世の中には広い世界が広がっていて、常識では考えられないような出来事に遭遇することがある。その典型例がS社だ。S社の社長から、「会社の状況が厳しいので助けてほしい」という話が持ち込まれた。ここ数年で経営状態が徐々に悪化し、最近では資金繰りに追われる日々が続いているらしい。
赤字がどの程度なのか尋ねても、具体的な数字すら把握していない様子だ。ただ、資金繰りがこれだけ厳しいのだから赤字なのだろう、という曖昧な認識にとどまっている。当然のことながら、資金繰りの計画などはまったく存在していない。
「とにかく資金繰りの計画を立てなければ話にならない。いつ、どれだけの資金が不足するのか、その対策をどう講じるのかを明確にしておかなければ、経営なんて成り立つわけがない」と、そんな当たり前のことをわざわざ言わなければならない状況だった。
社長に話を聞きながら資金繰り計画の作成に取りかかったが、提示される数字はすべて社長の頭の中にあるもので、資料には一切基づいていない。しかも、その数字がいかにいい加減かは容易に察しがついた。資料を見せてほしいと頼むと、出てきたのは、メモなのか走り書きなのかもわからない、帳簿とは呼べないような代物。しかも、記帳もまともに行われていない。この会社に関わることになったのは厄介なことだと思いつつも、なんとか情報を引き出そうと社長に質問を重ねていった。
ところが、社長が言う支払手形の決済日ごとの金額が、ようやく探し出した支払手形一覧表の内容と食い違っていることが判明した。しかも、そのうちの一部は決済日が三日後に迫っている。状況の深刻さが増す中で、混乱を整理する必要が一層高まった。
集金の見込みは皆無だ。「このバカ社長、三日後に迫る支払手形の決済額すら把握せず、集金の見込みも立っていない。三日後には会社が潰れるんだぞ!」と怒鳴りつけたが、返ってきた反応は「そんなことはない」と、まるで他人事のような態度だった。まさに蛙の面に水のような無神経さだ。何故潰れないと言い切れるのか、その理由を尋ねると、社長は自信満々に説明を始めた。
支払手形の決済日には、集金できた分の手形を銀行に持ち込むだけでいいという。銀行はその場で不足額を計算し、不足分を補うために社長に単名手形を書かせ、その手形をその場で割り引いてくれるのだそうだ。まるで銀行が無限の救済策を用意しているかのような話ぶりだったが、その安直さに呆れるばかりだった。
その「自信」の裏には、S社が以前購入した土地の存在があった。その土地は購入時から値上がりし、現在では億円台の価値になっているという。さらに、その土地はさら地であり、すでに銀行が抵当に取っているというわけだ。それが社長の安心材料らしいが、そんな状況で本当に危機を乗り越えられるのか疑わしいところだ。
それにしても、これほどひどい社長と、それを容認しているひどい銀行が存在するとは驚きだ。この例は極端かもしれないが、不動産を大量に抱える会社の社長で、経営に対して真剣さを欠いている人物には、これまでに五、六人は出会っている。不動産が原因なのだろう。頼れる資産があると、それが心のゆるみを生み、経営への緊張感を失わせてしまう。ここに人間の弱さが見えるのだ。
誰しも最悪の事態に備えて資産を持ちたいと思うのは、人情として理解できる。しかし、これには善し悪しがある。むしろ、その影響は害の方が大きいのではないだろうか。特に、その資産が土地の値上がりによる不労所得の場合、その害はさらに顕著になるように思える。不労所得がもたらす安易さや油断が、経営の根幹を揺るがすことは珍しくない。
だからこそ、社長という立場の人間は、持つ資産をすべて事業に注ぎ込み、本業以外の手段で収益を得ようと考えるべきではない。本来、事業の成長や成功こそが経営者の責務であり、資産を頼りにして本業への情熱や努力を失うようでは、真の経営者とは言えないだろう。
経営者たるもの、自らを背水の陣に追い込み、真剣に経営に取り組む覚悟が求められる。どんな苦境やピンチに直面しようとも、それを乗り越えられるのは、他ならぬ自分自身の努力であり、最終的に頼れるのも自分以外にはいないのだという強い自覚と認識を持つことが重要だ。この姿勢こそが、真の社長に求められる資質であり、経営の要と言えるだろう。
S社の社長は、不動産価値の上昇を背景に、事業の経営から目を背けた典型例と言えます。事業が苦境に立たされ資金繰りが厳しいにも関わらず、不動産の価値に依存し、日々の経営や資金管理への関心や真剣さを欠いています。このような依存は、結局のところ企業の成長や本業に向けるべき資源の適切な配分を妨げ、経営の本質から目を背けさせます。
特に、不労所得に依存することで、日々の事業活動に向ける社長の緊張感や努力が薄れることが大きな問題です。不動産価値に頼ることなく、背水の陣で本業に注力し、企業の成功や成長を実現するためには、社長自身の真摯な努力が欠かせません。
コメント