MENU

人間関係病

戦後、日本の企業社会に根深く入り込んだ「人間関係病」は、非常に厄介な問題だ。この病の特徴として、まず挙げられるのは、摩擦そのものを過度に悪とみなす風潮だ。次に、何事も部下と相談することを重視するあまり、部下が上司よりも優位に立つ状況を生み出してしまう点がある。そして三つ目として、不平や不満が働く意欲を低下させるという神話が広く信じられていることが挙げられる。

その結果、上司は常に部下の気持ちを最優先に尊重しなければならないという風潮が生まれる。一部の例では、ある社長が一人の女性事務員による部長批判を取り上げ、その部長に警告を発するという極端な対応を取るまでに至っている。また別の例では、ある社長が自社の重要な新規事業の方針を決めることを後回しにし、定期的に職長との会合を開くことを優先するという本末転倒な行動に気付かないまま進んでいる。

このような現実に直面すると、何ともやりきれない思いに襲われる。これでは、社長として果たすべき重大な責任に向き合うどころか、その自覚すら失われてしまうだろう。

社長の本来の任務は、変化の激しい企業環境に適応し、熾烈な競争に勝ち抜いて企業の存続を図ることにある。ゆえに、社長の最大の関心と努力は、常に「企業外」に向けられていなければならない。

これは、船長の任務が航行の安全と正確な航路の維持にあるのと同じことだ。船長は潮流や風の状況を見極めながら、進路や速度を指示する。暴風雨や危険な海域を通過する際や港への出入りといった重要な場面では、自ら船橋に立ち、指揮を執る。このような時、船長の指示はすべて「船外」の状況を見据えて下されるものだ。もしも、こうした重大な局面で船員との話し合いや「船内」の事情に気を取られてしまえば、船の運命はどうなるか想像に難くない。

社長もこれと全く同じだ。「社内」の事情ばかりに気を取られ、「社外」に目を向けることを怠れば、企業は重大な危機に陥ることになる。

企業経営の本質も社長の役割も、人間関係論者には全く理解されていない。そんな連中の言葉を真に受け、社長が部下への関心にばかり気を取られたなら、それで経営は破綻への道を歩むことになる。彼ら人間関係論者の主張は、ひたすら社員側の立場や関心に偏っている。そして、社員の人間関係を企業の存続や成長に優先させるという点に、彼らの根本的な誤りがあるのだ。

企業が繁栄するためには、社員の立場を尊重し、人間関係を良くするだけで十分だ、というような単純で愚かな理論は存在しない。もちろん、極端に人間関係が悪い場合は別だが、一般的には社員同士の人間関係が企業の運命に大きな影響を与えることはほとんどない。それどころか、人間関係に過剰な関心を寄せること自体が、実は企業経営において非常に危険な要因となり得る。この点については、次章「摩擦なき企業の危険」を参照してほしい。

彼らが主張する人間関係論の源流は、約40年前にアメリカのシカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた実験、いわゆる「ホーソン効果」に由来している。このホーソン効果とは、末端の女子組立工数名を対象に約3年間にわたって実験と観察を行った結果をまとめたものであり、それ以上のものではない。企業経営や管理者の職務、責任とは本質的に無関係な事柄なのだ。

ホーソン効果の誤りは、末端の観察から得られた結論を、上は社長にまで適用してしまった点にある。そもそもホーソン効果には、上司の職務や責任、ましてや企業経営に関する思想は含まれていない。その程度ならまだしも、これを「人間関係こそが企業経営において最も重要である」といった具合に拡大解釈する者が多いことが問題だ。このような風潮が広まっている現状は、実に手の施しようがない。ホーソン効果は本来の範囲に戻し、末端の観察結果として留めておくべきである。

しかし、私の考えでは、日本とアメリカの文化や社会的土壌の違いを踏まえるならば、あそこまで神経質に部下の気持ちを考慮する必要はまったくない。

アメリカは多種多様な人種が集まる「るつぼ」と言われる国だ。宗教、言語、風俗、習慣、食文化などが全く異なる人々が同じ職場で働いている。その中には英語をほとんど話せない者や、文字を読めない者もいる。こうした労働者たちを一つのチームとしてまとめるのは非常に困難だ。

さらに、アメリカにはレイオフ(一時解雇)という制度が存在する。レイオフには「先任権」という仕組みがあり、勤続年数の短い者から優先的に解雇される仕組みだ。このため、アメリカの労働者は解雇を極度に恐れる。自由転職が可能なのは、能力の高いごく一部の人々だけであり、大多数の労働者にはその自由はほとんどない。いったん解雇されると、再雇用されても先任権が失われるため、次のレイオフでは再び優先解雇の対象にされるリスクが高いからだ。

アメリカの労働者は、常に解雇の不安に怯えながら働いている。上司の顔色を伺い、自分がどう評価されているのかを絶えず気にしながら、戦々恐々とした日々を送っているのだ。

このような状況下で働く労働者にアンケートを取ったところで、本音を答えるわけがない。彼らが最も欲しているものは、アメリカにおいては明らかに賃金である。

その理由は、以前述べた「まで族」の特性に起因する。いくら喉から手が出るほど賃金を欲していたとしても、賃金への不満を口にして上司に睨まれるようなことになれば大変だ。だからこそ、彼らは本音を隠し、不満の優先順位を意図的に操作する。その結果、賃金に対する不満が二番目やそれ以下の順位に見えるようになるのだ。

それを人間関係論者は、「人はパンのみに生きるにあらず。アンケートで最も不満が多いのは賃金ではないからだ」と結論づける。なんとも単純で短絡的な発想ではないか。生きがいが食べ物やお金だけではないことは、人間である以上当然のことだ。しかし、それは収入の多寡とは全く別の話だ。こうした主張は、自分たちの理論を正当化するためのこじつけ以外の何ものでもない。

むしろ注目すべきは、労働者が最も望んでいる賃金が、アンケートでは二番目あたりに位置するという事実だ。この現象こそ、彼らがいかに上司の目を恐れているかを物語る証拠である。賃金への本音を隠し、上司に対して配慮した回答をする労働者の心理を読み取るべきなのだ。

そのような環境と心理状態に置かれている労働者に安心して働いてもらい、さらに「君たちは会社にとって必要な存在だ」と実感させるためには、日本の労働者とは比較にならないほどの様々な苦労が伴うことは容易に想像がつく。

だからこそ、アメリカでは部下に対してこちらから挨拶をしたり、声をかけたりといった「ニコポン主義」(ニッコリ笑って肩をポンと叩く)が実践される。また、カウンセラー制度を活用して、不満やストレスを解消させることも重要だとされている。しかし、こうした手法はアメリカ特有の状況に基づくものであり、日本には必ずしも当てはまらない。さらに、アメリカでさえ「ホーソン効果」に対する批判は少なくなく、その有効性には疑問の声もあるのだ。

ましてや、全く異なる歴史と土壌を持つ日本においてはなおさらである。日本は建国以来、一つの国土に一つの民族が(多少の混血はあっても)同じ言葉を話し、同じ習慣や食文化を共有しながら生き続けてきた。この点で、日本はアメリカとは建国の歴史からして全く反対の性質を持つ国なのだ。

アメリカとは全く異なる土壌を持つ日本に、アメリカ式の人間関係論をそのまま持ち込むこと自体が無理な話だ。意志の疎通に多大な努力を要するアメリカの「ニコポン主義」は、日本では必要とされない。日本では同じ言葉を話し、教育の普及度が世界的に見ても高いことから、読み書きができない人はごく少数派だ。そんな日本の社会において、アメリカ式の「ニコポン主義」はむしろ不自然であり、空々しく映ることさえある。むしろ、過度に丁寧な挨拶や親しげな態度は、逆に冷たさや距離感を感じさせることすらあるのだ。

日本人同士なら、「オス」という一言で意志が通じる関係性がある。通りすがりに何も言わず相手の肩や尻を軽く叩くだけで気持ちが伝わるのが日本人の感覚だ。だからこそ、お互いの気持ちを通わせるために必要以上に神経を使うのはかえって無駄であり、不自然でさえある。日本では、シンプルで自然なやりとりこそが相手との信頼を深めるのだ。

こうした認識に基づき、社長は自らの姿勢を明確に示すことにもっと注力すべきである。自らの方針や姿勢を示さず、ただ社員の気持ちを聞くだけでは、ほとんど意味をなさない。それどころか、肝心な経営そのものが疎かになる危険性があることを理解しなければならない。社員の声を聞くことは重要だが、それは経営者としての立場や方針がしっかりと確立された上でこそ、真の意味を持つのだ。

この内容は、「人間関係病」と称される、社員同士や上司が「摩擦を恐れすぎる」「何事も部下に相談してから決定する」「部下の気持ちを第一に考える」などの傾向が企業に悪影響を及ぼすという指摘です。著者は、過度に部下の気持ちに配慮し、経営判断を部下の意見に依存してしまうことで、企業としての本来の方向性が失われてしまうと述べています。

人間関係の調整を過剰に行うことで、経営者の責務が軽視され、企業の業績や方向性を見失う危険性が指摘されています。特に「ホーソン効果」に代表される人間関係論が、アメリカでの労働環境に根ざしたものであることから、異なる文化や歴史を持つ日本にそのまま適用することには無理があるとしています。アメリカ式の丁寧な態度やカウンセリングシステムが必ずしも日本で必要とされるわけではなく、むしろ経営者がしっかりと自らの信念を持ち、企業外部への目を向け、適切に指揮を執ることが重要だとされています。

このように、「経営者は、企業を存続させ、顧客のニーズに応えるための行動を第一にすべきである」という経営の基本姿勢が強調されています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次