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お金とお客の話ばかり

A温泉にあるAホテルは、業績が好調で、従業員の訓練も行き届いている。社長であるA氏は、社長室で一人になると、いつも財務データに向き合っている。

不在の際には、社長の机の上に財務書類がきちんと整理されて置かれている。何度確認しても、一度たりとも例外がない。

壁一面には客数や満室率を示す表が貼られている。この部屋からは、さまざまなアイデアや指令が次々と生み出されていく。訪問すると、社長は即座に書類から目を離し、こちらに向かってさまざまな話をしてくれる。

A社長の話題は、もっぱら二つに絞られている。お金の話とお客様の話だ。ただし、お金の話といっても経理の話ではない。それは、資金をいかに効果的に活用し、それによってどのように収益を生み出すかという具体的な内容である。しかも単なる理念やアイデアにとどまらず、具体的な数字を挙げながら、「こうすればこうなる」「ああすればああなる」と、実践に直結する形で語られるのだ。

その内容は驚くほど的確であり、お金の話に多少の自信を持っている自分でさえ、全くスキを見つけられないどころか、しばしばハッとさせられることが多い。

金を使うのは簡単だが、それを本当に生かして使うのは難しい。A氏の手にかかると、資金が平均的な使い方の少なくとも二倍の効果を発揮しているのではないかと思わざるを得ない。

例えば、パー・ヘッド(お客様一人当たり)の収益は、宿泊料や酒、タバコ、ジュースといった定番の項目にとどまらず、土産品、自動販売機、遊戯料にまで広がっている。コストに関しても徹底しており、お客様に渡すタオルを入れるポリ袋に至るまで、無駄を省く工夫がなされている。

そんな細かいことまで検討していたら、いくら社長の体があっても足りないのではないかと思われるかもしれないが、実際にはそうではないのだ。

こういった仕事は、一度計算しておけば、少なくとも半年、場合によっては一年ほど再検討する必要がないものだ。いわゆるワンマン社長が日々部下の活動を逐一チェックする手間や時間に比べれば、ほんの数百分の一の労力にすぎないのである。

さらに巧妙なのは、これらの収益を上げるためのサービスが、メイドの最小限の人数、労力、時間で運営されるよう設計されている点だ。それでいて、お客様には最高のサービスが提供される。そのために、各フロアに何をどれだけ用意するか、どの位置に配置するかまで、ほぼ完璧と言えるほど標準化されているのだ。

お客様が部屋に入った瞬間、間を置かずにお茶のサービスを提供する必要がある。そのために最も効率的な方法は、予約が入った時点で、あらかじめ部屋に茶道具、お茶菓子、そしてポットを用意しておくことだ。

しかし、これではあまりにも事務的で、ビジネスホテルならともかく、温泉ホテルでは情緒に欠ける。お客様にとって嬉しいのは、メイドが絶妙なタイミングでお茶を運んできてくれることなのだ。そのような細かな心理まで分析し、サービスに反映させているのだから、ただただ感嘆するほかない。

そのようなサービスを実現するには、人海戦術であれば可能かもしれないが、少数のメイドでは従来通りお盆を持って運ぶ方法では一度に一室しか対応できない。特に団体客の場合、間髪を入れずにサービスを提供するのは到底不可能だ。

この難問を見事に解決している。その秘密はワゴンの活用にある。各フロアに、全室分の茶盆を準備し、複数のワゴンにセットしておくのだ。そして、お客様が部屋に入るタイミングを見計らい、二人一組で配膳室を出て、迅速にサービスを提供する仕組みを整えている。

一人がワゴンを押し、もう一人が客室に一つずつ茶盆を配って回る。この方法なら、ほんの数分で全室にお茶を届けることができる。そのため、廊下と配膳室の床の高さを完全に揃え、境目に凹凸がないように設計されているのだ。

飲み物やタバコを各室の冷蔵庫や棚にあらかじめ定数配置しておけば手間は省ける。その程度のことは百も承知でありながら、あえてそれをしない。お客様の心理を考えれば、メイドに直接頼んで持ってきてもらう方が、より特別感や満足感を得られるからだ。

お客様の要望を満たすために、品物の置き場から配置の仕方まで細かく計算されている。さらに、深夜にメイドがいない場合には自動販売機を利用してもらうという選択肢まで用意されている。これらの段取りは、一度決めてしまえば、その後何年も見直す必要がないほど完成度が高い仕組みになっている。

Aホテルの現在の建物はかなり古くなっており、そのためにパブリック・スペースの不足や遊戯施設の乏しさ、客室の狭さなど、さまざまな問題が目立つようになっている。これらの点が運営上の課題として浮き彫りになっている状況だ。

そこには、まず顧客の心理を徹底的に分析し、それを最大限に満たすためのサービスを最小限のコストで提供する具体的な計画が描かれていた。その内容については、A社長の了承を得ていないため、ここでは詳しく触れることは控えたい。

A氏は、この構想にすでに数年の歳月を注ぎ込んでおり、現在もその取り組みを続けている。したがって、私がその青写真を目にした時点から、さらに優れたアイデアがいくつも追加されているであろうことは容易に想像できる。

その構想が実現した暁には、真っ先にAホテルを訪れ、社長に祝意を伝えるとともに、社長自身の案内で隅々までその成果を見せてもらうことを心から楽しみにしている。

A温泉のAホテルのA社長は、まさに「お金」と「お客様」に焦点を絞り、どちらも徹底して研究し尽くしている社長です。彼のこだわりは財務書類をくり返し見直し、細かい数字をチェックし続けるだけでなく、いかにコストを抑えつつも最大限の収益を生み出すか、その具体策を常に模索している点にあります。

特筆すべきは、お金を生かして使う方法の巧みさです。宿泊客一人当たりの収益を最大化するために、客室の冷蔵庫からタオルを入れるポリ袋に至るまで、すべての経費を緻密に計算しつつ、収益性を追求しているのです。しかも一度決めた仕組みは長く効果を持つように設計されており、日々の労力も削減されています。

加えて、A社長は「お客様の心理」を深く理解し、サービスに細心の工夫を凝らしています。例えば、お客様にとってメイドさんからのお茶のサービスは歓迎される体験であり、そのニーズを少数の従業員で迅速に満たすための方法として、ワゴンを活用した配膳システムを導入しています。これによって、ビジネス的な効率性を保ちながら、温泉ホテルの魅力を損なわない工夫が実現しています。

また、ホテルの改築構想にもお客様の心理を満たすための細やかな計画が盛り込まれていることから、A社長の長期的な視野の広さとその徹底ぶりが伺えます。彼のように「お金」と「お客様」に注力し、日々の経営を支える細部の管理を怠らない姿勢こそ、業績好調の背景にあると言えるでしょう。

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