お客様の要求に合わせて混乱する
一日二十四時間のサービス体制
L社は建設機械の短期リースと土木工事を行っている。社長は、心からのお客様第一主義者である。その誠心誠意からのお客様サービ スは、お客様の絶大な信頼を得ている。
経営計画書の方針書の中の冒頭に近い部分には、次のような一文がある。
「我社が今日あるのは、我社が創業以来とり続けてきた″お客様第一主義クを、 お客様が必要としている証拠である。故に我社は将来とも自信をもってこれを貫 いてゆく」 と。
そして、その文の少しあとに、 「お客様の要求に答えて混乱し、混乱の中から新しいサービス体制をきずく」 という一文がある。
私は、これを読んだ時に胸にジーンと熱いものがこみ上げてきたのを感じた。これ程お客様第一主義の真髄をいい表わした言葉があろうか。これは、文字通り実践されている。
「一年二百六十五日、 一日二十四時間のサービス体制」となって、休日でも必ず交代で社員が出動し、その日のお客様の要求はすべて承り、翌日の朝の打合せ会に持ちだされて対応策をとる。
朝から社内に混乱が起るのである。
「始業三十分前には必ず現場に到着していなければならない」という方針は文字通り守られている。
その仕事ぶりは、どのゼネコンも舌を巻いて称賛をおしま あるゼネコンの現場監督者は「あなたの会社の請負価格をみてビックリした。
こんなにも立派な仕事ぶりでは安すぎる。この次には私が会社に交渉して価格を あげてもらうから、今回だけは我慢してもらいたい」と。
L社長は「別に安すぎる価格ではない」と。その証拠には、L社の社員一人当り経常利益は何と一千万円である。高賃金の 上にである。
こういう会社は、社外のすべての人々に対して親切である。
「我社を訪れた人は、たとえ乞食であってもお客様である」という方針である。郵便配達の人には、冬は熱いオシボリと熱いお茶、夏は冷やしたオシボリにつ めたい麦茶を出す。
そのために、この会社への年賀状は前年の暮のうちに届く。L社のもう一つのお客様第一の方針を紹介しよう。
「我社は、日本中の会社が週休二日制になっても、絶対に週休一日を維持する」 というのである。お客様が働いているのに、我社で休むことなどできない。
週休二日ではお客様 にご迷惑をおかけする、というのである。これを、社員は当然のこととして受けとめている。不満などどこにもかけらも 見当らないのである。
手書きの黒板
静岡市のI興業は、黒板が主力商品の一つになっている。I社長は徹底した″お 客様第一主義クである。すばらしい高業績を誇っているが、それは、お客様第一 主義だからこそである。
同社では、特定用途(月間行事予定表とか在庫一覧表とかの特定用途に使うも ので枠や文字が書きこんであるもの)の黒板を特注品として、すべての注文を、 年間を通じて休みなく受注し、製作― といっても線と文字の書込み――をしている。
これは、実に面倒くさい。しかも全部手書きである。
むろん、予め型を作って おいて吹付けで行うことができるけれども、こうすると線や文字にツヤが出ない ので、やっていない。
面倒くさいがために、同業他社では仕事の少ない夏場だけしか受けないのであ る。これは我社の都合だけを考えて、お客様の要求を無視しているのだ。
黒板は事務用什器なので、もっとも忙しいのは冬から春にかけてであるcその 時期は、年度末、新年度、新学期用の需要が殺到する。
そのためにどのメーカー でもこの時期には特定用途の面倒くさい手書きの黒板は受付けないのである。
ところが、事務器、文房具の業者は、この時期の受注は物件受注として、さま ざまな器具、什器類を一括受注している場合がかなりある。
その中に特定用途の 黒板もあるのだ。そのために、この特定用途の黒板一枚が未納のために、物件全部の請求書が書けない事態が起るのである。
多くのメーカーでは、このようなお 客様の困ることなどいっこうに関心がない。自分の会社の都合だけしか考えない のである。I興業に発注すれば、このようなことはない。
いざという時のことを考えると、 平素からI興業の商品を仕入れておく必要があるのだ。お客様に頼りにされるI 興業の業績がよいのは、こういうところにあるのだ。
I社長のお客様第一主義は、単なるこれだけのことではない。お客様の都合に 合わせて、 一日に二回も三回も生産予定を変更するのである。
しかも、これは社 長がいちいち指図するのではない。製造部長が文字どおり社長の分身となってい て、製造部長が自らの意思で行うのである。
この製造部長は、 一週間のうち三日はお得意様のところへ行く。お客様から聞 いたいろいろな希望は、直ちに生産に採り入れてゆくのである。お客様にとって は、こんなに有難いことはないのである。
ある時、お得意先の文房具店で、陳列替えをしたいけれど、女手ばかりで困っ ているということを知り、直ちに社員四名を手伝いに派遣した。
我社の仕事の遅れなど気にしないのである。お得意先では大喜びした。以後、この文房具店は、 I興業の上得意となったのである。
この文房具店では、I興業の競合商品はいっ さい買わなくなったからである。特寸の襖 K社は襖のメーカーである。
襖のメーカーは、どこでも規格品だけしか作らない。特別寸法は能率が悪いか らである。
しかし、お客様の立場からすると、これははなはだ不便である。住宅 というのは、特寸の襖の需要は非常に多いからである。家具問屋では、仕方がな いので、表具師に頼んでいるのである。
ここにメーカーのお客様無視があるのだ。
K社では、この特寸を全部受ける。
その結果、あちこちの家具問屋から注文が 集中する。
そのために、特寸が特寸ではなくなってしまって、規格品と製作工数 はほとんど変わらなくなってしまっている。
しかし、値段のほうは割高である。
K社の高収益の秘密はここにあるのだ。
他社は、規格品なるが故に値段は叩かれ放題で、低収益に泣いているのである。
我社の都合ばかり考えて、お客様の要求を無視している報いを、こうして受けて いるのだ。
しかも、それさえも知らずに、能率とコストの理論のとりこになって、 もがき苦しんでいるのは、まさに自業自得というものである。
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