クレーム処理に誠意を尽す
第一話S社は牛モツの納入業者である。同社は、モツの鮮度保持にあらゆる努力を惜しまない。そのためにお客様の信頼は絶大である。
ある時、大手のスーパーからモツの鮮度についてのクレームがついた。社長は直ちにお客様のところに駆けつけた。現物を見ると、それは別の会社からの納入品であった。
バイヤーは、「あなたのところは、クレームをきくやいなや直ちに社長が駆けつけてきた。それに反してクレームを起した会社は社長どころかセールスマンさえも顔を出さない」と怒って、欠席裁判で出入り禁止として、S社長に「我社は三社購買が方針だが、事は衛生問題である。仕入部長には私が事情を報告して了解をとるから、明日から全量を納入してもらいたい」と。
S社長いわく「クレーム処理は儲かりますね」と。
第二話C社は、ラミネートの包材のメーカーである。ある時、アフリカのワインの会社から、C社の包材は通気性が不適だというクレームをつけられた。
社長は直ちに経由している商社にかけつけた。先方の会社では、役員が来ていた。そして「五百万円の損害賠償金を出せ」という要求である。
通気性についての明確な指示がなかったのだが、これを確かめなかったこちらも悪いので、いさざよく全額賠償を回答した。
その途端に、相手の態度はガラリと変わり、ニコニコ顔で握手を求めてきた。
そして「いさぎよく責任をとってくれて嬉しい。実は以前にも、日本のある大手のメーカーと同様のトラブルがあった時に、その会社は全く責任を認めようとしなかった。そのために、あなたの会社に変えたのだが、あなたの会社は立派である」と。
その晩は相手の招待で晩さんをともにし、帰りぎわに新たに二億円の契約をしたという。
C社長は「あの時は、よっぽど拒否しようと思ったが、それは間違っている。クレームは何がどうであれ、現物が不良なのだから、こちらの責任だと思い直しました。お陰様でお客様との間によい関係が生れました。その上、二億円の契約をいただき、この粗利益が八千万円です。金額的にいえば「えび鯛」です。
クレーム処理に誠意をつくすのは儲かりますね」と。第二話R社は、M重工の納入業者である。ある時、納入している原子力発電装置の部品にクレームがついた。
R社は取次だけだから、これについての責任はないのにもかかわらず、これを受けて立ち、メーカーとの間に真剣な交渉と対策をとらせ、これを立派に解決した。
これは、M重工の担当者を感心させ、「自分のところで作ったものではないからメーカーと直接交渉してくれ、と逃げ口上をいうのが当り前なのに、R社長は自らの責任としてこれを立派に処置してくれた。こういう会社こそ、我社は必要としている」と信頼を高めた。
それ以後、R社にはM重工から大切な品物の注文が急増したのである。
R社長は「当り前のことをしただけなのに、これが会社の信用を高めた。有難いことです」と私に語ってくれた。
第四話前に述べた夕峠の釜飯」として有名な荻野屋では、お客様からのクレームは必ず社長と営業部長と店長の三名でおわびに参上する。
その誠意に感じたお客様は、必ずといっていいほど新しいお客様を紹介して下さるという。そのお客様は観光バス一台単位だとのことである。
第五話N社は、月替りの大衆会席料理の専門店である。大衆という意味は「大衆的価格」ということで、料理自体は本格的なものに近い。
常連のお客様には、毎月献立表をお送りしている。ある月のご案内に一軒だけ切手を貼り落してしまい。そのお客様からクレームという程のものではないが、電話で軽く注意された。
N社長は直ちに手土産をもって自動車で二時間かかるところをおわびにでかけた。そのお客様の住む町まで行ったが、住所が分からない。公衆電話をかけて道順をきいた。奥様が電話に出られて用件を尋ねた。
切手を貼り落した案内状のおわびだと申しあげたところ、どこの公衆電話からかけているのかとのお尋ねに、付近を見回しながら見える建物を申しあげたところ、「分かったから、そこを動かずにいなさい。迎えにゆくから」とのご指示であった。
間もなく来られた奥様の車の後についてお宅に参上した。奥様は、社長を応接間に招き入れて、心のこもった応対をされ、お土産までいただいて帰ったのである。
このようなお客様は、次回に来店される時には必ず手土産を持参して「皆様で召しあがって下さい」とおっしゃるとのことである。
お客様との間に、心のかよい合いができたのである。第六話M社はスーパーで、小店舗を七つ持っている。専務がスーパーの最高責任者になっている。
業績は順調というよりは、好調をずっと持続している。専務の徹底した「お客様第一主義」によるものである。毎朝の朝礼時に、専務の話は″お客様サービス以外はやったことがない。これを、繰り返し繰り返し徹底的に行っている。
専務の言によると、社員は専務の方針どおりのことをやっているという。また、店舗を回り歩いてはお客様に接し、我社の悪い点をお客様から教わっている。
それも、店内でお伺いしたのでは、お客様はなかなか本当のことを言わないという。お客様の後を追って、店からかなり離れたところでお伺いすると、痛烈な批判が聞かれるので、努めてそうしているという。
そのお客様の批判に基づいて、商品や陳列を直すのである。この専務の誠意は、クレーム処理にも現われている。クレーム自体の社員の責任は追及しないが、クレームを報告しない責任を追及するのである。
スーパーのクレームは、商品やサービスだけでなく、釣銭の間違いがある。お客様から、十円釣銭を間違ったというクレームの電話があるという。
以前は「申し訳ありません。この次にお買物にいらっしゃった時に、その旨おっしゃって下さい」と、軽く聞き流してしまっていたのである。
これを来店時に言ってくれるお客様などあるはずがない。お客様の不快が、そのまま残ったのである。
それではいけないと悟った専務は、こうした時には、自らカルピス一本の手土産をもってお詫びにお客様の家まで参上する。
これにはお客様の方で恐縮してしまい「たった十円のために、わざわざ専務が……」ということになる。こうしたお客様とは親しくなり、店ではお客様の方から専務に声をかけるという。
こういうお客様は、絶対に他店へは行かないだけでなく、M社のことを、あちこち宣伝してくれる。
まさに無給の「社外宣伝員」をお客様自ら買って出てくれるのであるc業績好調の秘密は、専務のク誠意クにあるのだ。
第七話あるシンナー(塗装用の溶剤)のメーカーである。私がお伺いした前年に、売上げが一挙に三割落ちて赤字転落してしまっていた。その原因はクレーム処理に誠意をつくさなかったためである。
二年前に、その会社の売上高の三割を占めるナンバーワン会社から、クレームがついた。その時に、社長はこのクレームを認めようとしなかった。相手の使い方が間違っているというのだ。
「シンナーという溶剤は微妙なバランスがあり、そのために十分注意して塗料と合うかどうかを確かめなければならないのに、それをしなかったからだ」というのがその理由らしかった。
こちらは悪くないのだからといって、社長はお客様のところへお詫びにも行かなかった。そのために、そのお客様から「出入り禁止」を食らってしまったのである。
そのために、売上げは三割落ちて赤字転落してしまったというわけである。技術屋タイプの社長(だけではないが)にこうした誤った姿勢をもった人が多い。
「自分のやることは絶対に間違いない」という思い上がりである。そのために、クレームや批判はいっさい受け付けずに我を通そうとする。
しかし、世の中は自分だけ正しいと思っても通らない。
特に会社の商品というものは、お客様が使って下さるものであり、そのお客様が「ダメだ」というのに、これを突っ張れば、お客様は怒って買わなくなる。
こんなことがなぜ分からないのかと不思議に思うのである。その報いは、自らの会社にハネ返ってくるのは間違いないことなのである。
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