0社の倒産は、業界全体の不振が直接的な原因だ。しかし、本質的な原因はそこにはない。実際の問題は、社長が銀行印を経理担当の常務に預けていたことにある。
その常務はゴルフ場の建設をサイドビジネスとして進めており、その支払いに充てるために勝手に振り出した手形が、不渡りを引き起こした。おそらく、会社の資金で一時的に立て替え、ゴルフ場の収益で穴埋めすれば問題ないと考えていたのだろう。しかし、不況の影響で計画はすべて狂い、目論見が外れてしまったのだ。
G県のある会社で、「まさか」と思えるような事件が実際に起きている。その会社の専務である社長の長男が、銀行から手形帳を2冊受け取り、社長の机の引き出しに保管されていた銀行印を無断で使用。その手形を持ち出して会社から姿を消したのだ。
数日後、ある銀行から「貴社の手形の割引を持ち込まれたが、不審な点があるため確認したい」という連絡が入った。会社としては、そんな手形を振り出した覚えはまったくなかった。しかし調査を進めたところ、問題の手形番号から、それが専務が銀行から受け取った手形であることが判明した。
社長は愕然とした。しかも、何枚の手形が振り出され、総額がいくらになるのか、さらに決済日がいつなのか、全く把握できない状況だった。「このまま不渡りを出したら、生きていけない」と社長は声を震わせながら漏らした。
銀行も同様に衝撃を受けていた。次期社長と目されていた専務が、そんな行動に出るなど、常識では到底考えられなかったからだ。その後の対応はまさに大混乱の様相を呈した。しかし、銀行と会社が懸命に動き、ほとんどの金額を回収できたのは、まさに奇跡と言うほかなかった。その総額は驚くべきことに、二億円にも達していたのである。
以上の二つの例で、事態を引き起こした本人たちが悪いのは言うまでもない。しかし、私の考えでは、真に責任を問われるべきなのは社長である。常務に銀行印を預けたり、机の引き出しに無防備に保管したりするような管理の甘さがなければ、こんな事件は起こり得なかったはずだ。
銀行印とは、社長が責任をもって使用し、外部への支払いを保証する意思を明示するためのものである。そのため、企業間の信用は、この銀行印によって成り立っていると言っても過言ではない。その重要性を考えれば、本来は社長自身が押すべきものであり、他人に任せることなど絶対にあってはならないものだ。
昔の大問屋では、どれほど多くの使用人を抱えていようとも、主人が自ら戸締りと火の始末を行っていたという話がある。確かに、使用人に任せることも可能であり、これらの作業自体は特別な技術を要するものではない。しかし、それでも主人が自ら行ったのは、作業そのものではなく、その行為に込められた責任と意味が何よりも重要だったからである。
戸締りと火の始末は、自らの家にとって、そして世間に対する信用を守る上で最も重要なことであり、それは主人自身の責任だった。だからこそ、誰にも任せることなく主人自らが行ったのだ。同様に、銀行印もその役割と責任において全く同じである。それは会社の信用を背負うものであり、社長以外の誰かに委ねることなど決して許されない行為である。
だからこそ、「経理担当は弟だから」「長年勤めていて絶対に信頼できる人物だから」といった理由で銀行印を預けるのは、根本的に誤りだ。問題は経理担当者の性格や信頼性ではなく、社長自身の責任に関することなのだ。銀行印の管理は社長が直接行うべきであり、それを他人に任せること自体が責任放棄と言える。
一部には「社長がそんな細々としたことまでやっていたら、忙しすぎて仕事にならない」という反論もあるが、それは的外れだ。どれほど忙しい社長であろうと、たとえ日本一の大企業のトップであったとしても、アメリカ大統領ほど忙しいわけではない。そのアメリカ大統領でさえ、我々から見れば信じられないほどの膨大な書類に、一つ一つ自らサインをしているのだ。それだけ、重要な意思決定や責任の裏付けとなる行為を自分の手で行うことが、組織のトップとして欠かせない役割だということだ。
忙しいと言い訳する社長に限って、実際には見る必要のないような、取るに足らない書類にまで目を通し、いちいち捺印しているのを私は見たことがある。それこそ無駄な時間だ。それらを手放してしまえば、銀行印を押すという重要な仕事を自ら行う時間が確保できるだけでなく、さらに多くの貴重な時間を生み出せるはずだ。この効率化の重要性を理解しないまま、責任の本質を見誤っている社長が多いのではないだろうか。
当然のことだが、銀行印は常に社長自身が身につけておくか、厳重に鍵をかけた金庫に保管しておくべきだ。そして何より、社長以外の誰にも触れさせてはならない。これが基本中の基本だ。もし、業務や営業で社長印が必要な場面があるのなら、銀行印とは別に営業用の印鑑を作成すれば済む話だ。銀行印と他の印鑑を分けることで、責任の所在を明確にし、トラブルを未然に防ぐことができる。
長期出張の際、銀行印をどう管理するかという問題があるが、それに対する模範的な例がT社の社長の対応だ。彼は出張時、銀行印だけでなく、金庫の鍵すら会社に残さない。欧米への三週間もの長期出張であっても、その原則は決して変えない。この徹底した管理は、どんな状況でも責任の所在を曖昧にせず、万が一のリスクを未然に防ぐための重要な手段だといえる。社長としての自覚と責任がこうした行動に表れている。
T社長はこう語る。「僕がいなければ金庫も開かないし、手形や小切手も切れない。でも、それで心配はない。社長がハンコを押したせいで潰れた会社は山ほどあるが、ハンコを押さなかったせいで潰れた会社なんて一社もないんだよ」と。この言葉は実に的を射た名言だ。責任者としての覚悟と、安易な判断を避ける重要性を端的に表現している。銀行印をどう扱うべきか、その本質を見事に突いていると言えるだろう。
銀行についてまず第一に、そして絶対的に重要なのは、メインバンクを持つことだ。メインバンクとは、会社の金融の70%以上を依存する主要な取引銀行のことを指す。このような銀行があることで、会社の財務基盤が安定しやすくなる。一方で、残りの30%については、取引の歴史や付き合いの都合もあるため、複数の銀行と関係を持っていても問題はない。ただし、その比重と役割を明確にしておくことが重要だ。
メインバンクに対しては、社長自らが明確に意思表示をすることが求められる。メインバンクとの関係において、ウソや隠し事をすることは絶対に避けなければならない。すべての状況をオープンにし、困難な問題や計画についても率直に打ち明け、相談を持ちかけるべきだ。こうした信頼関係を築くことで、銀行も本気で会社を支えようとするし、結果として会社の安定や発展にもつながる。
事業の経営には、長い年月の中で必ずと言っていいほど困難や危機が訪れるものだ。そのような局面に直面したとき、もしメインバンクがなければ、会社は非常に厳しい状況に追い込まれる。なぜなら、会社がピンチに陥ったときに手を差し伸べ、支えてくれるのはメインバンク以外にいないからだ。
私はこれまで、もしメインバンクが存在していたならば、倒産を免れていたかもしれない会社を数多く見てきた。メインバンクの存在は、単なる取引相手を超えた信頼のパートナーとして、会社の存続にとって不可欠なものなのである。
メインバンクの重要性を理解せず、都合の良さだけで銀行取引をしている会社は少なくない。「融資が簡単だから」「条件が厳しいから避けたい」「集金に来てくれるから」「金融が緩んだ時に取引を始めたから」など、その理由はさまざまだ。しかし、そうした都合だけで動いても、メインバンクを明確にしない理由にはならない。
どんな理由があろうと、メインバンクだけはきちんと決めておくべきだ。メインバンクは、会社の信頼を支える柱であり、経営が困難に直面したときの最後の頼みでもある。その存在を曖昧にすることは、経営そのものを危うくすることにつながる。
しかし、メインバンクの資金力だけでは対応しきれない場合も出てくることがある。例えば、信用金庫をメインバンクにしている場合や、銀行の中でも預金業務を主とする「預金支店」がメインになっている場合がそれに該当する。
信用金庫や預金支店は、小規模な取引には強みがあるものの、大規模な融資が必要な場合には資金力に限界がある。このようなケースでは、メインバンクを補完するセカンドバンクや、特定の目的に適した金融機関との取引も視野に入れるべきだ。ただし、それでもメインバンクの重要性が揺らぐわけではない。補完的な取引を持ちながらも、メインバンクとの関係を明確にしておくことが、経営を安定させる鍵となる。
このような場合には、まずメインバンクに対して会社の事情を率直に伝え、その了解を得た上で他の銀行から融資を受けるのが基本的な対応となる。それでも十分な資金が確保できない場合には、資金力のある銀行へメインバンクを切り替えることも選択肢の一つだ。いずれにせよ、これらの判断は社長自身が慎重に行わなければならない。
会社の安全を確保するためには、メインバンクを明確に定めておくことが不可欠だ。これを曖昧にしたり軽視したりすることは、経営上のリスクを大きくするだけである。メインバンクの選定とその重要性について、経営者は深く認識し、確固たる方針を持つべきである。
0社の倒産やG県の会社の不正手形の例は、銀行印を経理担当者や専務に安易に任せた結果、大きな問題を引き起こした事例だ。銀行印を社長以外が扱うことで、信頼性が損なわれ、会社にとって致命的なリスクを抱えることになる。社長が直接押印を行うことでのみ、支払いや信用に対する責任を明確にするべきだという教訓が浮き彫りになる。
加えて、メインバンクの選定も重要だ。メインバンクは、企業の7割以上の資金を依存する先とし、ピンチの際には必ず支えになってくれる存在として、信頼関係を築いておくことが肝要である。銀行との付き合いに際しては、ウソや隠し事をせず、何事も率直に話し、信頼を得ることが必要だ。事業において困難や危機が訪れる可能性は常にあるが、信頼できるメインバンクがあれば、支援や解決策を得やすくなる。
銀行印の厳格な管理とメインバンクとの関係構築は、企業の安定と危機回避に欠かせない要素だといえる。
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