前項のように3年後の組織図を作成し、現在と比較すれば、自ずと今後はどのような能力を持つ人財が必要か、いかにして必要な人財を育成し、あるいは採用するか、という課題が見えてきます。その中でも後継者にとって急務となるのは、自分の右腕となる経営幹部の育成ではないでしょうか。中小企業では一般的に、創業者や先代の社長が若い頃から苦楽を共にしてきた同志とも言うべき、社歴の長い、比較的高齢の社員が経営幹部のポジションに置かれています。彼らは豊富な経験を持ち、会社のことや担当業務を知り尽くしている頼もしい存在ですが、社歴が長いだけに「過去の成功体験に縛られやすい」傾向も有しています。既にご説明した通り、会社の成長期や、市場の拡大期における成功要因は、成熟期に入った会社・市場においては最早、成功要因ではないことがあります。この点について十分な知識・見識を持つ幹部ばかりならよいのですが、そうでなければ、その幹部は「今までこれでやってきたんだ」ということにこだわるあまり、会社の新しい方針、新しい戦略をなかなか受け入れられないかもしれません。一方、成長戦略の実行段階では、経営者の「やるべきこと」が飛躍的に増大します。新規顧客の開拓にせよ、新商品の開発にせよ、大変な困難が予測され、経営者自身が陣頭指揮を執らずに実現することはありません。必然的に、従来業務は少しずつでも他に権限委譲していくことになりますが、そのためには、対象となる幹部社員が、経営者と同じ判断基準を以てことにあたる必要があります。このように考えると、現在の経営幹部を尊重し、根気強く今後の経営方針を理解してもらえるよう努める一方で、一刻も早く若手社員、中堅社員の中から数年後経営幹部となって活躍してくれるような人財を見出し、育成することに着手すべきだと言えるでしょう。そのため後継者はできる限り早いうちに「採用」や「社員教育」を担うべきであり、これに社長就任前から着手しているのと、社長になってから取り組むのでは、その後の経営スピードが全く異なります。ここでいう幹部とは単に会社の上層部にいる人財ということではなく、自身が経営者となった際、共に戦ってくれる同志・仲間であり、それを自らの手で育てるということに意味があるのです。私の経験則で言うと、組織は概ね、その主な推進力となる上位2割の人財と、やる気のない、仕事や組織に対しネガティブな考えを持っている下位2割、そしてその双方から影響を受け、「空気」で動く6割の中間層に分けられます。「2:6:2の原則」と呼んでいますが、組織づくりの要諦とは、このうち上位2割をいかに早期につくり上げるかということになり、経営幹部こそがまさに、それに当たります。経営者と価値観を共有し、目指す方向性(理念、ビジョン、使命)を理解して行動する経営幹部がいなければ、組織は動かないのです。では望ましい経営幹部像とはどういうものでしょうか。端的に言えば、それは「社長の分身」と言える存在です。決して経営者の言いなりという意味ではなく、経営者と同じ判断基準を有しているので、彼が主体的に考え、行動する結果が、経営者が考え、行動した場合と結局は同じになるというのが理想でしょう。経営者の分身としての経営幹部の姿には、次の3つの段階が存在します。●メッセンジャーボーイ的経営幹部経営者の指示をそのまま部下に伝える●広報マン的経営幹部経営者の出す指示の中から、経営者が言わんとしていることを咀嚼して、部下が仕事をしやすいように説明・指示することができる●業務責任を果たせる経営幹部経営者が不在の時でも経営者になり代わって物事を考え、処理することができる例えば、新たに決まった経営方針を部下に伝える際、「こう決まったから」と伝えるだけの管理職は少なくありません。「ま、俺はどうかと思うんだけどね」とわざわざネガティブな言い方をする管理職もいます。しかし中には、経営会議に積極的に参加し、新方針をきちんと理解、納得して、自分の言葉で適切に部下に伝え、動機づけができる管理職もいます。前者のケースでは何か問題が発生した場合、業務がストップしてしまう恐れがありますが、後者ならば経営者がことにあたるのと同じように、適切に対処してくれるという安心感があります。このように経営幹部の能力の高さとは、彼がどの程度経営者の代行ができるかで決まります。従って経営者は、これはという人財を見出したら、早く「業務責任を果たせる経営幹部」の段階に到達してもらえるよう、常日頃から育成に努めなければなりません。また、部下の立場から見れば、経営幹部とは「仕事・生活の両面における指導者」であり、特に若い社員からすれば直属の上司である経営幹部こそが会社の象徴となってしまうほどに影響力のある存在です。単に担当業務に優れているだけでなく、適切な指導力を持ち、「我が社は社会においてどういう存在であるか」、「何を使命として、何を商品として社会に貢献するのか」を直接部下たちに伝えるべき存在です。当然ながらそれにふさわしい人格の持ち主である必要があり、もしそれとは逆に、「俺の若い頃は」と硬直した姿勢で過去と同じやり方を部下に押しつけたり、「どうせ頑張ったってこんな会社」と部下の士気を下げる発言をする人物であれば、新入社員が初めて接するロールモデル=経営幹部としてはふさわしくないと判断することができます。
目次
コメント