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お客様の要求を無視する(一)

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お客様の要求を無視する(一)

大量返品の原因

I商事は、洋品の製造問屋である。私がお伺いする二年前から赤字に転落し、黒字転換の見通しは全くなかった。

主要商品はパラソルで、自ら製造していた。倉庫を見せてもらうと、物凄い返品の山である。きいてみると、返品率は三割をこえるというのだ。これでは赤字になるのは当り前である。

返品の理由はきいてみなくとも分かる。お客様の要求に合わないからだ。事情をきいてみると、次のようなことが分かった。

パラソルは、もともとファッション性が最も大切なものである。 一口にいえば、柄と色である。むろん、形もであるが。

ところが、社長の年齢はすでに七十歳であり、ファッションのセンスが全く古かったのである。

企画担当者が新柄の許可を社長に求めにゆく。大柄をもってゆくと、『こんな大柄はあかんで、もっと小柄にせい』といわれる。華やかな色のものをもってゆくと、『なんや、こんなけったいな色、こんなもの出したらあかんで』ということになってしまう。

小柄で渋い色、これでは年寄向けだけになってしまう。お客様の大部分を占める若い女性だけでなく、最近とみに派手好みになった中年女性の要求にも全く合っていなかったのである。

社員は、社長の目をぬすみ、社長にあまり叱られない程度に派手な柄を作っていた。これがかろうじて会社の売上げを支えていたのである。

このような商品を、デパートで喜んで仕入れる筈がない。それを、営業ではデパートに日参し、三拝九拝し、贈物や夜のもてなしで、ムリヤリに押込んでいたのである。

そんなことをしてみても、お客様の好みに合わない商品が売れる筈がない。大量返品が起るのは、このようなわけだったのである。

私は社長に直言した。「社長、あなたはネクタイをしていますね。社長がネクタイを買いにいったと仮定してみましょう。

社長の気に入った柄と気に入らない柄のネクタイがあって、値段が同じなら、どちらのネクタイを買いますか。いうまでもないでしょう。お客様は企画した人のすきな柄のネクタイを買うのではなくて、自分の気に入った柄のネクタイを買うのですよ。

あなたの会社の業績を回復したかったならば、まず社長自らお客様の好みはどんなものか、を調べなければならないのです。そのためには、社長は会社の中にいてはいけない。

外に出て、自分の日でお客様の好みは何かをたしかめなければならないのです」というものであった。私の提案は無視され、会社はつぶれてしまったのである。

甘すぎる菓子バン

T社はローカルといっても、人口二十万人の都市の駅前の一等商店街に店舗を構えていた。長年の間赤字続きで、どうしたらいいか分からないからという専務の相談である。

店舗を見せてもらうと、これといって不都合な点はない。試みに菓子パンを一つ味見すると、物凄く甘い。

「こんな甘すぎるものは売れない。戦前や戦後の一時期には、菓子パンのみならず、すべての菓子は甘味が強いものがお客様に喜ばれたが、いまはもっと甘味がほのかなものが好まれている。もっと甘味を減らしなさい」と勧めた。

専務の答えは次のようだった。「そのことは私自身も感じているが、肝心の社長(専務の父)がどうしてもきかない。社長が自ら工場に入っていて、菓子パンというのは甘いものだ、甘味を落としたら菓子パンではないと、どうしても私の意見を聞いてくれない」というものであった。

社長はすでに七十歳を過ぎている。もうどうにも考えを変えさせることはできないことを私は知っている。私のいままでの経験では、七十歳いや六十歳を過ぎても零細企業にしか育てられなかった社長は、決して自分の考えを変えようとしないのである。

私は専務には申し訳ないと思ったが、「解決法は社長が頑張っているうちはない」と申しあげて、お手伝いを断わったのである。

安いコロッケ

M社は冷凍食品のメーカーで、主要商品はコロッケであった。しかし、過当競争による安値で採算にのらず、赤字は増大する一方であった。どうしたらよいかという社長の相談に、私は次のように答えた。

「採算にのらないのは、あなたの会社の商品がお客様の要求に合っていないからだ。過当競争で安値競争をしているうちに、お客様がどこかに行ってしまったからだ。

社長がまずしなければならないことは、社長自ら小売店の店頭に立ってお客様の要求を知ることである。三週間ほど売場に立ってごらんなさい」と。

私の勧告を聞いて売場に立った社長は、たちまちお客様から手痛い仕打ちを受けていることを知り、自らの誤りを悟ったのである。そこは小売の市場のような

ところで、たまたま近くの売場でコロッケを売っていた。そちらのほうは値段が高いのによく売れていた。ある日、高いコロッケを買ったお客様に、恥をしのんでなぜ我社のコロッケを買っていただけないのかを聞いてみた。

返ってきた答えは「おいしくないからだわよ」、だったのである。社長は自らの誤りをお客様に教えられ、十分吟味した材料にクリームを加えたコロッケを開発した。

たちまち売上げが増大し、M社は間もなく黒字転換をしたのである。

売れないジョイント家具

L社は家具の問屋であった。L社にお伺いして、そこで扱っている商品のカタログやチラシを見せてもらっている時に、某大企業の開発した「ポコ」なるジョ

イント家具のチラシがあった。私は「これは売れませんね」と言うと、社長は驚いて「どうして分かりますか」と、問い返してきた。

私の説明は次のようなことであった。

「このジョイント家具(数枚の板を組付け、金具によって自分の好みの棚をつくりあげることができる部材)は、お客様が組み立てるものである。

ところで家具の小売店に来るお客様は、すべて完成された家具を買いに来るのであって、組立て家具などには全く関心を示さないのだ。

自らの着想に酔って作っても、お客様の関心外のことでは、「ひとりよがり」以外の何物でもない。こういうものはDIY (日曜大工店)にでも出したら、あるいは売れるかもしれないが家具店に出すとは見当違いもはなはだしい。お客様を研究せずには、何をやっても成功はしないものだ」と。

この実例を、私の「社長のセミナー」で話したところ、ある会社の社長から「実は私のところでも全く同じものを開発しましたが、全然売れなくて往生していたところです。 一倉さんの話を聞いてよく分かりました。さっそくこんなものは捨ててしまいます」と。

低コストの「あんま椅子」

K社にお伺いした時に、社長室にパイプ製の貧弱な「あんま椅子」があった。聞いてみると、新製品の現物見本としてメーカーが持ち込んだものだという。

私は言下に、「これは売れませんよ」と言うと、K社長は「その通りですが、どうして一見しただけで売れないことが分かりますか」という質問である。

私は「あんま椅子というものは誰が買うか考えてみれば分かる。これは営業用としては浴場、旅館、観光ホテル、サウナなどに備えつけるものだ。

家庭用として売れる場合にも、お客様の家は少なくとも中級以上の格である。

営業用はもちろん、家庭用であっても、こんなチャチなものを買うお客様がいるはずがない。この椅子のメーカーは「安価ならば売れる」と思いこんで、こんなものを作ったが、それは全くの見当外れである。デラックスなものでなければ売れないのだ」と、答えたのである。

地盤沈下の乾麺

ここ数年間、乾麺の売上げは不振をきわめている。いくらパン食が普及してきたとはいえ、古来から日本人の主食の一角を占めてきた乾麺の地盤沈下はおかしい。日本人はもともと麺好きな人が多いのである。

四苦八苦の乾麺業者にいわせると、その原因はインスタントラーメンだという。

特にカップ物は単にお湯を注ぐだけでいい。今の主婦は手間のかかる乾麺を買わないからだ、ということである。悪いのはインスタントラーメン、なかんずくカップ物であって、製麺業者ではない、というのだ。ここにも何の反省もない。

もしも業者の言い分が本当ならば、なぜ「揖保の糸」(兵庫県竜野産の素麺の地域共同ブランド)は、売れて売れて生産が間に合わないのか。しかも重量当りの売価は他の素麺の三倍なのである。

製麺業者の言い分は、自らの怠慢の言い訳にしかすぎないのである。

揖保の糸の売れる理由はただ一つ「おいしい」からである。お客様は手がかかっても、高くともおいしいものであれば買って下さるという実証がここにあるのだc

製麺業者は、お客様の要求など知ろうとせずに、ただただ一貫して生産性の向上だけを指向してきたのである。

過当競争のために価格競争に勝ち抜くには、生産性向上が第一だということなのだ。これが誤っているのだ。

生産時間をいかに短縮するかということのみにうつつを抜かし、そしてその点だけは成功した。

これが味を落としてしまったのである。小麦粉というものは、水を入れてこねると熟成が始まるのである。この熟成は、ゆっくりと時間をかける程よい味になる。粉臭さはなくなって、旨味が出てくる。

滑らかで弾力のある麺になるのである。全国的に有名な夕讃岐うどんクの製法のコツに「土三寒六」というのがある。粉にまぜる塩水の濃さを表わしているのである。その意味は、土用(夏)は海水を三倍に薄めた濃度、寒中は海水を六倍に薄めた濃度のことだという。

夏は気温が高いので熟成が速く進む、その熟成速度を遅くするために塩分を濃くするのである。

昔の人はこのようにして正しい製法を研究し、これを子孫に残してくれたのだ。だからこそ「讃岐うどん」として全国に名声をうることができたのである。

先人の正しい教えを守らず、生産性向上という間違った考え方をして、自らの首を自ら絞めるような結果を招いたのである。

それに対して、竜野の業者は寒中製造、手延べ、自然乾燥という古来の伝えを忠実に守っている。この製法だと、寒中なるが故に熟成速度は遅く、手延べなるが故にグルテンが放射状に延びる― ‐これが弾力を生むのだ。

ローラーで延ばすと、グルテンが一方向にのみしか延びないために、弾力性に欠けるのだという― 自然乾燥なるが故に時間がかかるのである。これが「揖保の糸」をおいしくしているのである。生産性の悪さが美味の秘密なのである。そしてお客様は美味を求めているのだ。

だから、自らの要求に合うが故に高くとも買うのである。高く売れるから、生産性が低くとも採算にのる。そのうえ、お客様の強い支持があるから安定売上げを確保できるのである。

バカな社長は生産性向上とばかり、多加水(水をある程度以上多くしないと熟成が不十分になる)はやりにくいからやめ、機械こね、機械延ばし、熱風強制乾燥では熟成もなにもあったものではないのである。

だからまずくてお客様から見放される。売行きが悪いから、安値でなければならなくなる。安値を補うためにさらに生産性向上という悪循環を繰り返しているのである。これでは永久にお客様の支持は得られないのである。

揖保の糸は、われわれに対して「高いものは売れない」という考え方が間違っていることを教えてくれるものである。売れないのは高いものではなくて「まずいもの」なのである。

「揖保の糸」のさらに優れた教訓は、「お客様の要求を無視した生産性向上は誤りである」ということである。

生産性向上はけっこうである。しかし、それがお客様の要求を無視した場合に

は大きな誤りとなるということである。

加工時間短縮、工数節減、コストダウン、配送効率、在庫回転率、訪問効率、

客単価向上というような考え方も、それ自身は悪くないけれども、これがお客様

の要求に優先してしまうと、大きなマイナスをもたらすことを、私は自らの職業

を通じて、あまりにも多く見せつけられすぎている。

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