アルミ加工における卓越した技術でNASA、ウォルト・ディズニー社をはじめ、名だたる先進企業を顧客とする試作品メーカー、HILLTOP株式会社の前身は、1961年に創業された家族経営の鉄工所でした。
高度経済成長期を支える大量生産体制の典型、自動車メーカーの孫請けとして安定した成長を遂げてきた同社ですが、実は発注元より毎年毎年3~8%ものコストダウン要請を受け続け、その内実は苦しいものでした。
工場内の工作機械はほとんどすべてが親会社からのリースであり、速度等を調整して生産性を高めることは禁じられていたため、コストダウンに対応するには稼働時間を延長するほかなかったのです。
自動車業界特有の短納期や、年々悪化する契約条件にも耐え続けてきた同社ですが、1981年、ついに売上の8割を占める親会社との契約更新を停止。
大幅な転換を図ることになりました。
自動車部品の大量生産体制は効率を極限まで求め自動化・標準化を進めた結果、「必要な工程の大半は機械で行われ人間はその補助を行う存在」という状態を実現していましたが、「毎日、単純なルーティン作業の繰り返しで全く面白みがない。もっと知的な、人間にしかできない仕事がしたかった」(山本昌作副社長)と、量産から試作へ転換しました。
この経験から、新たな顧客を求め東奔西走する中でも技術力向上や創造性の発揮につながる分野、即ち試作に的を絞り、同業者の間では忌避されがちな単品生産、ないし少量生産の仕事を積極的に受注。
また、開発事業部を立ち上げ、設計・製図・部品加工・組立制作・ソフトウェアからデザインまで、すべての工程を社内でこなすことが可能となり、評価を高めていきました。
「単品から対応可能」、「発注から納品まで3~5日」という強烈な商品力によって、現在は約3000社もの顧客から支持を得、右肩上がりの急成長を遂げています。
「自社の本当の商品は何か」という問いは、「自社はいかなる価値を社会に提供する会社なのか」という、顧客に対する価値提供を検討するものです。
- 事業を通じ、誰の、どのような幸せや繁栄に貢献するのか。
- 自社のいかなる技術でそれを実現するのか。
得られた答えは顧客はもちろん、従業員、取引先、そして社会にまで、普及・啓蒙し続けていかなければなりません。
HILLTOPの事例では自社の提供したいもの(豊富な実績と優れた製造技術に裏づけられた創造性や問題解決能力)と、顧客から求められる価値(短納期低コスト)に乖離が生じた結果、新しい顧客・市場を獲得するに至ったのですが、同じ顧客に対し、真のニーズを理解し、対応し続けて行く上でもこの視点は有効です。
例えば、計測器メーカーのタニタは創業当初はトースターや電子ライター等のOEM生産を行っていましたが、1950年代、アメリカで普及していた家庭用体重計の製造販売にいち早く着手したことを皮切りに「健康をはかる企業」と自社を位置づけ、さらには計測器というモノにこだわらず「日本を健康にする」ことを自社の使命と捉えたところからタニタ食堂のような新しい展開が可能となりました。
同様にアマゾンは、日本進出時には「ネット書店」として紹介されることが多かったのですが、経営理念である「地球上で最もお客様を大切にする企業」を主にその利便性(品揃え・検索の容易さやサジェスト機能・送料無料・即日配達等)の面で追求した結果、書籍に限らずあらゆる商品サービス分野で消費者の支持を得る巨大企業となりました。
経済学者のT・レビット博士は1968年、著書『マーケティング発想法』の冒頭にて、「ドリルを買う人がほしいのは穴である」と記しています。
有名なフレーズなのでご存知の方も多くいらっしゃるでしょう。
正確には「人々がほしいのはインチのドリルではない。彼らはインチの穴がほしいのだ(Peopledon’twantquarterinchdrills.Theywantquarterinchholes.)」となります。
今から50年以上も前の言葉ですが、このように「顧客は商品を買うのではない。その商品によって提供されるベネフィットを購入しているのだ」という考え方は、古くから存在します。
人は必ずしも商品そのものを欲しているわけではなく、それによって自身の用事が片づいたり、要望が満たされたりすることに価値を見出しているので、当然ながらもっと良い解決法があるならそちらを選択します。
従って、経営者は常に、「自社は顧客に対していかなる価値を提供する会社なのか」を考え続けなければなりません。
「我が社は○○屋です」という自己認識の何が問題かといえば、今現在取り組んでいる商品や事業、おつきあいのある顧客しか、視野に入っていないのです。
自社の経営が陳腐化し、抜本的な改革を迫られる場面で「今までこうしてきたんだ」と過去の成功体験や現在の事業ドメインに縛られていては、自由な発想が阻害され、機を逸してしまう可能性が高い。
実際、事例のHILLTOPでは現副社長が経営改革を提案するまで、年間8%というとんでもないコストダウン要請にも対応してきました。
自社を「自動車部品を製造する会社」、「自動車メーカーの孫請け」と位置づけていたために、「この仕事がなくなったら立ち行かなくなる」という固定観念を持っていたのです。
しかし、その後我が国に起こった産業の空洞化を見ても、方向転換しないままだったほうがより「危険」だったと思われます。
対策とは、まだ業績が良いうちに打つべきもの。体力がある間はまだいろいろな試みが可能です。
負債が膨らみ、返済に窮するようになってからでは、打てる手も限られます。
この点にいち早く気づき、「いや、我が社の商品は多種多様な製造技術であり柔軟な対応力だ」、「それを最も評価してくれる顧客はどこにいるか?」と自社の価値を見直したことから、現在のように試作品メーカーとして創造性を発揮する道が開けたのです。
普段、自社の「本当の商品」を明確に意識していない会社は少なくありません。が、突き詰めて考えることから転機が開けることがあります。
定義1つで会社は変わるのです。
「我が社は○○業」、「○○屋」という捉え方に固執していると、自社で行うべき顧客への価値提供を狭く解釈しすぎて変化への対応力を失い、産業構造に大きな変化が起こった際もそれに対応できず、やがて衰退していくということになりかねません。
さて、あなたの会社の本当の商品とは何でしょうか。顧客が真に求めているものを、あなたの会社は十分提供できているでしょうか。
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