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お客様の要求を無視する(二)

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スーパーのゴンドラ

0社はパンのメーカーである。穴熊社長で、私が強く言うと、その時だけはお客様の所へ行くが、すぐに穴熊に逆もどりである。

ある時、業をにやした私は、ムリヤリ社長と専務と営業部長を同時に引っぱり出して、お得意様であるスーパーや食品店を回ったのである。

一番先に訪問したのは0社のすぐ近くのスーパーで、ナンバーワンの得意先である。店長にご挨拶してお話を伺った。

店長の話によると、「あなたの会社のパンはよく売れるので、現在のゴンドラは一間だが、あと三尺増やしたいと思い、おたくのセールスマンに頼んでいるのだが、何回頼んでも聞いてもらえないので、仕方なく別の商品を並べている」というのである。

0社長は明けても暮れても「売上げ増大」を叫び続けているのに、この体たらくである。― ‐断わっておくが、これは作り話ではない。こんな馬鹿らしい話など、作り話にならないのである。

そして、作り話にもならないような、「マサカ」と思われることが、数限りない程、お客様とセールスマンの間に起っているのである。

ある店では、そこの主人から「あなたのところは、この二年間、全く品種が変わっていない。たまには新製品を出してくれ」と言われた。

0社では、 一週間に二つずつのペースで新商品を出し続けていて、私に「そんなに出すものではない。しっかりしたものを年に一つか二つ出せばよい」とたしなめられていたほどだったのである。

パンは、どの店でも品種は指定せず、セールスマンに任せているケースが多いのである。任されたセールスマンは、面倒くさいので、同じ品揃えでお茶を濁していたのである。

十数軒回ったのであるが、そのうちの三割はオープンケースではなく、硝子ケースだった。三年前に、0社長は、硝子ケースからオープンケースに変えるように指令を出していたのに、それが三割も不実施だったのである。

指令は出しっ放し、聞く方は聞きっ放しだったのである。昔はむき出しだったので、どうしても硝子ケースでなければならなかったが、三年前から一個一個包装するようになったので、オープンケースに切換えたのである。

オープンケースの方がよく売れるし、ケースそのものも安かったからである。

もう一つ言われたことは、ある特定のセールスマンの名前をあげて「あの人が担当していた時にはよく売れた。また、あの人に担当してもらいたい」ということだった。

あとで調べてみると、そのセールスマンの品揃えは売行きを見ながら、その店舗に合った品揃えをしていたのである。この人は、今は管理職になって、事務的な仕事をしているという。

こういうのを、「宝の持ち腐れ」という。

社長族というものは、二言目には人材だとか、社員の能力だとかいうが、そのくせ、このように人材を殺して使っているケースは決して少なくはないのである。

この人の能力を発揮させる道は、品揃えの責任者にすることである。

さきにふれたように、パンという商品は、メーカーが品揃えまでするものだから、この責任者にやらせることである。それだけではない。この人の能力を永久に活用する方法は、その品揃えの原則を明文化して、誰にでも使えるようにすることなのである。

こういうところに、事業経営のポイントがあるのだ。

このポイントさえ確実につかまえておけば― ‐そして、そのポイントは幾うも

ないのである― ‐あとは自然に収益が上がるのである。そのポイントを見つけ出

すのが社長の役割であり、その方法はただ一つ、お客様のところへ行くことであ

る。お客様がそのポイントを一番よく知っているのである。つまり、お客様の不

満がそのポイントなのである。

ところで、社長の指令の出しっ放し、指令の間きっ放しは、どうすれば防げる

のだろうか。社長ほど忙しい人種はいない。あとからあとからと指令を出してゆ

く。その指令をいちいち覚えていてチェックすることは至難の業ともいえる。「管

理職がしっかりしていないからだ」という叱言を言ってみても、管理職だって社

長ほどではないにしろ、猛烈に忙しいのだ、叱っただけでよくなるものではない

のだc

この問題の解決については後述することとして、この巡回は、いかにお客様の

要求を無視しているか、サービスが悪いかを、社長に教えたのである。

たった十数軒を回っただけでこれである。0社の得意先は一千軒に近いのだ。

これらのお得意先を次々と回ったら、そこにどんなことが起っているか分かった

ものではない。そこには、販売促進の数々の教えがあるのだ。つまり、ク宝の山ク

がそこにあるのだということを、よくよく認識してもらいたいのである。

表札をかけるところがない

I社は、建売住宅業である。社長は穴熊だった。社長のお話を伺ってみても、

穴熊社長のいうことなんか、ピント外れでアホらしくって聞いてなんかいられな

い。これは0社長だけではなく、穴熊社長全部についていえることである。

私は「あなたの言うことは全部ピントが外れている。お客様のところへ行かな

いからだ。どんなに優れた社長だろうと、お客様のところへ行かずに本当のこと

は分からないのだ」と決めつけて、尻込みする社長をムリに引っばり出して、いっ

しょにお客様のところを回ってみたのである。

最初に行ったところは、十戸ほどまとまって建てたところである。表通りに面

したところは店舗が四軒並んでいる。そのうちの一軒は三階に上がる外階段がつ

いていたが、その階段の上り回のところに、マンホールボックスが地面より十セ

ンチほどとび出している。「これはあぶないですね」と言うと、「ええ、つまずく

ことがあります。こんなことをされて困っています」と言う。 一軒では正面の瓦

が一枚ずれているが、「店舗だけに体裁が悪くて困るが、いくらいっても直して

くれない」と、そこの奥様は社長に不満をぶつけてきた。ある一軒では、浄化槽

の隣で、その浄化槽から臭気がもれて困るとプンプンである。ムリもない、その

店はレストランなのである。

裏通りの住宅のほうは、あまリクレームはつけられないようであったが、その

住宅の設計について、私は社長に申しあげた。というのは、隣接地が他の住宅会

社の建てた集団住宅で、設計に大きな違いがあったからである。

隣接の、他社の設計は、玄関への通路とガレージと庭が一つのスペースになっ

ているために、かなり広く、ゆとりのある感じである。

それに反して、I社のは、玄関への通路とガレージと庭が別々になっている。

そのために、そのどれもが狭苦しく感ずるのである。特に、門から鼻のつかえる

ばかりのところにある玄関はいただけない。安物のイメージ丸出しである。

これは、明らかに設計者のクセである。社長が設計思想も持ち合わせず、全く

の放任の姿がそこにあるのだ。

こういう場合に「社員の自主性を尊重する」という間違った理論によって、こ

の放任が美化されやすい。とんでもないことである。社員の自主性を尊重するほ

うが、お客様の要求を満たすことより大切なのであろうか。事業の「事」の字も

知らない輩がつくりあげたマネジメントの理論など、百害あって一利ないのであ

る。とはいえ、こんな間違った理論を信じて自らの責任を忘れている社長はもっ

と悪いのである。

次に回ったところは、八棟の集団で、両側に三棟ずつ、正面に二棟であった。

問題は正面の二棟だった。中央から、ブロック塀で左右に区分されているが、ガ

レージのスペースを確保する必要上、門柱を立てるスペースがない。正面からは、

ブロック塀の側面がそのまま見えているだけである。

これでは表札をかけるところがないのだ。欠陥住宅もいいところだ。これは、

クレームがついているに違いないと思った(あとで調べたところクレームがつい

ていた)

これが社員の仕事なのだ。社員とは、お客様の要求を無視する人種であるとは、

こういうことなのだ。

社員の言い訳は間かなくても分かっている。「いろいろ工夫してみたのですが、

何しろスペースがないものですから」である。念のために言うが、これは社員の

責任ではなくて、明らかに社長の責任なのである。何がどうなっていようと、こ

ういうことをする社員をかかえているのは社長の責任であり、「お客様にサービ

スをすることこそ、我々のつとめである。もしも、サービス不足と思われる事態

が起り、解決法が見つからない時には社長に報告せよ」という指導を常にしてい

れば、こんな事態は発生しないのである。このような指導こそもっとも大切な指

導であり、社長の責任なのである。

両側の家にも社長は挨拶したが、出て来た主婦たちは社長がちょっと離れたら、

社長に聞こえないような小声で「何さ、いまごろ、あちこち具合が悪くて困って

いた頃は顔を見せず、やっと直ってあまり問題がなくなった頃になってノコノコ

やってくるなんて」と手厳しい批判であった。

こういうお客様が、知人に家を買いたい人がいた時に、I社を紹介してくれる

だろうかc

注文を断わっていたセールスマン

F技研は、コンクリート・ブロックのメーカーであるc

売上げ不振はご多分にもれず、社長の最大の悩みであった。社長は穴熊だった。

ハッパをかけてお客様のところを回ってもらった。F社長の感想は次のようなも

のだった。

「うちのセールスマンは、我社の製品を売っているものとばかり思っていたが、

とんでもない思い違いだったことが分かった。お客様の注文を断わって歩いてい

ふんまん

た」と。まさに憤憑

おもも

やるせない面持ちだった。

F社長に対するお客様の言葉というのは、「急ぎの注文をすると、とても納期

に間に合わないからと断わられる」というものだった。

セールスマンの立場からすると、急ぎの注文を製造部に持ち込むと、製造部長

から「一升マスに一升五合は入らない」式にはねつけられるからだったのである。

この経験はF社長を変えた。真剣にお客様を回り出した社長は、ニカ月ほどで、

いままで考えられなかったような売上げ増大という嬉しい報酬を手に入れたので

ある。

新商品は失敗だと思っていたが

L社は大型産業機械のメーカーだった。石油不況で売上げは激減し、会社は四

苦八苦していた。

社長は穴熊だった。私は「社長がお客様のところへ行かずに、この苦境突破は

不可能である」と説いて、お客様のところへ行ってもらったのである。

あるお得意先に行ったところ、お客様から「何年か前に買った機械は、とても

よい機械なので便利にしている。この次の買替えもあなたのところの機械にした

い」と言われた。

これは、社長にとっては全く意外なことだった。というのは、その機械はかつ

ての新商品であり、どこでも不評で、社長は完全な失敗作と思っていたからであ

る。

驚いた社長は、事情を調べた。調べて分かったのは、次のようなことだった。

お得意様から好評をいただいていた会社の担当セールスマンは、責任感が強く、

新商品につきもののク初期故障″や不具合を、いやがる技術者の尻を叩きながら、

懸命になって直していったのである。当然のこととして、具合のよい機械になっ

たのである。

不評の会社のセールスマン達は、いずれも無責任で、お客様からのクレームは

言を左右したり無視したりして、これを直すことを怠っていたのである。

これを、セールスマンのせいにするのは明らかに誤りである。もしも、社長が

常にお客様のところを回っていたならば、こんなことは起らなかっただけではな

い。恐らくはお得意様の大きな信頼をかちとっていて、現在のような苦境には陥

らなかったのは間違いない。不況時といえども、総需要はごく僅かしか落ちない

のである。その僅かな落ち込みは、限界生産者とお得意様から信用のない会社が

その大きな部分を背負わされて、大幅な売上げ減となり、大手やお客様の信用の

ある会社の売上げは、ごく僅かしか落ちないものなのである。

これが、冷厳な市場原理であり、お客様に誠意を尽くさない社長の受ける当然

の罰なのである。

どこの会社でも、セールスマンがお客様の要求を聞き流したり、無視したり、

知っていて手を打たないケースは数限りなくあるだけでなく、毎日毎日新たに発

生し続けているのである。

その実態を、世の夕穴熊社長´はほとんど知らない。そして、社長の知らない

間にお客様の信用を落とし、我社の売上げにどれだけのブレーキをかけているか、

計り知れないものがあるのだ。

もしも社長が、たえずお客様のところを回っていれば、こんなことは起らない

し、起った場合もすぐに手を打つことができるのである。

売上げが上がらないのはセールスマンの責任でもなく、セールス・マネジャー

が悪いのでもない。明らかに社長の責任なのである。

「うちのセールスマンに限って、そんなことはない」と思われる社長は、自分

の思っていることが本当にそうなのかどうか、お客様のところへ行ってみなけれ

ば分からないのであることを知ってもらいたいのである。

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