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公平 第十六章

第一章 人の任用は旧知かどうかに左右されてはいけない


現代語訳

太宗(李世民)が皇帝に即位して間もない頃、中書令の房玄齢が進言した。

「陛下が秦王であられた時からお仕えしていた部下たちの中に、不満を持つ者がいます。というのも、かつて亡き皇太子や斉王に仕えていた者たちの方が先に官職を与えられ、自分たちはいまだ何の任官もされていないからです。」

これに対して太宗は答えた。

「昔から『至公(最も公平)』と呼ばれた人たちとは、情け深くありながらも決して私情を挟まなかった人々のことだ。たとえば堯はその子である丹朱を、舜はその子の商均を帝位から退けた。周公旦は兄弟である管叔と蔡叔を誅殺した。つまり、真の君主というものは、天下を自分の私物とせず、公のものと見なして政治を行うべきなのだ。

諸葛孔明は蜀の小さな国の宰相であったにもかかわらず、『私の心は秤(はかり)のようなもので、人によって重さを変えるようなことはしない』と言った。まして私は今、大国・唐を治めている。私やそなたたちの衣食はすべて人民の働きによって支えられている。ということは、民はすでに国に仕えているのに、国の恩恵はまだ彼らに十分に届いていないのだ。

今、優れた人材を選ぶのは、人民の生活を安らかにするためである。人を任用する際に考慮すべきは、その人が職務に堪えうる能力があるかどうかであって、旧知の間柄かどうかは無関係だ。たとえ一度会っただけの者でも親しみを感じることもあるのだから、旧知の者だからといって特別扱いをしてはならない。

その人に任務を担える力がないのなら、たとえ旧友であっても先に任用すべきではない。能力を問わず、不満の声があるという理由だけで任官させるようでは、どうしてそれを『公平な政治』と呼ぶことができようか。」


注釈と背景

  • 秦府・斉府・東宮:李世民が皇太子になる前、秦王として独自に運営していた官僚組織を「秦府」、建成や元吉のもとにいた幕僚組織をそれぞれ「東宮」や「斉府」と呼ぶ。
  • 管叔・蔡叔:周公旦の兄弟だが、成王の補佐に反抗して討伐された人物。
  • 「吾心如称」:諸葛亮の名言。「私の心は秤のようなものだ」という意味で、公平な心を象徴する表現。
  • 至公:徹底して私心のない公平な政治姿勢を表す理想像。

心得

この章は、人事における公平性の原理原則を説くものであり、現代の組織運営においても大きな示唆を与えます。

  • 感情ではなく、適材適所が原則
    旧知の仲であっても、それが職務に適さなければ任用すべきではない。逆に、一度しか会っていない人でも有能であれば、登用すべきである。
  • 人材登用は、民のためである
    官職は恩賞ではなく、人民の安寧のために賢人を適所に配置する義務から発するものである。任用の基準は「民の幸福に資するかどうか」でなければならない。
  • 真に公平な政治とは
    不平や私的なつながりに基づく「情」ではなく、国家のために適材を用いる「理」に立脚した判断こそが、真に公平な政治の姿である。
目次

『貞観政要』巻一より

太宗の人材登用における“公正無私”の精神


1. 原文

太宗初卽位、中書令房玄齡奏言「秦府舊左右未得官者、並怨太子宮及齊府左右處分之先己」。

太宗曰:「古稱至公者、蓋謂恕無私。丹朱・商均、子也、而堯・舜廢之。管叔・蔡叔、兄弟也、而周公誅之。故知君人者、以天下爲公、無私於物。

昔諸葛孔明、小國之相、猶曰『吾心如稱、不能爲人作輕重』。況我今理大國乎。

我與公等衣食出於百姓、此則人力已奉於上、而上恩未被於下。

今所以擇賢才者、蓋爲求安百姓也。用人但問堪否、豈以新故異之。凡一面且相親、況舊人而頓遺也。才若不堪、亦豈以舊人而先用。

今不論其能不能、而直言其嗟怨、豈是至公之道耶?」


2. 書き下し文

太宗、初めて即位す。中書令・房玄齡、奏して言う:

「秦王府の旧臣たちで未だ官職に就いていない者たちが、太子宮および斉王府の者たちが先に登用されたことに不満を抱いております」。

太宗曰く:

「昔から“至公”と称された者とは、すなわち私情なきことを言う。

丹朱・商均はそれぞれ堯・舜の子であったが、父により廃され、
管叔・蔡叔は周公の兄弟であったが、周公によって誅された。
これにより、君主たる者は天下を公とし、万物に私なきことが求められると知る。

昔、諸葛孔明が蜀という小国の宰相でありながら、なお『我が心は秤のようなもので、人によって軽重を変えることはできない』と言った。
まして私は今、大国を治めている立場にある。

我と公らの衣食はすべて百姓の労苦によって支えられている。これはすでに民の力をもって上を養っていることになるのに、
その上から下に対して恩が及んでいないのではないかと憂う。

今、賢才を選ぶのは、あくまで百姓の安寧を求めてのこと。用人にあたっては、その者が有能か否かだけを問えばよく、
新旧で差別するようなことがあってはならぬ。

一度会っただけの者ですら親しくなることもあるのだから、古くからの臣下をすぐに捨てることなどあるまい。
しかし、もし能力がなければ、たとえ古くからの者でも先に用いる理由にはならぬ。

今、その能力を論じもせず、ただ不満の声だけを取り上げているようでは、それは“至公の道”ではないであろう?」


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)

  • 太宗が即位した当初、中書令の房玄齡はこう奏上した。
     →「秦王府時代からの旧臣たちの中で、いまだ官職を与えられていない者たちが、太子宮や斉王府の者が先に登用されたことに不満を抱いています」
  • 太宗はこれを聞いて言った。
     →「古来、真に公正な者とは、私情を持たない人物のことを言う。
  • 堯は自らの子である丹朱を、舜は商均を、才能がなかったために後継にせず、
  • 周公は自分の兄弟である管叔・蔡叔を、道を誤ったとして誅した。
  • **つまり、為政者とは天下を公とし、私情で人事を行ってはならないのだ」
  • 「蜀という小国の諸葛亮ですら、『自分の心は秤のようなもの、人によって軽重を変えることはできない』と語った。
  • **まして私は今、大国の皇帝である以上、それ以上の公正が求められる」
  • 「私たち為政者は、衣食をすべて百姓からの負担によって得ている。
  • **だからこそ、その上の者の恩恵が下の民に届いていないことを私は恐れている」
  • **「今、人を用いる目的は民を安んじることにある。だから有能かどうかを基準にすべきであって、旧臣か新参かで差別してはならない」
  • 「初めて会った者でも親しくなれるのだから、古くからの者を即座に排除するはずがない。
  • **だが、もし才能がなければ、古い縁故だけで先に起用することもありえない」
  • 「今、その能力を論じずにただ不満だけを述べるようでは、それは“至公”とは言えない」

4. 用語解説

  • 秦府(しんぷ):太宗が皇太子になる前に持っていた王府(秦王府)のこと。
  • 太子宮・斉府:他の王族(太子や斉王)の属官・旧臣。
  • 至公(しこう):最も公正無私な態度。儒教における理想的統治者像。
  • 丹朱・商均:堯・舜の実子だが、徳が足りず帝位を継げなかったとされる。
  • 管叔・蔡叔:周公の兄弟。武王没後に不忠を働き、誅殺された。
  • 諸葛孔明(しょかつ・こうめい):蜀漢の宰相。公平無私の政治を行ったことで知られる。
  • 吾心如稱(ごしんしょうしょう):自分の心は天秤のように公平であるという諸葛亮の言葉。
  • 嗟怨(さえん):不満・文句。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

太宗が即位した直後、かつての配下だった秦王府の旧臣たちが、他の王府の者たちが先に登用されたことに不満を持っていると、房玄齡が報告した。

これに対して太宗は、君主とは「天下を公とし、私心を交えてはならない存在」であると断じ、堯・舜が実子を後継とせず、周公が兄弟を誅したことを例に挙げた。
さらに、自分たちは百姓から衣食を得ている以上、その民のために公正に人材を用いなければならないと語り、有能かどうかだけが登用の基準であると明言した。

「不満を言うことではなく、実力を示すことこそが登用の根拠である」。
このようにして、太宗は政治における「至公無私」の姿勢を貫いた。


6. 解釈と現代的意義

この章は、リーダーが“人を用いるときの基準”をどう設定するかという根本問題に対する、太宗の明確な哲学的答えを示しています。

特筆すべきは以下の点です:

  • 私的関係・過去の貢献ではなく、“現在の実力と適性”こそが登用基準であるべき
  • 君主は、百姓(民)の負託によって生かされている存在であり、したがって“公正であること”が最大の責務である
  • かつての忠臣であっても、今の能力や適性を見ずに登用するのは、民に対する裏切りである

これは単なる古代の言葉ではなく、現在の企業経営や人事評価にも通ずる、極めて重要な原理です。


7. ビジネスにおける解釈と適用

  • 「人を登用する基準は“過去”ではなく“今の力”である」
     → 古参や功労者だからという理由で登用するのではなく、現在の役割に適した能力を持つかで判断すべき。
  • 「“実力重視”と“感情排除”は、真の信頼を得る鍵」
     → 公平な評価制度があればこそ、組織内に安心感と信頼が生まれる。
  • 「不満を訴える前に、行動で示す文化を育てよ」
     → 自分を正当に評価してほしければ、まず結果と姿勢を通じて納得させるべきである。
  • 「上に立つ者の一言が、組織の文化を決定づける」
     → 太宗のこの発言は、以後の唐朝官僚制度に強い影響を与え、公正な登用文化の礎となった。

8. ビジネス用の心得タイトル

「公正は“無私”に始まる──登用の基準は、過去でなく今の実力」


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