本書の冒頭ではケーススタディとして、「数年後に事業承継を控えた後継者が準備として何をなすべきか」について考えていただきました。
これに対し実際の次世代経営塾で、「今のうちに腹心の部下を育てておくべきだ」と発表する受講生がいらっしゃいました。
読者の中にも、同様にお考えの方がいらっしゃっただろうと思います。
腹心の部下、社長の右腕、表現はいろいろありますが、そういった存在がいるということは、経営者にとって非常に重要なことです。
具体的にはまた後述しますが、腹心の部下とは、ある分野においては経営者同様の能力を持ち、経営者の理念を自分のものとし、「社長ならばこう考えるだろう」、「こう行動するだろう」と、自分ではなく経営者の視点、立場からものごとに対処できる、いわば経営者の分身とも呼べる存在です。
幹部陣の中にこういう人がいれば大いに頼もしく、眼の前の仕事をどんどん任せることができますので、そのぶん経営者は「経営者にしかできない仕事」に専念することができます。
では、経営者にしかできない仕事とは何でしょうか。
それは、突き詰めれば
●戦略の立案
●人心の掌握
の2つです。
個人事業主なら、1人で何でもできなければなりません。
商品の製造や仕入、営業はもちろん、役所をはじめとする対外的な折衝も、財務も、すべて自分が行わなければ代わりがいません。
中小企業においても、ある程度の規模までは、経営者1人の肩にすべてがかかっている状態が普通です。
ただ、それは代わってくれる人がいないからであり、もし優秀な人財がいるのであれば、営業でも製造でもどんどん代わってもらって問題ありません。
これに対し、戦略の立案と人心の掌握、この2点だけは余人を以て代えがたい。
戦略の立案とは、経営者の夢を描き、会社の進むべき道を皆に示すことです。
そして人心の掌握とは、打ち出した方針を組織に浸透させ、その実現に向け社員のモチベーションを高めていくことです。
いずれも、もし経営者が自分以外の誰かに任せたら、その時点で「この会社は自分の会社だ」とは言えなくなる性質を持っています。
経営者にとって会社とは、自分の人生をかけた夢、理想を実現するためのものといっても過言ではありません。
だからこそ情熱を持って事業に邁進することができるのですし、でなければ、何千万、何億という個人保証を背負ってまでして、務まるものではありません。
もちろん、他の仕事が重要ではない、という意味ではありません。
現実には目の前の納期や売上に追われ、日々懸命に業務に取り組んでいらっしゃって、そんなことを考える時間的余裕のない方がほとんどだろうと思います。
今日の仕事をきちんとこなすことが最優先、これは当然のことです。
ただ、今日の仕事だけで時間が尽きてしまい、会社の未来を考えたり、社員と本音でつきあう時間が一切ない、そんな状態が長続きするはずがないというのもまた、事実です。
週に1度、否、1ヶ月に1度でも構いません。2~3時間は集中して会社のあるべき姿を考えたり、幹部とディスカッションしたり、あるいはまた、考えを深めるための学習や情報収集を行う、そんな未来のための時間を設けることを習慣づけていただきたいと思います。
一般に企業の寿命は25~30年と言われる一方、日本には創業100年、200年といった長寿企業が数多く存在し、その大半が中小の、いわゆる同族企業=ファミリービジネスです。
ファミリービジネスにおいては関係者が企業を「家」同様、子々孫々に伝えるものと捉えることから、自ずと長期的視野に立った経営判断を下しやすく、それが大きな強みとなります(図2)。
実際に安定して高い業績を上げている企業は同族企業が多いとのことで、近年は世界的にもファミリービジネスの研究が進んでいます。
こうした強みを最大限に活かすためにも、経営者本来の仕事にかける時間を確保し、将来にわたって自社が社会において価値ある存在であるために確固たる戦略を打ち立てることが、後継者の務めと言えるでしょう。
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