MENU

価格戦争

目次

B社の冷静な対応

B社は自動洗車機を販売する業界トップの企業だ。
数カ月前から、業界2位のT社が市場に半額という破格の値段で製品を投入し、B社に攻勢を仕掛けていた。
その結果、いかに強力なB社といえども苦境に立たされ、年間の売上はじわじわと下降を続けていた。

B社長は苦しい状況にあったものの、追随して値下げを行わない判断を下していた。その冷静さは際立っていた。
B社長と私の見解は一致していた。「半額で競り合うなんてことはあり得ない。単なる売れ行き不振だけが理由ではないだろう。恐らくT社は資金繰りに窮しての『換金売り』だ。それなら慌てて値下げする必要はない。そのうち状況は収束する。まずはT社の内情を探るのが最優先だ」との判断だった。

とはいえ、敵の内情が簡単にわかるはずもない。漏れ聞こえてくる情報といえば、社長が最近ヒステリックになっているとか、トップ層の意思統一が取れていないとか、退職者が増えているらしいといった噂ばかりで、決定的な手がかりには程遠い。もちろん、T社のメインバンクに資金繰りの状況を直接問い合わせるわけにもいかない。情報は断片的で、全体像をつかむには至らなかった。

とはいえ、T社の社員の動きからはどこか「臭いもの」を感じ取ることができた。その直感がある以上、次に注目すべきはB社自身の問題だ。最優先で考えるべきは、「T社にどれだけの売上を奪われるか」という点に尽きる。これを冷静に見極めることが必要だ。
いくらT社が半値という破格の価格で攻勢をかけてきたとしても、顧客が更新の必要もないのにわざわざ予定を前倒しして購入するとは考えにくい。問題はそこにあるのではなく、需要のタイミングと顧客の動向をどう掴むかだ。

B社の製品でなければ困るという顧客が一定数いるのは間違いない。さらに、T社の半値販売に対して不安を抱き、逆に敬遠する顧客もいる可能性が高い。これらを総合的に考えると、B社の売上が急激に落ち込む状況にはならないだろう。
その証拠に、T社が半値販売を打ち出した後もB社の商品は引き続き売れており、年間売上の減少も緩やかなペースに留まっている。現状を見る限り、B社の優位性はまだ保たれていると言える。

B社は、警戒を怠ることなく、既存顧客への訪問とフォローを徹底し、守りを固める方針を取った。同時に、T社の情報収集とその分析にも全力を注いでいた。しかし、値下げという手段はあくまで最後の手段として温存し、現状では状況の推移を冷静に見守ることを選んだ。即断で動かず、戦略的な判断を重視していたのである。

B社は年間売上の下降傾向をもとに、今後の売上減少を慎重に予測し、資金繰りの万全を期す体制を整えることにした。業界ナンバーワンの地位がもたらす信用力を活用し、いざというときの対策を事前に用意しておくことで、余裕を持って状況に対応する方針を取った。焦らず冷静に、事態の推移を見守る構えを崩さなかった。

T社の自滅

結果は意外なほどあっさりしていた。1年ほど経つと、T社は「不渡り」を出して経営が行き詰まった。半値という極端な値引きは、やはり無理な資金繰りを乗り切るための苦肉の策に過ぎなかったことが明らかになった。B社は冷静な判断で値下げ競争に巻き込まれず、結果としてその戦略が功を奏した形となった。

安値攻勢は、相手に対して心理的な圧力を与える効果は大きい。しかし、それが成功したとしても、自社の利益や財務体力に深刻なダメージを与えるリスクを伴う。しかも、成功しなければ何の成果も得られないどころか、最悪の場合、自滅する可能性すらある。安易な値下げは、短期的な効果を狙った博打に過ぎず、戦略としての持続性には欠けるものだと言える。

大幅な値引きや長期にわたる安値販売は、一見すると強力な価格攻勢のように見えるが、実際のところ、その多くは資金繰りに行き詰まった企業の苦し紛れの足掻きである場合がほとんどだ。つまり、敵を攻めているように見せかけながら、実際には自らの苦悶をさらけ出しているに過ぎない。こうした戦略は、短期的には効果を装うことができても、長期的には持続不可能なものでしかない。

このような状況に陥った場合、業績の回復はほぼ不可能だ。資金繰りが限界を迎え、無理な値引きや安値販売を続けた結果、企業は自らの体力を消耗し尽くしてしまう。そこから立て直す手段はほとんどなく、最終的に行き着く先は破綻しかない。もはや救いようのない末路をたどるだけの状態である。

「酒悦」が謝恩大売出しという名目でダンピングを始めたとき、競合会社のN社長に私は冷静に事態を見守るよう助言した。その売出しが四カ月も続いた時点で、私はこう申し上げた。「謝恩を目的とした大売出しならば、通常は期限があるものだ。ところが、この特売には期限がない。これは明らかに換金売りだ。資金繰りに窮してのことだろう。間もなく行き詰まる。放っておけばよい」と。

結果、予想通り「酒悦」は間もなく自力での経営を断念し、三越の傘下に組み込まれることとなった。

第二話:U社とL社の対決

U社は建具専業のメーカーであり、その特許構造による優れた機能性が市場で評価され、業績は順調だった。しかし、そこに突如として大手L社が殴り込みをかけてきた。L社はU社の価格よりも2割も安い価格を提示し、さらにその規模はU社の20倍以上。主力商品は市場をほぼ独占しており、収益性が極めて高い。その結果として、莫大な内部留保を蓄えている。

L社の意図は明らかだった。価格攻勢を通じて、U社を市場から徹底的に排除しようという狙いである。その攻撃は規模の圧力に物を言わせた、明確な「抹殺」を目指したものだった。

U社長は事態の深刻さに顔面蒼白となった。追随して値下げをすれば、利益を削りすぎて赤字転落は避けられない。一方、値下げを拒めば、顧客を奪われて売上が激減し、結局は赤字に陥ることになる。まさに進退窮まった状況だ。さらに悪い場合には、赤字どころか倒産の危機に直面する可能性すらあった。L社の圧倒的な攻勢に対し、U社は完全に追い詰められていた。

相手があまりにも強大すぎて、U社長はどう抵抗すればいいのか全く見当がつかなかった。そして、ついに私に助言を求めてきた。
私はL社の営業報告書を調査し、その内容からL社が確かに優良企業であることを確認した。しかし、相手が盤石である以上、通常の手段では太刀打ちできないことは明白だった。この状況を打開するには、L社のどこかに潜む弱点を見つけ出し、そこを徹底的に突いて反撃するしか方法はないと考えた。

ふと目に留まったのは、L社の強みであり、膨大な内部留保を支える柱でもある「主力商品」に、何か弱点がないかという視点だった。そこで、まずその商品に特許が存在するのかどうかをU社に確認したところ、驚くことに「特許はない」という回答だった。

次に、その商品をU社で完全外注した場合にかかるコストと、L社の売価を比較するため、詳細な調査を依頼した。主力商品が収益の中心となっているL社にとって、この部分に隙があれば、そこを突くことで形勢を逆転できる可能性があると考えたのだ。

調査の結果、L社の主力商品は驚くほどの高付加価値商品であることが判明した。その上、これほど利益率の高い商品を数年間にわたり販売しているにもかかわらず、L社以外のどの企業も製造や販売に乗り出していないという事実も明らかになった。

まさに「盲点」と言うべき状況である。商品が小型で見栄えしないために他社の関心を引かなかったのかもしれないが、模倣や競争が激しい日本の市場で、これほど長期間にわたり独占されてきたことは驚きだった。日本企業のこの「うかつさ」は逆にチャンスと捉えるべきだと確信した。

私はこの状況を見て、「しめた」と思った。高付加価値商品は収益性が高い反面、市場戦略的には大きな弱点となり得るからだ。もしU社がこの商品をL社よりも大幅に安い価格で販売すれば、L社にとっては大きな打撃となる可能性がある。

そこで、私はU社長に対して、この商品をメーカー価格でL社の販売価格より3割安で市場に投入することを提案した。この価格設定でも、U社にとって十分な利益が確保できることがわかっていたからだ。高付加価値商品の独占を崩せば、L社の強みは一気に揺らぐだろうと考えた。

販売先の選定にあたって、今回の目的は市場占有率の争いではなく、L社を撹乱することにある。そのため、L社の主要ディーラーをターゲットにするのが最適だと判断した。目立つほど効果的だから、五社ほど選べば十分だ。

「敵の強いところに近寄るな」というのは市場シェア争いのセオリーだが、今回のように撹乱が目的の場合は逆に敵の強い拠点を狙うべきだ。このように、目的に応じて戦略を柔軟に変えることが必要だ。

実際にその主要ディーラーにU社の商品を持ち込むと、彼らは驚くほど簡単に飛びついてきた。圧倒的な価格競争力と品質の良さに魅了され、販売を開始すると商品は飛ぶように売れ、対応が追いつかないほどの反響を呼んだ。撹乱作戦は見事に成功しつつあった。

結末はわずか二カ月で決着した。L社はU社と競合する商品から手を引くことを決断したのである。L社の内部にも冷静な判断力を持つ人物がいたのだろう。このまま価格競争を続ければ、自社の収益基盤に甚大なダメージを与えることになると見抜いたに違いない。

U社の大胆かつ効果的な戦略により、L社は一方的な攻勢から撤退を余儀なくされ、U社は逆境を跳ね返すことに成功した。短期間での勝利は、計画と実行の的確さを物語る結果となった。

ところが、勝利の余韻に浸って調子づいたのがU社長だった。L社の価格より3割安でも十分に収益があり、商品が飛ぶように売れる状況に気をよくして、「もっと拡販したい」と言い出したのだ。しかし、私はその動きを即座に止めた。

「調子に乗って深追いし、L社を本気で怒らせたらどうなるか考えるべきだ。今回のように軽い攻勢なら退く選択肢もあるが、L社が本格的にあなたの会社の商品を潰しに来たら、その規模と資金力では到底太刀打ちできない。絶対に深追いしてはならない」と強く忠告した。

勝利の後こそ冷静さを保ち、相手を過度に刺激しないことが重要だ。私はU社長にこの点を再三強調した。

私はU社長に対し、こう提案した。「この商品は牽制のために少量に限定して販売を続けるべきだ。『いざとなったら、いつでも拡販するぞ』という姿勢をL社に見せておくのが重要だ。L社にはどうやら智者がいるようだから、こちらの意図を察して、二度とあなたの会社の商品に手を出してこないだろう」と。

U社長はこれを受け入れ、計画的に少量販売を継続する形を取った。結果として、L社はこの分野から完全に撤退し、再び競争を仕掛ける気配を見せることはなかった。

こうして、一連の戦いはU社の勝利で終結した。慎重な戦略と冷静な判断が、最終的に大きな成果をもたらしたのだ。

価格というものは、高収益を生んでいる限り、特許などで保護されていない場合は必ず新規参入者が現れるリスクを覚悟しておく必要がある。これは市場競争の宿命であり、経営の難しさでもある。

低付加価値の商品であれば、価格競争を仕掛けられるリスクを減らせるが、その代わり収益性が低下する。逆に高付加価値商品を追求すれば収益は上がるものの、新規参入や模倣の脅威が高まる。このバランスをどのようにとるかが、社長としての腕の見せどころだ。短期的な利益に目を奪われることなく、長期的な戦略を見据えた経営判断が求められることを肝に銘じておかなければならない。

第三話:N社の競争戦略

N社は大型機械の製造を専門とするメーカーで、その中でも特大機械が主力商品の一つだった。しかし、この商品は業界内での激しい価格競争の影響を受けて採算性が悪化しており、N社長にとって大きな悩みの種となっていた。

業界の構図を見ると、ナンバー1のA社は圧倒的な規模を誇る大企業であり、ナンバー2のB社は安定した実績を持つ中堅企業だった。N社はその次に位置するナンバー3のポジションだが、ナンバー4のC社はナンバー1であるA社の系列会社で、業界内での力関係は明らかにN社に不利だった。この状況下で、N社は激しい競争に巻き込まれ、苦しい立場に追い込まれていた。

この業界は市場が狭いため、ほとんどの案件が競争入札で決まる状況にあった。その結果、価格は大幅に引き下げられ、通常トン当たり1000円の製品が700円にまで値下がりしていた。

この価格では採算が取れるはずもなく、特大機械の事業単体では赤字を出すことが常態化していた。N社は他の機械製品の収益によってその赤字を補填しなければならない状態であり、特大機械の採算悪化が全体の経営に重くのしかかっていた。

やめてしまえば確かに簡単だが、N社長は「何とか採算に乗せて、この事業を継続したい」と強い意志を示していた。そこで私は、価格競争の実態についてさらに深掘りして聞き取り調査を進めてみることにした。すると、次のような事実が浮かび上がってきた。

調査の結果、A社とB社が実質的に共同戦線を張っており、その情報網が非常に強力であることがわかった。例えば、ある案件でA社またはB社のどちらか一社にしか引合いがこなかった場合、次のように提案するのだ。

「私ども一社だけでは適正価格のご判断が難しいかもしれません。同業のこういった会社(もう一方の連携先)もございますので、ぜひそちらにもお声をおかけいただければと思います。」

表向きは親切な提案に見えるが、実際にはA社とB社が密接に情報を共有しており、裏で綿密に価格を調整している状況だった。さらに、C社もA社の系列会社としてこの連合に加わっており、N社は完全に「A社・B社・C社」の連合軍を敵に回す形となり、競争において苦しい立場に追い込まれていた。価格競争が異常なまでに激化していたのは、この背景によるものだった。

N社には自社の営業力を担う特別なセールスマンが存在せず、営業活動はすべて代理店である大商社からの引合いに依存していた。自ら積極的に顧客を開拓したり、競争状況に応じた戦略を立てることはほとんどなく、営業活動に関しては「無視」というよりも「無知」と言える状態だった。

これは典型的な中小企業の姿であり、製品作りには優れているが、営業や市場戦略に疎い、いわゆる「職人会社」そのものであった。この体質が、価格競争が激しい業界でさらにN社を苦しい立場に追い込んでいる原因の一つでもあった。

私はN社に対して厳しくこう伝えた。

「営業活動を行わない事業経営は、もはや経営とは言えない。まずは自社専属のセールスマンを持つことが必要だ。そして、業界の情報、特にA社とB社の営業状態や戦略を徹底的に調査した上で、自社の営業方針を明確に立てるべきだ。その方針に基づいて、自ら積極的な営業活動を展開しなければならない。商社を通じて帳合いを行うことは構わないが、営業そのものを商社任せにしていては絶対にダメだ。」

この言葉でN社の姿勢を改めさせるべく、強い口調でハッパをかけた。市場で生き残るためには、ただ製品を作るだけではなく、戦略的に顧客をつかむ努力が不可欠だということを理解させたかったのである。

情報収集の結果、N社の市場が西日本に限られている一方で、東日本ではA社とB社が共同作戦を展開し、何とトン当たり1800円という高価格で商品を販売していることが判明した。その利益をもとに、西日本ではN社を叩き潰すための低価格政策を展開していたのだ。この構図こそが、N社が儲からない原因の本質だった。

そこで私は、N社に次のように勧告した。

「まず、東日本市場への参入を検討すべきだ。A社とB社が高価格で収益を上げている市場に自社商品を投入することで、相手の資金源を削ぐことができる。西日本に閉じこもって価格競争に翻弄されるのではなく、東日本での市場拡大を戦略の柱にするべきだ。特に、東日本の顧客にとって魅力的な価格と品質を武器にすれば、新たな収益源を確保できるはずだ。

さらに、自社の営業活動を強化し、商社任せではなく、直接顧客にアプローチすることで市場の声を掴むべきだ。戦略を持たない職人会社では、今後の競争を勝ち抜くことは不可能だ。この転機をチャンスと捉え、積極的に動かなければならない。」

この勧告をもとに、N社が次の一手をどう打つかが運命を分ける鍵となると考えた。

「セールスマンが2名いるのだから、彼らを東日本のA社・B社の市場に投入する。エンドユーザーを調査し、『当社では1,300円です』と直接伝えさせることだ。ただし、重要な顧客にはセールスマン任せにせず、社長自らが訪問するべきだ」と勧告した。

A社とB社がこれに驚き、大慌てしたことは言うまでもない。トン当たり500円も安い価格は、エンドユーザーに強烈な印象を与えると同時に、A社とB社に大きな衝撃を与える狙いがあった。それでもなお、N社にとっては十分に好収益を確保できる価格だったのだから、この戦略の効果は絶大だった。しかし、「敵もさる者、引っ掻く者」だった。すぐに動き、C社を使って西日本の競争入札にトン600円という破格の価格を提示してきた。これで、A社とB社の情報収集力がいかに強力かが明らかになった。敵ながら見事な対応と言えるだろう。

N社の勝利と交渉術

この反撃にN社長はすっかり震え上がってしまった。攻め込むつもりが、いつの間にか足元に火がついてきた形だった。トン600円以下に値下げしなければ商品が売れなくなる可能性が高まり、このままでは自社が干上がってしまうと恐れたのだ。さらに、N社長の口ぶりからは、「もうこれ以上敵を刺激するようなことは避けたい」という弱気な姿勢が見え隠れしていた。

私は笑いをこらえながら、N社長にこう伝えた。

「何を慌てているんですか。敵がトン600円で入札してきたなら、そこは敵に取らせればいいじゃないですか。それこそ、あなたの会社にとって大きなプラスになるんです。」

N社長の不安を和らげつつ、敵の無理な価格政策がかえって自滅を招く可能性を示唆し、冷静な対応を促した。

「なぜなら、それはC社を疲弊させ、さらにその背後にいるA社に作戦失敗を痛感させることになるからです。トン600円の仕事はC社に任せて、あなたの会社は堂々と1,300円で受注すればいいのです。こんなに良い状況はありません。そもそも、何のために営業力を強化したのかを思い出してください。」

この助言を受けてN社は冷静に対応し、戦いの決着はわずか3カ月でついた。トン600円という無理な価格設定による反撃作戦は失敗に終わり、A社とC社は手詰まりになったのだ。そしてついに、A社の社長自らがN社長に面会を申し込んでくるという事態に至った。これにより、N社の完全勝利が確定したのである。

N社長から「どう対応すればいいか」と相談を受け、私は次のように助言した。

「2〜3カ月程度、何らかの口実を設けて相手をじらしなさい。ただし、あまり長引かせると相手の顔をつぶすことになる。それは避けるべきです。相手の申し入れ内容は分かりきっています。『この狭い業界で無用な競争を続けても、お互いに利益にはならない』という意図でしょう。」

このアプローチで、N社が主導権を握った形で交渉を進めるよう促した。

「きっと相手の申し入れはこういう内容だろうと思います。『どうだろうか。我々には強力な情報網があり、受注を確保する自信がある。あなたの会社には、その仕事を採算に乗る価格で作ってもらう形で協力してほしい。我々と手を組まないか』という提案でしょう。」

私はそう述べ、相手の意図を見抜きながら、N社が冷静に対応するよう促した。この状況をN社にとって有利な形で活用する準備が必要だった。

「相手の申し入れは、こういうものに違いありません。『どうだろうか。我々には強力な情報網があり、確実に受注を取れる。そこで、あなたの会社には、採算に十分見合う価格で製品を作ってもらいたい。我々と手を組んで協力しないか』という提案でしょう。」

この申し入れは、相手が価格競争の無益さを悟り、協力関係を築くことで双方が利益を得る道を模索している証拠です。N社にとっても、この提案をどう活用するかが次の重要なポイントとなります。

「この提案に軽率に乗るべきではありません。確かに、無用な競争を避けたいという点では相手と同じ立場ですが、まずは相手の主張に賛成する姿勢を見せつつ、価格協定に前向きな素振りを見せるだけで十分です。ただし、決して決定的な言質を与えないことが肝心です。相手の出方を見極めながら、慎重に対応してください。」

こうして、N社が主導権を握りつつも、相手の思惑に飲み込まれないよう注意を促しました。

「相手の出方を見ながら、競争するような態度と協定するような態度を当面は使い分けてください。その結果を踏まえ、次の作戦を練るべきです。そして、この状況を有利に運ぶためには、あなたの会社のセールスマンが蛇口巡回を怠らないことが重要です。これによって、あなたの会社が市場でしっかり戦う意思と決意を、相手に思い知らせるのです。」

私はこうアドバイスし、慎重かつ戦略的な対応を求めました。

第四話:プロパンガス業界の価格戦争

N社はU県を拠点とするプロパンガスの販売業者だ。最近の価格戦争に対し、N社長は大きな不安を抱えていた。というのも、県外の某大手企業が大規模なガス詰替基地を建設し、非常識とも言える安値でU県市場に攻勢をかけてきたからだ。その結果、攻撃を受けた地元の業者たちは次々と倒産や転業に追い込まれていった。

N社長にとって、この状況は自社の存続にも直接関わる危機的なものだった。如何にしてこの嵐を乗り切るか、N社にとって試練の時が訪れていた。

攻撃を受けている地元業者たちは結束し、敵に対抗するための独自の行動を始めていた。詰替基地の近くに待機し、敵の配送車が出発するとすかさず尾行するのだ。敵側も尾行を振り切ろうと必死でスピードを上げて走り、信号無視や危険な運転が頻発。あわや事故という場面も日常的に繰り返されていた。まるで戦場のような状況が、プロパンガス業界で繰り広げられていた。

そのうち、敵側は新たな反撃作戦を展開した。配送車が市街地を外れた人通りの少ない場所へ尾行車を誘い込み、停車する。尾行車もそれに合わせて止まると、待ち伏せていた別の敵車両が背後から現れ、挟み撃ちにするのだ。

この戦術により、尾行車は身動きが取れなくなり、圧倒的な威圧感を受けることになる。敵は心理的にも物理的にも優位に立つ形で、反撃を強化してきた。緊張感はさらに高まり、業界内の対立はますます深刻化していった。

N社長は、自社も遠からず同じような攻撃を受ける危険があると感じていたが、具体的にどう対処すればよいのか全く分からず、不安を募らせていた。状況は極めて緊迫し、一歩間違えば暴力沙汰や「血の雨」という最悪の事態が起こりかねないほどだった。しかし、幸運なことに、そうした事態には至らなかった。

「尾行などしても効果がないことはもう明らかです。それは敵の弱点ではありません。しかし、敵には必ずどこかに弱点があるはずです。それを見つけ出し、そこを突けばいいのです。まずは社長ご自身でその弱点について考えてみてください」とだけ伝え、私はその場を後にした。

N社のテリトリーに敵が本格的に攻め込んでくるまでには、まだ時間があると判断してのことだ。ヒントは与えたのだから、まず自分で思案し、解決の糸口を見つけてほしかったのである。

しばらくして、N社長から再び相談があった。

「相変わらず連合軍は苦戦しており、近いうちに我が社も攻撃を受ける可能性が高い。しかし、対策をどう考えても分からない。是非、教えてほしい」との切実な頼みだった。

これ以上放っておくのも失礼と考え、私はついに具体的な解答を示すことにした。その内容は次のようなものだった。

「敵の最大の武器は非常識なほどの安値だ。これは攻撃には非常に強力な武器だが、同時に大きな弱点でもある。というのも、敵が現在の市場で提示している価格が、彼らが従来からの顧客に販売している価格よりも安いことは明らかだ。これを突けば、相手にとって大きな問題を引き起こすことができる。」

私はこの視点をN社長に伝え、敵の安値政策の裏にある矛盾を利用するよう提案した。

「敵が攻撃に使っている安値を裏付ける証拠を手に入れることが重要だ。それは、敵自身が記載したものでなければならない。価格表でも見積書でも納品書でも請求書でも構わない。要するに、敵の会社が自ら記載した証拠だ。(これについてN社長に可能性を尋ねたところ、問題なく手に入るとの返事だった。)

その証拠をコピーして、敵の従来の得意先の郵便受けにそっと投げ込む。それで全てが終わる。」

私はこの具体的な方法を伝え、敵の安値政策が従来の顧客との信頼関係を崩壊させる切り札となることを示唆した。

N社長は私の提案を聞き、「そうか、分かった。これで安心だ」と納得した様子だった。しかし、それから半年ほど経っても何の進捗報告もなかったため、どうなったのか気になり、N社長に状況を尋ねてみた。

すると、N社長は「実は、先生の作戦を使うまでもなく、いつの間にか戦いが終わってしまった」と笑顔で答えた。どうやら敵側が自滅する形で争いが収束し、N社は危機を乗り越えたようだった。

私としては、今回この作戦を実際に使う機会がなかったのは少し残念でもあった。というのも、過去にこの方法を使い、敵を驚かせ、瞬く間に撃退した経験を何度も持っているからだ。

ただし、この作戦がすべての業界において万能であるわけではない。特定の条件を備えたいくつかの業界でのみ効果を発揮する。そして、そうした業界ではこの作戦は絶大な威力を発揮するのだ。

では、その「特定の条件を備えた業界」とは一体どんな業界だろうか?これを一つの頭の体操として考えてみてほしい。この問いの答えを見つけることで、戦略の本質をさらに深く理解することができるだろう。

第五話:建築業界の価格競争

建築業界の低迷により、価格競争が熾烈を極めていた。そんな中、ある年にある会社が、K社の主力商品と同様の商品を市価の4割安という破格の価格で市場に投入してきた。

この安値攻勢の背景には、その会社が導入した連続鋳造機による生産力の飛躍的な増強があった。これにより、従来よりもはるかに低コストで製品を供給できる体制を整えたのだ。この動きはK社にとって大きな脅威となり、業界全体の価格競争を一段と激化させる引き金となった。

K社長も専務も、この状況に真っ青になっていた。相手の価格には逆立ちしても対抗できず、完全に追い詰められていたのだ。追随して値下げをすれば赤字は避けられない。しかし、値下げをしなければ顧客を奪われ、売上減からやはり赤字に陥る。どちらに転んでも経営にとって厳しい状況で、まさに進退窮まる思いであった。

K社長と専務には、まさに進むも退くもできない完全に袋小路に追い込まれたように思われていた。「このピンチをどうやって乗り切るか」と、藁をもつかむような心境で私に相談してきた。

私は、まず落ち着かせることが重要だと考え、こう伝えた。

「まずは落ち着いてください。そして冷静に事態を見極めることが最優先です。焦りは誤った判断を生む原因になります。」

状況を冷静に分析することが、突破口を見つける第一歩だと説いた。

私はまず、そのメーカーの生産能力がどれほどあるのかを尋ねた。幸い、K社では連続鋳造機の能力について詳しく知っていたため、これは簡単に見積もることができた。

結果として、そのメーカーの生産能力は従来の2倍に増強されていることが判明した。しかし、市場全体における占有率で見ると、わずか2%に過ぎないことも分かった。

この情報を基に、状況をさらに分析していくことにした。

私はK社長にこう伝えた。

「たった1%の占有率増加ではありませんか。その1%すら、相手があなたの会社だけを狙い撃ちするわけではありません。この点を冷静に考えれば、あなたの会社への影響など軽微であることが分かるはずです。全く恐れる必要はありません。

ただし、注意すべきは、流通業者がこれを『値切り』の口実に使おうとする可能性です。これには決して乗せられないようにしてください。その際も、相手の感情を損なわないよう、丁寧に断ることが肝心です。」

私は、このアドバイスでK社が不安に駆られて誤った判断をしないよう促しました。

K社長と専務は、私の助言を受けてホッと胸をなで下ろし、「これでひとまず安心だ」と思っていた。ところが、それで問題が解決したわけではなかった。驚くべきことに、同業他社が一斉に大幅値下げを始めてしまったのだ。もっとも、例の4割もの値下げではなかったが、それでも市場に混乱をもたらすには十分だった。

私はこの動きを見て、驚くやら呆れるやらだった。「よくもまあ、これだけ状況判断のできない社長たちが揃いも揃っているものだ」と感じざるを得なかった。冷静さを欠いた判断が、業界全体を混乱に巻き込む結果となっていた。

4割安で売り出す社長も、それに追随して慌てて値下げする社長も、どちらも問題だ。このような連中が集まることで、市場に無用な混乱が生じる。その混乱が一体誰の利益になるというのだろうか。

「販売戦」と口では言いながらも、「戦い」の本質や戦略についての研究はほとんど行われていないのが実情だ。このような現実を証明するための一例にはなり得るが、それでは市場全体を混乱させるだけで、何の解決にもならない。根本的な問題は、業界全体の戦略的な成熟度の低さにあるのだ。

オリジナルコンテンツ:「価格戦争の深層と勝利への戦略」

価格戦争はビジネスにおいて、利益と信頼を賭けた熾烈な競争です。特に業界のリーダー企業に対し、対抗企業が安値攻勢を仕掛ける場面は珍しくありませんが、その背景には単なる価格引き下げ以上の複雑な要因が絡んでいます。

ストーリー①: B社の冷静な価格維持戦略

自動洗車機の販売業で成功していたB社に、競合T社が半額の価格を引っ提げて挑戦を仕掛けてきたのです。売上はジリジリと低下し、B社内には一時的な動揺が広がりましたが、B社長は追従値引きを行わないという冷静な判断を下しました。

B社長は「半値では引き合わない」と見ていたのです。追従して価格を下げることで一時的な売上増加は見込めますが、その分利益が大きく削られ、長期的に企業が疲弊するリスクが高まります。ここでB社が選んだのは、競合T社の内情を調査しつつ、冷静に事態の推移を見守る戦略でした。結果、一年ほど経過した後、T社は資金難により市場から撤退。B社は最終的に価格競争に巻き込まれることなく、市場における地位を守り抜くことができました。

ストーリー②: U社が活かした「価格競争の逆手」

建具メーカーU社は、二割安で攻勢をかけてきた大手L社と対峙することになりました。L社は莫大な内部留保を抱えており、資金力に圧倒的な差があったため、U社にとっては存続の危機。しかし、L社の収益性が高い主力商品に特許がないことに気付いたU社は、その商品を三割安で市場に投入。L社の主要ディーラーを販売先に選ぶことで、ターゲットを撹乱することに成功しました。

L社は最終的にU社の競合商品から撤退。U社長はL社が再度強気の価格戦略に戻らないよう慎重な販売制限を守りつつ、効果的な抑止力を維持しました。

ストーリー③: N社の「地域分断戦略」

大型機械メーカーのN社は、A社・B社・C社の連合軍が西日本では低価格で、東日本では高価格を維持していることに気づきました。N社は新たに営業を東日本に展開し、A社・B社の価格を大きく下回る千三百円でアプローチ。これにより、東日本での収益性を維持しつつ、西日本での入札競争でも優位性を確保しました。連合軍が再反撃を試みたものの、N社の戦略に対し短期間で白旗を上げ、最終的にN社の勝利が確定しました。

価格戦争から学ぶこと:持続的競争優位のための3つの戦略

  1. 冷静な価格戦略の維持:価格引き下げは一時的な市場の動揺をもたらすものの、長期的には企業体力を奪う可能性が高い。自社の価値を守るためにも、他社の不安定な戦略に追随するべきではない。
  2. 商品力を活かした差別化:自社商品の強みを見極め、単なる価格ではない価値を提供することで、顧客に対して優位性を確保できる。
  3. 市場分断戦略:地域やターゲットを分けて価格設定を行うことで、競合に対して優位性を維持しつつ、収益性も確保できる。

価格戦争を避け、持続的な競争優位を築くためのヒントとして、冷静な判断と相手の弱点を活かす戦略が重要であることを、これらの企業の事例から学ぶことができます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次