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ただひたすらお客様のために

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ただひたすらお客様のために

T化成は、塩化ビニールのホースの専門メーカーで、市場占有率は七〇%にも達している。競合他社がどう頑張ってみても、どうにもこれを崩すことはできないのである。

同社の商品価格は、他社よりもかなり高い。したがって収益性は極めてよく、優れた業績を上げ続けているのである。

猛烈な過当競争の中にあって、他社よりも高い価格で勝負をして、相手を圧倒しているのはいったいどういうわけなのだろうか。

私は、「結局は価格ですね」という考え方にこり固まっている低業績会社の社長が、いかに間違っているかを、T化成から教えられるのである。

T化成のお客様――問屋の社長は「T化成の価格はたしかに高い。しかしサービスがいいから、つい買ってしまう」というのである。

T化成の高業績の秘密は、他社に比を見ない優れたサービスにあるのだ。

ただひたすらお客様のために

T化成の実質上の社長はM専務である。M専務は、 一週間のうち五日間はお客様のところを回っている。これを、私がお付き合いを始めた昭和五〇年の春から、もう二十年間も続けている。そして、これは今後も長く続けられるのはいうまでもない。

M専務は、間屋やサブ店だけでなく、エンドユーザーまで回っているのである。

商品のことを一番よく知っているのはエンドユーザーである。エンドユーザーから教えられる我社の商品の欠陥を、M専務は直ちにコストを無視して改良し、これを自らエンドユーザーに持っていってテストをしてもらう。

エンドユーザーが、まず感心する。「こんな経営者はいない」と。当然のこととしてエンドユーザーがT化成というよりM専務のファンになってゆく。

テストの結果がいいと、これを自ら問屋に説明して回る。問屋もその誠意と努力に打たれる。

こうして、T化成の一つ一つの商品は、その品質と機能において他社に勝ったものになってゆく。

次には流通業者に対するさまざまなサービスである。

以前には、商品は一巻一〇〇メートルとして、これをクラフト紙で包装し、ラベルを貼って納入していた。これを問屋の倉庫に積み上げると、不透明包装なので、見ただけでは何だか分からない。

これを見た専務は、透明包装に切り換えた。そのために、包装材料費が三倍になった。しかし、間屋では大喜びである。

また、 一メートルごとのマーキングを行った。これが付いていない時は、切売りの場合には巻いてあるホースをほぐし、曲りぐせを直してから長さを測っていた。

これは手間がかかるだけではない。曲りぐせが完全には戻らないための「測りこみ」などもあり、少しくらいの儲けなど吹っとんでしまうこともしばしばあつ

た。マーキング後は、マークの数を数えて鋏を入れればよいために、大幅に作業が楽になっただけでなく、測りこみの心配は全くなくなってしまった。

さらに、サイズを間違うことを防ぐために、巻き始めに― うまり最後まで残るところに大きなタッグをつけた。直径一九ミリと一六ミリのものは、二つ並べてあれば間違うことはないが、 一つだけの場合にはサイズを間違うことがあったのである。

このような改良は、M専務自らの得意先訪間により、自らの目で現場を見て、その不都合を発見することによって行われるのである。

このような改良は、当然のこととして流通業者に喜ばれる。

サービスは、さらに配送におよぶ。エンドユーザーもサブ店も、ギリギリまで発注しないことが多い。ギリギリの発注は、間屋に対して明日納入して欲しいという要求になってくる。

ところが、その問屋にも在庫がない場合がこれまた多い。しかも問屋がそれらの注文をまとめるのに夜の七時、八時にもなる。明日届けてくれという要求に応ずるためには、どうしても明日の午前中に品物をメーカーから届けてもらわなければならない。

しかし、そんな時刻には、どこのメーカーの営業所に電話しても、すでに終業後である。

ところが、T化成の営業所では、待機している社員がこれを受けるのである。

受けた注文は、その晩のうちに積込みをしておき、翌朝交替で早朝出勤し、これ

を配送する。問屋では、昨夜発注したものが、翌朝始業時にはすでに会社に届い

ているのである。

それだけではない。午後にもう一度配送をする。 一日二回配送という、他社に

できないサービスをする。他社はT化成の一日二回配送を知りながら、これをや

らないのである。横着もはなはだしいといわなければならない。この横着を、配

送効率の向上という、もっともらしい理由でごまかしているのである。

T化成のこのようなサービスは、問屋にとっては「在庫がなくともやれる」と

いうことになる。問屋は全く気が楽なのである。

このサービスこそ、T化成の商品価格が高くとも売れる大きな要因となってい

るのだ。売上げが増加するに従って、当然のこととして倉庫のスペースが不足し

てくる。そこで倉庫をどこにつくる(あるいは借りる)かということになる。

本社工場は富山県で、営業所は東京。大阪。名古屋の三カ所である。これに対

する大方の権威者と称するトーシローの解答は、本社工場ということになる。在

庫管理の便利さと在庫回転率という決まりきった理由である。この解答は、事業

経営を知らないものの寝言にしか過ぎないのである。

M専務は、三つの営業所に倉庫を借り増ししたのである。M専務の考え方とい

うのは次のようなものである。

「お客様の要求に応えて、 一刻も早くお届けするには、少しでもお客様に近い

ところに在庫すべきである。在庫効率の悪さや、営業所の在庫のアンバランスか

ら発生する営業所間の在庫融通のための配送のムダは我慢する」というのである。

お客様サービスのためには、我社の都合は二の次にしているのだ。

これが大きな威力を発揮したのは、昭和五三年冬の北陸地方の大雪である。交

通が大混乱して、本社工場の完成品を営業所に送ることが大幅に遅れたにもかか

わらず、お客様には全く迷惑をかけなかったのである。

もしも、本社工場に倉庫を増やしていたならば、恐らくは納期遅れが発生し、

お客様に迷惑をかけて信用を落としただろう。これは更に大きなマイナスをT化

成にもたらす。お客様を逃がすことによる市場占有率の低下である。

以上のような大きなマイナスを防ぐことができたのは、M専務の「ただひたす

らお客様のために」という姿勢である。お客様のことなど考えずに、本社工場に

倉庫を造ることは全くの間違いなのであることが、お分かりいただけただろうか。

M専務の正しい姿勢は、クレーム処理の態度にもよく現われている。

T化成の上得意であるN社から、「お前の会社の商品は数年にわたってクレー

ムが一件も発生していないから、当社の創立九〇周年に際して夕無検査納入品ク

とする」という絶大な信頼を得た程である。ところが、この指定を受ける前日に

大きなクレームが発生したのである。

取るものも取りあえず、N社に駆けつけたM専務は、お詫びと同時に、この不

良品のために納期遅れのピンチに立たされたN社の事情を聞くや、直ちにその地

区の営業所員を全員呼び寄せて、徹夜で全数検査をしてN社のピンチを回避した

のである。

測定器など使ったこともない営業部員が、慣れぬ手つきで真剣に検査をしてい

るその姿を見たN社の人々は、「これ程までに……」と、かえって感激したので

あるc

ピンチを回避できたN社の担当部長は、クレームなど忘れてしまい、徹夜で検

査したT化成の営業部員に、立派なおみやげの品を贈ってその労をねぎらったの

である。

そのクレームは、T化成が某超一流大企業から購入している材料が不良品だっ

たのである。それにもかかわらず、M専務は一言の言い訳も言わなかった。それ

どころか、その大企業が、自らの納入品によって引き起こしたクレームであるこ

とを自認して、「N社にお詫びにゆく」とまで申し出たのを、「それでは言い訳が

ましくなるから」と、これを断わっているのである。

M専務の態度は、「何がどうなっておろうと、それはすべて我社の責任である。

材料を検査しなかったのは、我社が悪いのだ」というのである。そして、無検査

納入品の指定を辞退したのはいうまでもない。

ところが、N社ではこの指定を取り消さない、というのである。それは、クレー

ムの原因が某超大企業からの購入材料によるものであることを知っていたのはも

ちろんであるが、そんなことは枝葉のことであって、本当の理由は、M専務に対

する絶大な信頼感だったのである。

会社の使命はお客様の要求を満たすこと

私がT化成に初めてお伺いしたのは、昭和五〇年の冬のことであった。当時は

石油ショック後の不況のために、T化成の売上げは低下の一途をたどっていた。

限界生産者なるがために、不況時には大手より弱かったのである。

高度成長時代とは全く違った情勢の中で、M専務はどうしてよいか分からずに、

悩み、迷っていたのである。

その限界生産者が、現在は業界のトップとなり、七〇%もの独占的占有率を確

保しているのである。

私がM専務に説いたのは、枝葉末節の方法論ではなく、経営者としての正しい

姿勢であった。

それは「会社はお客様あって初めて存在する。会社の使命は、お客様の要求を

満たすこと以外の何物でもない。我社の事情はいっさい無視して、ただひたすら、

お客様のためにサービスをするのだ。その結果、高収益は自然に実現する」とい

う要旨だったのである。

そして、「そのためにまずやらなければならないのは、M専務自らがお客様の

ところへ行って、自らの目と耳と肌でお客様の要求をシッカリととらえることか

ら始めなければならない。 一週間に五日は外に出て、その大部分はお客様のとこ

ろへ行くのだ」と。

私の勧告にしたがってお客様のところへ行ったことが、M専務を生れ変わった

程に変えてしまったのである。

というのは、M専務がいままでセールスマンの報告を聞いて想像していた世界

とは、全く違った世界があったからである。そこにはお客様の不満とT化成に対

する批判が充満していたのである。

自らの会社が、いままでいかに間違っていたかを痛感したM専務は、私の勧告

の意味が理解できた。そしてお客様サービスの正しい姿勢に変わったのである。

M専務がお客様のところへ行くようになってから、わずか三カ月後には、低下

を続けていた売上げが上昇に転じ、それ以後は上昇し続けであり、その勢いは増

すばかりである。

M専務に会って以来、私は具体的な勧告はごくわずかしかしていないc初めの

うちはM専務の姿勢を確認していたが、最近は逆にM専務から経営者の正しい姿

勢に対して教えられることばかりなのである。

その一例をあげれば、ある時M専務は私にこう言った。「一倉さん、私は新商

品の開発には永久に困らないという自信がつきました。それは、どんなものを開

発したらいいかということは、お客様のところを回っていさえすれば、お客様が

いくらでも教えてくれます。私はただ忠実にお客様の教えを守っているだけでい

いのです」と。

事実、次々に発売されるT化成の新商品は、いつもいずれもお客様のほうから

とびついてくるのである。

お客様の、T化成というよりはM専務に対する信頼は絶大である。その信頼は

年ごとに高まってゆく。このお客様の信頼に支えられたT化成の経営は、正に磐

石といってよい。競合他社は全く歯が立たないだけでなく、どんな世の中になっ

ても絶対につぶれない会社であることを、私自身信じていささかも疑っていない

のである。

私が初めに勧告した「お客様訪問週五日」を今日においてもM専務はいささか

も崩していない。まだ若いM専務は、これから十数年、いや二十年でも経営者の

座にある限り、お客様を訪問し続けることであろう。

私がこの本で主張したいことは、実はこの専務の姿勢で全部なのである。

「ただひたすらお客様のために」、これ以外に、事業の経営はないのである。何

をどうやろうと、何がどうなっていようと、お客様を忘れた会社はこの世に存在

し続けることはできないのである。

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