- 競合店の品揃えの分析:地域内の競合店とその品揃えを徹底的に調査し、それを参考にして自店のアイテム数を設定します。これにより、競合よりも豊富な選択肢を提供し、顧客にとっての「見くらべやすさ」を向上させます。
- 売場スペースに合わせた最適な品種数:総売場面積が地域4位のT社の店舗では、すべての品種を扱わず、限られた品種に絞ることで、他社との差別化を図ります。
3. 質的条件の差別化
- 価格帯設定:プライスゾーンを競合他社よりも1~2割高く設定し、商品のグレードや質をアピールして競合との差別化を図ります。
- 「地域一番の店」というブランディング:アイテム数を多く揃えつつ、価格帯も高めに設定することで「選べる高品質の店」として認知されることを目指します。
4. プロモーション戦略
- 季節に応じたキャンペーンの実施:ブライダルシーズン前の春・秋、夏と年末のボーナスシーズンに特化したプロモーションを展開します。
- 直接配布の徹底:広告チラシを折込ではなく、社長と社員による市内全戸への直接配布や駅頭での配布を行い、手厚い宣伝活動を実施します。後発である不利をカバーするために、細やかな対応で地域住民の認知を拡大します。
5. 妥協案による実行性の向上
- 一階部分に関しては多品種少アイテム主義を一部維持:全フロアでの大幅な転換に不安を感じていた社長には、一階だけを従来のスタイルで運営するよう提案し、経営方針を無理なく転換させています。
結果
この戦略により、T社の店舗は確実に業績が上がり、黒字転換を実現しました。T社の事例から、地域一番の品揃えを確保することで、総売場面積が劣る店舗でも競合に対抗できることが示されました。また、地域一番のアイテム数を持つことで、多品種少アイテム主義に優る効果的な集客が可能であるとされています。
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