ランチェスター戦略とは:市場細分化と占有率向上の基本
市場戦略は、市場シェアを確保するための戦略を指す。
その一環としてランチェスター戦略を用いる場合、具体的にどのように進めるべきかを考える必要がある。まずは、ランチェスター戦略の基本的な定義を改めて確認することが重要だ。
ランチェスター戦略とは、市場を細分化し、それぞれの小さな領域での占有率を着実に高めていくことを基本とする戦略である。

市場細分化の要点:叩くべき敵と資源の集中
占有率を高めるためには、「敵」に勝つことが必要だ。
そのために市場を細分化するわけだが、これを実現するにはまず「敵」を明確に定める必要がある。敵を特定しなければ、真の意味で効果的な細分化は成立しないということだ。
戦いにおいては、自社の資源を最大限に活用することが何よりも重要だ。そのため、社長は収集した情報を総合的に検討し、それに基づいて自社と競合の戦力を徹底的に比較分析する必要がある。時間の許す限り、多角的な視点から分析を行うことが求められる。
その分析を踏まえ、自社の限られた資源をどの市場でどのように投入すれば、敵に最大の損害を与えられるのかを徹底的に考え抜く必要がある。これこそが市場細分化の本質であり、これを欠いては市場戦略は成り立たない。
以上をまとめると、市場戦略の展開は次のように整理できる。
まず、叩くべき敵を明確に定めることが最優先となる。次に、その敵を打ち負かすため、自社の限られた資源を最も効果的に活用できるよう市場を細分化する。
そして、細分化した市場ごとに最適な作戦計画を策定し、最後に、その計画を忠実に実行することが市場戦略の核心となる。
作戦遂行の鍵:忠実な実行と計画の重要性
特に四番目の「作戦を忠実に実行する」という点は、市場戦略において絶対的な重要性を持つ。この点を忘れることは、戦略そのものを無意味にするに等しい。
計画を練るだけでは不十分であり、それを現場で確実に遂行することこそが、戦略を成功に導く鍵となる。
作戦は忠実に実行して初めて、その適否や効果が明らかになる。中途半端に実行してしまえば、作戦の良し悪しも効果も把握できない。
これでは、作戦を継続すべきか修正すべきか、あるいは全面的に変更する必要があるのかという今後の方針を立てることができなくなる。忠実な実行こそが、戦略の成功と次の一手を見極めるための必須条件となる。
これでは市場戦略が形骸化し、何の意味も持たなくなる。この点で思い出すべきは、『三国志』における「街亭の戦い」だ。
計画の不徹底や実行の甘さが戦局を決定的に左右した例として、この戦いは重要な教訓を与えている。
戦略的要衝である「街亭」の守備を託された馬謖は、諸葛亮の指示に反して山頂に布陣した。この判断ミスにより、司馬懿の軍に山麓を包囲され、水の供給を絶たれて壊滅的な敗北を喫することになった。この失態が原因で、蜀軍全体も全面的な敗退を余儀なくされた。
もし馬謖が諸葛亮の指令を忠実に守っていれば、蜀軍は勝利を収め、三国志の歴史そのものが大きく変わっていた可能性がある。
しかし、現実には馬謖の判断ミスが蜀軍に壊滅的な敗北をもたらした。諸葛亮は軍紀を維持するために「泣いて馬謖を斬る」という決断を下さざるを得なかったが、たとえ軍紀を正したとしても、蜀軍が被った敗戦の痛手は取り返しのつかないものだった。
社員というものは、往々にして馬謖と同じような過ちを犯すものだ。特に、ベテラン社員や優秀な人材ほど、自らの判断に過信し、指示や方針を軽視する傾向があり、その結果として大きな問題を引き起こす危険性が高い。これを具体的に示す実例をひとつ紹介しよう。
J社では、毎年得意先である流通業者に対してデッドストックの返品を受け入れており、この施策は業者から非常に高い評価を得ていた。これはJ社の大きな強みであり、同時に他社との差別化にもつながる重要な方針だった。
この姿勢は、かつてのシアーズ・ローバック社の「万一不満があれば、委細を問わず返金する」という顧客第一の方針と同じ精神に基づいていた。返品を通じて得意先との信頼関係を築き、顧客満足を最優先に考える施策が、J社のブランド力と競争優位を支える柱となっていたのである。
ところが、ある優秀な社員が「社長の指令をそのまま実施するだけでは平凡すぎる。そこに独自の工夫や一歩先の行動を加えることこそ、セールスマンの本当の価値だ」と思い込んでしまった。
この思い込みが、指示の本質を見誤る原因となり、結果的に施策を歪めてしまうリスクを生むことになったのである。優秀さゆえの独断が、会社の戦略に悪影響を及ぼす典型的なケースといえるだろう。
この社員は「返品をお得意先と交渉して極力防ぐことが会社の利益につながる」と考え、その方針を実行してしまった。
その結果、お得意先からは「J社は口ではきれい事を言うが、実際の行動は言葉と一致しない」という強い不信感を抱かれることになった。長年築いてきた信頼関係が崩れ、J社の大きな強みであった顧客との良好な関係性に深刻なダメージを与えることになったのである。
社員というものは、往々にして「浅知恵」に基づいた独断的な行動をとりがちだ。その場の目先の利益や自分なりの正しさを優先し、社長が掲げる施策の本質やその背後にある意図を正しく理解しないまま行動してしまう危険性が常に潜んでいる。こうした独善的な行動が、会社全体の戦略に悪影響を及ぼし、時には致命的な問題を引き起こすことにもなりかねない。
成功のための計画書作成:細部までの徹底が生む効果
私が会社にお手伝いに伺う際、まず最初にお願いするのが売上年計表や売上高ABC分析表の作成だ。
その際には、「この表は必ず私が指示した通りのフォーマットと項目を厳守すること」と、何度も繰り返して頼む。
なぜなら、そのフォーマットには長年の経験から生まれた数々の意味が込められており、それを守ることが分析の正確さや活用の有効性に直結するからだ。
表の形式を軽視して自由に変更されることで、重要な意図や情報が失われるリスクを避けるためでもある。
しかし、実際に出来上がったものを見ると、二社に一社は私の指示通りには作られておらず、社員の「創意」なのか、独自のアレンジを加えた社員流のフォームになっていることが多い。
これでは、こちらが意図した分析が正しく行えないばかりか、重要な要素が見落とされる可能性があり、非常に困る状況となる。
このように、社員というものは上司の指令通りに行動しない傾向がある。それは決して怠慢や無関心からではなく、むしろ真剣に仕事に取り組むがゆえに発生する厄介な現象だ。
自分なりの工夫や改善が「良かれ」と思って行われた結果、上司の意図が歪められてしまうことが少なくない。これが、優秀な社員であればあるほど起こり得る問題である。
どのような動機であれ、決められた作戦計画に従わない者には必ず責任を取らせなければならない。これを徹底しなければ、作戦そのものが遂行できなくなり、戦略が形骸化してしまう。
セールスマンにはこの点をしっかりと理解させ、指示された作戦通りに確実に行動させる必要がある。計画の成功は、現場での忠実な実行にかかっていることを何度でも強調しなければならない。
作戦には、量的側面と質的側面の両面が存在する。まず、全体の目標や行動量を明確にする量的作戦を決定し、その上に質的作戦を組み合わせていく。量的作戦が基盤となり、質的作戦がそれを強化する形で、具体的で効果的な行動計画が完成するのである。
作戦は次のように具体化される。
- 戦略地域の決定と目標設定
戦略地域を明確に定め、その地域における占有率の具体的な目標を設定する。 - 戦略方針と対象選定
各戦略地域ごとに方針を策定し、ターゲットとなる流通業者やエンドユーザーを選定する。 - 蛇口作戦の展開
効率的な資源配分と重点的なアプローチを通じて、戦略地域内で影響力を拡大する。 - 差別化作戦と地域作戦の組み合わせ
差別化された戦略を地域ごとの特性に合わせて適用し、競争優位を確立する。
これらを統合的に実行することで、戦略の効果を最大化させる。
このような作戦は、必ず社長自らが検討し、自らの責任で決定し、推進しなければならない。戦略や作戦の成否は会社全体の方向性に直結するため、その責任を他人任せにしてはならない。
社長自身が主導権を握り、作戦を進めることで、全体の統率がとれ、目的達成への確実な道筋が築かれるのである。
とはいえ、すべてを社長一人で担うという意味ではない。全ての過程において、役員、管理職、そして一般社員の意見に十分耳を傾け、それぞれの役割を明確に分担させる必要がある。
また、必要に応じて何度でも検討会や説明会を開き、全員が同じ方向を向けるように努めなければならない。ここで言う「自ら行なう」というのは、「多くの知恵を集めつつ、最終決定は社長自身が行う」という意味である。
「経営戦略・利益戦略」篇で紹介された佐伯勇氏の信条である「独裁すれども独断せず」がまさにこの考えを表している。他者の意見を取り入れつつ、最終的な判断は自らの責任で下すことが、経営において極めて重要だ。
次節からは、市場戦略について段階ごとに詳しく述べていく。ただし、巻末に「市場戦略構想書」を折り込んであるため、これを広げて本文と併せて参照しながら読み進めてほしい。
この構想書は、事業経営における経常計画書と同じように、市場戦略を推進するうえで欠かすことのできない重要な指針となるものである。
市場戦略を実践的に理解し、効果的に活用するための道標として活用してほしい。
この構想書は、全社を俯瞰する「基本構想書」と、基本構想書に基づいて個々のテリトリーごとにさらに細分化した「地域別構想書」の二段構えで作成するのが望ましい。
「基本構想書」は会社全体の市場戦略の骨格を示し、「地域別構想書」はそれを具体的な地域ごとに落とし込んだ実践的な指針となる。これにより、全体像を把握しつつ、地域ごとの特性や状況に応じた細やかな戦略展開が可能になる。
構想書のフォームは全く同じであり、「基本構想書」が「親」にあたるなら、「地域別構想書」はその「子」に該当する。ただし、戦略上の重要度が低いテリトリーについては、地域別構想書を作成する必要はない。必要性に応じて重点を置くことが肝心だ。
さらに、S社のように地域別構想書をさらに細分化し、得意先別計画書まで作成する例もある。このように細かいレベルまで戦略を落とし込むことで、個々の得意先に対する具体的なアプローチが可能となり、戦略の実効性がより高まる。
この段階では、「構想書」よりも「計画書」と呼ぶ方が適切だろう。地域別構想書をさらに得意先別に展開したものは、いわば「孫」計画といえる。そして、得意先がチェーン店展開をしている場合には、さらに「店舗別計画書」を作成することをお勧めする。これが「ひ孫」計画に該当する。
ここまで戦略を細分化し、具体的な計画に落とし込むことができれば、全体の精度と実行力が飛躍的に向上する。各段階の計画が連動することで、戦略の効果が最大限に発揮されると言えるだろう。
「そこまで作らなくても……」と思うかもしれない。しかし、ここまで計画を細分化して初めて、社長の方針が真の意味で末端にまで行き渡ったと言えるのだ。細部に至るまで具体的な指針が示されることで、各レベルの現場が統一された方向性を持ち、一体感を持って行動することが可能となる。これが、方針を実行に移す上での本質的な意義である。
もし「面倒だ」と感じるのであれば、それは自らの方針を徹底することに本気ではないという証拠だ。また、「そんな時間はない」と考えるのであれば、一度試しに作ってみることを強く勧める。実際に作成してみることで、その効果と必要性を実感できるはずだ。細部まで行き届いた計画がもたらす成果は、単なる手間をはるかに超える価値を持つ。
それに費やす時間は、実際には「大したことはない」と言えるどころか、むしろ「こんな短時間でこれほどのものが作れるとは思わなかった」という感想を抱くはずだ。一度取り組んでみれば、作成の容易さと、それがもたらす明確な成果の大きさに驚くことだろう。この作業が、会社の方針徹底と戦略実行の強固な基盤となることを実感するはずだ。
計画書作成に多くの時間を要するのは、経営計画書のような大規模なものくらいだ。それ以外の計画書は意外なほど短時間で仕上げられる。
市場戦略基本構想書でさえ、2〜3時間もあれば完成するし、個別構想書に至ってはさらに短い時間で済む。こうした計画書の作成は、労力に対して得られる効果が極めて大きく、決して手間を惜しむべきではない。
計画書に費やす時間に対して、その効果は驚くほど大きい。そう考えると、計画書作成に取り組む時間は、まさに最も価値ある「時間の有効活用」と言えるだろう。
その証明として、経営計画を作成した経営者たちは、自身も会社もまるで生まれ変わったように感じることが挙げられる。
また、市場戦略構想書を徹底的に細分化して作り上げた計画書に関しても、たとえ私の強い勧めで仕方なく取り組んだ経営者であっても、その効果の大きさに驚きを隠せないと口を揃えて語っている。
計画書が導く勝者の道:効果を最大化する方法
あれこれ議論するより、まずはひとつ作ってみることを強く勧めたい。作り上げた会社が最終的に勝者となるのだ。
では、次の章に進む前に、巻末にある市場戦略構想書を開いてほしい。この構想書を広げた状態で本文と照らし合わせながら読み進めると、より理解が深まるだろう。
市場戦略の第一歩は、戦略を実行する対象(敵)を明確に定めることです。以下に、効果的な市場戦略の手順をまとめます。
市場戦略の基本構造と手順
- 敵を決める
- 戦略を進めるためには、ターゲット(敵)を決め、その競合相手に勝つための戦力を効率的に配分する必要があります。これにより、リソースの無駄を省き、効果的に市場での優位性を築くことが可能になります。
- 市場の細分化
- ランチェスター戦略の重要なポイントは市場の細分化です。市場を小さなセグメントに分けて、各セグメントにおける占有率を高めることが目的です。細分化により、競合に勝つためにどこに集中すべきかを明確にすることができます。
- 作戦の計画と実行
- 各細分化された市場に応じた作戦計画を立て、忠実に実行することが求められます。計画どおりに実行することで、その適否や効果を正確に評価することができます。もし計画通りに実行しなければ、結果が不明瞭になり、作戦の効果を判断できなくなります。
- 作戦の修正・調整
- 実行後の結果を基に作戦の調整が必要です。たとえば、成功した作戦は継続し、改善が必要な作戦については適切な修正を行います。
市場戦略の構想書と計画書の重要性
- 市場戦略を徹底的に実行するため、市場戦略構想書を作成します。これは、社長自らが基本方針を設定し、会社全体の活動を統一するための資料です。
- 構想書は「親」にあたる全体的な基本構想書と、「子」にあたる個別の細分化市場構想書に分かれ、必要に応じて得意先別計画書や店舗別計画書なども作成します。
- 構想書を実際に作成することで、社長の意図が末端の社員にまで共有され、作戦が統一的に実行されるようになります。計画書の作成にはそれほど時間がかからないため、その効力を考えると非常に有効です。
社長の役割
- 市場戦略の計画や構想は、社長自らが決定し推進することが求められます。社員や役員の意見を反映しながらも、最終的な意思決定は社長が行います。この「独裁すれども独断せず」という姿勢で、社長の意志が全体に伝わり、企業全体の一体感が生まれます。
市場戦略の成功には、ターゲットの明確化、戦略的な細分化、そして実行とフィードバックが欠かせません。
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