K社は食品の特定分野に特化したメーカーで、同業他社百数十社の中でベスト10に迫る位置にいる。しかし、目前の目標に手が届きそうで届かない状況が続いている。その理由は、現在の売上の8割以上を3種類の主力商品が占めており、それ以外の十数種類の商品がわずか2割以下のシェアにとどまっていることにある。この主力商品が競争商品の台頭などによって成長が鈍化しているのだ。特に、売上トップを誇る稼ぎ頭の商品にその傾向が顕著に現れている。
ベスト10入りを果たすには、強力な新商品の開発が不可欠だ。開発部門ではさまざまな新商品の研究や試作を進めているものの、いまひとつ目を引く成果が出ていないのが現状だ。開発の基本方針は「おいしいものを作る」というシンプルなものであり、「うまいものを提供する」という点に重きを置いている。しかし、この方針自体は当然のことであり、他社との差別化にはつながりにくい。
しかし、それは誰もが思いつくありきたりな抽象論に過ぎない。この抽象論を具体化しようとする商品企画の進め方は、まず社内の意見を収集することから始まる。次に、営業部員から提供される市場情報を精査し、その中から有望と思われるアイデアを選び出すという手法が取られている。しかし、これらの方法は決して独創的とは言えず、成果が伴わない状況が続いている。
こうした開発企画の考え方そのものが、新商品の開発がうまく進まない原因になっている。「うまいもの」とは、あくまで顧客にとって「うまい」と感じられるものであり、社員が「うまい」と思うものがそのまま顧客にも受け入れられるとは限らない。味覚の嗜好は地域によって異なる。たとえば、関東では塩辛い味が好まれる一方で、関西では甘くて薄味のものが支持される傾向がある。このような地域差を考慮せずに進められる商品開発では、顧客のニーズを満たすのは難しいだろう。
自分たちの味覚で「うまい」と感じたとしても、それは特定の地域に偏ったものである可能性が高い。「うまい」か「うまくない」かの判断は、あくまで顧客が行うものでなければならない。この点を軽視していることが、最初に解決すべき大きな問題だ。顧客視点を欠いたままでは、どれだけ試作を重ねても市場での成功は望めない。
もちろん、K社長も社内の意見だけで済ませるのではなく、顧客の好みを正確に把握することが重要であることは理解している。しかし、その顧客の好みをつかむための情報源を営業部員の情報に頼り切っていることが、根本的な誤りだった。営業部員が提供する情報は、あくまで主観的なものであり、必ずしも顧客の声を正確に反映しているとは限らない。この偏った情報の収集方法が、的外れな商品開発を生む原因となっている。
企業の命運は、売れる商品をいかに開発できるかにかかっている。K社の場合、その開発はまさに喫緊の課題だ。しかしながら、その重要な情報収集を営業部門に任せきりにしている現状は、致命的な誤りだと言わざるを得ない。顧客のニーズを深く理解し、新商品に反映させるには、経営陣自らが主体的に取り組む姿勢が求められる。これは単なる組織運営の問題ではなく、経営者の意識と責任感に直結した問題なのである。
企業の運命を左右するような重大事こそ、社長自身が直接取り組むべきだ。そのためには、次元の低い内部管理業務は他者に任せ、自らが顧客の好みを把握するための情報収集に専念する必要がある。自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じ取ることが求められる。そして、そこで得た直感や洞察から新商品のアイデアを導き出し、自らの意志で明確な指令を下すべきだ。それこそが真の経営者の役割であり、リーダーとしての責務と言える。
試作品が完成したならば、社長自らがモニター・セールスの計画を立案し、その結果を直接確認して、お客様の好みに適しているかどうかを迅速に把握する必要がある。お客様の好みに合っていると判断した場合には、次に拡販計画を自ら作成し、強力に推進するべきだ。この一連のプロセスを実行する姿勢こそ「ワンマン経営」と呼ばれるものであり、経営はワンマンでなければならないというのが経営の大原則である。リーダーシップを発揮し、責任を負うのが真の経営者の役目である。
この大原則を理解せずに経営を語ることはできない。ただし、ワンマン経営とは、社長一人ですべてを抱え込んで行うことではない。そのようなやり方は「ワンマン・コントロール」と呼ばれ、むしろ混乱を招く原因となる。これは第二章で述べたように、組織の柔軟性を失わせ、現場の力を削ぐ結果を生む。真のワンマン経営とは、全体を指揮しつつも、適切な権限移譲を行い、組織全体が効率的に機能するよう導くことである。
ワンマン経営とは、「ワンマンの意志と責任に基づいて、企業の方向性を明確に定める」ことを指す。その方向を決める際には、社長自らが積極的に行動し、担当部門の長を直接指揮して、適切な判断を導き出さなければならないという意味だ。ただし、これは決して独断で全てを決めることを意味するわけではない。むしろ、必要な情報を収集し、多様な意見を取り入れた上で最終的な決断を下すという、責任あるリーダーシップを発揮することが求められる。
ワンマン経営とは、外部の情報と社内の意見を、時間の許す限り自ら、または部下との議論を通じて徹底的に検討し、その上で最終的な決断を自らの意志で行うことである。つまり、部下の意見を十分に尊重し、それを深く吟味したうえでの決定が「ワンマン決定」となる。このプロセスを経ることで、独断ではなく、情報に基づいた責任ある判断が可能となり、組織全体を一つの方向に導く力を発揮することができる。
社長が新商品の開発に自ら積極的に取り組まず、実質的に部下任せにしているにもかかわらず、それを正しい姿勢だと誤解している点に問題がある。たとえ最終的な決定を自ら行ったとしても、その判断材料が部下から提供された情報に限定されている限り、それは本質的に「選択」に過ぎない。真に責任ある経営を行うためには、情報の取得や分析の段階から社長自身が深く関与し、自らの目で確かめた事実に基づいて方向性を定めることが不可欠である。
K社の新商品がどれも振るわない理由について社長に尋ねられると、営業部員たちは「味は良いが、値段が高すぎる」という問屋の意見をそのまま答えていた。しかし、この意見が正しいかどうかは、この段階では全く分からない。なぜなら、それは問屋の視点からの意見であり、最終的に商品を購入する消費者の声を反映したものではないからだ。消費者の意見を直接収集せずに判断することは、商品開発や価格設定において致命的な誤りを招きかねない。
消費者の意見を正確に把握するためには、モデル店を設定し、一定期間モニター・セールスを実施する必要がある。この方法によって、実際の購買行動や反応を直接観察し、消費者が商品に対してどう感じているのかを具体的に知ることができる。ただ問屋や中間業者の意見に頼るのではなく、実際の市場データを基にした判断こそが、成功する商品開発の鍵となる。モニター・セールスは、そのための最も有効な手段の一つと言える。
しかし、K社はそのようなモニター・セールスを行わず、ただ問屋の意見だけに頼っていたのが実情だ。問屋としては、すでに何百種類もの商品を扱っている上に、売れるかどうかも分からない新商品を多くのメーカーから次々と持ち込まれる立場にある。すべての新商品に対して丁寧に対応することは非現実的であり、どうしても表面的な対応や一般論で済ませがちになる。これでは、問屋の意見が必ずしも市場の実態を反映しているとは言えず、その意見に依存することは重大なリスクを伴う。
そのため、問屋は「値段が高い」「変わり映えがしない」「包装がよくない」といった理由を挙げて、新商品の取り扱いを断ることが多い。実際、問屋にとって重要なのは特定のメーカーとの関係ではなく、小売店から次々と注文が入る商品である。この基本的な構造を理解せず、問屋の意見を商品開発の指針にすること自体が間違いだ。問屋は自社商品を積極的に売る立場にはないため、彼らの声を鵜呑みにするのではなく、最終的な消費者のニーズを直接把握することが欠かせない。
問屋の実態や特性を理解せず、彼らが断る理由を真に受けてしまうようでは、消費者に直接アプローチすることができなくなり、売れる商品を開発することなど到底不可能だ。問屋の言葉を参考にするのは構わないが、それに依存するのではなく、最終的には消費者の声に耳を傾け、ニーズを正確に捉えることが必要だ。直接的な市場調査やモニターセールスなど、顧客と直に接点を持つ取り組みが、成功する商品の基盤となる。
K社の新商品開発の失敗には、社内中心の「味」への抽象的なこだわりや営業部員を通じた間接的な情報収集に依存する姿勢が見られます。この姿勢では、真の顧客ニーズを捉えた商品の開発は難しいのです。社長は自ら市場に出て、顧客の声を直接聞き、製品の開発において「どんな商品が望まれているのか」を肌で感じる必要があります。
重要な新商品の開発や企業の方向性を決めるのは経営者の最も大切な役割であり、そのためには現場での情報収集を怠ってはいけません。社内での意見交換や討議を通じて意見を集約し、最終的に社長が責任をもって決定する「ワンマン経営」の姿勢こそが、外部環境に即した商品の成功に繋がるのです。
また、問屋の意見は必ずしも消費者のニーズを反映しているとは限りません。問屋は扱う商品の多さや取引の効率を重視するため、値段や売りやすさに基づいた意見が先に出がちです。ここで重要なのは、実際に消費者がどのような商品を求めているかを把握するため、モデル店での試験販売やモニターセールスなど、消費者に近い情報を収集する方法を取ることです。
「売れる商品」は、消費者の求めるものをしっかりと捉えたものでなければなりません。
コメント