L工業の社長夫人は、洗練された美しさを持つ魅力的な女性だ。彼女はこう言う。「社長の妻なんて、女としてこれほど割に合わない役割はないわ」。
L工業の社長の依頼で幹部社員に向けて話をした際、社長夫人もその場で話を聞いていた。夫人は私の話に共感する部分があったらしく、その後、冗談交じりに自らの心境を少しだけ明かしてくれたのだ。
共鳴したというのは、「執念」に関する話だった。いろいろと話が進む中で、彼女は「割りの悪い職業」の意味を私に打ち明け、「この話は主人には絶対に内緒にしてほしい」と念を押してきた。その内容を要約すると、次のようなものだった。
約二年前、L社は有力な得意先の倒産に巻き込まれ、連鎖倒産の危機に直面していた。その状況を打開するには、債権者に頭を下げて、L社の手形を買い戻してもらうほか手立てがなかった。幸いにも、L社自体の経営に非はなく、また社長の人柄が信頼されていたため、債権者たちはひとまず協力に応じることとなった。
しかし、買い戻してもらった手形の代わりに新たに発行した手形の決済が、三カ月後から始まることになっていた。そのために必要な資金の調達がどうしてもできず、苦境に立たされた。夫人は、夫が悩み苦しむ姿を見かねて、彼に内緒で資金繰りに奔走し始めたのだった。
最初は銀行の支店長に電話をかけ、状況を伺いながら恐る恐る訪問して融資を頼み込んだ。しかし、どれだけ懇願しても、実質的に倒産寸前の会社に金を貸す銀行などあるわけもなかった。
こんな時の銀行の対応は、まさに冷酷そのものだった。金を貸すどころか、どんな事情があろうと責任は社長にあると言い放ち、今は単に債権者の意向を尊重しているに過ぎないと、つれない態度を示すだけだった。時には、夫である社長に対する屈辱的な批判をも耐え忍び、歯を食いしばりながら聞き流さなければならない場面もあった。
毎回そんな辛い仕打ちを受けるたびに、銀行の前まで足を運んでも、恐怖と屈辱が胸を締めつけ、足がすくんで扉に手をかけることすらできない思いを何度も味わった。
苦しみの中で次第に慣れが生まれただけでなく、度胸も据わっていった。もはや支店長の都合など気にせず、意を決して銀行に押しかけ、会ってくれるまで何時間でも粘り続けるようになった。こうした日々を、二カ月以上もほぼ毎日繰り返したのである。
ある日、支店長から電話がかかってきて、「銀行に来てほしい」と言われた。何事かと胸を高鳴らせながら急いで銀行に向かうと、応接室に通された。しばらくして支店長が姿を見せ、L社への融資が決定したことを伝えてくれたのだ。
こうして、二カ月余りの苦労がついに実を結んだ。その時、支店長はこう言ったという。「奥さん、これは本当に異例中の異例のことです。このお金はご主人の会社にお貸しするのではありません。奥さんの粘り強さに負けて、奥さん個人にお貸しするつもりで決めたのです」。
その瞬間、夫人はこれまでの言葉にならないほどの苦しみをすべて忘れてしまったという。「執念を持って粘り抜けば、どんなことでも成し遂げられるものですね」と、夫人は最後にそう語ったのだった。
女性の身でありながら、男も及ばないこの執念と粘り強さには、ただただ頭が下がるばかりだ。この執念も、夫を深く愛しているからこそ発揮されたものだと考えると、夫こそ、まさに男冥利に尽きる存在と言えるのではないだろうか。
L工業の社長夫人の執念とねばり強さには、感服するばかりです。ご主人の会社が連鎖倒産の危機に直面した際、夫人は苦しい状況を見かねて、自ら銀行へ足を運び、何度も支店長に頭を下げて融資をお願いし続けたのです。夫人にとって、この行動は不安と緊張との戦いであり、屈辱的な状況を耐える日々であったに違いありません。それでも、家族を守るために、彼女は一歩も引かず、強い意志で毎日銀行に通い続けました。
夫人の執念とねばりに心を打たれた銀行側は、ついに異例の融資を決定しました。支店長が「これはご主人の会社にではなく、奥さんにお貸しするのです」と述べたことが、夫人の努力の成果であり、その真剣さが伝わった証です。彼女の支えがあったからこそ、L工業はこの危機を乗り越えることができたのです。
この話は、企業において家族の支えがどれだけ大きな影響力を持ちうるかを物語っています。社長として奮闘する夫のため、そして家族のために全力を尽くした夫人の姿は、まさに「男冥利」に尽きる存在と言えるでしょう。
コメント